愚か者たち 【4】




「そして君は、ルルーシュ様がこの世で誰よりも憎んでやまないシャルル皇帝の前にルルーシュ様を引き摺り出した。自分が守ると言い放ったナナリー様を放って、自分の出世だけを望んだ。それの一体何処に正義がある。何が正しいと?」
「ナナリーのことは手の出しようが何もなかったから仕方なかったことだ。それに、ルルーシュを皇帝に差し出したのは、彼がゼロだったことを考えれば当然のことだろう。それに出世を望んで何が悪いと言うんだ! ブリタニアを中から変えていくには、自分が力を持つしかないじゃないか。だから望んだことだ。それの一体何処が間違ってるって言うんだ!?」
 言い訳を交えながら、フランツに対して自分の主張を返すスザクに、フランツは苦笑する。本当にこいつは何も理解していないと。
「かつて自分が守ると告げた友人だったはずのルルーシュ様を売って出世を手に入れると? 君は裏切り者であるだけでなく、本当にブリタニアという国の有り様を何一つ理解していない」
「ルルーシュはゼロになった。彼が僕を裏切ったんだ! それに僕が何を理解していないなんて言うんだ!?」
「ルルーシュ様がゼロとなったのは他に手段がなかったからだし、そもそもゼロが最初に世に出たのは君のためだったということを忘れたか?」
「それだって、そもそもは彼がクロヴィス総督を殺したからじゃないか!」
「確かにそれはそうだが、そうした原因はクロヴィスのシンジュクゲットー掃討作戦という行動にあったからだし、クロヴィス様を殺した時は、ルルーシュ様はまだゼロではなかった。
 それに第一、君が容疑者として逮捕されたからといって必ずしもルルーシュ様が君を救うために出る必要性はなかった。それでもああいった形で表に立たれたのは、幼馴染の親友である君が容疑者とされたからにほかならない。つまり、発端は君を救うためでしかなかった。
 それと、君が理解していないということだが、ブリタニアは弱肉強食、ブリタニア人にとってナンバーズは家畜であって人間ではない。そんなナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人に、一体何ができると?」
「けど、ラウンズになれば……!」
「ラウンズは確かに臣下の中では最高位。だがそれだけだ。臣下であることは変えられない。ブリタニアでは皇帝が全てだ。皇帝の一言で全てが決まる。君がラウンズになれたのは、ゼロであったルルーシュ様を手土産にラウンズとなることを望んだ君の望みを皇帝が良しとしたからだが、思うに、皇帝が君をラウンズとしたのは、半分以上、面白かったからではないのかな」
「面白い……?」
「一臣下に過ぎぬ身で、なれようはずもないワンとなってエリア11を所領として貰い受け、ブリタニアという国を中から変える、などといった誇大妄想を持ち、自分の掌の上で踊る君が。
 そしてたぶん、友人であった君をルルーシュ様から奪うという楽しみもお持ちだったのだろうと思うよ」
「なっ……!?」
 スザクはフランツのあまりの言いように絶句した。
「そして君はともかくも、ラウンズのセブンにはなったわけだ。そしてルルーシュ様のギアスは嫌悪しながら、皇帝がギアスを使うのには協力した。大いなる矛盾だな。しかもそうして皇帝の記憶改竄というギアスをかけられたのは、ルルーシュ様だけではない。ミレイ会長たちをはじめとする生徒会のメンバーや、その周囲の人間に対してもだった。それに対する罪悪感というものは、君にはなかったのかな?
 それだけではない。一人皇室に戻った、いや、戻らされたナナリー様に嘘をつき続け、挙句は利用した。ルルーシュ様には自分が守ると言っておきながら」
「り、利用なんて、そんなことは……」
「自分でやったことでありながら気付いていないのか? そんなに簡単に忘れたのか? ルルーシュ様を捜しているという嘘をつき、総督としてエリア11に赴任しようとしているナナリー様を、ルルーシュ様と話をさせて、ルルーシュ様の記憶が戻っているかどうか、ゼロかどうか、確認しようとした。これでナナリー様を利用していないと言えるのか?
