愚か者たち 【21】




 フレイヤの発射を確認したアヴァロンから、そのフレイヤに向けて不可視のビームが発せられた。
 その不可視のビーム── h−リンク・ビーム── はフレイヤの前に環状ブラックホールの入り口を形成したが、それもまた不可視のものであり、フレイヤがその作り出された入り口に入っていくのを確認しているのはアヴァロンの艦橋と、そのシステムの管理をしている一室におていのみである。
 それ以外の者からは、ただフレイヤがだんだんと頭部から消えていく、その様しか見ることができない。そしてやがて、フレイヤ弾頭の全てが環状ブラックホールの中に入り込み、そこには何も残っていない。入り口もほぼ同時に消失している。
 その様をダモクレス内のフレイヤ制御室のスクリーンから見ていたシュナイゼルが、思わず座っていた椅子から腰を浮かせた。
「こ、これは、一体どういうことだ……!?」
 環状ブラックホールに完全に取り込まれたフレイヤは、ビーム照射の段階で設定された出口── 何もない宇宙空間── から飛び出し、そこで巨大な閃光を放って爆発した。しかしもちろん、何も巻き込むことはない。
 何が起こったのかは全く分からなかった。しかしそれでも、それがルルーシュたちの開発したフレイヤに対するシステムなのだろうということは、シュナイゼルは理解した。とはいえ、それがどのようなものか分からないこともあって、全てをそううまく防ぐことはできまいと、ナナリーに対して次々とフレイヤの発射を命ずる。しかし、ビームは発射されるフレイヤに照準をあわせて照射されているため、その狙いを外すことはなく、発射されたフレイヤは全て、消失した。それでも最後まで諦めることもできず、ナナリーに命じる。
「ナナリー、分かっているね?」
「はい、お兄さまの罪は、私が討ちます」
 外で発射されたフレイヤがどうなっているのか、それを全く理解しないまま、シュナイゼルに命ぜられるままに、決心だけは大層な、身の丈を超えたものを抱いて、それがどれほど愚かなことなのか、自分がしていることの意味を何一つ理解しないまま、ナナリーは発射スイッチを押す。
「シュナイゼル殿下……。フレイヤは今のが最後です。もう1弾も残っていません」
 副官のカノンが言い辛そうにシュナイゼルに事実を告げる。
 フレイヤの謎の消失── 。シュナイゼルに合流した扇たちも、ただ呆然とその様を見ていることしかできなかった。フレイヤがあれば負けることなどない、そう思っていたのに、完全に肩透かしかを食った格好だ。しかもそれがどのようにして齎されたのかも全く分からないのだから。
 ニーナからフレイヤの残段数を聞いていたルルーシュたちは、全てのフレイヤの処理が終えたことを受けて、ダモクレスに対して、そして未だこの戦場に残っているKMFに対して、本格的な攻撃を再開する。それは、あまりにも一方的なものとなっていた。
 フランツはカレンの紅蓮に、C,C,は藤堂の残月に対して攻撃をしかけた。それは、見た目だけで言うなら、人間が使う短銃に似た物を持ち出し、少しばかりの距離をおいてそれで相手を撃つだけのものだったが、その効果は全く異なる。撃たれた部分は、破壊され、砕けるのでもなく、フレイヤがそうだったように、消失したのだ。気が付けば、文字通り、手も足も出ない、いや、両腕のない状態にされ、反撃のしようもない状態に追い込まれていた。
「どういうことっ!? 一体何が起きてるっていうの!?」
 カレンは完全にわけが分からずにパニック状態だった。その間に、藤堂の残月も紅蓮同様にされ、千葉の暁はジェレミアのサザーランド・ジークに撃墜され、他の僅かに残っていたKMFも、ジェレミアの命令の下、他の兵士たちによって次々と落とされていった。
 そしてその一方で、アンチ・フレイヤのシステムを応用した機能を付け加えて改良されていたアーニャのモルドレッドは、見た目はそれまでのハドロン砲と変わらなかったが、実際には異なる能力を持ったそれによって、ダモクレスに張り巡らされているブレイズルミナスを次々と消失させていった。壊すのではない。文字通り、ブレイズルミナスごと、射程範囲内の物を消失させていっているのだ。ダモクレスは、もはや完全に丸裸であり、守るものは何も無くなっていた。モルドレッドによる攻撃により、ダモクレス本体も、部分部分、すでに消失している箇所がある。ブレイズルミナスがなければ、他のKMFの所持する普通の武器でも通用する。今のダモクレスは、全ての抵抗する手段を奪われ、幾多のKMFから集中攻撃を受けるしかない状態にまでなっていた。未だ空中に留まっているのが不思議なくらいだが、よく見れば推進装置部分への攻撃があえて避けられているのが分かる。ゆえに、まだ落ちることなく浮いているのだ。
