パンドラの匣 【2】




 検証のためのサイトが開設された頃、多くの人々はそのサイトに対して特にこれといった態度を示しはしなかった。ただ、興味からサイトを見る者はそれなりにいたようだったが。
 しかしそれが変わった。サイト内に、検証の結果としてルルーシュは本当に“悪逆皇帝”と称されるような存在であったのか、との疑問が呈されてからだ。サイトで呈示された疑問に対して、否定の言葉が相次いだ。それどころか、それらの疑問を呈した学者たちに対するネット上での攻撃が始まったのだ。サイトそのものに対しても、否定・中傷する書き込みが続いた。しかしそれとさほど時をおかずに、かつて教職員を含めてアッシュフォード学園に在籍していた生徒だとする者たちからの書き込みも行われるようになった。
 その内容は大きく二つに分かれていた。
 一つは、かつてエリア11で起きたブラック・リベリオンと呼ばれる黒の騎士団を中心とした、ブリタニアに対するイレブンの一斉蜂起といえる戦い以前にアッシュフォード学園に在籍していたとする者たちからのものだった。それらは、ルルーシュと、現在、ブリタニアの代表となっているナナリーが間違いなく兄妹であり、アッシュフォードに在籍していたことを書き込んでいた。書き込まれた内容を纏めると、学園在籍時のナナリーは、現在は視力を取り戻しているが、まだ盲目で、足が動かず車椅子が手放せないという身体障害も抱えており、兄のルルーシュはそんなナナリーを溺愛し、必死に面倒を見ていたと。常に妹優先で自分のことは後回しだったこともあり、それはあまりにも過ぎるのではないか、学園中ではルルーシュは完全にシスコンで妹バカだと、皆がそう思っていたと。そしてその書き込みの中での大きな問題は、ブラック・リベリオン以後、程なくして、生徒会のメンバーを除いた全ての生徒、教職員が、その当時は分からなかったが、後に皇帝の名をもっての命令により、アッシュフォードを出されたことが分かったというものが、相当数あったことだった。ちなみに、中には学生服姿のルルーシュとナナリーの兄妹の写真も投稿されていた。
 そしてまた、直接的にはサイトの本来の目的とするところとは関係のないことと言えば言えることであったが、ブラック・リベリオンが関係していたこともあったためだろう。そのきっかけとなった“行政特区日本”の開会式典における日本人虐殺に関係して、その政策を打ち出して、しかもこともあろうにそれを学園祭で唐突に宣言し、自分たち生徒が一生懸命に準備をして楽しんでいたそれを中止に追い込んだ、当時エリア11の副総督であった第3皇女ユーフェミアに絡んでの書き込みも幾つもされていた。
 皇族であるユーフェミアの“お願い”という名の命令、ゴリ押しで、のちに皇帝ルルーシュの唯一の騎士たるナイト・オブ・ゼロとなった枢木スザクが学園に編入してきたこと。しかし生徒の多くから、名誉ブリタニア人ということで陰湿な苛めを受けていたのが、ルルーシュが彼を自分の幼馴染の親友だと告げたことで、表立っての苛めは無くなり、学園に受け入れられたのだということ。しかしルルーシュのおかげで生徒たちに受け入れられたというのに、ユーフェミアに騎士として任命されたことにより、スザクは彼女だけが自分を認め受け入れてくれたと、そしてゼロを間違っていると、生徒会室で繰り返していた、彼は自分がルルーシュのおかげで学園に、完全ではなくとも多くの生徒に受け入れられというのに、それを全く考えていなかった、ルルーシュが、そして生徒会に迎え入れた生徒会のメンバーたちが気の毒でならなかったとまでも。更には、ユーフェミアに敬愛を超えた感情を抱いていたらしい、後にフレイヤという大量破壊兵器を創り上げたニーナ・アインシュタインが、ブラック・リベリオンの際に、黒の騎士団が学園を占拠したことから、敬愛するユーフェミアを殺したゼロを憎み、学園内にあった第3世代KMFガニメデで彼女が作った爆弾を持ち出し、場合によっては自分たちは殺されていた可能性があったことも。そしてニーナがフレイヤを創り出したのも、そこに要因が、ゼロ憎しの感情からだったのだろうと。だがそのために多くのブリタニア人が死亡し、その中には自分たちの親しい者も多くおり、そのような兵器を創りだしたニーナはもちろんだが、国に対し、そしてトウキョウ租界でそれを使用した枢木スザクが許せないとの意見もあり、付け加えるならという形で、自分たちが知るルルーシュの性格を考えれば、現在世間で言われているように、ルルーシュが自国の帝都たるペンドラゴンにフレイヤを投下させるようなことをするとは考えられない。第一、その頃フレイヤを所有していたのは、それを創らせた帝国宰相であったシュナイゼルであり、ルルーシュにそれが行えるはずがないと。その一方で、ルルーシュはブリタニアの皇族や貴族、軍人を大変嫌っており、それは学園内では有名なことで、そのことから考えれば、皇帝となってすぐに行われた皇族の廃嫡や貴族制度の廃止といった、“賢帝”と呼ばれていた頃の特権階級に対する政策はなんら不思議なことではないとも。
