愚か者たち 【11】




 ラクシャータたちが斑鳩を降りて数日後、彼らの姿はブリタニアの帝都ペンドラゴンにある宮殿にあった。ラクシャータは一人、謁見の間で、騎士であるフランツ一人だけを傍らにおいたルルーシュと向き合っていた。ラクシャータの部下たちは控えの間に控えさせている。
 ラクシャータの態度は、ブリタニアの皇帝に対するものというよりも、かつてのゼロに対していた時と同様のものであり、ゆえに、ルルーシュはその態度に対しては何も告げることはせず、そしてルルーシュが何も言わないがゆえに、フランツもあえて口を挟むことはせずに黙って立っている。
「ゼロ、いえ、ルルーシュ様、と言ったほうがいいのかしら」
 ラクシャータはまだルルーシュが幼い頃に呼びかけていた時のようにルルーシュを呼んだ。
「どちらでも呼びやすいほうで構わない」
 ルルーシュは鷹揚にそう返した。
「では、ルルーシュ様。
 私がゼロに、ひいては黒の騎士団に協力して組したのは、桐原翁からの依頼があったからです。桐原翁は、私が幼かったルルーシュ様のことを、そして妹君と共に日本に送られた当時のことを知っていたことをご存知だったのでしょう。私にだけ、他言無用と言いながら、ゼロの正体がルルーシュ様であることを話してくれました」
「桐原翁が!?」
 ルルーシュは確かにまだ幼かった頃、ブリタニア本国にいた頃のラクシャータと、短くはあったが付き合いがあったことは覚えている。そして自分たち兄妹が国を出される頃も、まだ彼女がブリタニアに滞在していたことを。だからラクシャータが自分たちがが日本に送りだされた頃のことを知っていたこと自体に驚きはない。驚いたのは、桐原翁が、ラクシャータだけにとはいえ、ゼロであった自分の正体を話していたことだ。それはラクシャータがルルーシュのことを知っていると承知の上でのことだったのだろうと思うが。そしてその上で、全てを承知で協力していたのだというラクシャータの意思に。まさかそのようなことがあるとは思ってもみなかったのだ。
「黒の騎士団の扇をはじめとした幹部たちとはもともとの立場も考えも違ったから、だから斑鳩にやってきたシュナイゼルと、彼らと一緒に会う気はなかった。敵の大将であるシュナイゼルがロクな情報を持ってきているとは思えなかったからね。そしてそんな会談にあいつらと一緒に出席していたら、私だけ、異分子扱いされたと思ったから。でも今ではとても後悔しているわ。扇からあなたのことを聞かされた時、特にギアスという力のことを聞かされた時、正直怖いと思ったのは否定しないわ。けど、後から生身の人間であるあなたに対してKMFまで持ち出して、肝心の当事者であるあなたに何も聞こうとすらせずに一方的に殺そうとしたと聞かされた。たとえ実際に言葉にされたことは少なくても、それでもあなたはその少ない中で自分の思いを、考えを語っていたのに、それを何一つ理解しないまま、あなたという存在を利用するだけ利用していた。自分たちを駒扱いしていたと扇たちは言っていたけど、他ならぬ扇たちこそがあなたを駒扱いしていた。たとえ自覚はなくてもそれが事実。そして全てを自分たちの力だと勘違いしていた馬鹿な連中の行いに嫌悪を覚えたのも、私にとっては紛れもない真実。
 そしてあなたがいなくなって、桐原翁からの言葉もあったし、どうしようかと悩み続けていた時に、あなたの遣いだという人から、あなたからの親書だという手紙を受け取って、何度も繰り返して読んだわ。そして、そこに書かれていたことは真実だと、あなたの紛れもない本心、真実なのだと思えた。だからこうしてここまでやってきたのよ。私自身が知っていたこと、そして桐原翁から聞かされていたあなたのことを思い返して、だから私はあなたの言葉を信じたの。
 あなたが私の覚えているルルーシュ様だというなら、私はあなたに協力するわ。あなたが私に手紙をよこしたということは、私の技術を欲していると同時に、私のことを信頼してくれているのだと、そう私は思った。だから私はあなたを、ルルーシュ様を信じるの。私はルルーシュ様を裏切らないわ」
「……私は、おまえの覚えているルルーシュとは違う……」
「……それは当然でしょう。人質として送り出された日本、そしてエリアとなったあの地で妹君と生きて行くためには変わらなければ生き延びることはできなかったはず。けれど、本質は変わっていない、私はそう思うのよ。だからルルーシュ様、私はあなたの期待に、私の力が及ぶ限り、協力して応えるわ」
 ラクシャータの言葉に、ルルーシュは安堵したかのように深い溜息を吐いた。
「ありがとう、ラクシャータ。私のことを信じてくれて」
「だって、私の知っているルルーシュ様は、どこまでいっても、大きくなって少しくらい変わっていても、それでも根本はやっぱり昔のままのルルーシュ様だと、そう思えるから、だから私にとっては当然のことなのよ」
