「リヴァルの言う通りだと思います。
そして、これはルルちゃんを知る人間として言わせていただきますけれど、たぶん、彼が皇帝として出てきた時には、すでに彼は記憶を取り戻していたと考えられます。
そこから考えると、ナナリー代表が実兄であるルルちゃんと対峙したことがどうしても納得がいかないんです。ルルちゃんは弟とされていたロロに対してとても愛情深く接していました。それは彼の根本的な性格、精神からきていると思うんです。ならば、目と足が不自由なナナリー代表に対して、本当に実妹だったなら、私たちが知るロロの時と同じように接していたと思うんです。いえ、彼女の身体障害を考えればそれ以上だったと言えるでしょう。ましてや、皇室から隠れて生きていたのだとすれば、ブリタニアの、皇室の、更にはシャルル皇帝の唱える国是や、他の皇族、貴族たちの思考を考えれば、本来死んでいるはずのヴィ家の兄妹が実は生きていると知れば、その暗殺に動いていたでしょう。そうなると、ルルちゃんは周囲に対して常に緊張を持って接していたと考えられます。ほとんど誰も信用できない、何時暗殺者に殺されるかしれない、そうはならずとも、皇室に戻されればまた政治的に利用される可能性が高い。そんな状況下であったなら、ルルちゃんは非常に神経質になって妹を守っていたはずです。それも、母であるマリアンヌ皇妃が殺され、日本に送られた時からずっと。僅か10歳になるかならずの頃からですよ。それから7年余りも必死になって妹の面倒を見て、障害が少しでもよくなるようにと愛情をもって、本当に一生懸命に面倒を見ていたはずです。私もリヴァルも、ルルちゃんの性格を考えるとそうとしか思えない。なのにその妹は、皇室に戻ってから僅か1年ほど面倒を見て、フレイヤから助けてくれた異母兄シュナイゼルの言うままに実兄のルルちゃんと敵対したということになる。ずっと自分を慈しみ、愛して面倒をみてくれた兄に対して、です。そのことを全て忘れたかのように、無かったことのように、あるいは、それは当然のことで何の義理もないとでも言うように。もしかしたら、本心では、自分が国を追われたのは、ルルちゃんが皇帝に対して歯向かったからだ、とでも思っていたのかもしれませんね。けれど、どういった経緯であれ、年齢を考えればたった3歳違いの兄が、幼い頃から妹の面倒を見るのが本当に当然のことでしょうか? 当時の気状況からして、何の苦労も無かったでしょうか? 私にはそうは思えません。日本とブリタニアが開戦する前は、日本人のブリタニア人に対する感情は相当悪化してたそうですから、酷い苛めにあっていた可能性だって否定できません。それらのことから、戦後、自分たちヴィ家の兄妹はは死んだということになさったんじゃないかと思います。そして戦後、我が家がお二人を庇護したということのようですけど、たぶん、我が家のことも心の底から信頼してはいただけていなかったのではないかと思います。そして、偽りのIDを作って一般人の学生として暮らすようになってからは、多分、我が家からそれなりの援助もあったのではないかと思いますけど、そんな兄を、平然と“敵”と言って対峙することのできる神経が、私には、私たちには理解できません。皇室に戻って何か考えが変わってしまったのか、それともそれ以外の何かがあったのかは分かりませんけど、あまりにも薄情な妹だと、私はそう思います。
私もリヴァルも、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの、いえ、本人が学園に在籍していたというナナリー・ランペルージのことは記憶に無いので、多分に想像とこれまでに得た情報から導き出したことがほとんどですけど」
調査にあたった者の心に強く残ったのは、二人の話の内容はもちろんだが、廃嫡されているユーフェミアはともかくとしても、現在の自国の代表たるナナリー・ヴィ・ブリタニアに対して、徹頭徹尾、最初から最後まで一度として敬称が付けられなかったことだ。ようはそれだけ、自分たちにとって大切な友人であったルルーシュに対し、嘘をつき、あるいはシュナイゼルによっていいように操られていただけなのかもしれないが、ずっと自分の面倒を見てくれていた、愛してくれていたであろう実兄を否定して敵対し、ペンドラゴンにフレイヤを投下して億からの自国の民を虐殺しておきながら、そのことになんの呵責も覚えていないかのように、平然と代表として治まっていることが許せないのだろうと、そんなことをした者を到底自国の代表とは決して認められないとの思いが強いのだろうということだった。
