異界の(モノ) 【9】




 スザクがそんな考えを巡らしている中、いち早く大広間を後にしたラウンズが一人いた。シックスのアーニャ・アールストレイムだ。
 アーニャが向かったのは、ルルーシュがいると思われる皇帝執務室。アーニャにはやはりシャルルの記憶改竄のギアスがかけられており、シャルルを討ち取ったあの暫く後、すでにそれは一族の長老の手によって解かれていた。そしてまたそれは同時に、ルルーシュが考えた通り、アーニャの中に巣くっていたマリアンヌの精神体をも抹殺した。
 アーニャは幼い頃、アリエスの離宮に行儀見習いとしてあがっており、その頃、ルルーシュに憧れを抱いていた。何時かこの方の騎士となることができたら、と願っていた。忘れさせられていたその記憶を取り戻してくれたルルーシュは、アーニャにとってやはり憧れの対象であり、また、恩人ともなった。本来、先帝のラウンズは次の皇帝のラウンズとはなれないが、なんとか認めてもらうことはできないだろうかと、アーニャはそう強く願い出て、その思いの深さゆえに、加えてアーニャの境遇に対するルルーシュの思いもあったのだろう、それを認めてもらうことができた。確かに天の四鬼たちはルルーシュの守護者だが、騎士ではない。従って、アーニャは現在のルルーシュの唯一の騎士といえる存在となっているのだ。
 アーニャの後を追うような形で、同じく広間にいた、すでに先に皇籍に復帰していたナナリーが皇帝執務室に向かっていた。およそ半年ぶりになる兄との再会。兄がどういった経緯で父を殺すなどという恐ろしいことをするに至ったか知りたかったし、何よりも会いたいという思いが強かった。
 皇帝執務室まで辿り着くと、その扉の前には当然の如く、四人の衛兵が立っていた。目の見えないナナリーは気配でそうと察しただけだが。
「お兄さまに会いたいと、ナナリーが来たと伝えてください」
 予定には入っていなかった、つまり約束が交わされていたことではなかったため、本来なら断るところだが、ルルーシュの実妹だということで、一人がその旨を伝えるべく、中に入っていく。
 ややして扉が開けられ、どうぞ、と入室を促された。
 ナナリーからは見えないが、現在、ルルーシュの傍にいるのは女性三人だけだった。煌子、鬼嬢、そしてアーニャ。
「お兄さま、お会いしたかったです」
 父殺しの経緯はさておき、まずは再び会うことが叶ったことを喜び、ナナリーは涙を浮かべながら、気配から察して正面にいるのだろうルルーシュに告げた。
「久しぶりだな、ナナリー。おまえが皇室に復帰してからの様子はすでに調べさせ、聞いている。とても皇女とは思えぬと」
「えっ?」
「目が見えず、足も動かない。それを言い訳のようにして、皇女としてあるべきことを何らしていない、学ぼうともしていない、ただ皇女として贅沢に暮らしているだけだと。まあ、贅沢とはいえ、他の皇子皇女に比較すればそれほどではないようだが」
「だって、本当に何も見えないし思うように動けないんですから、それは仕方ないじゃないですか」
 本来、このようなことを告げにきたのではなかったが、ルルーシュからいきなり告げられた言葉に、今のナナリーはそう応じるしかなかった。
「目が見えず、足が不自由である障害者であろうと、本当にやろうと思えば、その気があるなら、やれることはある。もちろん、できることは制限されてしまうだろうが。しかし、おまえにはそういった様子は微塵も見受けられないという。
 私は治世に役立つ能力のない皇族は除籍するつもりだ。もちろん、おまえもその対象になりうる。そうされたくなければ、後程正式に勅命を出すが、1ヵ月以内に、自分には今すぐは無理でも、この神聖ブリタニア帝国の皇族、皇女として相応しいと思われるようにやっていく意思、覚悟、そしてたとえ今は片鱗だけであっても、それだけの能力、気概があるのだと証明して見せよ。確かにおまえは私にとって誰よりも大切な実妹だが、だからといって特別扱いをする気も、特例を設ける気もない。他の者たちと同列に扱う。そうでなければ不平等になり、不満が出るからな。私が今、おまえに対して言うのはここまでだ。あとは今後のおまえの態度次第。
 これ以上話すことはない。下がれ」
「お兄さま!?」
 近付いてきたアーニャによって車椅子を押され、ナナリーは本当に言いたかったこと、聞きたかったことを何もできぬままに執務室から追い出される形になった。
「ナナリー皇女をアリエス離宮まで送る手配を。皇帝陛下のご命令です」
「アーニャさん!」
 アーニャは衛兵にそう告げると執務室内に戻り、ナナリーは命令を受けた衛兵によってアリエス離宮へと戻された。