「その言葉、とても嬉しく思う。ついては、手紙にも認めておいたが、君にやってもらいたいのは、まず一つは蜃気楼のメンテナンスだ。こちらにはロイドとセシルがいるが、やはり本来の生みの親である君に見てもらいたい」
「ロイドって、プリン伯爵ーっ!? なーに考えてるんですか、ルルーシュ様! 私の子をよりにもよってプリン伯爵にだなんて!! それでなくても紅蓮のことがあるのに!!」
 ああ、そういえば、昔はよく言い合いをしていたな、とルルーシュはかつてのロイドとラクシャータを思い出す。そしてそんな二人の間に入って、困ったり、なだめたりしていたのはいつもセシルだった。
「紅蓮はともかく、蜃気楼についてはメンテナンスだけで、ヘタな改造はするなと言ってある」
「本当ですか!?」
「ああ。ただ、ロイドがその言いつけを守ってくれているかどうかは、また別なのだが……」
 ルルーシュの言葉を聞いて、今度はラクシャータが安堵の息を吐き出した。
「ルルーシュ様のお言葉なら、プリン伯爵も従うでしょう。プリン伯爵のことは相変わらず嫌いだけど、あの変人の、ルルーシュ様に対する思いだけはよく知ってますから、決してルルーシュ様のお言葉に逆らうようなことはしませんよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうですよ、間違いありません」
 ロイドのルルーシュへの思いだけは、ラクシャータはルルーシュに告げたように信じていた。まだルルーシュがブリタニアにいた幼い頃の、科学者たちの彼への思いは皆同じだったのだから。
「で、当面は蜃気楼だが、それが片付いたら、もう一つ頼みたいことがある。それこそ君でなければ無理だろうと思うことだ」
「C.C.のこと、ですね?」
 ルルーシュからの手紙の内容を思い出して、ラクシャータはそう問いかけた。
「そうだ。君には信じがたい話かもしれないが、C.C.はギアスの元となるコードの保持者で不老不死。俺はC.C.と契約してギアスという力を得る時、彼女の望みを叶えると約束した。だが、今の状態ではそれは無理なのだ。となれば、あとは研究して、コードを無効化するしかない。そんなことができるかどうか、正直なところ、俺には分からない。だが、もし少しでも可能性があるなら、どうにかしてC.C.をコードから、不老不死という状態から解放して、普通の人間としての人生を送らせてやりたいと思う。最初の契約を交わした時の内容とは変わってしまうが、結果として同じことをしてやれればと」
「……ルルーシュ様の言われる通り、どういう状態なのか、そのあたりから調べなければなりませんからどうなるか、今の状態ではなんとも言えません。それに、ルルーシュ様が仰った通り、今の段階ではまずはシュナイゼルと、そしておそらくシュナイゼルについたであろう黒の騎士団の問題が先。つまり蜃気楼ですね。ですから、C.C.のことはその後になります。とはいえ、それにとりかかれるのは、決してそう先のことではないでしょう。すぐにどうこうできるなんてことは言いませんが、できる限りのことをするとお約束します」
「ギアス嚮団から、可能な限りの情報は引き出しておいた。後でそれを君に渡そう」
「あら、では一からやらなくてはならない、というわけではない、ということですね?」
「ああ、俺もあまり詳しくは見ていないからどこまでされているのかはよく分かっていないが、嚮団である程度、コードとギアスについての研究が行われていたのは事実だ。多少なりとも参考になるだろう」
「では、当面の問題が片付いたらそれをお願いします。で、今はとにかく蜃気楼のところへ。ルルーシュ様のお言葉があるとはいえ、やはり自分の目で確かめないと不安は否めませんから」
「そうだろうな」ルルーシュは苦笑を浮かべながら、脇に控えているフランツに指示した。「ラクシャータを蜃気楼の所へ連れて行ってやってくれ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 フランツは一言そう返すと、壇上からラクシャータのいる場所に下りる。
「俺は執務室に戻っている。片付けなければならない書類が山積みだからな」
 最後の方は苦笑を浮かべながら告げるルルーシュに、フランツは軽く頷くとラクシャータを案内すべく、ラクシャータと共に謁見の間を後にし、ルルーシュはフランツに告げたように、隣の執務室へと戻っていった。ルルーシュの執務室には、昼間は常にC.C.がいる、ピザをほおばりながらだが。だからフランツは、ある意味安心してルルーシュを一人で執務室へ戻らせることができるのだ。C.C.は常にルルーシュの共犯者だと言っている。その言葉を、これまでの言動から疑う余地はない。何かあれば、不老不死であるC.C.が何をおいてもルルーシュを守るだろうから。だから自分は早く用を済ませて、そしてルルーシュのいる執務室に行けばいいのだと、フランツはそう思っている。





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