愚か者たち 【7】




 ルルーシュが神聖ブリタニア帝国の皇帝即位宣言をしてから1ヵ月ほど経ったある日のこと。軍部を統括する総司令長官の立場にあるジェレミアが、いささか慌てた様子でルルーシュの執務室を訪れた。
「急なことで申し訳ございませんが、ご報告にあがりました」
「何があった?」
 ジェレミアの様子に、ルルーシュは眉を顰めながら問い返した。
「はっ。先刻、西海岸にある基地の一つから報告が入りました。領海を、本土目指して飛んでくる複数の機影あり、と。正体を探るべく高速偵察機を発進させて確認させましたところ、消息を絶っていたシャルル前皇帝のラウンズとその部下たちのKMFであったとのことにつき、その偵察機には私の独断で即時帰還させました。先頭はワンのヴァルトシュタイン卿のKMFギャラハッドで、ほどなく本土上空に達するものと思われます。つきましては陛下のご判断を仰ぎたく、こうしてお伺いした次第です」
「とうとう来たか。それとも、やっと、と言うべきかな」
 ルルーシュは口角を上げて半ば呟くように告げた。
 ラウンズたちがやってくるだろうことは、ルルーシュにとっては、皇帝として即位した時からすでに想定済みのことであり、ただ、それが何時つのことになるのか、それだけが予測不能なことだった。
「ロイドに連絡。アヴァロン発進の用意をさせろ。もちろん、先日完成したフランツたちのKMFもだ。ジェレミア、おまえにも当然出てもらう。それから人選はおまえに一任するが、ラウンズの部下たちの相手をするのに、軍の中から必要な部隊を選んで出撃の用意を」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 ジェレミアは敬礼をするとさっと身を翻してルルーシュの執務室を退出していった。
「C.C.、おまえも用意しろよ」
 ルルーシュは執務室の一角にある応接セットの、長いソファにごろ寝していたC.C.にそう声をかけた。
「何? 私も出るのか?」
「当然だろう。一体何のためにお前のKMFまでロイドに創らせたと思っている。第一、ラウンズの数を考えれば、戦力的にはこちらの方が圧倒的に不利なんだからな」
 ラウンズたちが引き連れてきているだろう部下たちについては、ジェレミアが別途出撃させる部隊に対応させることで十分だろう。部下たちに対してだけなら、こちらの方が圧倒的に数で有利だ。しかしラウンズ相手となれば話は別だ。一般の軍人にその相手は務まるまい。必然的に、その相手ができるのはフランツとジェレミア、そしておそらく、C.C.もそこそこいくのではないかと考えている。少なくとも、フランツとジェレミアが他のラウンズの相手をしている間の足止めくらいはできるだろうと。かつては黒の騎士団において、ガウェインに共に騎乗していた相手だ。C.C.の技量の程はある程度把握している。そしてC.C.のために創らせた機体の性能も。
 フランツとC.C.の専用機たるKMFは、つい先日完成したばかりだ。その意味では、ラウンズたちの来襲がその後になってくれたのは喜ばしいことだった。
 フランツとC.C.、二人のKMFは、時間的なことを考慮して、一から作るのではなく、ランスロットの発展形となった。ルルーシュの本心を言えば避けたいことであったのが事実だが、それでは完成までに時間がかかり過ぎると判断してロイドにそう命じ、フランツとC.C.にも納得させたところで、結果的にそれがタイミング的に吉と出たのだから、やはりよい選択肢だったのだろうと考える。
