愚か者たち 【2】




 フランツは、スザクを愚か者だと思う。
 彼は知っているはずなのに、知っているだけで何一つ理解していない。しようとすらしていない。もっとも、それは本人には自覚すらないかもしれないとも思うが。
 そう、スザクは誰よりも知っているはずなのだ。ルルーシュのブリタニアへの思いを、憎しみを。何よりも、いや、ただ一人、スザクだけが終戦間もない頃の、ルルーシュの「ブリタニアをぶっ壊す」と言った言葉を傍らで聞いていたのだから。
 にもかかわらず、スザクは名誉ブリタニア人となり、果ては軍人にまでなった。そのような立場では、ルルーシュと再会したとしても、そのブリタニアを憎んで止まない彼とは相容れないだろうことも理解できていなかったのだろうか。
 そして再会。
 ルルーシュはスザクを名誉と付くとはいえ、ブリタニアの軍人と知りながら、それでも初めて得た親友ということもあってか、アッシュフォードに編入してきた彼を、学園では彼は自分の親友だと、スザクが少しでも過ごしやすいようにと取り計らってやっていたのだが、スザクにしてみれば、それは当然のことであり、何ら不思議でもなんでもないことと受け止められているかのように見受けられた。
 その上、スザクは自分がブリタニアの第7世代KMFのデヴァイサーであることを隠し、技術部の所属であり、前線に出ることはないと、ルルーシュとナナリーに明らかに嘘をついていた。それは良心的に解釈すれば、ルルーシュたちに心配をかけたくなかったから、と受け止めることはできるが。
 しかしスザクが唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーであり、更には第3皇女から選任騎士の指名を受けた後も、スザクの態度は何ら変わらなかった。変わったのは、せいぜいそれでなくても学園に顔を出す時間が少なかったのが余計に少なくなったことくらいのものだ。いや、もっと変わったこともあった。それまでも多少はあったことではあったが、ユーフェミアに対する礼讃が、ゼロに対する批判、否定の言葉が、自説だけが正しいというように、それらが一層強くなって言葉数も増えた。生徒会室に顔を出すたび、繰り返し繰り返し続けられるのだ。それが生徒会室という場所に相応しい内容であるかも、周囲の者たちがその繰り返される同じ内容を、一体どんな思いで聞いているかも何も考えず。
 スザクはルルーシュとナナリーの立場を知っていながら、皇女の選任騎士となった自分が彼らの傍にいることの危険性を何も考えなかったのだろうか。考えなかったのだろう。いや、それ以前に理解すらしていなかったのだろう。
 皇族の選任騎士ともなれば、その周辺を探られる。そうなれば、ルルーシュたちのことが知られる可能性が高くなり、皇室に連れ戻されるだけならまだしも、場合によっては暗殺の危険に曝されることだとてありえたのだ。アッシュフォードに匿われていると、編入してきて早々にルルーシュに告げられていたというのに。どこまでもスザクには理解が足りない。
 しかもスザクが通っているということで、第3皇女がお忍びでアッシュフォードの学園祭にやってきて、何の前触れもなしに、マスコミを前に突然の“行政特区日本”の設立を宣言。それをスザクは諸手を上げて歓迎し、ルルーシュたちに参加を促した。ルルーシュたちの立場を考えれば、そのようなものに参加などできようはずがないのに。そしてそれは容易に想像のつくことであるにもかかわらず、スザクにはそのようなことは全く考えつきもしない。特区そのもののこともそうだが、ルルーシュたちの立場を、彼らがその特区に参加した場合にどうなるか、それに対する想像力が全く働いていない。
 第一、それを別としても、第3皇女ユーフェミアの唱えた“行政特区日本”はあくまでもブリタニアから与えられたものであり、真の日本ではないというのに、ただ、日本と、日本人という名前が取り戻せるというだけで、それで良しとしたのか。そしてユーフェミアの宣言した政策だからと、そのものの持つ穴など、欠点など何も思うことなく、気付くことなく、何も深く考えることもせずにただ礼讃しているのだ。
