愚か者たち 【12】




 神聖ブリタニア帝国皇帝たるルルーシュの要望を受けての超合集国連合の臨時最高評議会は、予定通りの日程で、エリア11── 黒の騎士団は、日本は返還されたとして「ここは日本だ」と主張しているが、それを証明するものは何もなく、未だ国際社会においてそれは認められていない── の中、第2次トウキョウ決戦の際に用いられたフレイヤによる被害からの復旧は未だなされていないが── ブリタニアによる復旧作業を黒の騎士団が悉く排除、邪魔していることがその一番の要因となっている── トウキョウ租界にある、比較的被害の少なかった私立アッシュフォード学園において開催されようとしている。
 ルルーシュはエリア11の領海のすぐ外に留めたアヴァロンに己の筆頭騎士たるフランツを残し、警護としてアーニャを、そして共に出席する者としてC.C.を同伴して、アヴァロンから小型艇で、定刻の30分前にアッシュフォード学園に降り立った。
 未だ各地のエリアは解放されてはいないが、ルルーシュはその復興状況── もちろんそれにあたるのは、もともとの被害を齎したブリタニアによるものだ。それが自国の責任であるともルルーシュは公表している── を見ながら、順次解放していく旨を正式に公表している。加えて、ルルーシュが即位して以後の、以前のシャルル時代からの変化、政策の改革により、より国民に密着し、内容によってはその意思をも取り入れた国民のためを思っての政策が執られているのを見て、各エリアでのルルーシュの人気、支持率は高い。確かに否定する者、単なる人気取りだと言う者も存在するが、多くの者は彼の政策に、そしてそれによって何時かエリアから解放され、自国を取り戻すことができる日がくると希望を持つことが可能になったことによる。ましてや現にエリア解放に向けて、少しずつではあるが様々な政策が執られつつあるのだから。その一番は、ナンバーズ制度の廃止だろう。ルルーシュは植民地であるエリアのナンバーズと呼ばれる人々もまた、少なくとも開放されるまでは同じブリタニア人であるとして差別を否定し、それを行った者には厳罰をもって対処している。そしてまた、近々、エリアをナンバーで呼ぶことも止め、元の国名をつけることも勅命として発布している。
 そういったことを受けてか、アッシュフォードに降り立ったルルーシュを一目でも見ようと、純粋なブリタニア人だけではなく、多くのイレブン、否、今はブリタニア人ということになっている日本人も、アッシュフォード学園の柵の外に何重にも取り囲むように集まっている。そしてそんな人々からはルルーシュを称える声が上がり、彼はそれに応えて、そうして集まった民衆に向けて微笑を見せながら手を振った。
 そうしてやがて建物の前にたどり着いた時、そこで出迎えだろう、待っていたのは、黒の騎士団のエースパイロットにして、零番隊隊長である紅月カレン唯一人であった。
「武官の評議会への参加は認められていません。お引取り下さい」
 アーニャの存在に、最初にカレンの口から告げられたのが、挨拶でもなければ出迎えの言葉でもなんでもなく、それだった。
「黒の騎士団の紅月隊長ですね。わざわざのお出迎え、ご苦労様です。
 しかし先ほどのお言葉ですが、皇議長からの書面では、議場への武官の立ち入り禁止、とのみでしたから、中に入らなければ、つまりその入り口までは、武官が同伴していても何も問題は無いはずですが。それにそれを仰られるなら、同じく武官であるあなた自身、此処にいらっしゃることは許されることではないのではないですか?」
 ルルーシュは内心で、一体誰の采配だ、第一、これが仮にも一国の元首を迎える側の態度として何の問題もないとでも思っているのか、などと呆れながら、しかしさすがにそれを表に出すことなくカレンに対した。
「私たちは会場の警備を任されていますから、私がいることについて問題はないと思いますが。
 そちらの武官の方については議長のお言葉通りであるなら、会場の入り口までは許可します。ですがそれ以上は決して認められませんので、その点はお守りください。
 それでは会場までご案内致します」
 カレンは精一杯の虚勢を張って、ルルーシュを睨み付けながらそう返した。
 本日の主役とも言える立場にある、現在の世界で唯一といっていい超大国である神聖ブリタニア帝国の国家元首たる皇帝ルルーシュに対して、外交ということを考えれば、本来告げるべきはずの出迎えの言葉は何一つ告げられないままだ。言葉だけではなく、その行動、ルルーシュに対して向ける視線すら、外交というものを理解しているきちんとした良識ある者からすれば、十分過ぎるほどに批難の対象となることだが、あえてルルーシュはそれを無視した。これがカレンの自分に対する現在の認識、心境を表しているのだと解釈して。
 C.C.については、彼女が武官ではないことからさすがに拒否することはできないと判断したのだろう、彼女に対しても何も言うことはなかったが、ルルーシュに向けたと同様に、憎しみの籠もった目で睨み付けている。
 案内役であるカレンを先頭に、ルルーシュたちは建物の中に足を踏み入れた。
 場所柄や現在の己の立場を理解しているとは到底思えないカレンの態度、ルルーシュやC.C.に向けられたその視線に驚き、そしてまた不安を抱いたアーニャだったが、それに気付いたのだろう、ルルーシュから「大丈夫だ、心配することはない」とでもいうような微笑を向けられて、彼女は黙ってルルーシュとC.C.に続いた。ルルーシュのアーニャに向けられた微笑がなければ、アーニャはカレンに対して、皇帝たるルルーシュ様に対してなんたる無礼な態度を、と怒りをぶつけていたことだろう。
 一方、C.C.は何を言うでもなく── カレンからの言葉が無かったせいもあるだろうが── ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべ続けている。予想通りの態度、反応だな、とでも思っているかのように。



