Reformation 【6】




 シャルル消滅から1ヵ月、ブリタニアは皇帝、そして宰相不在のまま過ごしていた。しかし皇帝の代理として第1皇子オデュッセウスの下、ブリタニアの政は恙なく進んでいる。
 これにより、世界の大凡の見方は、ブリタニアはこのままいけばいずれほどなくオデュッセウスを正式に皇帝として認めるのではないかとなっていた。そしてそれはブリタニア国内においてもいえることであった。
 ちなみにその間、超合集国連合においては、特にこれといえるような動きはなかった。ただ外部機関である黒の騎士団がCEOゼロの死亡を発表したのみである。フレイヤによりトウキョウ租界には巨大なクレーターができ、大勢の死傷者が出たにもかかわらず、その被害に対して、超合集国連合は、黒の騎士団は積極的な支援には動かなかった。というより、動けなかった。それは、彼ら自身の能力の問題もあったが、日本はあくまでブリタニアの属領たるエリア11であるとの姿勢をブリタニアが崩していないせいかもしれなかった。
 黒の騎士団の日本人幹部たちは、シュナイゼルとの約束によりエリア11、つまり日本は返還されたと主張したが、それに類する報告は本国には一切上がっておらず、また、それを証明する文書の類も無かったこと、更に言えば、エリアの返還についての決定は宰相権限を超えるものであり、宰相たるシュナイゼルによってそれが認められることはありえない。もしあったとしても、それは彼らを欺くため、あるいは利用するための方便であろうというのがブリタニアの思惑であり、それに関する文書が交わされていないことがその証拠であるととれる。つまるところ、ブリタニアは日本を返還してはいないとし、また、国際的にも認められることはなく、ただ、日本は返還されたはずだと叫ぶ黒の騎士団の中心とも言える日本人の幹部たちに対し、超合衆国連合内においても失望が露わにされたのみに留まった。そしてそれはルルーシュをして失望させるものでもあった。
 ただ日本は返還されたと叫ぶのみの、トウキョウ方面軍であった黒の騎士団の日本人幹部たちに対し、ルルーシュは相手にするのをやめる旨をオデュッセウスに伝えた。元々、黒の騎士団は超合集国連合の、あくまで外部機関であり、本来交渉すべき相手は超合衆国連合最高評議会なのであるから、それはある意味もっともなことであった。
 そんなある日、オデュッセウスの名において、皇族、貴族、そして文武百官に対して招集がかかった。
 ブリタニアだけではなく、世界中でいよいよかと注目の集まる招集だった。TVクルーも招集がかかった玉座の間に、特別に許されて1局だけではあるが中継にカメラが入っている。ちなみにその1局とは、ミレイ・アッシュフォードがキャスターを務める局であった。
 時間になって、玉座の間に皆が集まった中、壇上の裾からオデュッセウスが姿を現した。
「皆、楽にしてくれ」
 オデュッセウスは玉座に座すこともなく、そう切り出した。
「この1ヵ月の間、ずっと内密にしていたが、実は我が父でもある皇帝シャルル陛下はすでに死去された。これは陛下のラウンズの一人、シックスのアールストレイム卿が確認している。
 これまで黙っていたことをまずは詫びたい。そして次の皇帝だが」
 シャルルがすでに死亡しているということに驚きながらも、世界中が固唾を呑んでオデュッセウスの次の発言を、その名が発表されるのを待った。
「我が異母弟(おとうと)、第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが就くこととなった」
 オデュッセウスの宣言と同時に、壇上の裾から、アーニャとジェレミアを従えたルルーシュが登場した。
 ルルーシュはそのまま玉座まで進み、そこに腰を降ろした。
「私が神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」
 何故か上位の皇族たちから異論は出なかった。ざわめいたのは下位の皇族たちと、貴族たちのみだった。
 ルルーシュたちはすでに上位の皇族たちに対しては多数派工作をし終えており、反対の声が上がらぬようにしていたのだ。下位の者の反対など、上位者の賛成がある以上、聞き届けられることはない。ましてや貴族たちの反対など、誰も聞く耳を持たない。貴族たちに皇帝を決定する権利はないのだから。それでも異論は出る。それに対してルルーシュは言い切った。
