「一体何の用だい、フランツ?」
「君には以前から聞きたい、確かめたいことがあってね」
スザクは呼び出された屋敷の裏庭で、早々にフランツに対して切り出した。スザクはフランツに対して好意は全く持っていない。むしろ嫌悪感に近いものがあるといってもいいだろう。だから早く話を、要件を終わりにしてしまいたいとの一心だ。
相手に対する感情的な面で言えば、スザクは気付いていないが、フランツのスザクに対するはっきりとした嫌悪感の方が遥かに強いと言えるのだが。いや、多少は気付いているかもしれないが、その大きさ、深さにまでは理解は至っていないだろう。お互いに、ルルーシュに対しての立場が違い過ぎるのだから致し方ないとも言えることではあるが。
「聞きたいこと?」
「そう、ルルーシュ様のことで」
その名を出されてスザクは顔を歪めた。どちらかといえばそれは憎しみを込めた怒りに、だろうか。
「君は知っていたはずだ、ルルーシュ様がブリタニアを如何に憎み、どうしたいと思っておられたか」
「確かに、知ってたよ」
「なのに何故名誉ブリタニア人になり、更にはルルーシュ様が嫌っていらっしゃる軍人などになった?」
「僕は間違ったから。間違った方法では世界は変えられない。中から正しい方法でブリタニアを変えようと考えて選んだ。それに、名誉ブリタニア人になった方が、もしかしたらルルーシュたちを捜しやすいんじゃないかと思ったし」
「色々と調べさせてもらったが、一体、何時どうやってルルーシュ様たちを捜うとしたんだ? 調べた限りでは、そんな気配は全く感じられなかったが」
「そりゃ、名誉になって、軍人になって、やらなきゃいけないことが増えて、なかなか時間が取れなかったから。でも、いずれ時間が取れるようになったらできると思った。それに、偶然ではあったかもしれないけど、ルルーシュに再会できたのは、間違いなく僕が名誉ブリタニア人で軍人だったからだし」
スザクの顔の表情は先刻からほとんど変っていない。それに何より、フランツがルルーシュのことを“様”付けで、敬語で話しているのが気に入らなくてならないようだ。
「ふん、まあ、それはそれでいいさ。それは肝心なことではないからな。
君は、ルルーシュ様のお立場もお考えも知っていた。そしてルルーシュ様は、君に対して、初めてできた友人だからと、君がアッシュフォード学園に皇族の口利きで編入してきて、だが名誉ブリタニア人ということで大変な目にあっている時、君が少しでも学園の中で過ごしやすいようにと心を砕かれていらっしゃったというのに、君はそのことに感謝はしたのかな?」
「……友人だったら、その状況を考えれば、その相手のことを考えて多少気を遣ってくれても、別に当然のことじゃないかと思うけど」
やはりスザクは当然のことと考えていたのかと、感謝の気持ちなどなかったのだと、フランツは再認識した。
「で、その友人相手に君は何をした?
ルルーシュ様がクロヴィス総督を殺したのは、シンジュクゲットーに対して行われたことに対しての怒りなども当然あってのことだったが、一番の理由は、再会したばかりの大切な友人を、総督の配下の者に虫けらのように殺された、と思ったからのようだったが」
「そ、それは……」
考えてみたこともなかったことを指摘されたかのように、スザクは初めて狼狽えて見せた。
「そして皇族の、ユーフェミアの口添えで編入してきた君を思いやり、あれこれと尽くしていらしたというのに、君はルルーシュ様たちに、自分は技術部所属で前線に出ることはない、と嘘を告げた」
「それは、心配かけたくなかったから」
「それだけならばまだいい。だが君は、ユーフェミアに選任騎士として指名された後も学園に通い続けた。更には君がいるということが理由でユーフェミアは学園祭の時にアッシュフォードを訪れ、ルルーシュ様たちに出会い、このままに、と仰られていたのにもかかわらず、唐突に“行政特区日本”などというものをマスコミを前に大々的に公表し、しかも君はその中身を吟味することなく、日本と付く名前だけに浮かれたように諸手を上げて賛同し、あまつさえ、ルルーシュ様たちに参加するように誘った。ルルーシュ様たちのお立場を考えれば、皇族の選任騎士となった者が身近にいることだけでも、どれほど危険なことか考えもせずに。ましてや、“行政特区日本”などというものに参加することなどできようはずがないのに、そんなことを全く考えもせずに」
「危険だったっていうのは、結局、彼がゼロだったからだろう!?」
黙って聞いていたスザクだったが、遂に耐えかねたのか、怒鳴り声を張り上げた。
「ゼロのことは関係なしにの話だ」
「関係なく?」
スザクには本当に分かっていないのだろう。彼は眉を顰めたに過ぎなかった。
「皇族の選任騎士ともなれば、その周辺は調べられる。ましてや君の場合は名誉ブリタニア人だから、足を引っ張ろうと、何か粗を探そうとする輩もいるはずで、君の周囲を探ろうとする者はより多かったはずだ。君の周囲を調べれば、必然的にルルーシュ様の存在が出てくる。7年以上も経ち、姓を変えられているとはいえ、ルルーシュ様のことに気付かぬ者がいないとは限らない。それに、“行政特区日本”など、ブリタニア人が進んで入ることはまずない。つまり、そのようなことをすれば目立つということだ。目立てば、その素性を探ろうとする者も出るだろう。それが皇族の選任騎士の友人となればなおさらだ。そちらでもルルーシュ様の素性が知れる危険が増える。そんなことも分からなかったのか? それとも考えなかったのか?」
