愚か者たち 【16】




 フランツは、KMFの手に乗せたルルーシュたち三人を、彼らが搭乗してきた小型艇の元まで運んだ。その途中、咲世子が明らかに負傷している様で小型艇に向かっているのを見て取ったルルーシュは、フランツに彼女もアヴァロンへと指示を出し、それを受けてフランツは、アーニャとC.C.の手を借りて咲世子をKMFの手に乗せた。そうして四人を小型艇の元に降ろして、四人共が乗り込んで程なく小型艇が発進すると、その後を追い、共に公海上の旗艦アヴァロンへと向かった。
 ルルーシュは負傷している咲世子に対し、彼女が何か言おとするのを、「話はアヴァロンについてお前の手当てが済んでから聞くから、今は安静にしていろ」と命じたが、咲世子は一言だけ、そっとルルーシュに耳打ちし、その後は、命じられたままに大人しく席に体を横たわらせた。
 その様子を超合集国連合の評議会議員を務める何ヵ国かの代表たちが、議場となっている大会議室のある建物の外に出て、顔色を青ざめさせて見送っているのが確認されたが、ルルーシュたちは気にも留めなかった。ただ、議場内に残っている者たちの多くも、同様に顔色を変えてスクリーンで見ているか、あるいは神楽耶や、もしかしたら未だスクリーンに映っているかもしれない黒の騎士団の幹部たち、行動を止めているとはいえ、上空に留まったままのカレンの騎乗している紅蓮を睨みつけているかもしれないな、と思いつつ。
 そんな中、アヴァロンに向かう小型艇に、オペレーターとしてアヴァロンに乗っているセシルから緊急通信が入った。
「どうした?」
『ロイドさんから連絡が入りました。ペンドラゴンに向けて、フレイヤが発射されたと』
「「!?」」
「それで、どうなった!?」
 ルルーシュにとっては、もともと自分がいない間にシュナイゼルがペンドラゴンに対してフレイヤを打ち込んでくる可能性は高いと見ており、その意味では予想通りではあった。しかしそれでも、自国の帝都に対して、国民に対してそれをなんの躊躇いもなく行ったであろうシュナイゼルに吐き気を覚えたが。
 しかしロイドから、ということは、ロイドはペンドラゴンにて待機とさせていたことを思えば、少なくとも、被害が出たとしても壊滅には至っていないと察せられ、多少の安堵はあったものの、それでも実際にはどのような様子なのか、それが気にかかった。仮に防ぎきれずに被害が出てしまっていたとしても、それができるだけ少ないものであるようにと思いながらセシルに問う。
『はい、フレイヤは開発されたシステムを利用して、見事にペンドラゴンに向かっている途中で消滅させることができたとのことで、被害は一切ない、とのことです。ただ、このこと、一刻も早く陛下にご報告を、とロイドさんから指示がありましたので、通信を入れさせていただきました』
 セシルからの『被害は一切ない』との一言に、ルルーシュはもちろん、C.C.とアーニャも安堵の溜息を吐いた。咲世子は今は意識を失っており、この遣り取りは彼女の耳には届いていない。
「そうか、システムは問題なく働いたか」
『はい』
 小型艇内の通信用スクリーンに映るセシルがはっきりと頷いて答えたのを確認し、ルルーシュは告げた。
「急ぎそちらに戻る。私たちが戻り次第、本国に向かえるよう、準備を整えておくように。他の艦も同様に」
『イエス、ユア・マジェスティ』
 通信が切れると、ルルーシュはパイロットに速度を上げて急ぎアヴァロンに向かうように伝えた。共にセシルからの通信を受信していたKMF内のフランツも、小型艇にあわせてスピードを上げ、2機は急いでアヴァロンへと向かった。
 速度的な面で言えば最高速といっても、小型艇のそれは、KMFのそれには及ばない。ゆえに、フランツが小型艇にあわせて、という形になってしまい、多少の時間はかかってしまったが、それでも、可能な限りの速さで、ルルーシュたちはアヴァロンへと向かった。
 アヴァロンの艦橋では、セシルが入ってきたルルーシュたちを出迎えた。ちなみに咲世子は、兵の一人に、アヴァロンに着艦するとすぐに、医務室に連れて行って治療を行うようにと命じて医務室へと向かわせていた。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
