連絡艇からアヴァロンに戻ったルルーシュを待っていたのは、ペンドラゴンにいるオデュッセウスからの一報だった。
「ペンドラゴンにフレイヤが!?」
『ああ。だが、先日ニーナ君たちが完成させたアンチ・フレイヤ・システムが上手く働いてね、幸いなことに、フレイヤがペンドラゴンに到達する前にこれを防ぐことができたよ』
「では被害は?」
『安心していい、出ていないよ』
「そうですか」
オデュッセウスの言葉に、ルルーシュは深く安堵の息を吐き出した。
『それより、会談の方だが』
「はい、ご覧になられていたでしょう、異母兄上」
会場にはTV局のカメラが入り、世界中に中継されていた。つまり、超合集国連合は世界中に恥を晒し、黒の騎士団はならず者の集団であると認知されたと言っていい。
『では予定通り、新しい総督としてクレメントを派遣するという方向でいいのかな?』
「はい、それで進めてください」
『すでに準備は終えている。直ぐに出発させよう』
「お願いします」
『イエス、ユア・マジェスティ』
オデュッセウスの自分への応答に苦笑を浮かべながら、ルルーシュは物別れに終わった会談を思い出していた。
正直、神楽耶があそこまで愚かだとは、扇たちに言いくるめられているとは思っていなかった。もう少し思慮のある娘だと思っていたのだ。
こうなると、対シュナイゼルだけではなく、対黒の騎士団ということも考えなくてはならないと思った。あるいは、扇のことだ、シュナイゼルと手を組むという方向で来るかもしれないと。
そこへ皇族専用のロイヤル・プライベート通信が入った。
先程オデュッセウスと話したばかりだ、彼であるとは考えられない。とすると、とルルーシュは通信を入れてきた相手を思い浮かべた。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ』
ルルーシュが予想した通り、それは行方を晦ませていたシュナイゼルだった。
『フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ。あいにくとペンドラゴンに対しては効果が無かったようだけれど』
かといって、それを残念そうには思っていないようにシュナイゼルは告げた。
「つまり、ブリタニア皇帝に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝を認めていない』
シュナイゼルはスクリーンの向こうで肩を竦めながらそう応じた。
「成程。皇帝に相応しいのは自分だと?」
皇位継承権第1位を持っていたオデュッセウスを押しのけて、次期皇帝候補と言われていたシュナイゼルだ。そして彼は、スザクに自分が皇帝になると言って、彼にシャルルの暗殺を許可したと、Cの世界でスザクはルルーシュに告げていた。
つまり、いよいよ自分こそが皇帝に相応しいと名乗りを上げる気になったのかとルルーシュは考えた。しかしルルーシュのその考えに、シュナイゼルは首を横に振った。
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ。ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
そう告げて身を引いたシュナイゼルの陰から姿を現したのは、死んだとされていたエリア11の総督であり、ルルーシュと母を同じくする唯一の実妹であるナナリーだった。そしてその傍らにはコーネリアもいる。
「ナナリー!?」
『お兄さま、私は、お兄さまの敵です』
画面越しとはいえ、死んだとばかり思っていた最愛の妹の出現に、ルルーシュはショックを受けていた。当然のことだろう。死んだと思っていた妹が生きていた、それは純粋に嬉しい。だが彼女はシュナイゼルの手の内にあり、つまり、ナナリー自身が口にしたように、己の敵に回ったのだ。
そこで思い出す。
連絡艇に乗り込む前、負傷した篠崎咲世子が現れた時のことを。
咲世子はジェレミアに「ナナリー様は……」そう言いかけて、ジェレミアの腕の中で意識を失った。つまり咲世子は、ナナリーが無事に生きてシュナイゼルの元にいると告げにきたのだ。
それを思い出しながらも、ルルーシュは改めて確認すべく、画面の向こうのナナリーに対して言葉を発した。
「ナナリー、生きていたのか」
『はい、シュナイゼルお異母兄さまのお蔭で』
「シュナイゼルの……」
その言葉に、ルルーシュは目を細めた。
シュナイゼルはこの時が来るのを考えて、ナナリーをフレイヤ被災から前もって救出し、ルルーシュに対する切り札として隠していたのかと。しかし当のナナリーはそんなことを考えてもいないのだろう。それどころか、己がエリア11の総督であることすらも、その思慮にはないのだろうことが見て取れてしまったルルーシュだった。
