Reformation 【3】




 その日、ルルーシュがオデュッセウスと共に彼の離宮に戻ってきたのは、夜も遅くなってからだった。
 待たされていた三人は、すですでに夕食も提供され、食事を終えてひたすらルルーシュが帰ってくるのを待っているだけの状態だった。パソコンにくぎ付けの状態であるニーナはともかく、ミレイとリヴァルは手持ち無沙汰だった。そこへ漸くのルルーシュの帰宅である。
 ルルーシュは自身の夕食も摂らず、三人を待たせている部屋へとジェレミアを伴って急いだ。軽くノックをし、中からミレイの「はい」という返事を確認して扉を開ける。
「ルルーシュ様」
「ルルーシュ君」
「ルルーシュ!」
 三人三様のルルーシュへの呼びかけがあった。
「随分待たせてしまって済まなかった。途中で抜け出すわけにもいかなかったんでな」
 三人に歩み寄りながら、ルルーシュは詫びた。
「宰相府に、ということは、オデュッセウス殿下のお手伝いで?」
 ミレイが確認するように問いかけた。
「ああ。異母兄上(あにうえ)は、俺が望むような世界になるようにと、色々と考えてくださっている。そうである以上、お手伝いするのは当然のことだ」
「あれほどまでに皇室に戻られるのを嫌がっておられましたのに、随分と変わられましたのね」
「……ジェレミアに、父上を弑した責任を取れと言われたからな」
 一瞬躊躇いを見せた後、ルルーシュはそう答えていた。
「父上を弑した? 父上って、シャルル陛下を、ですか!?」
 驚いたようにミレイが問い返した。
「ああ、そうだ。俺が父を弑した。最初から説明しよう」
 そう言って、ルルーシュは三人がそれぞれに座っていたソファの近くの一つに腰を降ろし、三人にも座るように勧めた。ジェレミアはそんなルルーシュの後ろに控えるように立ったままでいる。
「三人とも、俺の素性については?」
 ルルーシュはミレイに確認するように問うた。
「はい、私が存じ上げている限りのことは、こちらに来るまでに説明致しました」
 ミレイが頷き、リヴァルが感嘆の声を上げる。
「おまえ、本当に皇子様だったんだな」
 リヴァルのその言葉に、ルルーシュは苦笑で応えた。
「どこから話したらいいのかな……」
 ルルーシュは悩んだように首を傾げた。
「三人とも、ギアスのことはジェレミアから聞いたか?」
 話を始める前に、確認するようにルルーシュは問いかけた。
「ああ、よく分からねーけど、聞くには聞いた。俺と会長には、シャルル陛下の記憶改竄のギアスがかかってたって。それをキャンセラー能力を持ってるっていうゴットバルト卿に解いてもらって、その時に、一体これは何だ、って話になって、簡単に教えてもらった」
「俺にも、その力がある。俺の場合は、絶対遵守だ」
「絶対遵守?」
「一人につき一回しかかけられないが、命令を下し、実行させることができる。それがどんなことであれ。
 リヴァル、1年以上も前のことだが、クロヴィス総督暗殺の前、シンジュクゲットー掃討作戦の前に、トラックの事故に巻き込まれたことを覚えているか?」
 リヴァルは己に向けて問いかけられたことに驚いたような顔をしながらも、懸命に思い出そうとしていた。そうして暫くして、思い出したかのように手を打った。
「ああ、あれか。賭けチェスの帰りに、トラックに後ろから追跡されて、そのトラックが工事中の道に突っ込んでった奴!」
「そうだ。あれは、テログループがブリタニア軍から毒ガスポッドを盗み出したんだ。それを知られないために、クロヴィスはシンジュクゲットー掃討作戦を開始した。何故かというと、毒ガスというのは偽りで、盗まれたポッドの中には一人の少女を閉じ込めていたんだ」
「少女?」
「それはまた……」
「どうして毒ガスだなんてそんな嘘……」
「クロヴィスはその少女を使って内密の研究をしていて、それを知られるわけにはいかなかった。だから運ぶのに毒ガスなどという嘘を流した。そしてそれを信じたテログループが奪い去ったんだ。そしてブリタニア軍に追われて焦っていたトラックの前を走っていたのが、俺とリヴァルの乗ったバイクだったというわけだ」
「そういうことか、いきなりあの事故のことを持ち出すから、一体何かと思った」
「その閉じ込められていた少女というのが、何か関係があるんですか」
 ミレイの問いかけに、ルルーシュは大きく頷いた。
「その中に閉じ込められていた少女を俺は助けた。少女の名はC.C.」
「C.C.? 可笑しな名前ね」
「本名じゃないからな。それはさておき、俺はその少女を救い出し、代わりにクロヴィスの親衛隊に殺されそうになった。それを身を挺したC.C.に救われ、その時、彼女から『力が欲しいか』と、あれは声に出されたと言うより、脳裏に直接響いたと言った方が正しかったと思うが、俺は、少なくともあの時点ではナナリーのことを考えれば死ぬわけにはいかず、諾と答えた。そうして得たのがギアスという力だ。その力で、俺はクロヴィスの親衛隊の者たちを自殺させ、難を逃れた。その後、やはりその力を使ってクロヴィスのいるG1ベースに乗り込んで、クロヴィスを殺した」
「総督を!?」
「じゃあ、もしかして……」
 ミレイの察した答えに、ルルーシュは頷くことで応えた。
「そう、俺がゼロだ」
「ルルーシュ君が、ゼロ? ユーフェミア様を殺した……」
 信じられない、というようにニーナが声に出した。
