「……ナナリー……」
映し出されたナナリーの姿に、フランツやC.C.たちは驚きに目を見開き、絶句していた。
ルルーシュは厳しい顔でナナリーを見つめた。とはいえ、当の相手であるナナリーは盲目のため、ルルーシュがどのような表情で自分を見ているか分かっていないが。ただ、そんなルルーシュの反応に、シュナイゼルは予想外だ、拍子抜けした、とでもいうように、一瞬ともいえる間ではあったが、そんな表情を浮かべた。すぐに平静な、普段の何を考えているか分からないような微笑を、その表情に戻したが。
「生きていたのだな」
ルルーシュは確認するようにそう言葉にしたが、内心では「やはり」という言葉が先にあった。何故なら、咲世子からすでに耳打ちされて聞いていたからだ。ナナリーがシュナイゼルの元で生きていると。
『はい。シュナイゼルお異母兄さまのお蔭で』
ナナリーのその言葉に、ルルーシュは確信した。シュナイゼルは自分に対する切り札とするために、密かにフレイヤが発射される前にナナリーを救い出し、手元において隠していたのだと。
『お兄さまは、そしてそこにはいらっしゃらないようですが、スザクさんも、お二人とも、ずっと私に嘘をついていたのですね。本当のことをずっと黙って……』
その言葉に、ルルーシュとナナリーのこれまでのことを知っているフランツとC.C.は、不快気に繭を顰めた。
これまで、少なくともナナリーがブリタニアの皇室に連れ戻されるまで、送り出された日本で、侵略を受けてエリア11となった日本で、ナナリーが無事に生きてこれたのは、ひたすらにルルーシュのお蔭にほかならない。ルルーシュが必死になってナナリーを守り、その世話をしてきたからだ。そしてルルーシュがナナリーに心配させまいとしてついた嘘、生き抜くためについてきた嘘、そして黙っていたこと、そのお蔭で無事に生きてこれたというのに、そのようなことを何も知らない、知らされていない、知ろうともしないナナリーに、それを責める資格などないというのに。そう二人は思い、怒りを募らせていた。
そんな状況を分かろうはずがないナナリーが言葉を続ける。
『……でも、私は知りました。お兄さまが、ゼロだったのですね』
「!?」
その言葉に、ルルーシュは一瞬息を呑んだ。そこまでシュナイゼルはナナリーに話していたのかと。しかし考えてみれば、黒の騎士団でのことを思えば、むしろ話していないほうがおかしいことではある。あくまでルルーシュに対する切り札として、ナナリーを利用しようというのだから。
『どうして……? それは私のためですか? もしそうなら、私は……、私はそんなことは望んでいなかったのに……!』
望んだことではないが、それが自分のためだったと言うなら、兄がゼロとなり世界に混乱を齎したことは、自分にもそうさせてしまった責任の一端がある、とでも言うように。そしてどうしてそんな真似をしたのかと責める気持ちもあって、ナナリーは悲しむように項垂れた。
確かに、ルルーシュがゼロとなったきっかけはナナリーだった。それは疑いようのない事実だ。しかしそれはあくまできっかけであって、それだけが理由ではなかった。
ナナリーを一人おいて死ぬわけにはいかぬと、C.C.と契約を交わして絶対遵守のギアスを手に入れた。そしてナナリーの、クロヴィス暗殺の容疑者として逮捕されたスザクに対しての「どうにかできませんか」との言葉を受けて、スザクについてはルルーシュ自身思うところもあったが、直接的にはナナリーの言葉が元となって、ルルーシュはゼロの仮面を被り、それまでのブリタニアの非道な行為を見て思っていたこともあり、反逆者として起ち上がったのだから。
そして皇室に戻されたナナリーが身体障害を負った弱者であるにもかかわらず、厚遇され、更にはエリア11の総督として赴任してきたのは、ただゼロたるルルーシュへの牽制のためにほかかならない。しかしナナリーはそのような思惑には一切気付いていないのだろう。
スザクの皇族の口利き、お願いという名の命令による、ルルーシュとナナリーが匿われているアッシュフォード学園への編入、スザクが今は亡きユーフェミアの選任騎士となり、それ以後も変わらずに学園に通い続けていたこと、更には、そのアッシュフォードの学園祭で行われたユーフェミアによる“行政特区日本”の設立宣言。それらが、如何に隠れて密かに、どうにか生き延びることができている二人にとって、どれほどに危険を齎すことであったのか、そんなことにも気付いていないのだろう。そしてそれらのことに、ルルーシュがどれほどに神経をすり減らしていたのかも。
また、ナナリーが皇室に戻されて、皇女として何不自由ない生活を送っている間、ルルーシュがどのような仕打ちを受けていたのかも、知りもしないのだろう。行方不明の兄であるルルーシュを心配するようなことを口にはしても、実際にそれを行動に移して探そうなどという気配は微塵もなかったのだから。
