鬼嬢に導かれるまま、久しぶりに一族の里を訪れたルルーシュを真っ先に出迎えたのは長老自身であった。
「ご無沙汰しておりました」
ルルーシュはそう言って、長老に対して頭を下げた。
「ブラック・リベリオンとやらの後のことは、現状も含めて全て承知しておる。承知していながら人間同士のことと何もせずにいたのは我らの方であれば、そのことでそなたが我らに対して引け目を感じることはない。じゃが、今回ばかりは、事を起こしているのは人間とはいえ、我らにも無関係とはいえない事となってきたのでな。それでそなたの力を借りるしかないと考え、勝手を承知で鬼嬢を迎えにやったのじゃ」
長老の言葉に、ルルーシュは眉を顰めた。
長老の言葉から察すれば、本来、人間がやろうとしていること、人間同士のことに関しては一切関わりを持つことをしない彼らが動かざるを得ないほどのことを人間がやろうとしており、どんなことをしてもそれを止めなければならないということなのだろう。
「それは一体……?」
「うむ。じゃがその話の前に……」
そう言って、長老は皺だらけの右手の人差し指をルルーシュの額に当てた。そこから光が発せられる。
だんだんとルルーシュの顔色が蒼白くなっていく。汗も滲み出していた。そして長老の指がルルーシュの額から離されると、ルルーシュはその場に蹲るように座り込んでしまった。
「……こ、これ、は……」
ルルーシュは座り込んだ姿勢のまま、目の前に立つ長老を見上げた。そのルルーシュの左目は、常の紫電の瞳ではなく、朱く染まっている。
「聖よ、そなたの父である、神聖ブリタニア帝国の皇帝であるシャルルがそなたにかけた記憶改竄のギアスという力を消したのじゃ。あの男によって消されていたこと、今はもう思い出せたであろう?」
「……はい……」
思い出したのは、神根島でスザクによって己の存在を否定され、捕えられ、皇帝の騎士たるラウンズへの出世と引き換えに売られたこと、そして、皇帝によって己の記憶を書き換えられ、偽りの弟を与えられて、一般庶民としてアッシュフォード学園に戻されたこと。
だがその理由は? それにどうやって長老は皇帝が自分にかけたギアスを解いたのか。
ルルーシュが疑問を持ったことを察したのか、長老は、しわがれた声で笑いながら答えた。
「我らに、摩訶不思議な力とはいえ、ギアスなどという人間の持つ力は通用せぬ。なればそれを解くことなど造作もないことよ。
ともかくも、順を追って話をしよう」
「はい」
彼らにはギアスは効かないと知らされ、ギアスが暴走した状態にあるルルーシュは安心した。少なくとも、この場では己の暴走しているギアスについて考慮する必要はないのだから。そして長老に導かれるまま、一族のモノたちが集まっている広場へと足を踏み入れ、長老の席の隣に腰を降ろした。
「そなたが記憶を改竄された挙句に学園に戻されたのは、あの男、ブリタニアの皇帝シャルルが、そなたの共犯者と名乗るコード保持者であるC.C.という一人の少女を捕獲する、そのためだけじゃ。何故かといえば、きゃつの計画にはそのC.C.という少女の存在が必要不可欠だからじゃ」
「計画? それが、先程仰れらていた、どうしても止めなければならないこと、なのですか?」
「そうじゃ。きゃつが、いや、きゃつらがしようとしているのは、人の世の理を壊そうというもの」
長老はルルーシュの問いに軽く頷いた。察しがよくて助かる、とばかりに笑みさえ浮かべて。
「“Cの世界”と呼ばれる別の次元があり、そこに、我らが、本来“神”と呼ぶ存在とは別に、きゃつらが“神”と呼ぶ“人の集合無意識”がある。それが人の世の理を定めているもの。そしてその“神”を殺し、人の世の理を壊し、自分たちの望む世界を新たに構築しようとしておる。それを行うために、コードという力が必要であり、その力を持つかの少女を探しているのじゃ。彼女にとってそなたは契約者。ゆえに、必ずや彼女がそなたの前に現れると、そう判断し、そなたを、彼女をおびき出すための、奴らの言葉を借りれば“餌”として利用しているのじゃよ。そしてまたそのために、そなたに対しては24時間体制での監視がしかれている。そなたの行動は、常に全て見張られているのじゃ。そなたが住まうクラブハウスとやらにも、学園の中にも、そして租界の中にも、そなたの行動を監視するためのカメラや盗聴器が幾つもしかけられておる。もっともそのおかげで、今頃は大騒ぎであろうがな。何せ、突然そなたが、何時の間にか入り込んでいた猫と共に部屋から姿を消したのじゃから」
そう言って、長老は嘲笑った。ルルーシュの監視をしている者たちの慌て様が、想像するだけでもおかしくてたまらない、とでもいうように。
一方、ルルーシュにしてみれば、長老から聞かされた話は、自分の監視についてはさておき、あまりにも突飛すぎ、想像の域を超えていて、困惑していた。しかし長老が嘘を付くはずなどなく、簡単にそんなことがあるのかと、計画されているのかと、悩みはすれど、疑うことはない。
「そ、それで、それを止めるためにどうしようと?」