「先帝シャルル皇帝を弑したのは私です。ですから弱肉強食の国是に従い、私が皇帝となるまで。それとも、どなたか私を倒してみますか? それができる方がいらっしゃれば、その方が新たな皇帝ということになりますが」
「力が全てと言われていた我が父シャルル陛下はその力の前に、ルルーシュによって倒された。そうである以上、父上を倒したルルーシュが次の皇帝となるは、国是の上からいっても問題はない。これに反対する者は手をあげよ。ルルーシュが、いや、ルルーシュ陛下の前に私が相手をしよう」
 ルルーシュに代わってそう告げたのは、第7皇子の、文武両道で知られるクレメントであった。
 クレメントのその言葉に、ルルーシュの即位に反意を持つ者も、さすがにその意見を表に出すことは躊躇われたのか、広間はざわめく声が聞こえるだけで、これといった反対の意見は出されなかった。
「それでは、たった今からルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが我が神聖ブリタニア帝国の新皇帝ということで了解してもらえたということでいいかな?」
 確認するように告げるオデュッセウスの言葉に、反対の声は上がらない。ただそちこちで小さな不満の声が囁かれてはいたが、それは計算の内であり、特にルルーシュたちが問題視するようなことではなかった。
 結果として、オデュッセウスが言った通り、クレメントを説得し、そのクレメントとの協議の結果、上位の皇族たちを説得、説得できない相手に限ってルルーシュがギアスを使用しての多数派工作が効いた状態である。
 不満を抱く貴族たちは確かに多数に上ったが、彼らが後見する肝心の皇族たちがルルーシュを皇帝とすることに賛成している以上、反対の狼煙を上げるには至らなかった。
 問題は特に後見する皇族を持っていなかった貴族たちであるが、彼らの反旗に対しては、新たにルルーシュのラウンズとなったジェレミアやアーニャ、時には第7皇子クレメント自らが討伐にあたり、然程時をおかずしてブリタニア国内はルルーシュを新皇帝として一つに纏まったのである。
 それを受けて、ルルーシュはオデュッセウスたちと協議して温めていた政策を表に出した。
 それは皇族や貴族たちの既得権益の一部廃止であり、国是ともなっている弱肉強食の象徴ともいえるナンバーズ制度の廃止である。エリアに住まうナンバーズは、全てブリタニア国民と平等であると表明したのである。しかしそれを公表した際には、すでにそれに反対する声は上がらなかった。
 ただし、シャルルのラウンズであった者たちは未だなりを顰めているが。



 そしてブリタニア国内が一応のところ治まったのを確認して、次は外交問題というように、ルルーシュはまずは世界の二大枢軸の片方である超合集国連合に対し、会談を行いたいと申し入れを行った。
 何よりの問題はエリア11、日本の扱いにあった。黒の騎士団の中心とも言える日本人幹部たちは、日本は返還されたと叫ぶだけ叫び、ブリタニアをはじめとした各国は、きちんとした外交文書が存在しないことから、日本は未だブリタニアの属領たるエリア11として扱っていた。実際、現在のエリア11はトウキョウ租界の政庁が消滅し、総督不在となったことから、エリア11内の各地方租界の代表たちが合議によって運営している状態である。
 そのエリア11の取り扱いについて、また、被災者たちに対する援助の問題もあって、ブリタニアは新皇帝ルルーシュの下、最初の外交問題として超合衆国連合との会談を望んだのである。
 超合衆国連合最高評議会との合議の結果、場所はトウキョウ租界内にある私立アッシュフォード学園の施設を借り受けてのものとなり、ブリタニアの会談申し入れから2週間後に行われることとなった。
 そしてその会談当日、ルルーシュは己の騎士、ナイト・オブ・ワンのジェレミア・ゴットバルトを連れてトウキョウ租界に、アッシュフォード学園に降り立った。
 そのブリタニア皇帝たるルルーシュを出迎えたのは、黒の騎士団の団員であり、ゼロ番隊隊長の紅月カレン一人のみであった。