 それだけじゃない。ナナリー様が再建させようとした“行政特区日本”。あれを宣言した時、ナナリー様はゼロと黒の騎士団に対して参加を、協力を呼びかけた。にもかかわらず、君はその答えを待たずに黒の騎士団を攻撃した。つまり、ナナリー様の意思を無視したんだよ。結果として黒の騎士団は無事だったから表沙汰にはならなかったが、これが世間に知られたら、新総督は言葉だけ、朝令暮改の嘘つきだと、誰も新総督の言葉や態度を信じなくなる。それを考えなかったのか? 考えなかったのだろうな。でなければ、そもそもあの時点で黒の騎士団に対して攻撃などできるはずがないのだから」
「あ……」
 フランツの言葉にスザクは狼狽えた。当時の自分の行動を振り返り、今、フランツに指摘されて、初めて自分がしたことがどういうことを意味していたのかを理解したのだ。そう、もしあの攻撃がうまくいって世間に知られれば、一体どうなっていたのかということを。臣下としては最高位とはいえ、仕えるべき皇族である総督の意向を無視し、蔑にしているのだと思われただろうことを。
 そもそも身体障害を負った目と足が不自由な年少の、継承位も低いナナリーを、政庁にいる官僚たちはお飾り扱いしているし、側近のMs.ローマイヤも必ずしもナナリーに協力的とは言ない。むしろ見下しているのではないかと思う時さえある。だが、自分がやったことはそれにも劣ることだったのだと。彼らはたとえお飾りと思ってはいても、ナナリーが皇族であり、総督であることは承知して行動している。だが、自分がやったことは、それすら無視していたことだったのだと、ここに至って気が付いたのだ。
「そしてゼロが復活したことで、ナナリー様よりも先にエリア11にやってきた君は、ルルーシュ様がゼロであると確信しつつもその確証を得るために、監視のための檻としたアッシュフォードに復学し、ルルーシュ様の傍に戻った。先にも言ったが、かつて同じ生徒会の仲間としてあったミレイ会長やリヴァルたちに対しても皇帝がギアスを使い、君自身それに協力した加害者の立場にありながら、何の負い目を感じることなく。
 本当に、こうして君のしてきたことを辿ってくると、よくよく君という存在は人間としての必要な感情の欠落した、欠陥だらけの存在だと思うよ。
 エリア11に来る前だってそうだ。
 ルールに従うのが正しい、途中経過が大切だと、ブリタニアの植民地政策に協力し、大勢の人間を殺し、植民地を増やす力、歯車の一つとなった。つまり、ゼロがした以上の大勢の人間を殺した。“白き死神”という二つ名を付けられる程に。ということは、それだけ、いわば君にとっての誰かのユーフェミアを大勢殺し、あるいは生み出してきたわけだが、それでよくゼロのことだけ批難できたものだ。それらの何処が正しいと? 大切で間違ってはいないと? 君のご高説を聞かせてもらいたいものだな」
「ぼ、僕はルールに従っているだけだ! それのどこが……!?」
 あくまでも「ルール」と告げるスザクに、フランツは声を上げて嘲笑した。
「ルール、法などというものは時代と共に変わるものだ。政治体制が変わればもちろん変わる。君が攻撃し攻め落としてきた国々にも、ブリタニアとはまた違ったそれぞれの法があった。そして自分たちの国を守るために、軍人である彼らは君と戦い、無残にも死んでいった。君に殺され命を落とした。彼らにとっての大切なものを守るために。
 さて、時代や体制の変化と共に変化していくものの一体何処が絶対的なものだと言えるのか、教えていただきたいな。極端な言い方をすれば、今日は正しいとされていたことも、明日には変わるかもしれないというのに、なのにそんなルールに従うと君は言う。それに、そのルール自体が、人の考え、思想によっては間違っているということもあるというのに、それをさも大切そうに、間違っていないと、ルール、ルールと、馬鹿の一つ覚えの如く唱え続ける。ある意味、法とは、必ずしも民衆のためではなく、その国の統治者たちにとって都合のいいものである部分もあるというのに。要するに、君は自分に自信がないんだ。だから決められたルールに頼っている。つまりは他力本願だよ。ルールに則っているから自分は間違っていないのだと、そう言いたいだけだ」