ともかくも、それが目的で長老が自分を此処に呼び出したのは分かりきったことであり、そのことからルルーシュは、自分にどうしてほしいと思っているのかとの意味を込めて問い返した。
「ふむ。“Cの世界”はこの世とはまた別の次元。じゃが、あくまで人の世のもの。ゆえに、我らはその存在を知ってはいても、そこに入り込むことはできぬのじゃ。だからその世界に作られつつあるきゃつらの言う“神”を殺すための道具、きゃつらはその計画を“ラグナレクの接続”と呼び、その道具は“アーカーシャの剣”と呼ばれておるが、“Cの世界”に入れぬ以上、我らにはどうすることもできぬのじゃ」
「けれど、それを作り出した人間と同じ人間の一人である俺なら、それができる、と?」
「うむ。が、そなただけでは無理なことでもある」
長老の言葉に、ルルーシュは首を傾げた。
「“Cの世界”への入り口は分かっておる。そこまでは行ける。そなたを連れての。じゃが問題はその先、どうやって“Cの世界”に入るか、じゃ」
「人間ならば誰でもが入れるというものではないのですね?」
「そう。入るためには“コード”の力が必要じゃ」
「それでは、C.C.を見つけないと……」
ルルーシュの言葉に、長老は首を振った。
「いやいや、少女がおらずとも方法はある。妖刀“白龍丸”じゃ。そなたが“白龍丸”に真に認められてそれを振るえば、その入り口を破壊し、中に入ることも可能じゃ。それに、そなたには“コード”に連なる“ギアス”という力がある。それも影響しよう」
長老の言葉に、ルルーシュは俯いてしまった。自信がないのだ、“白龍丸”が己を主と認めてくれるかどうか。
ルルーシュのその不安を察したのか、長老はルルーシュの肩に手を置いて、言い聞かせるように再び口を開いた。
「そなたの魂が、“白龍丸”がかつて主と認めた者と同じ魂であることは“白龍丸”も分かっていよう。なれば、あとはそなたの思い、願い、それだけじゃ。それが強ければ、“白龍丸”はそなたに応えよう」
長老がそう言い終えると、一振りの刀── 白龍丸── を持った良春がルルーシュの前に進み出た。
良春から差し出された“白龍丸”を、ルルーシュは一瞬躊躇いはしたが、力強く掴んだ。
それから改めて長老に向かって疑問を投げかける。
「あいつらがしようとしている“ラグナレクの接続”、ですか、“神殺し”ということは分かりましたが、それをして、その後、どうなるのですか? どうしようとしているのですか?」
「“嘘のない世界”を創ろうとしているのじゃよ」
「“嘘のない世界”?」
その言葉に、ルルーシュは嘲笑した。当の本人であるあいつは、こんなにも嘘をついている、つかせているというのに、と。 「“Cの世界”に存在する“人の集合無意識”によって、人の意識、心はそれぞれに独立を保っている。じゃが、それを破壊し、全てを一つにする。つまり、人の心の垣根を無くし、誰もが誰しもの心を理解しあえる世界にしようとしているのじゃ。しかもそれをすれば、死者とも話し合える、分かり合える世界になる」
「そんな馬鹿な! それでは人としての尊厳が……!」
「そうじゃ。じゃが、それをきゃつらはしようとしているのじゃ。そしてそれが、それこそが正しく、嘘のない優しい世界を作ることができる唯一の方法だと思い込んでの」
「そんなの無理だ! ありえない!! それでは人が人でなくなる!」
「そう、そなたの言う通りじゃ。そしての、それは、人ではない我ら一族にとっても、無視できることではないのじゃよ。今、我らは確かに人の世との関わりを絶っているに等しいが、完全ではない。何故なら、もともと我らもまた、人と同じ世にいた身ゆえにの。それに、まだほんの一握りではあるが、そなたが昔出会ったという鞍馬山の大天狗殿のように、人の世に残っているモノもおる。ゆえにきゃつらの計画が実行されれば、我らにも全くの無関係とは言いきれぬのじゃ。それに何よりも、この世の理を壊すことなど、一介の人間に許される行為ではない。だからなんとしても止めねばならぬのじゃ。そしてそのためには、同じ人間であるそなたの力を借りるしかないのじゃよ」
「今伺った話だけでは完全に理解しかねますが、その計画とやらが実行されれば、この世界は壊れる、人は人でいられなくなる。人の未来は無くなる。そう解釈しますが、それでよろしいでしょうか?」
ルルーシュは確認するように長老に問うた。
「ふむ。我らも実際のところ、それがなされればどうなるか、完全には分かっておらぬ。じゃが、我らが把握した限りでは、そなたの理解でほぼ正しいと言ってよかろう」
「分かりました。ならば、それができるのが俺だけだというなら、やりましょう。そんな計画、絶対に認められない。俺は明日が、未来が欲しい。そして自分の、自分たちの力で優しい世界を創っていく。それが人としてあるべき姿、やるべきことだと思いますから」
「そう言ってくれるか、やはり、聖よの」
長老は嬉しそうに笑みを見せた。その瞳には、ルルーシュに対する慈しみもあった。
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