以前、風鬼が、これはかつて悟にも言ったことだが、とルルーシュに告げたことがあった。
「俺たちには、人間同士のように利害が絡まらない。
だから、そう、まずは“約束”。約束は守られて然るべきものであり、破れば、生命か、それに値する何かで償うものだ。
そして“力”。正しく魅かれるものならば従うが、そうでなければ離反する。
これらが守られれば、俺たちには文句はない。
俺が、かつて悟と、前世のおまえと交わした約束は、偽りの上に生きてゆかぬこと、自分に嘘をつかないこと、それだけだ」
風鬼の言葉を黙って聞いていたルルーシュは、俯いてしまった。そして小さな、淋しそうな声で告げる。
「なら、俺はたとえあなたの運命星の生まれ変わりだとしても、俺自身はあなたの運命星にはなれない。
俺は、ずっと偽りの中で生きてきた。そうしなければ生きられなかったから。要するに、俺の人生は嘘にまみれている。あなたに認めてもらえるようなところは何一つ無い」
ルルーシュのその言葉に、風鬼は優しそうにルルーシュの頭を、頬を撫ぜた。
「あの人間の世で、そうしなければおまえが生き抜くことができぬ状況だったのは理解している。致し方のないことで、だからそれを責める気はない。
だが、同時に我らの里にいる時のおまえは、何も飾ることなく、素のおまえだろう。俺たちがおまえの事情を承知しているということもあるが、人間界で過ごしている間、おまえがおまえの妹と共に無事にあるためにつく偽りは、生きていくために必要なことだからだ。そうしなければ生きていくことができないからだ。それは十分に分かっている。だから、繰り返すが、俺たちはそれを責める気はない。
少なくともおまえは、俺たちといる時には嘘をつかない。偽りではない本来のおまえでいてくれる。それだけで十分だ。約束を守ってくれていると思える。だから、いいんだ。
おまえは俺の認めた俺の運命星。おまえはおまえの決めた道を進めばいい。俺たちはそのために、おまえが本当に俺たちの力を必要とするなら、場合によってはたとえ人間同士の諍いにかかわることになろうとも、それに力を貸そう。それはあるいは俺たち一族の定めを破ることになることになるかもしれない。だが、それは決して絶対的なものではない。どうしても必要なことだと思えれば、時にはそれを破ることもありうると、破らねばならないこともあると、そう承知している」
風鬼の言うことは的を得ている。彼らは人間ではない。だからルルーシュがルルーシュとしてある間、敵対するようなことのない限り、彼らとの利害関係は発生しない。だから彼らの前では、ルルーシュはただのルルーシュという一人の人間でいられる。それは嘘をつく必要が無いということだ。そしてだからこそ、彼らといる時、ルルーシュの心は助けられている。嘘や偽りをつく必要が何一つ無いということで、他の人間の存在を何も気にすることなく、安んじていられるのだ。
あるいは今この時が、風鬼が言った彼ら一族が、人間同士のことにはかかわらないとしているにもかかわらず、こうして動いている理由なのかもしれない。そう、彼らにとっても必要なことだと判断したからなのだろう。いや、長老の言葉を借りれば、今回はどうしても必要なことで、だからこそこうして力を合わせているのだ。
ルルーシュは白龍丸を持つ手に力を込めると、正面奥の扉に向かい、風鬼たちもその後に従った。
扉の前に来ると、隠形鬼が扉に手をかけ、それを開けた。この“Cの世界”に入る時と違い、出る分には、入る時のような力は必要なさそうだ。もっともそれは彼らが人間ではないからかもしれないが。
そうして開かれた扉の向こうは、何処かの神殿の中のような雰囲気だった。
ゆっくりと歩を進め中に入っていくと、そこに三名の人間がいた。それは、一人を除いてルルーシュのよく知る者だった。
「ルルーシュッ!? 一体どうやって此処に……!? それに、その周りのモノたちは……!?」
ルルーシュが一番よく知る男、ルルーシュの実父であり、神聖ブリタニア帝国の皇帝たるシャルルが、ルルーシュたちの存在に気付いて声を荒げた。多くの疑問を挟みながら。
「あなたがたがしようとしていたこと、“ラグナレクの接続”は止めさせていただきました」