「そ、そんな、そんなことは……」
 スザクはフランツの言葉を否定したかった。だが言葉が出てこない。フランツの言葉を否定できるだけのものが何一つ思い浮かばない。スザクの瞳は虚ろになり、狼狽の度が酷くなり始めた。
「君は自分がしてきたことは棚にあげ、自分がされたことだけに捕らわれてルルーシュ様を否定する。まるで頑是無い子供のようだ。君には、いや、君に限らず、人に他の人の存在を否定する権利や資格などないというのに。存在以前の意見や考えとてそうだ。確かに、考え方は人それぞれで、皆が同じように考えるわけではない。しかし、その考え自体を否定することは、必ずしも正しいとは思えないのだが。否定するだけなら誰でもできる。本来あるべき形としては、否定するなら、それに代わる実現可能な案を示すべきだ。だが君はユーフェミアを礼讃するだけ、ルールを守るべきというだけで、確固たる自分の意思というものがない。端から見れば、君がしているのはそれだけのものでしかない。
 そんな君に、今はどうかしれないが、死にたがりだった君にルルーシュ様がかけられたギアスは勿体なさすぎる。宝のもちぐされだ。だから」
 そう告げて、フランツは脇の木立の方に顔を向けた。
 つられるようにスザクもそちらを見ると、木と木の間から、ジェレミア・ゴットバルトが姿を現した。
「お願いします」
「心得た」
 フランツとジェレミアの間で短い遣り取りが交わされる。それが何を意味するのか分からぬスザクは首を傾げた。
 すると、ジェレミアの顔半分を覆う仮面の一部が露わになり、スザクの周囲を蒼い光が包んだ。
「な、何っ!?」
 思わず蹲ったスザクの視界に、懐からサイレンサーのついた銃を取り出し、それをスザクに向けるフランツの姿が写った。
「お別れだ。ルルーシュ様は悲しまれるかもしれないが、君がいなくなれば、ゼロ・レクイエムなどという馬鹿げた計画を推し進めて、ルルーシュ様の死を煽る人間が消えれば、ルルーシュ様も、直ぐにとはいかないだろうが、きっとお考えを改めてくださるはず。残った私たちでそう説得する。だから、君には消えてもらう」
「フランツッ!!」
 スザクがフランツの名を叫んだ時には、フランツの指は銃の引き金にかかっていた。
 すでにスザクにかけられていたルルーシュの「生きろ」というギアスは、ジェレミアによって解除されている。現在はともかく、もともと死に場所を探していたようなスザクに、ましてや今の状態のスザクに、それに抵抗する術はない。
 銃弾がスザクに吸い込まれていく。フランツが狙ったのはスザクの心臓の真ん中。だが、それだけでは物足りないとでもいうように、続けざまに額をも撃ち抜いた。
「ともかく、これで一番の問題は片付いた、ということでいいかな」
「シュナイゼル殿下と、殿下が所持しておられるフレイヤの問題があるが、ゼロ・レクイエムに関して言えばそう言っていいだろう」
 倒れ伏し、心臓と額から血を流しながら、すでに息絶えたスザクの躰を見下ろしつつ、フランツとジェレミアはそう言葉を交わす。そしてかねて用意していた、木立の向こう、屋敷からは死角になっている所に掘った穴に、スザクの躰を放り投げ、周囲に積み上げられていた土砂をその上にかけていった。
 これから先も、ルルーシュにとって害となる存在は出てくるだろう。
 先に名前の出たシュナイゼルはもちろんのこと、彼に踊らされている黒の騎士団や、おそらく騎士団の幹部から色々と吹き込まれているだろう超合集国連合の最高評議会議長たる皇神楽耶など。
 だが彼らに対しては、彼らと対峙する時にまた対応していけばいい。
 ルルーシュの存在を守り、彼を生きながらえさせ、ブリタニアに変革を齎してもらうことが、自分たちが何よりも望むことなのだから。
 ともかくも、当事者としてあったフランツとジェレミア、そして話だけは聞いていたC.C.は、ルルーシュの周囲から愚かな存在が一人消えたことに安堵した。





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