異界の(モノ) 【8】




 後から知れたことだが、ルルーシュたちがシャルルたちを殺したのは、ブリタニアのペンドラゴン宮殿内にあり、皇帝であるシャルル以外には、極一部の許された者しか入ることのできない、許されていない、“黄昏の間”と呼ばれる部屋だった。
 計画の首謀者である三人を始末した後、ルルーシュたちは得ていた情報を元に、一旦“Cの世界”に戻り、そこから中華連邦にあるというギアス嚮団へと向かった。そこではギアスとコードの研究がされており、多くの子供たちが、研究により実験体とされ、ギアスユーザーとなっている。放置しておくわけにはいかないというのが一族の出した結論だ。
 その結論に従い、ルルーシュたちはギアス嚮団を破壊、殲滅した。一度持ってしまったギアスを無くすことはできない。仮にルルーシュの絶対遵守のギアスで、彼らにギアスのことを忘れさせたとしても、何時それが解ける分からない。そうなったらどうなるか。それを考えれば、残酷ではあるが、殺してやるしかなかった。もちろん、そんな子供たちを生み出した大人の研究員たちも。
 最後に、天の四鬼たちの力でギアス嚮団の施設を含むその地域一帯を破壊して、それで一通り、シャルルたちが行おうとしていた人の世の(ことわり)を壊すための“神殺し”、“ラグナレクの接続”は完全に終わらせた。
 ナイト・オブ・ラウンズの一人、シックスのアーニャ・アールストレイムの中には、ルルーシュの実母である、暗殺された第5皇妃マリアンヌが、彼女の持つギアス、人の心を渡るという力によって精神だけ生きているという話だが、それだけでは何もできないだろうとの判断から放置された。シャルルたちの計画に必要なものは全て破壊しつくした。最早何も残ってはいない。ただ精神体として他人の中で生きているだけのマリアンヌにできることなどありはしないのだから。
 だが、そのアーニャのことを考えれば、マリアンヌの精神体が入っているということは、おそらくあの暗殺現場も見ていることと思われること、ならばシャルルによって記憶改竄のギアスがかけられていると思われることから、いずれ折をみて、アーニャにかけられているだろうギアスを長老が解くことにした。何故なら、そこまでの事実はさすがに長老たち一族のものも調べきれていないが、シャルルがマリアンヌ暗殺の捜査について早々に打ち切らせたことから、何か知られてはまずいことがあったのだろうと思われたからだ。第一、マリアンヌがギアスを持っていたということは、ルルーシュにとっては辛いことだが、彼女もまたシャルルたちの同志だったと考えられる。そしてアーニャにかけられていると思われるギアスを解くということは、同時に彼女の中にいるマリアンヌの精神体を消滅させることにも繋がるだろう。だがそうすれば、アーニャは自分の途切れる記憶に不安を覚えており、全てを思い出したいと願っているとのことだが、それを叶えてやれるのではないかとルルーシュは思う。そして母マリアンヌは、やはりあの時、暗殺されて死んだのだ。それが歴史上の事実なのだから。ルルーシュはそう思い、母たるマリアンヌへの思いを断ち切り、割り切った。たとえマリアンヌの精神体を殺すことになろうとも、そんな不自然な状態で、本来ならばなんの関係もない一人の少女の人生を犠牲にして存在し続けていいはずなど無いのだから。