 この何も為す術のない状況に、シュナイゼルは生まれて初めてと言っていいだろう、歯噛みをしていた。こんな筈ではなかったのに、どうしてこんなふうになったのかと頭を働かせるが、ルルーシュたちが利用しているシステムが理解できない以上、答えが出ることはなかった。
 やがて、フランツたちはカレンの紅蓮をはじめとするKMFの捕縛をジェレミアと彼の指揮する他の兵士たちに任せると、ダモクレスの内部に乗り込んだ。
 状況の進展によっては、自ら出ることも考えていたルルーシュだったが、結局、全てはフランツたちに任せたまま、アヴァロンの指揮官席から立ち上がることもなく、その脇に立って戦場の様子を、フレイヤの消失する様を見届けたニーナは、全てのフレイヤが無事に消失したことを確認し、ホッと深い安堵の溜息をついた。どのような方法かは知られることはなくとも、それでもフレイヤはもう使えるものではないと証明されたも同然だからだ。これでフレイヤを開発してしまったことの責任を取れるなどとは考えてはいない。ましてやそのシステムの開発には一切かかわっておらず、ただ保護されていただけなのだからなおさらなことなのだが。それでも、もうこれでフレイヤが利用されることも、それによる被害が生まれることもないだろうと思えて、ニーナは安堵したのだ。
 ダモクレスに突入したフランツたちは、まず脱出艇でダモクレスから脱しようとしていたシュナイゼルとカノン、ディートハルトを捕らえ、C.C.は外の様子を何も知らされず、だがダモクレスに与えられた攻撃による衝撃によって車椅子から転げ落ち、床に這いつくばっていたナナリーを抑えた。その時、ナナリーの目は途中で取り落としたのだろう、フレイヤの発射スイッチであるダモクレスの鍵を拾おうと必死になった結果だろうか、目を見開いていた。そして決して渡すまいと、ダモクレスの鍵を握り締めていたが、フレイヤがない以上、それはもはや何の役にもたたない。それでも、C.C.はあえてそれを取り上げ、兵士に皇帝を戦勝した反逆者であるナナリーを捕らえさせた。
「お、お兄さま、は……?」
 ナナリーは兄が来るものとばかり思っていたのだろう。そう問いかけた。しかしその問いにC.C.は冷たく答える。
「あいつならアヴァロンにいる。わざわざあいつが足を運ぶ必要などないからな。指揮官席で落ち着いて命令を発しているよ」
 ── 必要が、ない……? それは、兄であるルルーシュにとって、実妹の自分はもはや何の価値もない存在だということなのかと、そう思い知らされたようで、ナナリーは泣き始めた。
「すべてはおまえ自身が招いたことだろう」ナナリーの思いを察したかのようにC.C.は言葉を綴る。「信ずるべきものを信じず、おまえを利用しようする欺瞞に満ちた存在の本心を知ることなく、そんな相手を信じ、言葉にのせられて、誰よりもおまえを愛していたルルーシュを殺そうとしたのだから」
 愛していた── C.C.は過去形で告げた。そう、ルルーシュの中で、ナナリーはすでに過去の存在なのだ。直接聞いたわけではないが、ルルーシュにとって、誰よりも愛した妹のナナリーは、第2次トウキョウ決戦で放たれたフレイヤの閃光の中で死んだのだと思う。そして今、ルルーシュの心の中で家族としてあるのは、偽りの存在で血の繋がりこそ無かったが、彼を守って死んだ弟のロロだけなのだろうと。自分は彼の共犯者であり、フランツやジェレミアをはじめとした者たちは、ルルーシュを守る騎士であり、大切な心を許した仲間、同士だ。他にそこに入ることができるのは、ミレイやリヴァル、そしてアッシュフォード家の当主たるルーベンくらいのものだろうとC.C.は思う。
 ナナリーは涙で顔を汚しながら、兵士に引き立てられていった。
 ダモクレスの外でも、シュナイゼルの私兵はもちろん、扇たちも捕縛されていた。
 そうして、シュナイゼルらは大量破壊兵器フレイヤという脅威の武器を所持しながら、それに対するシステムを開発していたルルーシュたちによって、予想から大きく外れて、あまりにも感単に、あっけないほどに、ブリタニアの皇位継承を巡る戦いとなったフジ決戦は終了した。
 捕らえられた者たちだが、シュナイゼルの私兵や、ダモクレスにいた者たちはブリタニアに、そして扇たち、黒の騎士団に属していた者たちは超合集国連合に引き渡され、後はそれぞれに裁判、判決を待つ身となった。





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