パンドラの匣  【1】




 ギリシア神話にある“パンドラの匣”とは、匣そのものの名前ではない。開けるとあらゆる災厄が放たれることから、決して開けてはならないと言われていたその匣を開けたのがパンドラという名の女性であり、それがゆえに“パンドラの匣”と呼ばれるようになったのだ。開けた匣の最後には“希望”が残っていたとされているが、果たして本当にそうなのだろうか。



“悪逆皇帝”とされた神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが仮面のテロリスト、ゼロに戦勝パレードの最中に殺されて暫くは、人々は、世界は熱狂していた。これで“悪逆皇帝”による弾圧や虐殺は無くなり、世界は平和になると。
 しかし、実態はどうであろうか。
 熱狂がだんだん治まっていく中、一部の学者が“悪逆皇帝”の“悪逆”とされた行為に対して疑問を持ち始め、実態調査を開始したのがきっかけと言えるだろう。一般の民衆に比較すれば、さすがに学者だけあって、冷静だった。とはいえ、あくまで一部の、であって、粗方の学者たちは民衆に迎合していたが。
 彼らがそうした行為に出たのは、パレードでの暗殺におかしな点が見受けられたのに気付いたからだ。そして民衆に迎合していた学者たちの中からも、やがて変わっていく者が現れ始めた。それはルルーシュが行ったとされる行為についての、一部の学者たちが立ち上げた検証サイトを見たことによる。
 皇帝を守るべき兵士たちは確かにゼロに向かって攻撃をしていたが、それは見せかけのようにしか思えなかった。本気で皇帝を守る気など無いとでも言うように。明らかにその銃口はゼロを狙っているように見せかけながら、微妙に当たらぬように的を外していたとしか思えないのだ。それは、彼ら兵士もまた、“悪逆皇帝”たるルルーシュに反感を抱き、守る気が無かったからと考えられなくもないが。そしてまた、最後まで皇帝に忠誠を誓って従っていたとされるジェレミア・ゴットバルトの動きもおかしかった。あまりにも簡単にゼロに交わされすぎたのだ。まるでゼロをルルーシュの元へと送るのが目的だったかのように。
 更には、ルルーシュがゼロによって刺し殺される際の映像が問題だった。拡大し、映像を鮮明にするように処理して改めて検分した結果、ルルーシュはゼロに剣で刺し貫かれながら微笑んでいたのだ。そして何事かを口にしていた。さすがにそこまでは解読することはできなかったが、己を刺し貫いている相手に対し、どうして微笑みを向けるのか。
 そしてまた、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの経歴についても検証が行われた。
 ルルーシュは第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと、その第5皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの間に生まれた、第11皇子にして第17位皇位継承権を持っていたが、母である皇妃マリアンヌの暗殺により、身体障害を負った実妹のナナリーと共に、当時の日本に送られた。表面的には、すでに関係が悪化していた日本との関係改善をはかることを目的とした友好親善のため、とされてはいたが、当時のブリタニアの状況を考えれば、それは人質、しかもブリタニアが日本に対して開戦を開く口実となるように、死んで来いと送り出されたものであるのは明らかと言えた。
 希少エネルギーであるサクラダイトに関する件が開戦の目的とされてはいたが、その時点で、日本に送られていた二人の皇族に関して、皇帝が何らかの対策をとった形跡は全く認められず、また、二人はその戦争の中で死んだとされ、鬼籍に入り、日本での詳細な形跡は不明であった。
 しかしそれから7年程経った頃、妹の第6皇女ナナリーだけがブリタニアに戻り、皇籍に復帰した。何故ナナリーだけが戻ったのか。身体障害、それも足だけではなく、目も見えない状態で一人で生きていけるはずがない。にもかかわらずナナリーだけが戻った。ナナリーが生き延びることができたのは、どう考えてみても、まだ彼自身も幼なかったとはいえ、兄たるルルーシュの存在があったためとしか考えることはできない。ではそのルルーシュは一体どうしたのか。何らかの事情があってナナリーだけをブリタニアに返し、今はブリタニアの植民地から解放され、すでに日本に戻っているが、己はまだエリア11となったかつての日本に残ったのか。
 そこから、調査はエリア11のトウキョウ租界だった頃のことに至った。
 そこで判明したのは、アッシュフォード学園の存在である。アッシュフォード学園の理事長はルーベン・アッシュフォード。アッシュフォード家はかつてマリアンヌ皇妃生存中はヴィ家の唯一の後見貴族だった。ならば日本が敗戦してエリア11となった後、マリアンヌの遺児を求めて早々に移住したことにさして不思議はない。それが、せめて遺児二人の眠る地に、と思ってのことだったのか、それ以外の思惑があったのかはともかくとして。ましてやアッシュフォード家は大公爵という爵位持ちではあったが、マリアンヌの死後、守れなかったとして爵位を剥奪されており、どう動こうとアッシュフォード家は自由であり、また、ルーベン・アッシュフォードはヴィ家に対して非常に忠誠心が厚かったとの評価があったのだから。
 そうした事柄を踏まえ、調査対象はアッシュフォード学園に絞られた。