 そして特区の式典会場で、スザクは己の主であるユーフェミアを守ることもせずに、ただゼロに殺されたということだけを取り上げてゼロを憎み、誰とも知れぬ、突然姿を現したわけの分からぬ子供の告げる言葉だけを信じてゼロを、ルルーシュを追い、捕え、彼が誰よりも憎む父であり、ブリタニアの皇帝であるシャルルの前に、己の出世を条件に引き摺り出した。そしてギアスという存在を憎みながら、そのシャルルがルルーシュにギアスをかけるのをよしとし、手伝いすらしたのだ。ユーフェミアの死に繋がった力だからルルーシュのそれは許せず、だがシャルルのそれは、そんなルルーシュへの罰だから許されるとでも思っているのか。なんと身勝手な、独善的過ぎる考えであることか。しかもシャルルのギアスがかけられたのはルルーシュだけではなく、その整合性を図るために、他の者たちに対してもかけられているというのに、何の罪悪感も持たず、彼らに対して自分が加害者になっていることなど、何一つ自覚もないままに。
 加えて、僕が守るとルルーシュに言い切ったナナリーのこととて、ルルーシュを嵌めるために利用した。それの一体何処が彼の言い放った“僕が守る”なのだろうか。
 スザクは過程が大事だと、ルールを重視し、己の考えが、それだけが正しいと人に押し付けた。十人十色。人にはそれぞれの立場があり、それぞれの考えがあるというのに、他人の考えを否定した。スザクがとったような行動は、ユーフェミアから受けた待遇は、誰もがとれるものでもないし、当然、受けられるものでもなく、できるものではないというのに、それだけが正しいのだと。なんと狭量で、世間を見ることが、知り、理解することができない存在であることか。
 第一、クロヴィスが暗殺された後、その殺害犯として仕立てあげられ、処刑されようとしていたところをゼロに救われたというのに、それすら忘れたように、ひたすらゼロを否定し続けた。ゼロに救われなければ、とうに彼自身の命が()かったというのに、それすら忘れたのか、何も認識せぬままに。
 ゼロは大勢の犠牲を出している、テロなどという行為は間違っていると言いながら、自分がやっていることをどう考えているのか。“白き死神”などと二つ名を付けられ、ゼロ以上の犠牲を出し、ブリタニアの侵略行為に加担しているというのに、それはブリタニアのルールに従ってやっていることだから正しいことだとでも言うのだろうか。スザクが殺している者たちにも、彼らにとってのルールがあり、守りたいものがあり、それを守るために戦っているというのに。所詮、人殺しは人殺しでしかなく、スザクは、ゼロがスザクの大切な人── ユーフェミア── を殺したように、自分もまた、誰かにとってのユーフェミアを殺しているのだということに本気で気付いていない。考えていない。己のやっていることはルールに則っているから正しい、ただそれだけだ。どこまでも自分のことだけで、相手のこと、他の人間のことは何も考えていないのだ。
 そしていつかナイト・オブ・ワンになってエリア11を貰い受ける、などと本気で考えている。そのようなこと、できようはずがないのに、それが日本を取り戻す一番良い方法なのだと。しかも、それは、もし仮にできたとしても所領として受け取れるだけで、結局はブリタニア領であることに変わりはなく、日本を取り戻すことには繋がらないというのに。ましてや、スザクがワンでなくなったら、所領としてのエリア11は奪われ、また元の木阿弥に戻るというのに、そんなことすら理解していない。イレブンが、日本人が望むのは、日本のブリタニアからの真の独立にあるというのに、それを本当に何一つとして理解していないのだ。
 スザクは内部からブリタニアという国を変える、などと口にするが、結局それはブリタニアの帝政、絶対君主制度というものを何ら理解していないということなのだ。ブリタニアは神聖不可侵たる皇帝が支配する国。つまり、ブリタニアを変えることができるのは皇帝だけ。少し広く考えてもその周囲の力ある皇族や貴族の一部が、シャルルの意向に対して多少の影響を与えることができる程度に過ぎないのだということを。所詮、ブリタニアでは臣下としては最高位のラウンズとはいえ、ブリタニアという国家を変えることなどできないということを何一つとして理解しないまま、中に入って、内から変えていく、などと夢見がちなことばかりを口にする。本当に真実を見ることも考えることもできない愚か者としか言いようがないのだ、枢木スザクという男は。
 隠れ家に入って数日後の夜、フランツはルルーシュが書斎に籠った後、スザクを外に呼び出した。





【INDEX】 【BACK】 【NEXT】