 ルルーシュはナナリーに告げたように勅命を発し、1ヵ月後にはほとんどの皇族が宮殿から追放された。その中にはナナリーの姿もあった。ただし、追放となった者たちに対しては、多少ではあるが下賜された金銭があったが。最終的に残ったのは極僅かだ。シュナイゼルやコーネリアらは優秀ではあったが、シャルルの意思の下、進んでエリア獲得のために働いていたことが徒となって追放されている。シャルルのラウンズだった者たちは、すでにシャルルと共に打たれているヴァルトシュタイン卿と、ルルーシュに仕えることを許されたアーニャ以外は解散となった。もちろんスザクもだ。
 結局、誰一人としてルルーシュと対峙することすら叶わず、ルルーシュによる治世が始まっている。
 ルルーシュはナンバーズ制度を廃止、財閥を解体、貴族に対する優遇税制の廃止、植民地たる各エリアには国名を戻し、人材を育成して治世を司ることができる者が現れ、国の整備も済めば順次解放していく旨も勅命として発した。もし中に、あえてブリタニアから離れる意思は無いというエリアに対しては、自治領として扱うことも発表し、各エリアはどうしていくのがよいか揺れている状態だ。いずれにせよ、復興が先であり、結論はそれからでもいいだろうというのが大方の状況ではある。そしてその行き先を、ブリタニアがどう変わっていくのかを、世界中の国々が見守っていくことになるのだろう。
 立て続けに発せられる勅命には、もちろん反対意見もあり、中には公然と反逆の意思を示す貴族もいたが、それらはルルーシュに従うことを己の意思で決めた軍人たちによって、次々と平定されていった。
 恙なく、とは言いきれないが、ルルーシュの治世はどうにか軌道に乗りつつある。
 スザクのその後について触れておくなら、彼は騎士侯の位も剥奪され、ブリタニアにいる意味もないとエリア11改めエリア日本に戻されたが、ブリタニアの植民地たるエリア11となった日本において、早々に日本人であることを捨て、名誉となり、軍人として、そして更には唯一人、特例的にブリタニアの最新のKMFランスロットのデヴァイサーとなり、結果、多くの同胞を殺し、第3皇女ユーフェミアの騎士となり、自分の意見、考えだけを正しいものとして他を否定し続け、理解しようともされようともせず、彼ら多くの日本人にとっては救世主ともいえた存在のゼロをブリタニアに売った裏切り者、ブリタニアに、シャルル皇帝に尻尾を振る狗として、誰からも── 唯一の身内とも言える皇神楽耶からさえも── 同じ日本人と認められることはなく、いや、むしろ否定され、恨まれ憎まれ、行くあてもなく、いつしか行方知れずとなった。
 ナナリーはルルーシュの期待といってよかったかもしれないそれに、何ら応えることはできず、実の妹でありながら、皇籍から除籍され、宮殿からも追放されたわけだが、下賜された僅かの金銭と身の回りの持ち出すことを許された限られた品を持って、障害者用の施設に入った。それしかナナリーにはとれる道はなかったのだ。そして心の中に、兄に対する恨みが芽生えていたが、だからといってナナリーにはどうすることもできず、ルルーシュよりも先に皇室に戻るまで、そのルルーシュによって守り育てられてきたことを忘れ、ただ憎しみを抱えたまま生きていくことになるのだろう。
 ブラック・リベリオンの敗戦の結果、拘束されていた黒の騎士団のメンバーは恩赦で解放されていた。エリアはいずれ解放される方向と知った彼らは、一部過激な考えを持つ者が全くいなかったわけではないが、基本的には、あえてテロ活動を再開することはないだろう、とにかく今は様子を見ようという結論に達し、それぞれの道を歩み始めた。それは拘束を逃れていた他の残りのメンバーも同様だった。ただ、紅月カレンはどこか釈然としないものを抱えていたが。
 ちなみにアッシュフォードの生徒会メンバーや関係者たちにかけられていたシャルルのギアスは、すでに一族の長老の手によって解かれている。そして一様に、ルルーシュがペンドラゴンで皇帝の座についたことに驚き、そして遠い存在になってしまったと哀しんでもいるが、ルルーシュの進める治世を歓迎してもいた。そしてアッシュフォードにあった機情はすでに解散し、その施設も設備も全て元通りに戻された。今は彼らのいた痕跡は何も残っていない。
 そんな中、ルルーシュの弟役として傍にあったロロは、亞愧によってルルーシュの元へ連れてこられ、長い話し合いの時間を持ち、その後、嚮団も無くなったこと、偽りではあったが、弟として兄たるルルーシュから与えられて初めて知ることとなった家族というものに、いつしか心を動かされており、結果、ルルーシュの傍に残ることとなった。先のことはまだ分からないが、ルルーシュの計らいで、現在は学生として色々と勉強中だ。
 実妹であるナナリーが追放され、偽りの弟であったロロがルルーシュの傍にいることを許されたのは、ある意味、ロロが皇族に連なる者ではなかったことも理由の一つとしてあげられる。皮肉なものだ。皇族ではなかったがゆえに、何もしなかった実妹のナナリーが追放処分になったのとは真逆に、ロロなりの共に過ごした間に芽生えたルルーシュへの想いもあっただろうが、それゆえに、懸命な勉強、努力をすることを誓い、たとえ血の繋がりはなくとも、弟同様の存在としてルルーシュの傍らにあることを許されたのだから。
 一族のモノたちとは遠く離れてしまったが、以前のように見えない道を創り、彼らの方からペンドラゴン宮殿にいるルルーシュの元を訪れたり、逆にルルーシュがこっそりと里を訪れたりしている。そして宮殿の一室や庭園で、彼らの里で、時折一族のモノものたちと、そして何時の間にかルルーシュの元にやってきたC.C.とお茶会などをしながら、ルルーシュは神聖ブリタニア帝国の改革を進めている。
 これから先のブリタニアがどうなっていくのか、それはまだ分からない。だが全てはルルーシュの手腕、考え次第。そしてルルーシュの願いはただ一つ。図らずも己が命を奪ってしまった異母妹(いもうと)のユーフェミアが望んでいたような世界を創ることだ。そして今はそのために、懸命に執務をこなしている。何時か、人々にとってこの世界が優しいものとなることを願って。

── The End




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