ミレイとリヴァルからの聞き取りを終えた後、学者たちはそれらを、そのままにではなかったが、時系列に添った形で纏め上げてサイトに掲載した。
それが、最終的なきっかけとなった。それまでの書き込みからも、すでに真実を知る一部の者たちは、ある程度の決断を下す状況にはあったのだ。しかし二人の発言が公表されたことで、犀は投げられた。彼らは秘匿していた映像を、そのサイトに投稿したのだ。
パンドラの匣には、最後に希望が残っていたという。しかし、そこにこれが最後と投下されたのは、爆弾以外の何物でもなかった。
信じる者、信じない者、それはそれぞれに存在してはいたが、最終兵器と言ってもいいだろうそれは、信じない者のほとんどの考えを覆させる複数の映像だった。
最初の一つは、おそらく隠しカメラで撮られたものだろうと思われる、会議室のようなところでのものだった。そこにいたのは、ブリタニア側はシュナイゼルとその副官、そしてコーネリア。黒の騎士団側は、何故かCEOであるゼロを除いた日本人幹部たち。話し合いの途中で、黒の騎士団の事務総長を務める男、すなわち現日本の首相となっている男が、現在の夫人と共に入ってきた。話の内容は理解不能な点もあったが、何よりも明らかになったのは、ゼロ── シュナイゼル曰く、彼の異母弟のルルーシュ── と引き換えに日本を返せということだった。それは明らかに超合衆国連合に対する裏切り行為にほかならない。黒の騎士団は日本のためだけに存在するのではなく、超合衆国連合の外部機関、いわば傭兵部隊なのだから。つまり、彼らは超合衆国連合に諮ることなく無断で、自国たる日本── トウキョウ方面軍はほとんど日本人で構成されていたし、幹部も一人を除けば同様だ── のことしか考えず、敵たるブリタニアの大将ともいえるシュナイゼルと裏取引、密約を交わしたということだ。
次は、黒の騎士団の旗艦“斑鳩”の、倉庫らしき場所での状況だった。銃を構え、KMFすらも持ち出してゼロを取り囲む会議室にいた幹部を中心とした騎士団の団員たち。そしてその様子を見守るシュナイゼルやその副官、そしてコーネリアの姿があり、団員たちのゼロに向けた数々の罵りの言葉。最後、仮面を外したゼロ── それは他ならぬルルーシュだった── が団員たちに向けて悪態を吐き出した後、自分の傍らにいた少女── 紅月カレン── に対して、本当に小さな声で掛けた「君は生きろ」という言葉を、その部分だけボリュームを上げたのだろう、それと分かる形で、全てが明確に聞き取ることができるものだった。そしてゼロに向けて銃が撃たれた瞬間、ゼロの後ろにあったゼロの機体“蜃気楼”が突如動き出し、ゼロを守るようにして斑鳩から飛び出し、そこで終わっていた。
また、アッシュフォードで開催された超合衆国連合最高評議会における様子。これは当時、生中継されていたこともあり、それを見た者たちは、そういえばそうだった、と思い返していた。それは、一国の、それも大国たるブリタニアの君主に対するものとは到底思えないものだった。その頃のルルーシュは“賢帝”と呼ばれていたが、議長である合衆国日本の代表たる皇神楽耶は、ルルーシュを最初から呼び捨ての上、“悪逆皇帝”とまで言ってのけ、しかもあろうことか壁で取り囲んだ牢ともいえる檻の中に閉じ込めたのだ。他国の代表からは反論も出てはいたが、神楽耶がその檻を解くことはなく、やがて皇帝を救うために飛来した彼の騎士と、その彼が操るKMFランスロットによってルルーシュは解放されたが、その際、黒の騎士団のエースパイロットである紅月カレンは己のKMFでアッシュフォード学園の地下から飛び出し、攻撃をしかけようとしたのだ。ルルーシュを倒すのは自分だ、と叫んで。その場は、ブリタニア側が各国代表たちを人質に取る形をとったために戦いには至らなかったが、それはともかく、超合衆国側、特に議長の神楽耶と黒の騎士団幹部たちがとった態度は、明らかに異常であった。しかも、黒の騎士団に至っては、本来、評議会での発言の権利など一切無かったにもかかわらず、檻の中のルルーシュに対して、平然と口汚く罵り、内政干渉以外の何物でもないことまで口にしていたのだ。それらの多くは、最初の映像でブリタニア── シュナイゼルら── から齎された内容が根にあったのであろう。
そして最後は、ペンドラゴンにフレイヤが投下された後の、ルルーシュが乗艦していたアヴァロンでのシュナイゼルたちとの会話。それは主に、シュナイゼルが彼女こそが皇帝だと告げたナナリーがメインだったが、明らかにアヴァロン側で記録されていたものであろう、ゆえに、ルルーシュたちは言葉だけで映像はなかった。