「なんだとっ!?」
「“Cの世界”に創っていらした“アーカーシャの剣”はもうありません。私が破壊しましたから、彼らの力を借りて」
「馬鹿な!? 人間があの“アーカーシャの剣”をどうにかするなど、そのようなことできるはずがない!! 第一、そなたには儂が記憶改竄のギアスをかけたはず! C.C.と接触したという連絡は入っていないのに、どのようにして解いた!? それにそのモノたちは一体何者だっ!?」
「彼らは人ではない。ご覧になられればお分かりでしょう。そして、人ではない彼らにはギアスは通じない。彼ら一族の長老が、私にかけられたあなたのギアスを解いてくれました。そして、彼らの知る全てを教えてくれたのです。人の世の理を壊そうとしている者がいると。それは人とかかわることを止めた彼らからしても黙って見ている、つまり許すことのできることではなかった。それは彼らにも少なからず影響を及ぼすことでもあったから。だから、私は彼ら一族の長老に頼まれ、そして私の意思で、彼らと共に“Cの世界”に入り、あなたがたの愚かな、そして人として許されざる野望を打ち砕くために“アーカーシャの剣”を破壊しました。
残るはあなたがただけです。あなたがたは、私もそうですが、すでに人の理を超えた存在。それでも“神殺し”など考えず、自分たちの欲望のためだけに侵略戦争をしかけたりせずにいたならば放っておいたでしょうが、あなたがたはやり過ぎた。人としての分を超え過ぎた。だから彼らは動き、そして私も動いた。それだけです。
ついでにもう一つお教えしておきましょう。あなたがたが“神”と呼んでいる存在、“Cの世界”の中にある“人の集合無意識”は、決して“神”などではないのですよ。本当の“神”はきちんと他にいる」
そう言って、ルルーシュはふと一瞬だが風鬼に視線を送った。
「何を愚かなことを! 愚かなの儂らではない、儂らこそ、人の世のことを誰よりも考えておる!! それを破壊したそなたこそが愚か者よ!!」
シャルルの言葉に、ルルーシュは重い息を吐き出した。
「何を言ってもご理解いただけないようですね。ならば、やはり決着をつけるために、そのお命、頂戴致します」
「馬鹿め! そのようなことができると思うてか!」
その言葉が終わる瞬間、シャルルの瞳が朱になった。
「あなたのギアスは人ではない彼らにはもちろん、白龍丸の力を借りている今の私にはコードもギアスも通じない!」
そう告げながら、ルルーシュはシャルルに切りかかった。
その前に、傍らに控えていた皇帝の騎士── ナイト・オブ・ラウンズ── の中でもナイト・オブ・ワンの座を占める、シャルルのもっとも忠実な騎士にして同志でもある帝国最強と言える男、ビスマルク・ヴァルトシュタインが立ちふさがったが、巨大な刀身を持つ白龍丸の前ではその存在は歯牙にもかからない。白龍丸の刀身は、シャルルと、その前に立ってシャルルを守ろうと剣を抜いて立つヴァルトシュタインの二人、共に切り払い、二人の、人としては巨躯といっていいだろう躰が、床にどうっと倒れこんだ。
そしてそこにいた三名のうち、残るはそれを見ていた一人の子供。
「その子供は、皇帝シャルルの双子の兄、V.V.というコード保持者だ!」
火鬼の言葉に、ルルーシュは頷いた。
「ならば、遠慮はいりませんね」
「……む、無理だよ、ルルーシュ。僕はコード保持者。C,C,の契約者である君なら分かっているだろう。僕は不老不死。僕を殺すことはできないよ、父親殺しの呪われた皇子ルルーシュ!!」 いささか強がりとも取れる言葉を放つV.V.に、ルルーシュは冷静に応じた。
「果たして、本当にそうかな?」
「何っ!?」
ルルーシュは、その場から離れようとしているV.V.に向けて白龍丸を振りかざし、多少離れてはいたが、白龍丸の刀身はその子供、V.V.の首を撥ね落とした。
暫しの間、頭と胴体に分かれたV.V.を見ていたが、その生命が復活することはなかった。神も魔も切ると言われている白龍丸は、主と認めたルルーシュが望んだように、見事に不老不死者の命をも絶ったのだ。
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