「間違っているのはゼロであったお兄さまです! テロリストのゼロとなり、多くの人々の命を殺め……」
「それをおまえが言うか、ナナリー・ヴィ・ブリタニア! 己こそが史上最大の大量虐殺者、破壊者となったであろう身でありながら!」
「確かに私はペンドラゴンにフレイヤを投下することに同意しましたが、ペンドラゴンの住民は避難させていました! 虐殺者だなどと言うのはやめてください! それにあなたは私が死を偽装してエリアを見捨てたと言いますが……」
「ペンドラゴンの住民を避難させたと!? 誰一人として避難などしていない! 確認した上で言っているのか? 確認などしていまい、ただシュナイゼルが言うままにその言葉を信じただけで。フレイヤは無警告で投下され、住民もろともにペンドラゴンを消滅させるところだったのだ! それに総督の身でありながら何もせずに身を隠したのだから、死を偽装したと判断されるのは当然のことだろうに。その程度のことも分からぬか、この愚かな小娘は!」
「こ、小娘、ですって!? 仮にも……」
「兄を裏切った、為政者として何の能力もないおまえなど、小娘で十分!」
反論を試みるナナリーを、フランツは言葉でもって簡単に切って捨てる。
「フランツ、目を覚まして! あんたはルルーシュに騙されてるのよ! ルルーシュにギアスを掛けられて……」
「私が陛下に騙されている? たいがいにしていただきたいものだな、裏切り者の親衛隊長! 私は中等部の頃から陛下のお傍に騎士としてあった。ずっと見続け、お守りしてきた。シュナイゼルに騙され、いいように利用されているのは貴様たちの方だろうに。
ましてやカレン、おまえは知っていたはずだ、ゼロの正体を! そして一体何度陛下を、ゼロを裏切った!? 先にも言ったことだが、一度目はブラック・リベリオンの際、神根島でゼロの正体を知るや、ゼロを見捨てて逃げ出し、結果、陛下は友人だと言っていた枢木スザクによって、奴の出世と引き換えに売られ、先帝シャルルから記憶を改竄され、以後1年近くの間、24時間の監視体制下に置かれていた。それもたった一人の少女を吊り上げるための、連中曰く“餌”として! そして第2次トウキョウ決戦の後では、黒の騎士団の者たちに殺されそうになっているゼロに「生きろ」と言われながら、それを忘れ、その言葉の意味を考えることもなく、アッシュフォード学園での会談の際にはKMFまで持ち出して陛下を殺めようとした。一度はゼロの仮面を置こうとした陛下を、「夢を見せた責任を取れ」と再びゼロとして起たせておきながら!」
「だって、ルルーシュは何も言ってくれないから……!」
「言葉が無ければ信用できないか!? 確かに陛下は、ゼロは言葉は少なかっただろう。だが、ゼロは常に声ではなく行動で示してきたはずだ! それに何も語っていなかったわけではないだろう。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ」、「悪をなしても巨悪を討つ」と、そう告げておられた。少ない言葉の中で、それでもゼロが告げた信念を、想いを、貴様らは何一つ理解していなかったのだな! 本当に愚か者だよ、貴様らは! それ以外に表現のしようがない!」
オープンチャンネルで遣り取りされるその会話に、自国でその放送のことを知らされて聞いている超合集国連合の評議員たる各国の代表たちは、皆、齎される事実に、示される内容に顔色を変えていた。そして最高評議会議長である神楽耶に対して不信感を募らせていく。
語られたルルーシュの騎士の言葉が真実ならば、皇帝ルルーシュこそがゼロであり、自分たちが信を置いた存在であり、そのゼロをシュナイゼルの言葉に乗せられ、日本返還だけを望んで殺そうとしたというなら、黒の騎士団は超合衆国連合の外部機関とは言えない。少なくとも日本人たち── 幹部たちだけかもしれないが── は自分たちのことしか考えない、超合衆国連合の存在を無視し、蔑ろにした裏切り者の集団だ。そんなものをどうして信頼できようか。武装を奪われ逃亡されて、シュナイゼルらに合流されるという自体を招いてはしまったが、それでも彼らを更迭したことは正しかったのだとの思いも強くしていた。
同じ頃、艦橋ではルルーシュが頭を抱え込んでいた。何故そこまでバラす、フランツ、と。
しかもまだ当事者たち以外は誰も気付いていない。これがこの戦場だけのことではなく、世界中にリアルタイムで放送されていることを。
時が経つごとに、黒の騎士団は劣勢になっていった。それは、フランツのオープンチャンネルにより告げられた内容も影響している。