 それから10日後、ブリタニア本国のペンドラゴン宮殿において、皇帝の名により、皇族、貴族、主だった文官、武官たちに招集がかけられた。
 これまでにもあったことでさほど心配されてはいなかったが、皇帝が行方を絶っていることに、またかと思いながらも、心配している者もいるにはいたのだ。そしてその皇帝からの突然の招集命令に、一部の者には驚きが走ったりもしていた。
 そして“玉座の間”と呼ばれるペンドラゴン宮殿の中の最大の大広間に彼らは集まり、皇帝の登場を待っていた。
 やがて招集がかけられた者の全てが集まったとみなされた時、近衛の声が広間に響き渡った。
「皇帝陛下御入来!」
 しかし、その声によって玉座のある檀上に姿を見せたのは、シャルルではなかった。
 7年以上も前に鬼籍に入ったとされていた第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。ちなみに現在、ルルーシュの瞳は両目とも共に本来の紫電の色を取り戻している。それは長老が彼の持つ力によって暴走状態にあるルルーシュのギアスを抑えてくれているからだ。消し去ることはできずとも、それくらいはできるとやってくれた。そしてギアスを使う必要がある時は、それはルルーシュの意思次第であるとも言われている。
 それからルルーシュに続いて、全身をマントで覆った四人の長身の、おそらくは男性。そして、一つの布で覆われた何かを持った黒髪で黒衣を纏った、というよりも全身を覆っているかのような女性と、剣のようなものを持った、見慣れぬ異国の物だろう衣装を身に纏った、床まで届く、というより、ひきずるほどの長い真っ直ぐな、やはり黒髪の女性。
 彼らは、この件については本来ならすでにかかわりを絶ってもよかったのだが、ケリがつくまでつきあうさ、と言って、今、共に壇上に、ルルーシュの傍らにいる。
 途端に広間の中にざわめきが走った。一体何事かと。シャルルはどうしたのかと。
 そんな中、一人の男が玉座に腰を降ろしたルルーシュの前に立った。それは第一皇子のオデュッセウスだった。
「君はルルーシュだね。ナナリーが生きて戻ったから、もしや君も、と思ってはいたが」
「はい、覚えていてくださったのですね。ええ、地獄から舞い戻ってまいりました」
「君の容貌は、亡くなられた君の母上であるマリアンヌ皇妃にとてもよく似ているからね。すぐに分かったよ。けれど、皇帝の名を借りて玉座に座るのはどんなものなのかな」
「第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは私が弑しました。ですから弱肉強食の国是に従って、私が次の第99代皇帝となります」
「なんだってっ!?」
「冗談も大概にしやれ! 皆何をしておる! この皇帝殺害をほのめかし、畏れ多くもその資格もないのに玉座に座すこの不届き者を捕えよ!」
 オデュッセウスをはじめとした多くの者が驚きにどよめく中、第1皇女のギネヴィアが控えている近衛兵たちに命令を下した。
 それと同時に、剣を持っていた女性が、もう一人の女性の持つ物の布を取り払った。そこから現れたのは、シャルルの首だった。それを見て、思わず動こうとしていた近衛兵たちの動きが止まる。広間のざわめきは一層大きくなった。
「これでご納得いただけたでしょうか。この通り、シャルル皇帝は確かに私が討ち取りました。この男は、あなたがたにはお分かりにはならないと思いますし、あえてその内容まで知らせようとは思っておりませんが、人の世の理を壊そうと、人には過ぎた、到底許されぬ計画を考え、それを実行に移そうとしていたのですよ。それを知り、ゆえに、私は此処にいる彼らの力を借りて討ち果たしました」
 そう告げて、ルルーシュは己の周囲にいるものたちを見回した。
「紹介しておきましょう。私の守護者である、天の四鬼たる、風鬼、火鬼、水鬼、隠形鬼。そして、煌子と鬼嬢です。私を守ってくれるモノ── もちろん他の一族のモノたちのこともさしているのだが── は他にもいますが、今はこの場にいるモノだけの紹介ということでよろしいでしょう。
 私を許せぬというなら、国是に従って私を殺せばよろしい。私がシャルル皇帝を弑したように。そうすれば、その者が次の皇帝です。ただし、私を殺そうと思うなら、その前にまずは私の守護者たる天の四鬼と対し、彼らを討ち倒さねばなりませんが、果たして人であるあなたがたの誰が、人間(ひと)ならざる存在である彼らの命を奪うことができるのか、非常に楽しみですね」
 愉快そうな声で、ルルーシュは告げた。
 人間ではない存在── その言葉とルルーシュの様子に、広間のざわめきは収まる気配は一向になく、大きくなっていく一方だ。
「では、今日のところは宣言と挨拶のみということで、これで解散してよろしい」
 ルルーシュはそう告げると、共に檀上に上がっていたモノたちと共に下がっていった。
 広間に残された者たちは、それぞれに集まって言葉を交わしあっていた。見せられたシャルルの首。少なくともシャルルがルルーシュによって弑されたことは事実だと、それは認識された。
 だが、このまま皇位の簒奪を許していいのか、いやしかし、弱肉強食の国是に照らせば、それに、皇帝であるシャルル自身が、子供たちの皇位継承を巡っての争いを推奨していたのだから、己が殺される可能性とて考えていたのではないか、等々、様々な意見が取り交わされていた。
 そんな中、呆然としていたのは、かつてルルーシュをシャルルに売ってラウンズのセブンとなっていたスザクだ。スザクが機情から、ルルーシュが、突然、“私室から消えた(・・・)”、との報告を受けたのはつい一昨日のことだった。ルルーシュが消えた、という事実以外は誰も何も分からない状態で、シャルルも不在であったことから報告も上げられず、対策はまだ何も立てられていなかった。実際、その時にはすでにシャルルは弑されていたわけだが。そしてそんな状況下での今の一連の出来事。
 一体何がどうしてこうなったのか、不思議でならず、また、これから自分がどうなるのか、不安が心を押しつぶしそうだった。彼はどうやってかシャルルによって改竄された記憶を取り戻している。ならば、ルルーシュが自分をシャルルに売った己を決して許すことは無いだろう、そうスザクは思う。それにルルーシュの周囲にいたモノたちの存在が不気味でならなかった。そしてまた思う。今日、この場にはただ一人を抜かして皇帝の騎士であるラウンズが揃っている。しかしその唯一いない皇帝第一の騎士であるヴァルトシュタイン卿は、シャルルと共に殺されたのだろうか、とも。





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