何も語ろうとしないルルーシュに焦れて、カレンは足を踏み出した。
「……ねえ、どうしてよ。力が欲しいだけ? 地位がお望み? それとも……これもゲームなの?」
「……」
「ブラックリベリオンの時、扇さんはあなたを守れって言った。私の……、お兄ちゃんの夢を継ぐ者だって。お兄ちゃんの理想を叶えてくれるって……っ!」
その言葉を受けてルルーシュは理解した。カレンは自分に兄の姿を見ていたのだと。カレンの理想だったのだろう兄の姿をルルーシュに投影していたのだと。だがルルーシュはカレンの兄ではないし、兄になどなれない、なるつもりもない。
カレンがルルーシュに彼女の兄の姿を投影し、その幻想を見るのはカレンの勝手、自由だから、それ自体について今となってはもう何も言う気はないが、ルルーシュがそれに付き合って応えてやる義理も義務もない。ルルーシュはあくまでルルーシュであり、カレンの兄でもなければ、その代わりでもないのだから。ただ、そんなふうだからカレンが自分を理解することなどありえないのだと、ルルーシュは彼女の自分に対する認識がどういったものであるのか、その理解を深くし、一層失望したに過ぎない。つまり、カレンは常にゼロであるルルーシュに自分の兄を重ねていたわけであり、ルルーシュをあくまでルルーシュ個人として見ていたわけではないということであり、だからこそ、彼女がルルーシュを理解することなどできるはずがなく、自分の理想、すなわち兄の姿を、そこから発生する姿をルルーシュに求めていたがゆえに、それから外れた行動をとったルルーシュを見捨てることもできたし、自分の理想に合うように、それを叶えさせるために、太平洋上での作戦が失敗し、リフレインを持ち出すほどに落ち込んでいたルルーシュをたきつけてきたとも言えるのだから。
とはいえ、そうしたカレンの態度や感情に対して、特に恨みを持つようなことはないが、それを確認した以上はなおさらのこと、彼女のような存在は、現在のブリタニアには、そしてルルーシュ自身や、彼を慕い、従ってくれる者たちにとっては邪魔以外の何者でもなく、ゆえに切り捨てるのみだ。だからルルーシュは、カレンに対して何も告げる必要性を感じない。もはや彼女の問い掛けに対して、何一つ告げることはないのだ。
「……ねえ……ルルーシュ、あなた、私のことをどう思ってるの? どうして、あんな……っ!」喉に言葉を詰まらせたように口籠り、それでもカレンは躊躇いを振り切るように頭を振った。「ねえッ、どうして斑鳩で私にあんなこと言ったの!? どうして……『生きろ』なんて言ったのよ!!」
そう叫びながらルルーシュに詰め寄るカレンの喉元に、アーニャの持つ剣が今にも突き刺さらんばかりに突きつけられ、カレンの動きを封じた。
「あなたにルル様をどうにかする資格なんてない。あなたはゼロであったルル様の親衛隊長だったかもしれないけど、ルル様を何度も裏切り、その役目を果たさなかった。そんなあなたはルル様の騎士じゃない。それに何より、現在のルル様は神聖ブリタニア帝国の皇帝陛下。超合集国連合の外部機関に過ぎない黒の騎士団の一隊長風情が、そんな態度をとっていい方じゃない。これ以上ルル様に何かをしようとするなら、私はルル様の騎士として、あなたの命を絶つ。此処が何処かなんて関係ない。守らなければならない存在、誰よりも大切な主であるルル様を守る騎士として当然のことをするまで」
「……そ、そんな、そこまで……」
喉元に剣を突きつけられながら、カレンはその瞳を動かして縋るようにルルーシュを見たが、ルルーシュの表情には何一つ変化はない。
「……そう、そこまで……」カレンは俯き、半ばその顔を、表情を隠すようにして一歩下がった。「会場はこの先の大会議室の予定です」
それだけを告げて、カレンは階段を駆け下り、そこからそのまま逃げるように去っていった。
おそらく、今のカレンの顔に、心に浮かんでいるのは、ルルーシュに対する失望と、そして何よりも怒りだろうと、ルルーシュはそう察した。しかし今はカレン一人のことに構っている時ではない。目的があって、ルルーシュからの申入れによって開催されることとなった超合集国連合の臨時最高評議会にやってきたのだから。
案内役たるカレンはいなくなったが、勝手知ったるなんとやらで、ルルーシュはC.C.とアーニャを連れて議場となっている大会議室へと向かった。
やがて議場の扉の前に辿り着いたルルーシュたちだが、ルルーシュは武官であるアーニャ── その表情は不安に揺れていた── を扉の前に残して、C.C.と二人で中へと足を進めた。
ルルーシュと共に入ってきたC.C.の姿を認めた各国の代表たちの多くは、ある者は息を呑み、驚き、どよめいていた。そちこちから「何故だ?」、「どういうことだ?」、との小さな囁き声が聞こえる。
何故なら彼らは知っていたからだ。C.C.がかつて常にゼロの傍らにあったことを。その彼女がブリタニア皇帝ルルーシュと共にあるとは一体どういうことなのかと、彼らの中には大いなる疑問が浮かんでいた。
「超合集国連合、最高評議会へようこそ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。さあ、中央へどうぞ」
