「“Cの世界”への入り口は、この惑星のそちこちにあるが、一番近い所としては神根島にある。そこまでは亞愧が連れてゆく。他にそなたの供としては、風鬼殿をはじめとした天の四鬼、鬼嬢、良春がついていく」
「はい」
何時の間にか、ルルーシュの周囲に長老が告げたモノたちが集っていた。
「おまえと共に戦うのは久しぶりだな」
そう言いながら、風鬼は乱暴にルルーシュの頭を撫でまわした。
「爪角っ!」
風鬼は、ルルーシュに対して、出会った当初に、自分のことは「爪角」と呼んでくれと、かつての、前世のおまえは俺をそう呼んでいたから、と言い、ルルーシュは以来、彼のことをそう呼んでいる。そして彼に対してそう呼びかけるのは、確かに記憶はないが、どことなく懐かしさを感じるところもあって、ルルーシュは決していやではなかった。
加えて、俺たちは友人だった。だから敬語も不要だとも言われ、最初の頃こそ戸惑いはあったものの、今ではすっかり慣れて、ルルーシュはそうしている。
鬼嬢、良春は、前世においてもよく共にあり、敵対する妖と戦ったこともあったという。そして、風鬼を除く他の天の四鬼── 火鬼、水鬼、隠形鬼── は、その前世において、敵として戦ったこともあったとのことだが、今は、風鬼と共にルルーシュの守護者として存在している。なればこれから赴く先に彼らと共に行くのは、当然のことと言えるだろう。
そしてルルーシュは白龍丸を握りしめ、亞愧の導きに従い、彼らと共に“Cの世界”とやらへの入り口があるという神根島へと跳んだ。
亞愧の力によって、ルルーシュたちは今、神根島にいる。目の前には、ルルーシュには馴染みのあるギアスの紋章が刻まれた、壁とも見まがうほどの巨大な扉がある。
思い起こせば、そこは半年も前、ブラック・リベリオンにおいて、トウキョウ租界を抜け、浚われたという妹のナナリーを救うべくやってきた場所である。
そこに後から枢木スザクがやってきて、ルルーシュはスザクに捕縛され、結果、ナナリーを救い出すことも叶わず、スザクによってシャルルに売られたのだ。
そしてまた、黒の騎士団の指令たるゼロの助けとなるべく、あるいは救うべく追ってきた、ゼロであるルルーシュの親衛隊長であった紅月カレンが、スザクの口から、そして割られた仮面の下からゼロの正体を知らされ、逃げ出した、いわば裏切られたも同然の所もある。
だが、今はそんなことを思い出している時ではない。やらねばならぬことがあるのだ。人の世の理を守るために。単にルルーシュという一人の人間としてだけではなく、一族の聖として。
ルルーシュは右手に握りしめていた白龍丸を目の前に掲げた。そして改めて両手で強く握りしめ、精神を統一させようと目を閉じ、白龍丸に対して必死に願い、祈った。
── 白龍丸よ、どうか俺の願いを聞き届けてくれ。
長老から聞いた、奴らがやろうとしていること、この人の世の理を壊そうとしている計画を止めるためには、この先の“Cの世界”とやらに行かねばならない。そしてそのためには、なんとしても目覚めたおまえの力がなくてはできないこと。だからどうか、せめて今だけでもいい、この扉を打ち破り、“Cの世界”に入る、その間だけでもいい、俺に力を貸してくれ。もし俺が、本当にかつておまえが主と認めた人物の生まれ変わりだというならば、いや、たとえそうでなかったとしても、どうか白龍丸よ、俺の望みに応えてくれ! おまえの力を俺に貸してくれ!
ルルーシュのその心の底からの強い願いが届いたのか、白龍丸が白い閃光に包まれ、やがてそれが消えると、白龍丸は形を変えていた。柄は龍の足のような形になり、その爪がルルーシュの右手に食い込んでいる。そして刀身は、鞘にあった時とは全く違う。鞘は消え、白く、巨大な刀身を露わにしていた。そしてルルーシュは、そこから、明らかにとてつもなく強く大きな力を感じ取ることができた。
「どうやら、白龍丸はおまえを認めてくれたようだな」
傍らにいた風鬼が、ルルーシュの肩を軽く叩いた。
「ああ」
ルルーシュは風鬼を見上げて頷くと、視線を正面に向け、そして白龍丸を構えた。
巨大な扉の中央目がけ、ルルーシュは白龍丸で思い切り切りつける。
すると大きな音を立てて、扉が崩れていく。そうして皆して開いた穴を潜って中に入る。
そこは確かに外とは違う世界だった。巨大な空間。見上げると、遥か上空に白い形をした何かが浮かんでいるのが分かる。 「あれが“人の集合無意識”だ」
風鬼が告げる。
「つまり、あいつらが“神”と呼び、殺そうとしている、この人の世の理を成立させているもの、だね」
「そういうことだ」
「で、あれを壊すための道具である、“アーカーシャの剣”というのは?」
ルルーシュはそう問いかけながら周囲を見回した。他のモノたちも同様に。
「聖、あれではっ!?」
鬼嬢が少し離れた所を指さしながらルルーシュに告げた。
示された方向を見ると、今彼らがいる所から少し離れた場所に、天に向かって伸びている、伸び続けている── 成長している、と言ってもいいかもしれない── 螺旋状の巨大な物体があり、ルルーシュたちはそれに近付いていった。
ルルーシュは己の持つ白龍丸から伝わってくる氣が変わったのに気が付き、それから察した。
「どうやら、あれらしい」
「では、さっさと片付けましょうか」
ルルーシュの言葉に良春が応え、他のモノたちも同様に頷いた。
ルルーシュは白龍丸を握る手に力を込める。
── 白龍丸、頼む!