 そしてもう一つだが、それはブラック・リベリオンの後にアッシュフォード学園に在籍した者たちからのものだったが、妹の存在がロロというなの弟に変わっていることを除けば、ルルーシュに対しての評価はさして変わっていなかった。厳しい面も全くないわけではなかったが、基本的には非常に優しい兄であり、弟のロロをとても大切に慈しんでいたと。ただ、前者と他の生徒に対して見せる面が、その書き込みから判断すると多少変わっているように見受けられた。基本的には変わっていないのだが、前者に比べると、他者に対する態度が、幾分柔らかく、軽くなっているように受け取ることができた。
 もちろん、ルルーシュ在籍当時の、つまり何故かブラック・リベリオンの前後も唯一変わることのなかった生徒会メンバーに対しても調査── 内密に事情聴取── が行われた。ただ、メンバーといっても、副会長だったルルーシュを除くと、残るのは会長であり、現在はTVキャスターを務めているミレイ・アッシュフォードと、アッシュフォードの大学部に進んでいるリヴァル・カルデモンドの二人のみなのだが。ニーナ・アインシュタインはブラック・リベリオン後、学園を去って帝国宰相シュナイゼルの元でフレイヤの研究開発をしており、それがトウキョウ租界で使用された後、行方不明となっている。おそらく何処かに隠れ住んでいるのだろうと思われているが、誰も見つけ出せていない。また、シャーリー・フェネットは第2次トウキョウ決戦よりも前にすでに死亡している。シャーリーの死に関しては自殺ということで片がついてはいるが、当時、ナイト・オブ・セブンだった枢木スザクは、ルルーシュによる殺害の疑惑を抱き、その線での捜査を命じている。スザクがどうしてそのような考えを持ったのか、今となっては確認のしようもないが、いずれにせよ、シャーリーの死については、ルルーシュは単にその死の間際に傍にいたこと、そして結果的に第一発見者となっただけで、死そのもの関係しているわけではないことは確定している。とはいえ、やはり自殺という結論に多少の疑問は残ってはいるのだが。
 それはさておき、ミレイにとっても、祖父であり学園の理事長であるルーベン・アッシュフォード同様に、彼らの知るルルーシュ・ランペルージはあくまでロロという弟と共に、親しくしているランペルージ夫妻から預かっている兄弟でしかない。二人ともルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在そのものは忘れてはいないが、彼らの知るルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはあくまで本国を出る前までのことでしかなく、ルルーシュ・ランペルージは、確かに彼のによく似た面差しをしているが、別人なのだ。だからこそ、どう見てもルルーシュ・ランペルージでしかない彼が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと名乗り、ブリタニアの皇帝となったのか理解できずにいた。
 ミレイのルルーシュに関する評としては、授業態度に関しては決して真面目とは言い切れない。起きているふりをして実は眠っているということもよくあったし、サボって賭けチェスに行くこともある。だが、弟への愛情に間違いはなく、とても大切にしている。そのせいだろうか、ルルーシュに好意を抱き、告白をした者もいたが、ミレイが知る限り、彼は誰の誘いも受けたことはない。そう、おそらくは自分以上に。後は、男性でありながらヘタな女性よりも家事に長けていることだろうか。また、生徒会副会長としては、責任感が強く、しっかりと仕事をこなしていたこと。そして自分が行うイベントに対して、何かと否定をするが、押しに弱いところがあり、最終的には何時も完璧にこなしてくれており、ルルーシュがいなかったら失敗に終わっていたイベントも多かったと思うとのことだった。