「7年もの間、ルルーシュの献身的な愛情を注がれ守られて無事に生きてこれたことを忘れて、たった1年程、片手間におまえのことをかまっていた異母兄の言葉だけを信じるか。日本に送り込まれてからこれまで、ルルーシュがおまえを守るためにどれほどのことに耐え忍んでいたかも、苦労をしていたかも何も知しらず、理解しようともせずに。ルルーシュがおまえにしてやっていたことは当然のことだったとでも言うのか。僅か10歳になるかならぬかの子供が、身体障害を負った妹を抱え、まだブリタニアに侵略される前の日本で、どんな真似をされてきたか。そして敗戦後、誰も助けにも迎えにも来ない中、唯一おまえたちを探しにやってきたのが、マリアンヌの死後、爵位を剥奪されてしまっていたアッシュフォードだった。そして生き延びるためにアッシュフォードの助けを受けながらも、それでも何時つ売られるか、裏切られるか、更にはスザクがアッシュフォードに編入してきたことからの一連のことで、どれほどに気を遣い、神経を尖らせていたか、気付きもせずに。さぞやおまえは楽だっただろうな。苦労は全てルルーシュ一人が背負っていたのだから。その恩も忘れ、いや、恩などとは思ってもいないのだろうな、当然のことだとしか。そんなおまえの考えには反吐が出るよ」
ずっと、ではなかったが、ルルーシュたちが日本に送られて以降、そしてルルーシュと契約を交わし共犯者となって以降、ルルーシュの傍にあってずっと見続けてきたC.C.がナナリーに対してそう言い放つ。
『ならば皇室に戻ればよかったんです。現に私は何の苦労もなく……』
「愚かだな、ナナリー・ヴィ・ブリタニア」
フッと嘲りの笑みを浮かべてフランツがC.C.の後を受けたかのように発言した。
「おまえが弱者であるにもかかわらず皇室で厚遇を受け、エリア11の総督となれたのは、ただゼロであるルルーシュ様を牽制するためのものでしかなかったというのに。ルルーシュ様がゼロでなかったなら、身体障害をかかえたおまえなど、何の役にもたちはしない。何の価値もない。そんなことも分からぬか?」
『え?』
フランツの言葉の意味が分からぬとでもいうように、ナナリーは首を傾げた。
「本当に何も理解していなかったのだな。では、今おまえの傍にいる、おまえがルルーシュ様よりも信じているのであろうシュナイゼルがペンドラゴンに対して何をしたか、おまえは知っているのか?」
『知っています。フレイヤ弾頭を打ち込んだ。もっとも、何故か途中で消失してしまったようで、ペンドラゴンを消滅させることはできませんでしたが』
「ほう、それは知っているのか。いや、皇帝を名乗る以上、おまえがそれを認めた、ということなのだろうな? それは、もしフレイヤを防ぐことができずにペンドラゴンに落ちた場合、ペンドラゴンがどうなるか、そこに生きている者たちがどうなるか、全て承知の上でのことなのだろうな?」
『ペンドラゴンの住民は避難させていたはずです。シュナイゼルお異母兄さまからそうお聞きしました。ですから私は許可を出したのです』
フランツから発せられる言葉に、自分に対する批難が込められているのを、さすがに理解したナナリーが反発する。
「避難? 一体どうやって、億に近い住民を前もって避難させると? しかも職務を放棄して行方を晦ましている宰相に、そんなことができるというのか、そんな方法があるのだというなら、ぜひとも教えていただきたいものだな」
『それは、シュナイゼルお異母兄さまが……』
シュナイゼルならば何でもできるとでも思っているのだろうか。少しでもきちんと考えれば、ペンドラゴンの住民全てを、皇帝たるルルーシュに知られることなく避難させるなど、如何に不可能であるかということくらい、小さな子供でも分かることであろうに、ナナリーはただただシュナイゼルを絶対視でもしているように、信じて疑わない。疑問を持つこともない。これほどに考えるということをしない、できない娘だったのかと、遣り取りを聞いている者たちは、実兄であるルルーシュを含め、呆れをこめてナナリーを見つめていた。
そしてそれまで黙って遣り取りを聞いていたルルーシュが、遂に口を開いた。
「エリア11の総督、すなわちエリア11の最高責任者という立場にありながら、トウキョウ租界へのフレイヤ投下後、戦後処理も、フレイヤによる被害者に対する救済措置も何せず、死を偽装して、今になって現れて皇帝を名乗る。
エリア11の総督としてどのようにあったかの調べ、報告も受けているが、そなたはエリアの総督としては何もしていない。何もしないまま、ただ“行政特区日本”の再建を公言し、政は大まかな指示を出すだけで、自分はほとんど何もせずに部下の文官任せ。しかも、その文官が提出したものに対して、本来、総督が何よりも第一に考え守るべきブリタニア人を無視して、イレブンに対して公平でない、それだけで代案を出すこともなく駄目出しをし続け、彼らに苦労をかけさせただけ。それでもどうにかエリア11が治まっていたのは、そうして苦労させられていた文官たちのお蔭だというのに、そのことを何一つ理解していない。つまり、総督として真面にエリア一つ治められていなかったということだ。そして今はまたシュナイゼルに言われるがまま。そんなそなたが、今度は一国の皇帝を名乗るか。そんなそなたの一体何処にそんな資格がある!?」