「けど! ユフィがルルーシュたちのことを守るって言ってたし、僕だって守ることができる!」
「一体何処が? どうやって? 騎士とは主ただ一人を守る存在だ。ユーフェミアという主を持つ君に、一体どうやってルルーシュ様たちを守れたと? そして、ユーフェミアもだ。所詮は総督であるコーネリアに守られているに過ぎなかった彼女に、一体どうやってルルーシュ様たちを守れたと?」
「さっきから、一体何が言いたいんだ!?」
「いいや、つくづく君は、そのお立場のことも含めて、ルルーシュ様たちのことを、そしてブリタニアという国のことを何も理解していなかったのだと再認識しているところだよ」
「僕が何を分かってないというんだ!? ルルーシュがゼロなんていうテロリストになったりさえしなければ……!」
「君はとうに殺されていたな、クロヴィス総督の殺害犯として」
「あ……」
そうだ、ゼロが自分がクロヴィスを殺害した犯人だと名乗り出たから自分は放免されたのだと、いまさら気が付いたというような、呆けた表情を見せるスザクにフランツは呆れた。
「君はゼロに救われた。なのに、その恩も忘れてゼロを悪しざまに罵り続けた。
それに、君は君を理解してくれたのはユーフェミアだけだと言っていたようだが、それは本当にそうなのか? ルルーシュ様たちは君のことを何も理解していなかったと、認めていなかったと言うのか? 何も手を差し伸べなかったと。表だって言葉にせずとも、ルルーシュ様が君のために色々と心を砕き、君にははっきりと目に見えずとも動いていらっしゃったのは、周囲にいた者は皆分かっていたというのに。なのに、当の本人がそれに気付いていなかったと?
ルルーシュ様の言葉が、動きがあったから、生徒会のメンバーたちは君を受け入れ、他の生徒たちも、全てではないしろ、必ずしも積極的にではなくとも、多少は受け入れていた。それもこれも全て、君がルルーシュ様の言う、ルルーシュ様の友人、幼馴染の親友という言葉があったればこそだ。それがなければ、君は学園では陰湿な苛めを受け続け、楽しい学園生活など一日たりとも過ごせなかっただろうに」
「そ、それは……」
スザクは虚をつかれたようになったが、俯きかけた顔を上げてフランツに返した。
「けど! ルルーシュはゼロだったじゃないか! 僕を騙して、嘘をついて、大勢の人を、それにどんな理由があれ、異母兄であるクロヴィス総督や、誰よりも彼のことを考えていた異母妹のユフィを殺して!」 「ブリタニア軍が殺した人数に比べれば、ゼロの出した犠牲などたかが知れていると思うのだがな。そして君はその陣営に加わっていたのだから否定はさせない。それにユーフェミアのことだが、彼女を殺したとルルーシュ様を、ゼロを恨むのはいささか筋違いだな」
「どういうことだ!?」
ユーフェミアを殺したのは間違いなくゼロであるルルーシュ。その彼を憎むことのどこが間違っているというのか。スザクはフランツを睨み付けた。 「確かに、その命を奪う直接のきっかけとなったのはルルーシュ様が彼女を撃ったこと。それは紛れもない事実だ」
「そうだろう! なら……!」
「だが君はユーフェミアの選任騎士ではなかったのか? 騎士ならば、自分の身を犠牲にしてでも主を守るべき。それなのに君はどうだ? ゼロがユーフェミアを手にかけた時、君は主を守らず、守ろうともせず、何処で何をしていた? まず責めるべきは殺したゼロではなく、選任騎士という立場にありながら、傍にいることもせず、守ることすらしなかった君自身だ。違うのか?」
「え……?」
スザクはフランツの指摘を理解しきれなかった。
殺したゼロではなく、殺させてしまった自分が一番に責められるべきだ、とそう言うのだろうか、フランツは。スザクはフランツの言葉を頭の中で繰り返して吟味する。
「その上、君は撃たれて負傷したユーフェミアに対して、かけてはならない負担をかけた。KMFでアヴァロンに運ぶという方法で。
加えて、君は得体の知れない存在からの一方的な言葉だけを信じ、肝心の当事者であるルルーシュ様の言葉を何一つ聞こうともせず、その存在を否定すらした」
「僕が彼を否定したのは、あれほど素晴らしい存在のユフィに対して、ギアスを使ってあんな酷い真似をさせた上に殺して利用したからだ! それにユフィはもちろん、僕のことも裏切った。だから否定した。それのどこが悪いっていうんだ?
第一、僕がユフィに負担をかけたなんて、そんなこと分からないじゃないか! 勝手に決めつけるように言うのはやめてくれ! それに、事情のことだって聞いたさ! けど、ルルーシュは何も言ってくれなかった!」
怪我人をそのままにKMFで空中にあるアヴァロに運ぶということが、その当人に対してどれほどの負担、無理を強いるかを考え付かないスザクにフランツは呆れたが、とりあえずそのことはおいて、先を続けた。
「ルルーシュ様が下手な言い訳などなさらない潔い方だということ、友人だというなら知っていて当然のことだと思うが、そのことを何も考えなかったのか?」
とりあえず、フランツはスザクの言葉の前半、ルルーシュを否定したことの、フランツからすればくだらない言い訳は無視して、後半の言葉に対してのみ問い返した。
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