この戦場にいる騎士団の団員は、皆、扇たち幹部の言葉に従ってやってきた日本人だ。とはいえ、彼らの中にも疑問を持つものは少なからずいた。特に第四倉庫にいなかった者に。ブリタニアからの特使としてシュナイゼルらが訪れた後のゼロの愛機たる蜃気楼の強奪と、その撃墜命令。そして何よりも、ゼロのフレイヤによる負傷を原因とした死。加えて、超合集国連合の存在を無視したといってもいい、第2次トウキョウ決戦における、幹部たちによって独自に行われた停戦合意と日本返還の約束。それは連合の意義を、連合の決議による日本奪還の本来の意味を失わせるものではないのかと考える者もいた。詳しい説明もないままの発表や命令に、幹部たちに対して疑念を覚えていた者はいたのだ。彼らはフランツから発せられた言葉を受けて、動揺し、あるいは、そうだったのかと、ここまで着いてはきたが、本当に扇たち幹部を信じてよいのか、更にはもう信じられないと、戦意を喪失し、交代して戦線を離脱していく者や降伏する者たちが相次いでいた。
「おい、てめえぇら、何してンだよ! 俺たちを騙していたゼロを、ルルーシュをぶち殺すんだよ!」
その様子に痺れをきらしたように思わず玉城が叫んだその言葉が、決定打となった。
やはり嘘だったのだ、自分たちは扇たちに騙されていたのだ。皇帝ルルーシュこそがゼロだというなら、自分たちこそ扇たちに騙され、利用されて、シュナイゼルのために戦わされているにすぎない。しかも、単に以前敵対していたというだけではない、フレイヤという、トウキョウ租界を壊滅せしめたといっていいだろう悪魔の力を容認したと受け取られることになる。トウキョウ租界におけるフレイヤの被害は、主にブリタニア側の方が多かった。しかし、その存在は、敵味方の別なく、存在を許容しうるものではない。フレイヤなど、決して認めてはならない力だと、この世に存在してはならない物だとの思いに至り、戦線を離脱、あるいは降伏していく者が増えていった。旗艦“斑鳩”をはじめとした艦艇もほとんど撃沈されており、戦場に残っている黒の騎士団の残りは、もはや数えるほどしかいない。
その様子を見届けていたシュナイゼルは、ダモクレスの制御室の中で席に座ってスクリーンを見つめたまま呟いた。
「ふん、所詮はこの程度か。まあ最初からさして期待などしていなかったが、それにしても予想以上に期待外れだったね。
カノン」
シュナイゼルは己の忠実な副官を呼んだ。
「はい、シュナイゼル殿下」
「そろそろいいだろう、用意を」
「イエス、ユア・ハイネス」
シュナイゼルは何を、とは口にしなかったが、カノンには十分に分かっていた。むしろ、まだなのか、とその命令を待っていたくらいだ。しかし漸くその言葉をもらい、早速フレイヤの発射準備に取り掛かった。
現在、フレイヤの発射装置であるダモクレスの鍵はナナリーが持っている。それは、「戦うことはできないが、せめて罪だけでも背負いたい」とのナナリー自身の要望に、シュナイゼルが応えて与えたためだ。フレイヤのスイッチを押すだけで罪を背負ったつもりになるというのかと、シュナイゼルはナナリーの言葉に侮蔑を覚えたが、それならそれで万一の時にはそれなりの役に立つか、との考えからだ。それにもしナナリーがいざというときに怖気づいて発射スイッチを押すことができずとも、この制御室から発射することは可能であり、何も損することはないし、もともとフレイヤの制御は全てこの場にて行われており、たとえナナリーが発射スイッチを押したとしても、この制御室での用意が整わない限り、発射されることもない。
今のナナリーは、兄であるルルーシュがゼロとなり、世界を混乱に陥れたきっかけが自分にあるというのなら、その兄を打ち倒すことこそ、妹である自分の役目であると、ある意味、悲劇のヒロインの如き立場に酔っていると言えた。それはシュナイゼルや、シュナイゼル曰く、体調不良で降りたと聞かされているコーネリアから植えつけられた、歪んだ真実からのものであり、ナナリー自身は、自分が正義と思いつめるように思い込んでいるが、その正義感自体が歪んだものであり、他者からはとうてい認められるようなものではなく、ナナリーは本来何よりも誰よりも信ずるべき相手である兄ルルーシュを捨て、フレイヤという力で世界を支配しようとしているシュナイゼルに組しているのだが、フランツの言葉も、確かに聞こえてはいたが、兄の力によって歪められたものであり、彼らの方こそが間違えているのであって、自分がなすべきことこそが正しいと信じてやまずにいる。
「ナナリー様、用意が整いました。フレイヤの発射を」
制御室からのカノンの声が、ナナリーのいるダモクレス最上階にある空中庭園に響き渡る。
「は、はい」
ナナリーは頷くと、「お兄さまの罪は、私が撃ちます」と心の中で思いながら、発射スイッチを押した。
ダモクレスの全方位を覆っているブレイズルミナスだったが、その底部にあるブレイズルミナスだけが解除されて、発射口が開き、そこから、遂にフレイヤが発射された。
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