 ルルーシュは軽く一言返すと、艦橋内を一通り見回した。
 さすがにフレイヤがペンドラゴンに向けて発射されたという事実を受けて、皆、それぞれの持ち場につきながらも互いに会話を交わしたりなどしてざわついてはいたが、それでも無事だったということもあり、悲壮感のようなものはなかった。
 その様子を見届けてから、ルルーシュは艦橋奥の指揮官席に腰を降ろし、その両脇に、ルルーシュに同行していたアーニャと、KMFで戻ったフランツが立った。C.C.はすぐ脇にペタリと座り込んだ。
 それを受けて、アヴァロンは他の艦艇を率いて急ぎ本国に、帝都ペンドラゴンに帰還すべく、発進した。
「とりあえず、対フレイヤ用のシステムが無事に機能したようでなによりだ」
「はい。ですがそれも、陛下の考案したものがあったから間に合ったことです。ロイドさんは陛下に対し感謝していると、そう申しておりました」
 システムが完成したとルルーシュがロイドから報告を受けたのは、ルルーシュたちが出発する前日のことで、数度のコンピュータによるシミュレーションテストではうまく動いていたが、実際のテストはまだ行っていなかったのだ。
 そこへ、皇族間同士の遣り取りで使用されるロイヤル・プライベート通信が入ってきた。誰からのものか、確かめずともルルーシュには分かった。
「繋げ」
 ルルーシュは、ただ一言、そう命じるだけだった。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ』
 画面に映し出されたのは、ルルーシュの予想通り、行方を晦ましているシュナイゼルだった。
「シュナイゼル……」
『フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ。とはいえ、ペンドラゴンに対して発射したフレイヤは、どうしたことか途中で、魔法でも使われたかのように消失してしまったけれどね』
 後半は少しがっかりした、というような表情を見せていたが、シュナイゼルはおおむね平静に微笑を浮かべていた。その様は、フレイヤがペンドラゴンに到達し、それによりどれほどの被害が、いや、ペンドラゴンそのものが消滅しても全く意に介していないことを示してもいた。それを感じ取って、ルルーシュは、いや、他の者たちも、シュナイゼルの言動に怒りと恐れを抱いた。
 しかしルルーシュはその思いを表に出すことなく、冷静に対応した。それも、ペンドラゴンが無事であったからこそのものではあったが。
「……つまり、ブリタニア皇帝に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝とは認めていない』
「成程。皇帝に相応しいのは自分だと?」
 皇位継承権から言えば、シュナイゼルは2位だった。つまりその上に第1皇子のオデュッセウスがいたのだが、実質的には、凡庸と称されるオデュッセウスによりも、帝国宰相を務めているシュナイゼルが、もっとも帝位に近いと周囲から言われていた。シュナイゼル自身はそのことには執着していないようではあったが、表向きはともかく、内心は分からない。そのことからのルルーシュの問いかけだった。
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ』
「……? どういうことです?」
 シュナイゼルはすっと身を引き、己の斜め後ろを示した。そこにいる人物の姿に、ルルーシュは息を呑んだ。ルルーシュだけではない、フランツをはじめ、他の者たちも同様だ。
『ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
 悠然と、豪華な車椅子に腰を降ろし、コーネリア、シュナイゼルの副官であるカノン、そして黒の騎士団からシュナイゼルの元に身を移したのだろうディートハルトを従えて、トウキョウ租界で発射されたフレイヤにより死亡したとされていた、エリア11総督だったナナリーがいた。
 そして険しい顔をしたナナリーが、緊張からだろうか、硬い声で言葉を発した。
『お兄さま、私は……あなたの、敵です』





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