ナナリーに己がエリア11の総督であるという自覚があったなら、何時までもシュナイゼルの言うままに姿を隠しているはずがない。総督の責任はそんなに軽いものではないのだ。
『お兄さまもスザクさんも、ずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことを黙って。でも私は知りました。お兄さまがゼロだったのですね』
「……」
ルルーシュはそんなふうに自分を詰める妹に対し、何を言うでもなく、ただ彼女の言葉をただ聞いていた。
『どうして? それは、私のためですか? もしそうなら、私は、私はそんなことは望んでいなかったのに……』
「ではおまえはあのままアッシュフォードに匿われたままの生活で良かったと? いつ皇室に見つかり、どのような待遇が待っているか知れなかったのに」
『だったら皇族に戻ればよかったんです! 現に私は危険なこともなく、何事もなく過ごせていました! お父さまだって、総督に名乗り出た私のお願いを聞いてくださいました』
「愚かなことを。その時の俺はすでにゼロだった。つまり、おまえはゼロである俺を抑えるためのカードとして使われていたということも分からないか」
『カード?』
画面の中でナナリーは眉を顰めた。
「そうだ、俺を掣肘するためのおまえに対する高待遇であり、総督就任だった」
『そんな、そんなことありません!』
「だが実際にそうなっていただろう。おまえが総督としてエリア11に赴任してきたことで、俺はエリア11を離れた。だからエリア11ではテロが減って矯正エリアから衛星エリアへと昇格できた」
『衛星エリアになれたのは、私が一生懸命頑張ったからです!』
ナナリーは自分の功績を認めてくれないかのようなルルーシュに食ってかかった。
「一生懸命頑張った? それはおまえではなく、おまえの周囲にいた文官たちだろう。それなのに、おまえはフレイヤの被害からおまえ一人助かって、他の者を見捨てた」
『見捨ててなどいません! 勝手なことを言わないでください!』
「見捨てていない? ならば何故おまえは今そこにいる?」
『それはシュナイゼルお異母兄さまが……』
だがおまえがしたことは、検証もせずに、イレブンが望んでもいなかったユーフェミアの特区を再現しようとして租界に住むブリタニア人に重税を課しただけ。治世は周囲の官僚任せ。そして第2次トウキョウ決戦ではフレイヤ被害から。おまえの意思ではなかったとはいえ、真っ先に逃げ、被害にあった者たちへの救援、援助をすることもなく、被害状況を把握することもなく、1ヵ月以上も経ってのこのこ出てきて皇帝に名乗りを上げる? 一エリアさえ碌に治めることもできぬ者が皇帝になると?」
『わ、私が何もしなかったとでも仰るんですか!?』
「事実その通りだろう。その挙句、ペンドラゴンにフレイヤを投下した」
『ペンドラゴンの民は避難させていたはずです』
「避難? ペンドラゴンに対して避難勧告が出ていたなら、皇帝である俺に分からぬはずがない。それにペンドラゴンに被害が出なかったのは、避難勧告などではなく、ニーナたちに開発させていたアンチ・フレイヤ・システムが上手く機能したからに過ぎない。
自国の帝都に大量破壊兵器を何の躊躇いもなく投下するような者に、一国の為政者たる、ブリタニアの皇帝たる資格などない!
己の総督という立場を投げ捨て、民を見捨て、更に帝都たるペンドラゴンにフレイヤを投下して数多の民を虐殺しようとした罪は大きい! 元エリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニア、反論したいならば、即刻ペンドラゴンに出頭せよ! ナナリーだけではない。宰相という立場にありながら行方を晦ませていたシュナイゼル・エル・ブリタニア、そしてナナリーと同じく元エリア11総督という立場にありながら出奔したコーネリア・リ・ブリタニア、三名とも直ちに出頭せよ。さもなくば、ブリタニアに対する反逆者としてブリタニア正規軍の全力を持って成敗することになるだろう!」
『反逆者!? 反逆者はお兄さまではありませんか! ゼロだったのですから』
「今の俺はブリタニアの第99代皇帝。それも多くの皇族たちが認めた上でのことだ。反逆者はナナリー、自国の帝都に大量破壊兵器を打ち込もうとしたおまえたちの方だ。
48時間の猶予を与える。それまでにおまえたちがペンドラゴンに出頭してこなければ、戦いになるだろう」
『それは、こちらにフレイヤがあると承知の上でのことなんだね』
それまで黙ってナナリーとルルーシュの遣り取りを聞いていたシュナイゼルが、確認するように告げた。
「こちらにはそれに対抗するアンチ・フレイヤ・システムがありますよ」
ルルーシュはシュナイゼルに対して口角を上げて笑みを見せた。
そうしてそれを最後に、ナナリーを中心としてその両脇に立つシュナイゼルとコーネリアの映像を切った。
|