 リヴァルは、自分はルルーシュの一番の悪友だと自認していた。“親友”ではなく、あくまで“悪友”だと。だから一緒に賭けチェスに出かけたりなどしていたと。けれど、彼が一般人のルルーシュ・ランペルージではなく、実は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという皇族ということは全く知らなかったとも。もちろん、ロロはルルーシュの弟だと信じて疑ってはいなかったし、だから皇帝としてトウキョウ租界で開かれた超合衆国連合の臨時最高評議会に参加するためにやってきたルルーシュに対し、本当のことが、真実が知りたくて、それで塀の外から叫ぶように呼び続けたのだと。
 そしてミレイ、リヴァル、共に共通しているのは、ブラック・リベリオンを境に、基本的には確かに変わってはいないが、ルルーシュには明らかに変化があったと述べていることだ。
 それは本当にルルーシュととても親しくしている、要は彼に身内認識のようなものを抱かれている者にしか分からない程度のものではあるが、自分たちにはだからこそ分かるという。
 ブラック・リベリオン以後、ルルーシュにはほんの一時期行方が知れない時があった。そして暫くして戻ってきた時には、変わっていた。どこがどう、とはっきりとは言い切れない。だが、感覚的に、ルルーシュの他の人間に対する対応の程度が変わったように思えてならないのだと。簡単に言えば、以前程に厳しくなくなった。あからさまに目に見える程ではないが、僅かではあるが、甘くなったと思える。それはミレイに言わせれば、あくまで仮定の話でしかないが、本当にルルーシュが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであり、ルルーシュ・ランペルージというのが偽りのものであり、かつ戻ってきたルルーシュの記憶から、皇族としてのものが消えて、本当にランペルージという一般庶民に過ぎないのだということに変わっていたのだとしたら、ルルーシュの周囲に対する警戒心は薄れ、結果的に他人に対する対応が甘くなるのは必然だと思えるからだという。母を殺され、実父たる皇帝の命令により、名目上はどうあれ、要は行って死んで来い、殺されて来いと日本へと送り出され、それに際し、異母とはいえ兄姉たちは彼ら兄妹に対して何もしなかったのだ。確かにブリタニア皇室では、兄弟姉妹間であっても、皇位継承権を巡っての争いは以前からあったし、ことにシャルル皇帝時代はそれが顕著であった。そして皇族たる彼ら兄妹がいるにもかかわらず、ブリタニアは日本に対して開戦したのだ。更に言うなら、ブリタニアの弱肉強食の国是を考えれば、必然的に、皇族だけではなく、その後見貴族にしても、自分たちが後見している皇族以外に対しては、何らかの対策を立てることは十分にある。たとえばそれは暗殺であることも。もしそうでなかったとしても、一度弱者認定された以上、ルルーシュたち兄妹はブリタニアに戻っても、政治的に利用されるだけだ。だからルルーシュたち兄妹はヴィ家の者としては死んだこととして、後見であったアッシュフォード家が匿っていたのかもしれない。そういったそれまでの経緯から、他の人間に対して、ルルーシュは酷く神経質になり、必然的に用心深くなり、そう簡単には他人を信用しなくなる。それがゆえに他の人間への評価が厳しくなり、確かにそれなりの態度を示してはいたが、結果的によく共に行動していた生徒会のメンバー位にしか信をおいてはいなかったのではないか。そのかわり、一度身内認定すれば、時には── 学園を去った者たちの意見が正しいとするならば── ナナリー、そしてまたミレイやリヴァルの記憶でいえばロロとなるのだが── 妹、あるいは弟を別にすればとなるが、過ぎるほどに甘くなる。その代表が枢木スザクだったというのはルルーシュを知る学園関係者の全てに共通している。とはいえ、アッシュフォード家についていえば、その信もどこまでのものだったかしれない。実際、本気でルルーシュたちのことを気にかけていたのは、当主のルーベンとその孫娘のミレイだけといっていい状態だったのだ。しかしルルーシュにヴィ家の者、つまり皇族としての記憶が無いとなれば、そこまで他人に対して厳しい評価をすることも用心することも必要がなくなる。それが、変わったと思えた原因なのではないかと考えることもできる。





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