愚か者たち 【10】




 そしてその間をぬって、ルルーシュは未だトウキョウ租界に留まっている黒の騎士団の旗艦である“斑鳩”に、手の者を潜り込ませた。目的は、黒の騎士団の技術部の責任者であるラクシャータ・チャウラーとの接触である。
 ルルーシュからの密名を帯びたその者は、他の騎士団員の誰にも気付かれぬように、密かにラクシャータと接触すると、ルルーシュからの親書であると告げて一通の封書を渡し、全てはそこに認められているとのことです、とだけ告げると、早々に斑鳩を脱出して離れた。
 ルルーシュがラクシャータとコンタクトを取ろうとしたのは、賭け、といってもよかった。しかし、どちらに転ぶか分からない賭けと認識しつつ、それでもラクシャータとコンタクトを取ってみることにしたのには、もちろん理由がある。一つは、シュナイゼルが斑鳩を訪れ、黒の騎士団の幹部たちと会談した際、ラクシャータはその場にいなかったことである。それならば、あるいはゼロであるルルーシュを排除、いや、殺そうとした幹部たちとはまた異なった見解を持っているかもしれないとの思いがあった。
 またもう一つ、ラクシャータとの出会い、つまりラクシャータが黒の騎士団に所属するきっかけとなった原因にある。ラクシャータは黒の騎士団の母体となった扇グループとは異なる。もともとキョウト六家、その重鎮たる桐原翁によって引き合わされ、協力者として黒の騎士団に属したのだ。桐原翁の息がかかっているということは、彼女は一度も表面に出したことはなかったが、ゼロの正体、ひいてはルルーシュの出自などについて承知していた可能性があるのだ。もしそうであるなら、ラクシャータのゼロ、否、ルルーシュに対する考え方は、たとえ今は行動を共にしていても、幹部たちとは大きく異なっている可能性は否めない。何故なら、ラクシャータはまだルルーシュがブリタニア本国にいた頃の、幼いルルーシュを知っているのだから。そしてルルーシュの母である第5皇妃マリアンヌが殺される前から、その後、親善のための留学という名目の元に開戦間近の、当時の日本に人質として送られることとなった経緯はもちろんだが、ことによっては、ルルーシュたち兄妹が日本に送られてからのこと、ルルーシュの、ブリタニアという国、更には実父である皇帝シャルル・ジ・ブリタニアに対する思いすら、推測も含まれるかもしれないが、知っている可能性がある。
 そしてルルーシュの立場としては、愛機である蜃気楼のことがある。確かにロイドやセシルの存在はあるが、叶うなら、本来の製作者であるラクシャータに見てもらいたいという思いがあるのは確かだ。そしてそれ以上に、ルルーシュはラクシャータの医療に関する知識、技量を欲していた。何故かというなら、C.C.のコードの件があるからだ。自分がC.C.との契約を果たすのには無理があると、すでに承知している。ならば、C.C.の持つコード── 不老不死── を封印、更に言うなら消滅させて、普通の人間としての生を全うさせてやりたいと思うのだ。それが、C.C.との契約を果たすことができなくなってしまった自分がとれる、唯一にして最大のものだと思うから。
 それらのことから、万に一つの可能性に賭けて、ルルーシュはラクシャータにコンタクトを取った。ラクシャータが幹部たちからどのような話を聞かされているか分からない。いや、それ以前に、シュナイゼルが幹部たちに対してどの程度の話をしたのかも、詳細は分からないのだ。ゆえに、ルルーシュはラクシャータに対して、C.C.と契約を交わした経緯から始まって、現在の状況、心境などを、可能な限り嘘偽りなく認めた。後はそれを見たラクシャータがどう判断するかにかかっている。だからこれは、ラクシャータがルルーシュからの書面の内容をどう受け取るか、そしてどう動くかによる、賭け、なのだ。



 ルルーシュからの親書を受け取ったラクシャータは、一人部屋に閉じこもって、それを一度ではなく、二度三度と繰り返し読み返した。
 ラクシャータは幹部たちのゼロに対する行動には嫌悪を感じていた。敵の大将の言葉だけを真に受け、肝心の当事者であるゼロの言葉を何一つ聴こうとせずに、全てをシュナイゼルから聞いたままに受け入れ、生身の人間に対してKMFまで持ち出したのだ。そして、逃亡されたと分かるや、蜃気楼を奪われたとして撃墜命令、果てはゼロの死亡公表。それはゼロという存在の価値をどう考えていたか、如実に分かるというものだ。しかもそれらは超合集国連合最高評議会にはなんら報告されていない。完全に元からの日本人幹部たちの独断によるものであり、彼らは自分たちが超合集国連合の外部機関たる武力集団、軍隊になったということを完全に失念している。いや、元からなかったのかもしれない。彼らの中にあるのは、自国である日本の解放だけで、連合に属する他の国々のことなど、最初から全く考慮されていないのだろう。
 黒の騎士団トウキョウ方面軍は、確かに日本人が多くを占めているが、全てではない。他国の者も少なからず存在していた。しかし幹部たちの言動に彼らは疑念を抱き、あるいは失望し、次々と黒の騎士団を離れ、自国へと戻っていった。おそらく、戻った先では連合に組する意味は無い、黒の騎士団は、少なくとも扇や藤堂をはじめとしたトウキョウ方面軍、つまり母体となった黒の騎士団は、結局はエリア11── 日本── のテロリストに過ぎない、とでも告げていることだろう。
 それらを考え、まだ幼かった頃のルルーシュのことを思い出したラクシャータは、当初から自分の部下として黒の騎士団に参加した直轄の部下たちだけを連れて、翌日、日の昇る前、まだ薄暗い未明のうちに斑鳩を後にした。
 しかし、扇たち幹部はそのことになかなか気付かずにいた。それは日本人以外の騎士団員たちが次々と出て行っていたことも影響しているのかもしれないが、彼ら幹部たちはラクシャータの存在をあまりにも軽く考えていたのだ。技術部の全ての者がいなくなったわけではなく、残っている者もいるからかもしれないが、ラクシャータの手によって開発製作されたKMFが数多くあるというのに、そのラクシャータがいなくなったということの重大性に、その意味に気付いていない、思い至っていないのだ。





【INDEX】 【BACK】 【NEXT】