 ルルーシュは心の中で頭を抱えた。外交儀礼がなっていない。超合衆国連合の代表たちは何故誰もこれを不思議に思わないのかと。それとも最高評議会議長たる神楽耶が決め、代表たちはそれを諾としたのみなのか、とも考えた。だとしたら、自分は随分と神楽耶を買い被っていたのだと思った。
 そうしてルルーシュは己の抜けた後の組織を思って一瞬眉を顰めかけたが、カレンに対してはロイヤル・スマイルで応じた。
「黒の騎士団の紅月カレン殿ですね。わざわざのお出迎え、ありがとうございます」
「……会場までご案内します」
 カレンを先頭に、ルルーシュ、そして唯一人、護衛としての随行を認められたジェレミアは、アッシュフォード学園の建物の中に足を踏み入れた。
 暫く進んだ所で、不意にカレンが足を止め、ルルーシュたちを振り返り、唐突に話し始めた。
「ルルーシュ、私、あなたには感謝している。あなたがいなければ、私たちはシンジュクゲットーで死んでいた。黒の騎士団もなかった。あなたがブリタニアと戦う姿を見て、とても嬉しかった。そのあなたに認められて、必要とされて、私は、とても誇らしかった。
 なのに今のあなたは何? ブリタニアの皇帝なんかになって、何をしようとしてるの? 何を望んでるの? 力がほしいだけ? それともこれもあなたのゲームなの?」
 ルルーシュに付いてきた護衛が、一時は黒の騎士団に身を置いていたジェレミアであるということもあってか、カレンは誰に遠慮することもなくルルーシュに問いかけてきた。いや、それは問いかけというよりは叫びに近かったかもしれない。何故自分たちを裏切ったのか、何故日本を支配するブリタニアの皇帝などになったのかという。裏切ったのはルルーシュではなく、扇たち黒の騎士団の方であったというのに。
「ねえ、答えてよ、ルルーシュ。一体どうして? あの時、なんであんなこと言ったの、私に「生きろ」なんて。ねえ、何でよっ!?」
 しかしカレンがどれほど問い詰めても、ルルーシュは顔色一つ、表情一つ変えなかった。
 そんなルルーシュの様に焦れたかのようにカレンはその両腕をルルーシュに向けて伸ばした。それをルルーシュの直ぐ後ろに控えていたジェレミアが弾く。
「無礼であろう、紅月カレン。超合集国連合の外部機関である黒の騎士団の一団員に過ぎぬ身で、それがブリタニアの皇帝に対する態度と思うてか!」
 ジェレミアのその言葉に、カレンは愕然とした表情を浮かべた。
「……そう、そこまで……」
 そこまで自分を、ひいては黒の騎士団を否定するのかと思ったカレンは、一瞬悔しそうに唇を噛みしめると、
「会場はこの先の体育館です」
 それだけを辛うじて伝えると、身を翻して駆け去った。
 ルルーシュにとっては、黒の騎士団との関係はすでに終わったことなのだ。あの斑鳩の4番倉庫での裏切りの場面で。あの時、ルルーシュはカレンに対して「君は生きろ」と告げた。その真意をカレンは考えなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。ルルーシュを裏切り、殺そうとした扇たちの言葉だけを信じ、ルルーシュはただ自分たちを利用していただけなのだと、そう思い込んだのだろう。それでも今回の問いかけにルルーシュが応えてくれることを、自分を認めてくれることを望んだのだろう。しかしすでに黒の騎士団を切り捨ててしまったルルーシュにとってはいまさらなことだった。
 きちんとした文書が存在しない以上、黒の騎士団があくまで日本は返還されたはずだと言い張らなければ、ルルーシュの対応も変わっていたかもしれない。しかし黒の騎士団はゼロの死亡を発表し、日本は返還されたと言い張るのみで、自分たちが何をしたのか考えていなかった。少なくとも日本人幹部たちは。ゼロとしてのルルーシュが、総司令に任じた星刻がそれなりの対応をしていたならば、まだ考慮する余地はあっただろう。だが、彼もまた扇たちの言葉を信じたのだろう。黒の騎士団の対応は外交的に認められるものではなかった。ゆえにルルーシュは黒の騎士団をその思考からすら切り捨てたのだ。





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