それが、ルルーシュが入ってきたことを受けての、最高評議会議長たる皇神楽耶の第一声だった。
代表たちは唖然とした。たとえどのような関係にあろうとも、公式な場において、仮にも一国の元首を呼び捨てにするとは何事か、外交儀礼に反するも甚だしいと。ましてや、今後のことを考えれば、現在のルルーシュが統治するブリタニアとはよりよい関係を結ぶべきであると考える代表たちがほとんどであり、彼らは神楽耶に対して批難の視線を向けたが、神楽耶は己に向けられる代表たちのその視線の意味には全く気付いていないようだった。
神楽耶がルルーシュに勧めた中央に用意された席は、被告席のようなものだった。いや、神楽耶の意識としては完全にそうなのだろう。被告席以外の何物でもない。
評議会議長として最も高い位置に座す神楽耶から見下ろされるその位置に、ルルーシュはそうとは分からぬように小さな溜息を一つ軽く吐き出すと、C.C.と共にその場に進んだ。
「この度は我が国からの突然の申し入れにも関わらず、皇議長をはじめ、各国代表の皆様には、お忙しい中、この場を設けていただきましたこと、まずはお礼を申しあげます」
かつてのブリタニアであったなら、到底このようなことをすることはできなかったであろう。仮に行ったとすれば、直ちにその場で会談は終了となり、何もなされずに、各国はブリタニアからの報復を受けることになったに違いない。
しかし、幸いと言っていいのだろうか、当のルルーシュは、内心はともかく、少なくとも今の時点では表面上は穏当であった。だが代表たちからこの先に対する不安は拭えない。その原因は議長たる神楽耶にあった。これまでの神楽耶の言動は、国際機関の長としては到底認められるものではなかった。ましてやルルーシュに対して向けられているその視線は、憎しみや憎悪といったものに満ちているのが端からでも明らかなものとして伺うことができる。そして一部の代表たちは知っていた。この学園内に、黒の騎士団のKMFが潜めて配置されていることを。もちろんそれは最高評議会に図られたものなどではなく、議長たる神楽耶の、議長権限としての独断であることは疑う余地もない。
だが当の神楽耶は、代表たちのそんな不安感に対し、多分にそれに気付く余裕もないのだろうが、一向に構わず、変わらずに対抗意識丸出しのようにルルーシュに向けて言葉を投げつける。
「……先帝を弑逆し、ブリタニアの皇帝となり、あなたの目的は何ですか?」
「目的、ですか。それは一つにはまずこちらが今回申し入れさせていただきました、我が国の超合集国連合への加盟です。
そしてもう一つ。これは申し入れておりませんでしたが、先の第2次トウキョウ決戦において使用された大量破壊兵器フレイヤによる被災者への救援活動について、我がブリタニア軍が行おうとすると、必ず黒の騎士団の方々の邪魔が入り、ほとんど進められていない状態なのです。ですから、そのような行為をやめていただき、我が国の被災者に対する救援活動をスムーズに行えるようにさせていただきたい、ということです」
ルルーシュが述べた二つ目の目的を聞いて、代表たちの間で驚きの声が上がった。彼らは黒の騎士団がそのようなことをしているなどとは全く知らなかったのだ。それゆえに、ブリタニアは何をしているのか、特に即位以後のルルーシュの様子を知るにつれ、その思いが強くなっていた。だがルルーシュの言った通りなのだとすれば、行おうにも行えずにいたのだと理解できる。
そしてそのブリタニアの邪魔をしているという黒の騎士団について言うなら、彼らは、第2次トウキョウ決戦停戦後、ブリタニアの帝国宰相シュナイゼルとの約束で「日本は解放された」と叫ぶのみで、何もしていない。本当に日本が解放されたというのなら、自国で起きた被害に対して、その被災者に救援の手を差し延べるべきところだ。フレイヤが投下されたのは政庁を中心としたトウキョウ租界であり、被災者は圧倒的にブリタニア人である。いくらなんでも民間人に対してまで何もしないというのは如何なものかと思われるが、それでもこれまでの経緯を考えれば、心情的に致し方ないかと理解できなくもない。しかし、被害は租界だけではない。一部ではあるが、ゲットーにも被害は及んでおり、もちろん被災者もいる。にもかかわらず、黒の騎士団トウキョウ方面軍の大多数を占める日本人たちは、解放されたという日本の、つまり自国民であるゲットーの住民の被災者に対してすらもほとんど何もしておらず、ただトウキョウ租界に留まり、日本は解放された、此処は日本だ、ブリタニア人は出て行け、そう叫ぶのみなのだ。
そして彼らの言う「日本は解放された」とのことだが、それに関する外交文書、つまり証明するものは何一つとして存在しない。宰相のシュナイゼルが約束したというが、第一、宰相にエリア、つまり植民地を解放する権限はない。それを持つのは皇帝のみである。つまり宰相がいくら口約束しても、それは外交的には何の効果もないということだ。しかし黒の騎士団の幹部たちはその当然のことに全く気付いていない。自分たちの意見を主張するのみで、外交に関する知識がまるで無いのだ。
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