黒の騎士団総司令の黎星刻はすでに病床にあり、裁判を受けられる状態にはなく、事務方トップの扇要が神楽耶の次に呼ばれた。
「次の被告、扇要、前へ」
呼ばれて、扇はおどおどしながら被告席に着いた。先の神楽耶の裁判でゼロへの裏切り行為が判明しているだけに、扇を見る傍聴人の視線は冷たい。
「被告は黒の騎士団の事務総長を務める身でありながら、ブラック・リベリオン前より敵国ブリタニアの男爵ヴィレッタ・ヌゥと通じ、黒の騎士団を裏切り、第2次トウキョウ決戦後のシュナイゼル宰相との会談では、ゼロの身柄引き渡しと引き換えに日本返還を要求しました。
これは超合集国の外部機関としては許されざる越権行為であり、連合に対する紛れもない裏切りであります。
事実に相違ありませんね?」
「お、俺は騎士団を裏切ったりしてない! 裏切ったのはゼロだ。だからせめて仲間だと思っていたゼロを引き渡す代わりに、日本の返還を要求しただけだ」
「それが自分の職責を超えた越権行為という自覚はなかったのですか?」
「そ、それは……」
返す言葉が見つからず、扇はその態度で自覚が無かったのだと証明する形になった。
「超合集国連合が発足し、黒の騎士団はその外部組織となった時から、すでにそれまでのレジスタンス、テロリストではなく、れっきとした軍隊となったのです。あなたにはその自覚も無かったというわけですね」
「……」
正直なところ、検察官の述べた通り、当時の扇には自分たちが正式な軍組織に生まれ変わったという自覚は全く無かった。それまでのレジスタンス活動をしていた時の意識となんら変わることなく、ゆえにゼロを売るという行為に対しても何の引け目も、ましてや越権行為ということも考えることなどなかったのである。
「……以上です」
何も答えられない扇の様子に、検察官はこれ以上は必要ないと判断した。
「ま、待ってくれ」
それに慌てたのは扇だ。これでは謂れのない罪のままに裁かれてしまうと思った。
「ゼロを売ったことのどこがいけなかったっていうんだ!? あいつはブリタニアの皇子で、俺たちを騙してたんだ! 裏切ってたのはゼロだったんだ。そのゼロを売って日本が返ってくることのどこがいけなかったっていうんだ!?」
検察官は溜息を吐いてから答えた。
「あなたがた黒の騎士団は、れっきとした軍隊となった。超合集国連合の外部組織としてその命令を受けて動く立場となったのです。しかもあなたの上には、ゼロを別にしても、総司令という立場の黎星刻という人物がいたにもかかわらず、総司令はもちろん、超合集国連合の最高評議会にも諮らず、身勝手にCEOという立場にあるゼロを売ろうとした。これのどこが裏切り行為、越権行為でなかったというのですか? まして超合集国連合に加盟する他の国に対して、自国だけ取り戻して良しとする行為のどこが裏切りでなかったと?」
見かねて弁護人が挙手をした。
「弁護人」
「ご覧のように、被告は当時まだテロリストだった頃の意識との切り替えがうまくいっておらず、正式な軍隊になったという事実を受け止めきれていなかったのです。従って、越権行為を働いているという自覚が無かった。その点をご理解いただきたい」
「そのような人間が幹部という、ましてや事務総長などという要職にあったこと自体、誤りだったのです」
「俺のどこがいけなかったっていうんだ! 俺はただ日本のために、日本を取り戻すために戦っていただけだ!」
「超合集国連合の外部組織となった時から、日本のためだけの戦いではなくなっていたのですよ。あなたにはその自覚は無かったようですが」
頽れた扇は、刑務官に両脇を抱えられ、半ば引きずられるような形で被告席を後にした。
「次、被告、藤堂鏡志朗、前へ」
呼ばれた藤堂は、真っ直ぐ前を向いて被告席に立った。
「被告は、先の扇要と同様、統合幕僚長という要職にありながら、CEOであるゼロを、総司令や超合集国連合に諮ることなく敵に売り渡すということに対して、越権行為という意識は無かったのですか?」
