異界の(モノ) 【3】




 自分をおいて交わされる彼らの会話から、“悟”という名前の人間が、以前、葛葉の言っていた、彼らが“聖”と呼んでいた存在なのだろうとは分かった。だが、自分の中には、その“悟”も、彼らの記憶も何一つない。ルルーシュにとって、彼らとの出会いは、かつての鞍馬山の大天狗は別にして、葛葉だけは数年前に会っていたが、その他は今回が初めてなのだ。
 風鬼と呼ばれた頭に二本の角を持つ“鬼”は、ルルーシュには記憶はないが、魂は同じだという。つまり、たとえ記憶は無くても、ルルーシュは彼らが“聖”と呼んでいた“悟”という人間の存在の生まれ変わりなのだと。今一つ納得はいかないものの、話の内容だけはルルーシュはどうにか理解した。
「ならばこれを」
 そう言いながら、長老は一振りの日本刀をルルーシュに差し出した。
「これは?」
 なんとなくそのままでいるのもはばかられて、ルルーシュは手を伸ばしてそれを受け取りながら尋ねた。
「銘を“白龍丸”という。使い手を選ぶ刀だが、以前、“聖”に、そなたなら使えようと渡したら、見事に認められて使いこなしておった。今は無理であろうが、いずれはそなたもそれを使いこなせるようになろう。“聖”のものを“聖”に返す、それだけのことよ。
 この妖刀“白龍丸”は、認められた者が使うなら、我らのような妖はもちろん、神も魔も切ることができる。が、ただの、普通の人間は切れぬ。何故なら、これは我ら一族に伝わるもので、本来、人間に対して向けるものではないからじゃ。
 もう一つ。この“白龍丸”を使うには、使い手として認められるだけの(こころ)はもちろん、相当の体力と技能が必要じゃ。じゃが、ここ数年見ていた限りにおいて、そなたには体力も技能も足りぬようじゃ。特別に、そなたに対してだけの此処への道を開いておく。時間のある時に此処に来て己を磨くがよい。それに、そなたが此処に来れば、一族の他のモノたちも喜ぼう」
「あなたがたが仰っていることの意味はなんとか理解しましたけど、僕の前世とかいう、“悟”という人の記憶はありません。だからあなたたちのことも何も知らない。それでも?」
「そなた自身にはまだ何も分からずとも、そなたはすでに我らを受け入れてくれておる。拒否も否定もせずにの。今はそれだけで充分よ。
 そなたの思いは、これまで見てきたことで凡そは理解しておるつもりじゃ。そのそなたがやろうとしていることに、この“白龍丸”は意味はないかもしれぬ。その可能性は高い。が、この先、何が起きてこれが必要になる時が来るやも知れぬ。でなければ、我らの出会いそのものがなかったであろうからの。それに、分かるのじゃよ、“白龍丸”がそなたに再び出会うことができて喜んでおるのがの。
“白龍丸”のことを別にしても、そなたが望むであろうこれから先のことを考えれば、体力や技能を身につけるのは、そなたにとっても必要なことであろう?」
 そう告げて、長老は笑った。
 ああ、なんでもお見通しなんだな、と長老の言葉からルルーシュは思った。ならば、今はこれも一つのチャンス、己を鍛えるための機会と考えてもいいのかもしれない、とも。
鬼嬢(くじょう)、良春、亞愧、そなたら、道を開きつつ、聖を元の場へ。聖よ、普段は姿を見せずとも、これからはこのモノたちがそなたの傍におる。何かあれば名を呼べばよい。声に出さずとも、心の中でだけでもの。おお、風鬼殿もじゃな。風鬼殿も常にそなたを見守っていよう。何せ、そなたは風鬼殿にとっては大切な“運命星”じゃからの。
 ただ、繰り返すが、人間同士の諍いには我らはかかわれぬ。どうしてもとなれば、そなたを連れ出すくらいのことはできようが、昔はともかく、今の世では、本来、我らは人間同士の揉め事にかかわることは許されぬのじゃ。人間の世界から離れた時に、そう定められた。そなたの出生を考えれば危うきことが多かろうが、その点だけは理解しておいてほしい」
 ルルーシュは長老のその言葉に頷きながら、彼の前に進み出てきた三人に目を向けた。