 議場へと向かう中、階段の途中で、カレンの進む足取りはゆっくりとなり、前を向いたままではあったが声が発せられた。
「ルルーシュ……、私、あなたには感謝してる。あなたがいなければ、私たちはシンジュクゲットーで死んでいた。黒の騎士団も無かった」
「……」
 ルルーシュはもちろん、C.C.もアーニャもそれには何も応えなかった。ただ、カレンは何を言いたいのだと、いささかの疑問を持ちはしたが。とりあえず現在の場所では何も問題になるようなことはなさそうに見受けられたから、そのままカレンが話を続けたいようなので、好きにさせることにした。
「私は嬉しかった。ゼロに必要とされたことも、光栄で……誇らしくて。── でも、ゼロがルルーシュだと分かって、わけ分からなくなって……それでもブリタニアと戦うあなたを見て、私は……っ」
 言葉を詰まらせながらも、ルルーシュを振り返ったカレンは酷く思い詰めた顔をしていた。
「……それなのにブリタニア皇帝になんかなって、……ねえ、今度は何をやりたいの……?」
 カレンはその瞳に涙を滲ませながら、ルルーシュに対して必死に訴えるかけるが、ルルーシュにとってはそれはすでに何の意味もなさない。
 紅月カレン── 黒の騎士団においてはKMF紅蓮のデヴァイサー、つまりエースパイロットであり、ゼロの親衛隊長たる零番隊の隊長だが、彼女はルルーシュを裏切ったのだ。それも一度ではない。一度目はブラック・リベリオンの時。スザクの言葉に、ゼロの正体がルルーシュである、そして彼が持つという力のことを知って、彼女は親衛隊長として守るべきゼロであるルルーシュを見捨てて逃げ出した。そのためにルルーシュはシャルルから記憶を改竄され、全てを忘れさせられた上に、24時間の監視体制の中、彼ら兄妹のための箱庭ではなく、檻となったアッシュフォード学園の中で、与えられた偽りの弟のロロと共に、何も知らずにC.C.を吊り上げるための餌としてのみ生かされていた。
 そしてC.C.によって全てを思い出したルルーシュはゼロとして復活し、捕らえられていた団員たちを解放した後、新たな総督として赴任してきた妹のナナリーを取り戻そうとした太平洋上の戦いで、ナナリーからルルーシュはゼロとしての自分を否定され、酷く落ち込み、麻薬であるリフレインに手を出しかけた。それを、夢を見せた責任を取れと引き止めたのはカレンだった。
 だがやはりカレンはゼロを、ルルーシュを見捨てた。C.C.を除けば、黒の騎士団の中ではゼロであるルルーシュのことを誰よりも一番知っている── 彼が嘘つきだと、嘘がうまいと── はずなのに、扇たちの言葉に促されるまま、当初はルルーシュを庇っていたものの、結局はルルーシュの嘘を信じ、彼が小さな声で告げた「君は生きろ」の言葉の意味を理解しようともせず、彼を殺そうと、その命を奪おうとする団員たちの銃や、生身の人間に対して持ち出すべきものではないだろうKMFの前にルルーシュを晒したのだ。
 そんなルルーシュを救ったのは、偽りの弟のロロだった。その直前、ナナリーの死を受けて、おまえなど殺してやるつもりだったと、散々罵倒し否定したにも関わらず、ロロはルルーシュの制止の言葉を聞かず、己の心臓に負担のかかるギアスを使い続けてルルーシュを斑鳩から、追っ手から逃がし、そして文字通り命を懸けてのその行為の結果、ロロはルルーシュの腕の中で息絶えた。「兄さんは嘘つきだから」と、「兄さんのことならなんでも分かる」とそう告げて、ルルーシュからの「俺の弟だ」との言葉に本当に幸せそうな笑みを浮かべながら。ロロは直接的な言葉は口にせずとも、嘘偽りをついても、ルルーシュの本心を理解していた。僅か一年程度の偽りの兄弟関係であったにもかかわらず、彼はルルーシュの性格も心情も理解していたのだ。
 それにひきかえカレンはどうか。ルルーシュの出自も、ギアスのことも、普段の、ゼロとしてではない日常のルルーシュのことすらも知っていながら、彼女は口にされたことしか信じることができずにいる。常に言葉を求める。必ずしも言葉として声に出して告げられることばかりではないというのに。
 現在、ルルーシュの周囲にいる者たちは、完全にとまではいかずとも、彼が口にせずとも凡そのことは理解し、そして動いてくれる者たちばかりだ。そんな中に、いちいち言葉をもって言わなければ理解しようとしない存在など、今のルルーシュには不要だ。そのような存在は面倒なだけだ。だからルルーシュにはいまさらカレンに対して告げる言葉は何もない。カレンはルルーシュと共にあるべき存在ではないのだから。だからルルーシュは、カレンの問い詰めに無言を貫く。





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