Reformation 【7】




 会議場内に入ったルルーシュを待っていたのは、超合集国連合最高評議会議長皇神楽耶の、外交儀礼をあまりにも失した発言だった。
「最高評議会へようこそ、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 その一言に顔色を変えたのは、言われた本人のルルーシュよりも、評議会の他の議員たちだった。
 咳払いをする者、トントンと机を叩く者、神楽耶を睨み付ける者、様々である。しかし当の神楽耶はそれらのことに一切気が付いていない。おそらく扇たちの言葉を鵜呑みにし、ルルーシュの持つというギアスなる力を恐れ、それにかかるまいと必死で、それしか頭にないのだろう、ルルーシュはそう判断した。そうして、連合は長くはないと思った。議長とした神楽耶をもう少し買っていたのだが、やはり買い被りであったのだと、ルルーシュは改めて思った。
 ルルーシュの傍に控えるジェレミアは、神楽耶の発言に眉を顰めていたが、ルルーシュが少なくとも表面上は何の反応も示さないことから、怒りを胸の内に収めた。
 まるで被告席のように用意されたルルーシュのための場所、そしてそれを裁判長のように見下ろす神楽耶。しかしルルーシュは何事もないかのように用意された席に着き、一言挨拶の言葉を述べた。
「この度は急な我が国からの会談の要請に対し、特別に評議会を開催してくださったことにまずは礼を申し上げます」
 だがルルーシュの言葉はそれで終わりではなかった。
「しかし、先程、皇議長殿は私を悪逆皇帝と言われましたが、私のどこが悪逆皇帝などということになるのでしょう。そのように言われるようなことをした覚えはないのですが」
「それは、あなたがブリタニアの皇帝の座に就いたことが示しているではありませんか」
「ブリタニア皇帝イコール悪逆皇帝ということですか?」
 ルルーシュは微苦笑を浮かべながら問いかけた。
「あなたは……」
 言いかけて、けれど神楽耶は言葉を飲み込んだ。ギアスのことを言いたかったのだろうとルルーシュは判断した。しかし、ギアスなどというわけの分からぬ力のことを議員たちに知らせることもできずにいたのだろう。それを話すとなると、ルルーシュがゼロであったこと、斑鳩でのシュナイゼルとの会談、密約のことから話さなければならなくなる。それはつまり、黒の騎士団がゼロを裏切ったことを説明するということだ。さすがにそのようなことはできないと、胸の内に収めたのだろうとルルーシュは考えた。
「それよりも、会談の目的に移りましょう」
 そう告げて、神楽耶は手元にある何かのスイッチを押した。途端に、天井から落ちてきたものによってルルーシュの周囲に壁が築かれていた。
 驚いたのは、ルルーシュやジェレミアはもちろん、他の議員たちもだ。
 このような話は聞いていない。このようなこと、会談に出向いて来た一国の君主に対して取る態度ではない。
「議長、これはどういうことです」
「このような真似、我々は聞いておりませんぞ」
「これが一国の君主に対して取るべき態度と思っておられるのか」
「これが評議会の総意と取られるのは甚だ迷惑です」
「早々にその壁を取り払い、正気に戻っていただきたい」
 議員たちの口々の反論に、神楽耶はたじろいだ。しかしこの壁を取り払うことはできない。ルルーシュにギアスを使われ、この評議会を彼の思う通りにさせるわけにはいかないと、議長権限で議員たちの言葉を振り切った。
「これにはそれなりの理由があってのことです」
「その理由とは何です?」
「今皆さんにお話しする段階ではありません。それよりも会談を進めましょう。それで、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、この度のあなたの私達超合集国連合との会談の目的は何ですか?」
 またしても一国の君主を呼び捨てである。それに多くの議員たちが更に眉を顰め、神楽耶に対する視線が彼女を訝しむものに、冷めたものになっていっているのに、神楽耶は一向に気付かない。神楽耶の頭の中にある懸念はギアスのことだけだと言うっていいのかもしれない。
「もちろん、会談申し入れの際に申し上げたように、このエリア11の取り扱いについてです。此処は我がブリタニアの属領、植民地であるエリアです。にもかかわらず、黒の騎士団の方々がエリア11は日本として返還されたとして居座り続けられているのは甚だ迷惑。フレイヤ被害にあったトウキョウ租界の人々に対する救援活動も満足に行えていない状態です。この会談を機に、この捻じれた状態を改善したく思います」
「黒の騎士団の扇事務総長から、この地は日本として返還されたと、シュナイゼル宰相との会談でそう約束なったと報告を受けています」
『神楽耶様の仰る通りだ! この地は日本として返還されたはず、出ていくのは貴様たちブリタニアの方だろう』
 そう通信で会談に割り込んできたのは扇だった。
「それを証明する外交文書はおありですか?」
『シュナイゼルは確かに約束した』