 長い黒髪と、黒い衣装に身を包んだ女性、白く長いゆるやかな髪と、人間にはあらざる長くとがった、とはいえ、柔らかそうではあるが、耳を持ち、袈裟のようなものを身につけた青年、そして今夜、葛葉と共に自分を此処につれてきた亞愧。それぞれに名乗られ、頭を下げられた。
 実はこの間、ルルーシュはずっと風鬼に抱かれたままであったのだが、今になって漸くそれに気が付いたというか、思い出した、とでもいうように、風鬼に「降ろしてください」と恥ずかしそうな声で告げた。
 その声に風鬼は小さな笑みを浮かべながら、ゆっくりと大切そうにルルーシュの躰を地に降ろした。
「あの、これは……」
 ルルーシュは長老から受け取った“白龍丸”をどうしたらよいものかと悩んだが、それをどう告げていいのかも悩み、口籠もった。
「それはこちらで預かっておこう。そなたが必要と思った時に、あるいは我らがそう判断した時に、そなたの元に届けよう」
「はい」
 ルルーシュは長老が自分の悩みを察して答えてくれたことに助かったと思いつつ、再び“白龍丸”を長老の手に渡した。
 以来、ルルーシュと彼ら人間(ひと)ならざるモノたちとの秘めやかなる付き合いは続いてる。
 時間があると、ルルーシュは里に赴き、一族のモノたちと交流を続け、剣術の修行などを行い、腕をあげていった。必然的に体力もついていく。それでも、もともとの体質なのか、外見的にはさほど筋肉がついたりというような感じはなく、あいかわらず細身の体型のままであったが。
 しかしそうして体力をつけ、剣術に限っては、一族の中でもルルーシュに叶うものは少なくなり、反射神経なども発達していったが、表の人間界にいる間は、周囲の人間に、それこそ親しくしている者たち、妹のナナリーにすらそれを悟らせることはしなかった。自分の立場を考えれば、ルルーシュ・ランペルージは体力のない、運動神経もあまりよいとはいえない、けれどそれなりに頭はきれる、程度の認識でいてもらったほうがいいと判断したからである。そのほうが万一の時に敵の、ルルーシュとナナリーを狙う者たち目を欺くことができるから。
 やがて年を経て、ルルーシュがゼロとして母国であるブリタニアに対して叛旗を翻した時も、かねて長老が言葉にしていた通り、人間同士の諍い事であるからと、一族のモノたちがルルーシュと、彼の組織した黒の騎士団の行動に対して口はもちろん、手を出してくることも決してなかった。逆にまた、ルルーシュにしても、己の私的な目的に一族のモノたちをかかわらせることをよしとしなかった。
 だが長老をはじめとした一族のモノたちは、ルルーシュの動向をずっと影ながら見守っていたし、ルルーシュもそれは承知していた。
 そうした中で起きた“行政特区日本”の式典における悲劇と、その後のブラック・リベリオンと呼ばれる、ブリタニアによる侵略を受けて以来、彼らからイレブンと呼ばれるようになっていた日本人の、ブリタニアに対する一斉蜂起の際にも、彼らが手を出してくることはなく、ルルーシュがブリタニアの第3皇女ユーフェミアの騎士となっていた、かつてルルーシュの本音を聞いており、初めてできた友人でもある大切な幼馴染、親友だと言っていた、いや、思っていた、そして信じていた、と言ったほうが正しいのかもしれない、枢木スザクによって捕われ、ルルーシュの実父であるブリタニアの皇帝シャルル・ジ・ブリタニアに、スザクのラウンズへの就任という出世と引き換えに売られた時も、一族は動くことはなかった。ルルーシュが皇帝の持つギアスによってその記憶を改竄された後も。
 ルルーシュは己の本来の記憶を奪われ、偽りの記憶の下、監獄と化したアッシュフォード学園で、与えられた“弟”のロロと共に、ブリタニアの機密情報局── 機情── の24時間体制下での監視を受けながら、ただのルルーシュ・ランペルージという一介の庶民として、普通の学生としての生活を営んでいる。





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