「ルルーシュッ! さっきのナナリーやシュナイゼルとの遣り取りは一体どういうことだ! まるでゼロ・レクイエムのことを忘れたかのような……!!」
ルルーシュの私室に入るなり、スザクはルルーシュを問い詰める言葉を発した。
「ナナリーが生きていたことに驚いたのは分かる。それは僕も同じだから。けど! さっきの遣り取りは、君がナナリーに対して告げていた言葉は……」スザクは己の両の拳を強く握り締めていた。本当ならルルーシュを締め上げたいところを、そうすることで必死に抑えているようだった。「たとえ何があろうと、ナナリーが生きていたことが分かったとしても、僕たちの戦略目標は変わらない! そうだろうっ!?」
ルルーシュはただ黙ってスザクの言葉を聴いているだけで、何も告げようとしない。変わって答えたのは後から入ってきたC.C.だ。
「分からないか? まあ体力馬鹿のおまえにはあの遣り取りだけで分かれというのは無理か。それとも、理解したくないのかな?」
「C.C.!? 何が言いたいんだ!?」
視線はルルーシュに向けたまま、スザクはC.C.に対して問うた。
「前提が変わった。だから戦略目標も変わる。それだけのことだ」
ソファに腰を降ろしたルルーシュの隣に両腕を組んで立ち、ルルーシュの代わりのようにC.C.はスザクに向けて簡潔に告げた。
「ではゼロ・レクイエムを止めるというのかっ!? 君はまた僕に嘘をつくのかっ!!」
激高するスザクを前に、少し間をおいてルルーシュは静かな声で答えた。
「予定通りシュナイゼルと戦った場合、ゼロ・レクイエムを行った後、ブリタニアの代表になるのは必然的にナナリーということになる。あのナナリーの様子を見て、おまえは何も感じなかったのか? 思わなかったのか? あのような状態のナナリーをブリタニアの代表に据えることなど到底できない。つまり、現状ではゼロ・レクイエムの実行は無理がある。そういうことだ。もっともそれ以前に、シュナイゼルと戦端を開く可能性事態が低くなったがな」
「? どういうことだ?」
「さっきの遣り取りを聞いていてもそれでもまだ分からないか?」C.C.は馬鹿にしたような口調でスザクに問いかけるように告げた。「シュナイゼルはルルーシュの言葉を認めたということだ。ナナリーには君主の資格はない、皇帝として担ぎ上げるのは、たとえ一時はそれができようとも必ず無理が出る、保たないと。だから必然的にゼロ・レクイエムを為す理由が無くなったというわけだ」
「ナナリーを君主にすることはできないから、理由が無くなった? そんなことで僕との約束を破るのか! ルルーシュ、そうしてまた僕に嘘をつくのか、おまえは!?」
しかしそうしてスザクがルルーシュに向けて投げつけた言葉に答えたのは、ルルーシュではなく、またC.C.だった。
「おまえに自分を殺させ、ユーフェミアの仇をとらせてやるということか? それなら、ユーフェミアの仇討ちならとうの昔におまえは果たしているだろう? ルルーシュを、ゼロをシャルルに売り渡し、自分の出世を、ブリタニアにおいては臣下としては最高位のラウンズという地位を得るという形で。その上にまだ望むのか? 一度ではなく二度も三度も。ユーフェミアを死なせたきっかけは確かにルルーシュのギアスだが、直接の原因はほかならぬおまえのとった愚かな行動にあったというのに、それを理解もせずに。私もこれまで随分と永く生きてきたが、己のやったことは全て棚に上げて、ルルーシュに対してだけ罪をあげつらいその命を差し出せと言う。これほどに図々しい人間は初めて見たよ、枢木スザク!」
「僕は……っ!」言いかけて、スザクはC.C.の言葉の中にあった一つの事実に改めて気がついたといういうように一瞬口を閉ざし、それからゆっくりと確かめるように再び口を開いた。「……僕が、僕の行動が、ユフィが死んだ原因……? な、なんで……? 原因はルルーシュがユフィを撃ったからじゃないか!?」
瞳を彷徨わせながら、意味が分からないというように、スザクはC.C.を問い詰めるように言葉を綴る。
「繰り返しになるが、きっかけは確かにルルーシュだ。しかし、おまえがろくな応急手当も、血止めすらもせずに、ユーフェミアの躰をそのままにKMFの両手で抱えてという、多大な風圧、Gのかかる状態でユーフェミアをアヴァロンに運んだから、彼女の負傷は悪化し、内臓破裂から大量出血。結果、手遅れになったんだ。これはルルーシュがカルテを手に入れて確認したことだから間違いない。それでも、運んだ先がアヴァロンでなかったらまだなんとかなったかもしれない。ブリタニアの医療技術は世界最先端だからな。現に躰中に数え切れないほどの銃弾を浴びた人間が治療によって助かっている例がある。しかし、おまえが運び入れたのはアヴァロン、シュナイゼルの元だ。シュナイゼルにしてみれば、ユーフェミアは一番の政敵たるコーネリアの溺愛する実妹。しかもすでに皇籍を奉還して一般庶民となった元皇女。公表はされていなかったが、宰相たるシュナイゼルがその情報を掴んでいないはずがない。そんな皇族でもなくなった、国是に反する言動をとってばかりいる、しかも自分の部下を黙って奪い去っておきながら一言もない、そんな政敵の妹を救ってやる必要など、シュナイゼルには欠片もなかった。そういうことだ」
