再　生　【３】

　未だフレイヤの混乱の冷めやらぬ中、ブリタニアの外交特使、帝国宰相シュナイゼルが黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れた。
　動揺の激しいゼロはその連絡を取ることもなく、結果、主に日本人幹部たちとシュナイゼルたちとの会談となった。その席には、何故か、何時の間にか斑鳩に捕らわれの身となっていたブリタニアの第２皇女コーネリアの姿もあった。日本奪還作戦の前に、ゼロは極一部の者たちだけを連れて中華連邦内にあるギアス嚮団を襲撃しており、その際に、嚮団に捕らわれの身となっていたコーネリアを保護という名目で捕えていたのだ。
　シュナイゼルが幹部たちに示したのは、ゼロの正体、すなわち自分たちの異母弟(おとうと)であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであること、そして、彼の持つギアスという力のことだった。作戦前の枢木神社でのスザクとルルーシュの遣り取りを収めた音声テープ、そしてギアスにかけられたと思しき人物たちのリストの提示によって、幹部たちにギアスという力を示した。そしてそれを後押ししたのが、事務総長の扇と、彼が後ろに従えたブリタニア人の女性── ヴィレッタ・ヌゥ── だった。
　扇は、ゼロは自分たちを騙し駒としていたのだと、シュナイゼルの言うギアスは本当のことだと幹部たちを焚き付けた。そしてゼロを売る代わりに日本を返せとシュナイゼルに迫った。そうしてゼロに対する裏切りの素地が作られていく。
　扇はカレンに命じてゼロを４番倉庫に呼び出した。
　呼び出されたそこでゼロを待っていたのは、騎士団の団員たちによる、ゼロに対して向けられた数々の銃口。
「観念しろ、ゼロ！」
「よくも我々をペテンにかけてくれたな！」
「君のギアスのことは分かっているんだ！」
　浴びせられる言葉の数々に、そして倉庫の一角にいるシュナイゼルたちの姿に、これまでかとルルーシュは諦めた。
　そして仮面を脱ぎ去ると、おまえたちは駒であり、全ては盤上のゲームだったのだと憎まれ口を叩き、カレンに対して小さな声で「君は生きろ」とそう告げて、銃口の前に身を晒した。
「撃て！」との藤堂の言葉に一斉に銃口が火を吹くが、そこにゼロの姿はなく、ゼロ専用のＫＭＦ蜃気楼が斑鳩から遠ざかっていく姿が見えただけだった。
　扇は慌てて、蜃気楼が敵に奪取された、撃墜しろと命令を下し、斑鳩から次々とＫＭＦが飛び出していく。
　ルルーシュを救ったのはロロだった。人の体感時間を止めるギアスを使用して、ゼロであるルルーシュを庇い、斑鳩を飛び立ったのだ。その後も追ってくるＫＭＦから逃げるべく、ロロはギアスを多用した。ロロのギアスの使用は、そのままロロの心臓を止めることに繋がる。それを知るルルーシュは、止めろと、おまえの命が危ないと制止したが、ロロは聞き入れず、ギアスを使用し続けた。
　そうしてどうにか追っ手を振り切り、辿り着いた島で、ロロの呼吸は乱れ、顔色も悪かった。あまりにも短時間のうちにギアスを多用しすぎたのだ。
「どうして俺を助けたりなんかしたんだ。俺はおまえを……」
「兄さんは、嘘つき、だから。……嘘、だよね？　僕を、殺そうと、した、なんて……僕が嫌い、なんて……」
　ロロが偽りの存在と気付いた時、利用しつくして捨て去るつもりだった。殺してやるつもりだった。だが、それはルルーシュの本音を隠した表面上のものでしかなかった。共に過ごした一年は本物だったのだとの思いを、ルルーシュはどこかで否定したかった。けれど否定しきることはできなかった。今、目の前にいるロロを失いたくないと思う心が真実の思いだった。
「……そうか。すっかり、見抜かれているな。さすがは、俺の、弟だ」
　必死に、縋るようにしてくるロロの震える手を握りしめるルルーシュの手も、小刻みに震えている。
　失いたくない、もう誰も。自分を愛してくれる、思ってくれる者を失いたくなくて、ルルーシュは必死にロロに呼びかける。
　死ぬな、俺を置いて逝くなと。



　神根島のギアスに由来する遺跡の中、シャルルはいた。その前に立って、ルルーシュは詰問する。何故、母を守らなかったのか、誰が母を殺したのかと。
　それをシャルルは笑って退(さ)けた。今まで嘘を言い続けてきたおまえがいまさら真実を知ろうというのかと。ルルーシュはそれを否定はしなかった。生きていくためには必要な嘘だったからだ。それがなければ生きてはこれなかったし、人間関係を円満に進めていくためにも必要な嘘はあるからだ。
　しかしシャルルはそれを否定する。嘘のない世界こそが望ましいと。そしてそこに姿を現したルルーシュの母、死んだはずのマリアンヌがシャルルの意見を肯定する。
　両親の語る世界。果たしてそこに明日は、未来はあるのか。それは人の、人としての進化を止めることに他ならないとルルーシュは否定し、これは願いだと、神と呼ばれる集合無意識にギアスをかける。
「神よ！　人の集合無意識よ！　刻(とき)の歩みを止めないでくれ！　それでも俺は明日が欲しい！」
　愛し子の願いを聞き入れた神は、それまで何度もそうしてきたように、思考エレベーター── アーカーシャの剣── を破壊し、己を殺そうとする二人── シャルルとマリアンヌ── の意識を呑み込み、消し去っていく。
　後に残された者は、唯一人となったコード保持者たるC.C.のみ。
「お前は行かないのか？」
「せめて死ぬ時くらいは笑っていて欲しいんだろう？」
「そうだったな」



　そうして神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは消滅し、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが誕生する。その脇を固めるのは、顔の左半分を不思議な仮面で隠したジェレミア・ゴットバルト、シャルルのナイト・オブ・シックスであったアーニャ・ストレイムの二人だった。
　シャルルを弑逆した己を皇帝と称するルルーシュに対して抗議をしようとした皇族がいたが、ルルーシュはギアスの力をもってそれをねじ伏せた。ルルーシュのギアスはすでに左目だけではない。暴走状態を過ぎ、両の目にギアスの力を宿した、達成人と呼ばれる領域に達している。玉座の間と呼ばれる大広間に「オール・ハイル・ルルーシュ」の声が木霊する。