天の四鬼たちが“アーカーシャの剣”を取り囲み、邪魔が入らぬように結界を張る。その結界の中で、ルルーシュは思い切り白龍丸を構えたまま、飛び上がり、“アーカーシャの剣”に向けて白龍丸を振り下ろした。
次の瞬間には、“アーカーシャの剣”はボロボロと崩れ落ち始めていた。そしてルルーシュたちはその崩れゆくさまを最後まで見届けた。
完全に崩れ、今や瓦礫の山のようになった“アーカーシャの剣”を見下ろしていたルルーシュたちだったが、顔を上げて改めて周囲を見回すと、幾つもの扉とおぼしきものが確認できた。
「たぶん、あれらは世界各地に幾つもあるという、この“Cの世界”への入り口の扉なのでしょう」
鬼嬢がそう告げた。
そしてその中で、ちょうど崩れた“アーカーシャの剣”の残骸の正面奥に、一際目立つ扉があった。左手の方にも同様のものがあったが、正面奥にあるものは特にそれが強かった。
「おそらくあの扉の先に、この計画を立てた奴らがいるのだろう」
「そうですね。この“アーカーシャの剣”を創るために、頻繁に出入りしているのではないでしょうか」
風鬼が言い、良春がそれに応じた。
「たぶんそうだろう。ならば、そいつらも片付けるしかない」
ルルーシュはそう応じ、人間同士の諍いにこれ以上は風鬼たちを巻き込むわけにはいかないと、この先は一人で行くつもりであったが、そうと察した風鬼はそれを止めた。
「悟、いや、ルルーシュ。奴らは確かに人間ではあるが、すでに人の理を超えた存在。まあ、それはおまえもだが。ならば、俺たちがかかわっても許される範囲だろう。付き合うぜ」
風鬼の言葉に他のモノたちも頷き、ルルーシュは笑い泣きしそうになった。
「みんな……」 言葉は続かなかった。だが、彼らの思いが嬉しい。
これまで、誰も信用してこなかった。できなかった。自分たち兄妹を庇護してくれているアッシュフォードとても、何時裏切り、自分たちを売る、あるいは見捨てるかもしれないと信じきることができない部分があった。とはいえ、当主のルーベンとその孫娘のミレイに関してはまだ信じられたが。
だが、何も思わなかったとまでは言わないが、皇族の騎士となった後もただ一人の大切な親友だと思い、信じ、学園に編入してきて以来、彼に対してはあれこれと気を配っていたスザクに裏切られたのは大きかった。ルルーシュの言葉を何一つ聞かず、信用せず、全てを嘘と決めつけ、己の思いだけが正しいと、ルルーシュに対してはその存在を世界のノイズと、許されないとまで言い切り、ルルーシュが最も嫌っている男に、彼はそうと知っていながらルルーシュを己の出世と引き換えに売った。そしてシャルルがルルーシュにギアスをかけるのを補助した。
それだけではない。スザクは、皇帝の命令であろうが、ルルーシュほどまではいかずとも、彼を受け入れていた、友人と言っていいだろう存在となっていた生徒会のメンバーとその周囲に対しても、ルルーシュの監視をするために、シャルルが記憶改竄をするのを容認したのだ。ルルーシュのギアスは否定しながら。これ以上の裏切りがあるだろうか。スザクは、ユーフェミアが初めて己を認めてくれたと言っていたが、表だって言葉にしていなかっただけで、ルルーシュとナナリーはユーフェミアよりも前から、そしてずっと彼を認めていたというのに。彼には言葉にしなければ通じなかったというのか。何気ない態度では何も通じないと。人間であれば多少はそういったところがあることは否定しきれないが、それではそれまでのルルーシュの存在は、スザクにとって一体なんだったのかと思わされる。悲しくて、哀しくて、自分がこれまでスザクに対してしてきたことがあまりにも滑稽で、そして惨めで、憐れでならなかった。何の意味も無かったのだと、無駄なことだったのだと突きつけられて。 だが彼らは違う。それは、彼らが人間ならざる存在だから、なのかもしれない。何より彼らは見返りを求めない。言葉だけではなく、きちんと態度からも察してくれる。ルルーシュという存在を、ルルーシュが何をしようと認めてくれている。
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