「……正直なところ、無かった。長くテロリストとしてあったためか、連合の軍隊になったのだという自覚は、芽生えていなかった。今になって不見識だったと思っている。しかし! 裏切り者のゼロを処分するのに躊躇いはなかった。ゼロの裏切りがなければ、中華連邦での虐殺行為や、第2次トウキョウ決戦でのフレイヤ使用の通告があったことの報告があれば、騎士団はあれほどの被害を出すことはなかった」
「中華連邦での虐殺行為というのは、ギアス嚮団という秘密結社の壊滅のことですね?」
「相手の名前は知らないが、女子供まで殺したという話をフレイヤによって死ぬ直前の朝比奈から聞かされた」
「聞かされただけで、証拠は示されていない。違いますか?」
「それは……」
言いよどんだことが、検察官の言うように証拠は無かったことを証明してみせた。
「ちなみに、ルルーシュ陛下からの情報によりますと、ギアス嚮団というのは、以前のブリタニア帝国の亡きシャルル皇帝が不老不死の研究を行い、また、暗殺者を育成していた組織だったとのことです。その証拠も提示していただいています。後々のことを考えてそのような物騒な組織を前もって潰しておこうとするのは、戦争を行う上では当然のことだったのではありませんか?」
「……」
実際、ギアス嚮団がどういった組織だったのかを知らない藤堂には何も答えられない。
「先の映像では、ゼロ裏切りの場面で、あなたがたはゼロを引き渡すのではなく、殺そうとしていたようですが、それに間違いはありませんか?」
「殺すつもりだった。引き渡すのは死体でいいと思っていたし、シュナイゼルもそれに対しては何も言わなかった」
「フレイヤ使用の通告の件ですが、これは敵司令官のシュナイゼルからではなく、当時はシュナイゼル陣営に身を置いていた枢木卿が個人的にゼロに知らせたのみで、ゼロはそれを信用しなかった。本当の通告ならば、司令官たるシュナイゼルから正式にあるものであり、一個人である枢木卿からの言葉をゼロが簡単に信じなかったのはある意味、当然の事ではありませんか?」
「……そう、かも、しれない」
苦渋に顔を歪ませながら藤堂が答える。
「あなたは、かつて桐原翁がゼロの正体を知った上で黒の騎士団に援助を決めたことに対して何も思わなかったのですか? あなたは、日本開戦の前に人質として日本に送られてきた当時のルルーシュ殿下が、父であるシャルル皇帝を、そして母国を、日本人よりも憎んでいたことを知っていたはずと聞いていますが、そのことを少しも考えなかったのですか?」
「……忘れていた。ただ敵国の皇子だったと、利用されていたということだけで頭が一杯だった。片瀬少将を殺されたという情報で、恨み骨髄だった」
「異議あり」
「弁護人」
「昔のことを忘れていたことは責められることではありません。昔のことよりも現状を優先させるのは当然の判断です」
「その判断が誤っていたと申し上げているのです。超合集国連合への裏切り、最高評議会、総司令に対する越権行為は、現状を優先したからといって許されるものではありません。いえ、優先すればこそ、先に報告をし、指示を仰ぐべきだったのです」
「異議を却下します」
「フジ決戦への参戦は誰の判断でしたか?」
「総司令の黎星刻だ」
「そのことに対して異議を挟もうとは思いませんでしたか? 場合によってはアヴァロンに収容されている超合衆国連合評議会に加盟する各国代表である議員たちの命の危険があったのですよ」
「思わなかった。ただ、ルルーシュを倒せば終わると、倒すしかないと、それしかなかった」
「ルルーシュ陛下が倒れれば、その後に待っているのはシュナイゼル宰相がいる以上、ルルーシュ陛下の改革前の、シャルル皇帝治世下と同様の、弱肉強食、覇権主義、植民地主義だったのですよ。しかも大量破壊兵器たるフレイヤという恐怖の上の。それには思い至らなかったのですか? それともそれでよいと考えてのことですか?」
「……考えもしなかった。ただルルーシュを倒すことしか頭になかった」
検察官に言われて初めて気が付いたというような顔で藤堂は答えた。本当に分かっていなかったのだ、ルルーシュを倒した後に何が待っているか。考えてもいなかった。
そしてその後、数人の黒の騎士団幹部が続き、ナナリーとシュナイゼル陣営は翌日となった。
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