「口約束では、それは外交上何の効力も持たないのですよ。互いに正式に外交文書を取り交わして初めて認められるものです。それすらもお分かりになりませんか? それに第一、あなたがた黒の騎士団はあくまでこの超合集国連合の外部機関であって、外交に関して話し合う立場にはないのですよ。あなたたちにそのような権限はない。その役目はあくまでこの最高評議会であって、あなたがたの出る幕ではない」
『屁理屈を言うな! 俺たちはちゃんとシュナイゼルと約束を交わしたんだ、その約束を守れ!』
「屁理屈を言っているのはあなたがたの方でしょう。私は外交を行う上で当然のことを申し上げているだけですが」
 さすがに聞くに堪えなかったのだろう、議員たちの間から黒の騎士団に対して抗議の声が上がった。
「君たちは一体何の権利があってこの会談に口を挟んでくるのかね」
「君たちはあくまで我々の外部機関、我々の要請があって初めて動くのであって、ルルーシュ陛下の仰るように外交に口出しする権利などないのだがね」
「議長、彼らを何とかしてください、それも議長としての役目でしょう」
「早々にルルーシュ陛下を閉じ込めている檻を外し、本来のあるべき形で会談を行うのが筋。このままでは我々は外交儀礼のなんたるかも知らぬならず者と、民衆や超合衆国連合に加盟していない国から思われる」
「我々にとっては甚だ迷惑な話です。ならず者は黒の騎士団だけで結構。そして黒の騎士団に対しては即刻それなりの対応を取るべきです」
「そ、それは……」
 議員たちの言葉はいずれももっともなことであったが、ギアス能力者であり、人を己の意のままに操ることのできるルルーシュを解放することなどできない。その思いが神楽耶に躊躇いを生ませ、それが議員たちに更なる不満、神楽耶や黒の騎士団への批判を生んでいる。
 それらの遣り取りが為されている中、壁を調べていたジェレミアは、あくまでただの壁であり、それならば己の腕に仕込まれている剣で何とかなるかもしれないとルルーシュに話しかけた。
「何時までもこのままではラチが明きません。力づくでこの壁を撤去致します」
 ジェレミアはルルーシュにそう告げると、ルルーシュを己の後ろに庇って己の腕に仕込まれている剣を出し、壁に向かって切りつけた。
 そう厚い壁ではなかったのが幸いしたのか、それともそれだけジェレミアの剣の力が強かったのか、壁は切り崩された。その様に議場内がざわめいた。
 そしてそれとほぼ時を同じくして、1機のブリタニアのKMFが飛来し、議場となっている体育館の屋根を突き破った。
「陛下、無事?」
「私がついていて陛下に傷などおわせはせん」
「ならいい」
 そこへ、地下に隠してあった紅蓮に騎乗したカレンが地上に姿を現した。
「ルルーシュ、あんたって人は!」
 それに驚いたのは神楽耶も含めて議場にいた全ての者だった。さすがの神楽耶も扇たちがそこまでしていたとは気付いていなかった。
「誰がKMFを学園内に潜ませることを許したのかね?」
「議長、これもあなたの判断ですか!?」
「このようなことが許されるとお思いか?」
「私は、私はこのようなことは……」
 議員たちの言葉に返すべき言葉を見つけられずおろおろとする神楽耶を、ルルーシュは冷たく見やった。
 その一方で、紅蓮に騎乗したカレンは現れたアーニャのモルドレッドに挑もうとしている。
「……あなたがたと、少なくとも皇議長、あなたが議長を務めている最高評議会や黒の騎士団の方々とは話し合いの余地はないことが分かりました。
 エリア11が日本として返還されたものでないことは世界各国が認めていることです。それに従い、今まで我が国としても様子を見ているに留めてきましたが、今後、新たな総督を派遣し、このエリア11内に留まり続けている黒の騎士団に対しては力づくでも引いていただきましょう。再戦もやむなしと考えます。全てはあなたがた自身が招いた事態だということをお忘れなく」
「ルルーシュ! 何を考えてるのよ! 日本は扇さんたちの言うように返還されたのよ! あんたたちブリタニアの好きなようにはさせない!!」
「下がりなさい、紅月カレン!」
 ここにきて漸く神楽耶が叫んだ。
「神楽耶様!?」
「他の議員の方々の仰る通りです。この場は引きなさい」
「それでは神楽耶様たちに危険が……!」
「君の行動が我々を危険に陥れているのが分からんのかね!」
「君たちはならず者の集団かね! 連合の恥もいいところだ!」
「そんな……」
 それらの遣り取りの中、ルルーシュとジェレミアはモルドレッドの腕に乗った。
「今後の対応は、新しく赴任させる総督としていただきましょう。そしてこの地は日本ではなくあくまでも我がブリタニアの属領であることをお忘れなく」
 そう言い捨てて、ルルーシュはアーニャに帰還を促し、アーニャはその言葉に従い、議員たちの言葉にどう動いていいものやらと、とまどっている紅蓮を置き去りにして、アヴァロンとの連絡艇の停まっている場所へと急いだ。





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