 アッシュフォード学園は、エリア11が日本として解放され、新しい日本政府が立ち上がった後、暫くして学園を閉鎖し、新たに本国で学園経営を開始している。当時、まだ当分は日本となったエリアで学園を存続させる予定であったが、日本人からのブリタニア人に対する迫害── それまでにブリタニア人が日本人に対して行ってきたことを考えれば、多少は致し方ない部分があると思ってはいたが、それは想定を遥かに超えていた── 、そしてそれ以上に、行政や警察がそれを見てみぬ振りをし続けていることから、生徒たちに危険が及ぶ危険性を考え、早々に学園を閉鎖して退去することとしたのだ。その頃まだ学園に残っていたブリタニア人は、学園の移転と共に、そのほとんどが家族と共に日本を離れ、ブリタニア本国へ帰国した。それができなかったブリタニア人は、全てが、ではないが、だいたいにおいて本国に戻るための余裕がない者であり、そうした者たちがその後どのような運命を辿ったのか、まだそう月日が経過していないにもかかわらず不安でならなかったが、かといって、ブリタニア本国が何らかの手段を取るということもなかった。むしろ、表面的にブリタニア本国、日本、共に政府── 代表── は互いに友好を謳いあげるようにして、そうして見捨てられたかのような人々に対してはなんら関心を示さなかった。それらのことは決して公表── 報道── されるようなことはなかったが、そのことを知る者たちは、ブリタニアの政府に、代表として立った者に対して眉をしかめ、不信を募らせ、不満を膨らませていっただけである。ただし、肝心の政府、代表は、それらのことについて関心が無いのか、そのようなことは無いとでも思っていたのか、全く気付きも、実態を調査しようともしていなかったが。
 それらのアッシュフォード学園の辿った経緯はさておき、アッシュフォード学園に対する本格的な調査が開始された。
 何故なら、代表となったナナリー自身が、ランペルージという姓で兄であるルルーシュと共にアッシュフォードに庇護されて過ごしていたと告白していたからだ。ただし、その兄に対しては、兄などと呼びたくもない、血が繋がっている存在などとは思いたくもないと否定しきりではあったが。
 しかし問題はそこではない。かつてのトウキョウ租界での第2次トウキョウ決戦、更にはそこで使用されたフレイヤによってアッシュフォード学園も被害を蒙り、失われた資料も多くあった。それでも無事に持ち出された資料を検証した結果、その中にナナリー・ランペルージの存在は全く確認できなかったのだ。兄のルルーシュの存在は確かに確認できたにもかかわらず。加えて、ルルーシュにはロロという名の弟がおり、寮ではなくクラブハウスで暮らしていたとあったが、ナナリー曰く、ロロなどという名の兄弟は存在しなかったという。それは異母も含めてのことである。しかし当時のアッシュフォードの生徒たちは、間違いなくルルーシュの兄弟は弟のロロだけであり、学内では共に、互いにブラコンとして有名だったと証言している。ナナリー本人の証言以外には、ナナリーがアッシュフォード学園に在籍していたという記録、記憶は、資料にも証言にも、一切無かったのだ。しかし専門家による詳しい調査の結果、証言はともかく、残されていた資料について、よくよく調べなければ分からない程に巧妙なものだったが、手を加えられた、つまり偽造されていたことが判明したのだ。つまり、何者かの手によってナナリーの存在が隠され、代わりにそこにロロという少年の存在が置かれたということだ。これは何を示しているのか。
 それは学園の理事長であり、かつてはヴィ家の後見を務めていたルーベンやその一族も同様だった。彼らには、ヴィ家の、マリアンヌ皇妃の後見をしていたこと、その頃は大公爵であったが、マリアンヌを守れなかったことで爵位を剥奪されたことと、遺された二人の遺児に関する記憶はあったが、その中ではルルーシュは死亡、アッシュフォード学園に在籍しているルルーシュとロロの兄弟は、あくまでアッシュフォード家と長く親しい付き合いのある、本国にいるランペルージ家の当主夫妻から預かっているだけ、というものでしかなかった。ナナリー皇女に関する記憶はあっても、彼女がかつてナナリー・ランペルージとしてアッシュフォード学園にいたことも、ルルーシュ・ランペルージがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることも、一切記憶になかった。だからアッシュフォードにとっても、ルルーシュ・ランペルージがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして、第99代皇帝として表に出てきた時、他の者たちと同様に驚愕したものだ。
 一体どうしてアッシュフォードの関係者たちにそのような記憶の齟齬が起きたのか、疑問しかない。
 そしてもう一点、学園に在籍していた当時のルルーシュに対する生徒や教職員からの評価である。授業はさぼりがちなところがあって、その点には困っていたが、生徒会副会長を務め、有能で責任感が強く、お祭り娘と異名を取っていた生徒会長のミレイ・アッシュフォードに振り回されつつも、彼女の行うイベントをどうにかこなすことができていたのもルルーシュがいればこそのものであったということ。また、ブラコンであったことからロロは特別、との認識が皆にあったが、それ以外の生徒に対しても面倒見が良く、さりげなく、ではあったが親切で、何かあれば知恵や手を貸してくれていたとのことだった。それはフジ決戦以前、“悪逆皇帝”と呼ばれる前、エリアの解放をはじめとした、一部の特権階級のためではなく、むしろその特権階級から力を奪い、一般民衆のためと言える政策を行い、“賢帝”と呼ばれていた頃のルルーシュに通じるところが見受けられる。





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