『なっ!? 私を侮辱されるのですか!! 私は死を偽装してなどいませんし、エリア11の総督として精一杯のことをしてきました!』
「事実を述べているだけだ。それにペンドラゴンだが、フレイヤが落ちた場合、そして仮にそなたの言うように住民の避難できていたとして、その後、住民たちにどうしろと? 避難すれば済む話ではない。それまでの生活の全てを奪われ、何もかも失くした住民たちを、どうやって生かしていくと? それらも全て考えた上でのことなのだろうな。それがなされなければ、住民たちは路頭に迷い、飢えに苦しむことになるだけだということ、理解したうえのことなのだろうな?」
『そ、それは……。でもきっと、シュナイゼルお異母兄さまが……』
「シュナイゼル、シュナイゼル、シュナイゼル! おまえは自分で考えるということができないのか! 全てシュナイゼル任せで皇帝になるというか!? そのような皇帝を、自国の帝都に大量破壊兵器フレイヤを平然と投下しようとする者を、国民の誰が認めると思うか!?
これから48時間の猶予を与える。元帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア、元エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニア、同じくエリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニア、その間にペンドラゴンに出頭せよ。罪状は職務放棄、及び、自国帝都へ向けての大量破壊兵器フレイヤの発射という国家反逆罪だ!」
『出頭!?』
実兄からその言葉に、ナナリーは顔色を変えた。
『罪があるのはお兄さまの方でしょう! 皇帝であったお父さまを殺し、ギアスという卑怯な力を遣い、人々を操って帝位を簒奪した……』
「これ以上は何も言うことはない。言いたいことがあるなら、ペンドラゴンに出頭して申し出よ」
そう告げると、尚も言い続けようとしているナナリーを無視して、ルルーシュはセシルに通信を切るように命じた。
「よろしいのですか、陛下?」
命じられたままに通信を切ったセシルだったが、様子を伺うようにルルーシュに尋ねた。
ルルーシュは頭に手をやり、考え込むようにしたが、僅かの間のことで、すぐに切り替えたように新たな命令を下した。
「おそらく彼らが出頭してくるなどということはないだろう。何処でになるかは分からないが、戦闘になるのは避けられまい。そしてその時には、おそらくは黒の騎士団も参戦してくるだろう。とはいえ、騎士団に関しては今日の会談の結果を受けてどういう状態になるか分からないが、少なくとも日本人幹部を中心とした者たちは、シュナイゼルに組すると思われる。それに対する対処を取っておく必要がある。
急ぎ本国に戻り次第、対策を整える。この旨、ペンドラゴンで待機しているジェレミアとロイドに伝えよ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
セシルは命令に従い、ジェレミアとロイドに通信を入れた。
「しかし、見事にあの腹黒皇子に転がされていたな、あの小娘」
C.C.が嘲るように、ルルーシュをはじめとする周囲の者たちだけに聞こえる程度の声で呟いた。
「……俺が育て間違ったな……」
後悔の気持ちを込めて、ルルーシュはそう返した。
「確かにそれは否定しないが、おまえだけの責任ではないだろう。もうそれなりに考えられる年齢だ。なのに何一つきちんと考えようとしない。自分を持っていない。常に誰かが言うから、誰かのために、それだけだ。しかも本人は全く気付いていないようだが、その“誰かのため”は、実際には自分の希望を叶えるため、つまりは自分の満足を得るため。一番の問題はそうしたナナリーの本質だろう。まあ、おまえの育て方がそれを助長してしまったと言えなくもないが」
「ルル様……」
ルルーシュを案じるように、それまで一言も口を挟むことなく様子を見ているだけだったアーニャが、ルルーシュに対して声をかけ、恐れ多いと思いながらも、その手を差し延べてルルーシュの右手に触れた。
「ありがとう、アーニャ」アーニャの気持ちを察したのだろう、ルルーシュはアーニャに向けて優しい微笑みを浮かべて見せた。「覚悟していたことだ。心配はいらない。それよりも、これから戦闘になることを考えるとおまえたちの方が大変だ。それに備えて本国に戻るまで、今は躰を休めていてくれ」
そう告げて、ルルーシュは己に触れているアーニャの手を優しく撫でた。
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