その映像の中で、画面中央に映し出されているナナリーは、はっきりと告げていた。ルルーシュとスザクに二人とも嘘をついていた、ルルーシュこそがゼロだったと。更にはペンドラゴンに対してフレイヤを投下したことも認めていた。しかもあろうことか、誰がどう考えても無理だろうと分かる、住民は避難させたという、シュナイゼルが告げたという言葉を、シュナイゼルは嘘をつかないと全く疑うことなく信じきっていた。
そのナナリーの映像を見た者たちは、皆、呆れると同時に、それ以上に恐怖し、怒った。
ゼロの正体がルルーシュであったことは、他の映像でも確認されていたことであり、その証明をより確実なものにしたにすぎないと言っていいことだった。だが、フレイヤのことは別だ。ミレイやリヴァルが推測としながら証言した内容を、その通りだと裏付けるものだった。
それよりも問題は、フレイヤのことだ。ルルーシュによって行われたということになっていたことが完全に間違いであり、何者かによる情報操作が行われたのは明らかだ。フレイヤを自国の帝都に投下して、億からの臣民を虐殺したのは、現在、代表の地位にあるナナリーということを、本人自ら認めているのだ。しかも、シュナイゼルの、住民は避難させたとの言葉を信じ込んで。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの経歴は、これまでの調査でほぼ明らかになっている。
母であるマリアンヌ皇妃を殺された後、足を撃たれ、ショックから瞳を閉ざして盲目となった妹と二人、すでに険悪な関係となっていた日本に、友好親善のためという名目で、実質的には人質として送り出された。ブリタニア人に対して悪感情を抱いていた日本人は、子供であってもブリタニア人に対して酷い対応をしていたという。そう、実際、首相であった枢木家に預けられる形になっていたルルーシュたち兄妹に住まいとして与えられたのは、枢木神社内にあった旧い土蔵であり、真面な扱いを受けていなかったという。そしてルルーシュが町に降りると、子供たちから幾度も苛めを受け、店では物を売ってもらえないこともあったという。しかもそんな中、二人の皇族が、皇帝の子供がいるにもかかわらず、ブリタニアは日本に対して宣戦布告と同時に開戦、攻め寄せた。その中で、二人とも死亡したとされ、鬼籍に入った。
ところが7年後、妹のナナリーだけが皇籍に復帰した。そして更に1年余りの時を経て、突然、兄であるルルーシュが姿を現し、帝位に就いたのだ。
ルルーシュのが即位にあたって身に付けていたのは、アッシュフォード学園の制服であり、それまでに調べてきたことからも、戦後、ヴィ家の兄妹がアッシュフォード家に庇護され、創立された学園で匿われるようにして過ごしてきたのだろう事は、もはや疑いようがない。
それらの事から判断するに、ナナリーがブリタニアに帰還するまで、戦後はアッシュフォードによる守りもあっただろうとはいえ、実兄であるルルーシュの存在はなくてはならないものだっただろう。ルルーシュがナナリーを守り続けてきたのだろうことは疑いようがない。ブラック・リベリオン以前にアッシュフォード学園に在籍していたという者たちからの書き込みからもそれは確認できる。
にもかかわらず、まだ幼いといっていい子供の頃からずっと自分を守り慈しんでくれていた実兄ではなく、僅か一年程、その地位、立場からすれば、片手間と言っていいだろう付き合いに過ぎなかった異母兄を、自分の命をフレイヤから救ってくれたということもあったのだろうが、無条件に信じ、疑いもしていなかった。その結果の自国帝都に対するフレイヤの投下である。
自分を慈しみ守り続けてくれた兄の苦労を、その思いを、ナナリーは何も感じていなかったということなのか。何も知らなかったと。それとも当然のことであり、それに対して何ら思いを至らす必要など感じなかったとでもいうのか。であるならば、なんと薄情な妹であることか。たとえ兄がゼロであったことに対して否定的な意見を持っていたとしても、それでも普通であれば何かしか思うところがあるはずであるし、フレイヤの投下に対し、仮に避難宣告が出されていたとしても、億からの民が住まう帝都からの避難など、到底不可能であることは、少しでも考えることができたなら、考えたなら、不可能であることは、乳幼児や極一部の者を除けば、誰にでも簡単に分かることだ。
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