 ちなみに配色だが、ロイドは少なくともフランツのものは、これまで通りの白にしたかったらしいが、それはフランツが否と応じなかったし、ルルーシュも認めなかった。ならば何色に、となった時、フランツの専用機に関しては、フランツから連想するものとして、最初は、赤、という声が上がったが、ルルーシュにしてみれば、赤のKMFといえば、黒の騎士団のエース機であるカレンの紅蓮を思い出させ、これも認めなかった。結果、フランツといえば、その見事な赤毛の次には、氷のような冷たさを連想させる薄蒼の瞳であり、そこからアイスブルーとなり、C.C.はそのライトグリーンの髪の色から、こちらは淡いグリーンとなった。2機とも今日が実戦投入の初戦、初陣である。実戦形式の演習はすでに数回こなしてはいるが、本当の戦闘は今回が初めてになるのだ。大凡のあたりはつけられてはいるが、実際にどうなるか、シュナイゼルとのことを考えれば、今回は少しばかり大がかりで、相手が悪すぎると言えなくもないが、よい経験となるだろう。
「……蜃気楼も用意させといた方がいいかな……」
 思案顔でルルーシュがそう呟いた途端、
「なりません!」
「駄目だ!」
 今まで黙ってルルーシュの傍らに控えていたフランツとC.C.が揃って否定した。
「本当なら、陛下がアヴァロンで出られるのもお止めしたいところです。ですが、そこまでいけば陛下は納得はされませんでしょうから致し方ありません。しかし蜃気楼での出撃はなりません。陛下ご自身にまで出撃させるなどということは甚だ不本意ですし、私たちの力量も疑われます」
「おまえはアヴァロンの艦橋の奥でふんぞり返っていればいいんだ」
 二人のそれぞれの言いように、ルルーシュは苦笑を漏らした。
「分かった、分かった。その代わり、そこまで言うからには、おまえたちの戦いぶりを楽しみにさせてもらうぞ」
「十分にご期待に添える働きをご覧にいれます」
 ルルーシュの言葉に、フランツは恭しく礼をとりながらそう応えた。
 ほどなく、ロイドからフランツとC.C.の機体の搭載も終え、アヴァロンの発進用意が整ったこと、ジェレミアからも、己と、彼の率いる部隊の出撃体制が整ったとの報告が入った。
 ラウンズたちはすでに本土内に入っているとの報告も入っている。ただし、他の基地、部隊に対しては、ジェレミアを通して、警戒態勢をとり、追跡をし続けろと命じただけで、ラウンズたちを相手に攻勢に出ろとは命じていない。ラウンズの相手は無理なことと分かっているからだ。命じられれば軍人たちは出撃するだろうが、むざむざやられるだけと分かっている相手に向かっていけとはルルーシュには言えない。だから出撃は命じなかった。
「帝都まで来させるわけにはいかん。その前に片付ける。行くぞ」
 そうしてラウンズたちを迎え撃つべく、ルルーシュはフランツとC.C.を従えて執務室を出ると、今ではルルーシュの、つまりは神聖ブリタニア帝国の総旗艦ともいえるアヴァロンの発着場へと向かった。
 アヴァロンの発着場では、やってきたルルーシュたちを、軍人たちが整列して敬礼をしながら出迎える。それにルルーシュは、時折頷きながら応えるようにしてアヴァロンに乗り込んだ。もちろん、フランツ、C.C.の二人と共に。
 三人がアヴァロンの艦橋に辿り着くと、そこではロイドとその補佐官であるセシルがルルーシュたちを出迎えた。
 ルルーシュは艦橋の一番奥に置かれた指揮官席に座り、フランツはそのすぐ後ろに控えるように立ち、C.C.はルルーシュの足元、床に直接座り込んだ。
「待たせたな。セシル、アヴァロンを発進させろ!」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 ルルーシュの指示にオペレーターを務めるセシルは応え、その指示のもと、アヴァロンは静かに浮上し始めた。その上空では、すでにサザーランド・ジークに騎乗したジェレミアと、彼が選んだ部隊のKMFの機体がアヴァロンを待っている。
 そしてアヴァロンが合流すると、サザーランド・ジークを先頭に、KMFの部隊がアヴァロンを守るように取り巻き、彼らは真っ直ぐに帝都を目指していると報告のあったラウンズたちを迎え撃つべく飛び立った。





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