「俺は毒ガスを盗んだテロ組織、扇グループと接触し、力を借りて、クロヴィス暗殺容疑者とされていたスザクを救い出した。そして力を示した俺は、彼らの協力を得て黒の騎士団を組織し、祖国への反逆を開始した。ナナリーの望んだ“優しい世界”を創るために。そのためには、何よりもブリタニアの存在が邪魔だったからだ。それに母を殺した犯人を知りたいというのもあった。
 そんな戦いの中で、クロヴィスの死後、エリア11に副総督として着任してきていたユフィと、ユーフェミアと出会った。
 彼女は、皆承知しているように“行政特区日本”を提唱した。ユフィにとっては俺がもう戦わずに済む、皆が優しく過ごせる場を創るという思いで、考えで宣言したのだろうが、俺にとってはそれは否定すべきものだった。何故なら、特区は黒の騎士団の力を()ぐものでしかなかったからだ」
「どういうこと?」
 わけが分からぬというようにニーナが問い返した。
「特区はブリタニアの国是に反したもの。それでも、これは後から知ったことだが、彼女は己の皇籍奉還と共にそれを創り上げようとした。しかも黒の騎士団への協力も要請して。それがどういうことか分かるか?」
「黒の騎士団の力を無効化される」
 先に告げられていたルルーシュの言葉を思い出してミレイが冷静に答え、ルルーシュは頷いた。
「そうだ。かといって相手から呼びかけられた以上、それに応えなければ狭量と取られる。そんな中、俺にとれる道は一つしかなかった。相手側から拒否される道だ」
「ギアスを使って、ですか?」
「そう。俺は、ユフィに自分を撃たせることで、騙し討ちだと、そのための特区に参加などできないと持っていくつもりだった。ところがギアスの力が暴走し、制御不可能になって……。
 あの時、皇籍奉還までしたというユフィの言葉に、俺は彼女の手を取る気になったんだ。そしてギアスの事とか説明している時に暴走状態になって、俺が命じれば何でも言う通りにさせることができると、たとえ話で持ち出した「日本人を殺せ」の言葉がギアスとしてユフィにかかってしまった。その結果、ユフィは日本人虐殺という行動に出た」
「そんなことが……」
「じゃあ、ユーフェミア皇女の特区での虐殺は……」
「ユーフェミア様の意思では無かったのね、やっぱり。そしてルルーシュ君の意思でも無かった」
「そうだ。だがそうして起こってしまった虐殺を終わらせるには、ギアスにかかったユーフェミアを殺すしかなかった。今はキャンセラーであるジェレミアがいるが、当時は一度かかったギアスを解くことのできる者は存在しなかった。だから俺は……」
「あれ以上の虐殺を止めるために、ユーフェミア様を撃ったんだね、ルルーシュ君が」
 確かめるかのようにニーナが言葉にした。
「他に方法が無かった。少なくともあの時の俺には、それしか道が選べなかった。
 そしてそれを契機に、俺は日本人たちの一斉蜂起を促した。それがブラック・リベリオンだ。最初は日本人の優勢に動いていたが、ナナリーが浚われたとの知らせに俺は戦線を離脱し、やがて纏める者を失った日本人たちは、ブリタニアの前に敗れ、黒の騎士団の団員の多くは、死ぬか、あるいは捕らわれるかした。
 その頃、俺はC.C.に導かれるままにナナリーがいると思われる神根島に行った」
「ちょっと待った!」
 ミレイが口を挟んだ。
「C.C.って、ルルちゃんをクロヴィス総督の親衛隊から身をもって庇ったのよね? 死んだんじゃなかったの?」
 ミレイの問いに、そういえば、という顔で残る二人もルルーシュを見やった。
「ああ、C.C.は不老不死なんだ。だからクロヴィスが研究してたんだ」
「不老不死? 本当にそんな人がいるの?」
「コードというものが存在して、ギアスがある一定以上の力に到達すると、コードを引き継げるようになる。そしてそのコードを持つ者は不老不死となり、本人自身はギアスの力を()くし、他からのギアスも効かなくなるが、ギアスを与えることができるようになるんだ」
「なんかよく分からないけど、話、進めてください」
 理解不能のことはさておき、経過を聞きたいという方をミレイは優先したらしい。
「ああ。俺は神根島に到達したんだが、特区虐殺の真相を知らされたスザクも俺を追って神根島にやってきて、俺は奴に撃たれ、そして皇帝の前に突き出された」
「それって、売られたってことですか!? だって、スザク君がラウンズに取り立てられたのはゼロ捕縛の褒賞だって……」
「そうだ。俺はスザクによって皇帝に売られた。そして皇帝は、C.C.を釣るための餌として、俺の記憶を改竄し、皇族であったこと、母のこと、ナナリーのこと、ギアスのこと、C.C.のこと、ゼロのことも全て忘れさせた。そしてロロという偽りの弟を与えられて、1年ほどの間、機密情報局から24時間の監視体制の下にあった」
「じゃあ、私たちにかけられた記憶改竄も、その一環で……」
「ほとんどの生徒たちが入れ替わったのは、ナナリーちゃんとロロのことを隠すため、か?」
「その24時間の監視体制ってことは、アッシュフォード学園は……」
 ミレイとリヴァルの問いに、ルルーシュは頷いた。
「アッシュフォード学園に入り込んだ機密情報局が、トウキョウ租界内はもちろん、学園内、俺が起居していたクラブハウス内のあちこちに、監視カメラや盗聴器を仕掛けて俺の動向を、俺に接触してくるであろうC.C.を見張っていた」





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