「異母とはいえ、ユフィはシュナイゼル様の妹じゃないか!?」
「ブリタニアに身をおき、シャルルの騎士となりながら、おまえはブリタニア皇室の何を見てきたんだ? おまえのことだ、何も気にしていなかったのか? 見ていなかったのか? ブリタニアの皇室では、兄弟姉妹同士とはいえ、皇位継承を巡って暗殺や陰謀を張り巡らしての追い落としなど日常茶飯事。ましてやシャルル自身が誰よりもそれを推奨していたのだからな。ルルーシュだけが兄弟姉妹殺しをしたわけじゃない」
「……そ、そんな……」
スザクはC.C.から突きつけられた内容に思わずよろめいた。ユーフェミアを死なせた直接の原因が自分にあったと、自分の何も考えず、ただ助けたい一心だけでとった行動にあったと知らされて。
ルルーシュはそんなスザクをただ黙って見ているだけだ。そんなルルーシュに対して、スザクは救いを求めるかのように彼を見つめたが、ルルーシュは何も告げず、スザクから顔を背けた。それが、スザクにC.C.の告げた内容が事実なのだと口に出さぬまま告げているかのようにスザクには思えた。
「そういうわけだから、もしどうしてもユーフェミアを殺した相手の命が欲しい、殺したいというのなら、相手はおまえ自身なんだから、自殺でもするんだな。元々死にたがりやのおまえだ、本望ではないのか?
いずれにせよ、これからのブリタニアは変わる。ルルーシュは君主たる者が真に求められているものは何なのか、今では理解しているし、そうなろうとしているからな。すぐには無理でも、ルルーシュの指導の下で変わっていくだろう、国民を第一に考える、国民のためによりよい国へと。そしてその過程の中でエリアも解放される。すでに解放されたエリアもあるがな。そしてそれが、ユーフェミアやナナリーが望んでいた“優しい世界”への一番の近道というわけだ。
そんな次第でシュナイゼルとの戦いが無くなったとなれば、ランスロットは不要だ。つまりおまえは必要ない。ルルーシュの騎士なら、誰よりも、裏切り者のおまえなどよりもずっと信頼できるジェレミアがいるしな」
スザクは力弱く床に座り込んでしまった。そしてまたルルーシュを見上げる。何かを、C.C.の言葉を否定してくれと思いながら。しかし返ってくるのは感情の読めない冷めた瞳だけだった。
ユフィを殺された、殺した仇として、己がルルーシュに対してとってきた行動を振り返りながら、スザクはよろよろと立ち上がり、ルルーシュの部屋から自室へと下がっていった。そのスザクの頭の中にあるのは、ルルーシュに見捨てられた、ということだった。だが、ユーフェミアによってアッシュフォード学園に通うようになって以降、ルルーシュが自分に対してしてくれたことや、ユーフェミアの騎士になってからの学園での己の言動をいまさらながらに思い返し、自分がルルーシュから与えられたものをあたりまえのことと、ルルーシュの立場も何も考えていなかったこと、そしてゼロであったルルーシュを彼が憎んでやまない父親であるシャルルに、己の出世と引き換えに売り渡して以降に自分がルルーシュに対してやってきたことを考えた時、見捨てられて当然のことをしていたのだと漸く悟った。むしろ、これまでよくぞ見捨てずにいてくれたものだと。だから自分は知らず知らず、何も考えることなく、当然のように無自覚にルルーシュに甘えていたのだと、遅ればせながら漸く自覚した。
アヴァロンはルルーシュが仮の帝都として指定した古都ヴラニクスにある宮殿に着陸した。そして誰も── ルルーシュの頭からもスザクのことはすでに消えていたから── 気付かなかった。スザクが荷物も置いたまま、何処ともなく立ち去っていたことを。それ以前に、ペンドラゴンの消滅により、やらねばならないことが山積み状態であり、たった一人のことをそうそう気遣っている余裕など誰にもなかったのだ。特に皇帝たるルルーシュには。だからそれから先の、ルルーシュの元を去ったスザクのその後を知る者は誰もいない。その後どのような人生を歩む道を選んだのかも。
そうして一週間程が過ぎたある日、ヴラニクスにある空港に、一機の予定になかった航空機が着陸した。それは明らかに個人所有のプライベートジェットであることが分かるものであった。
管制塔からの問い掛けに対する航空機のパイロットからの応えに、それを受けた管制官は、即座に上司に報告し、その上司は慌てて臨時に設置された宮内省を通じて皇帝たるルルーシュに対応を如何すべきかを尋ねた。
ルルーシュは即座に空港への着陸を許可し、搭乗者たちを仮宮殿に連れてくるようにと侍従を通じて指示を伝えた。
やがて程なく宮殿にやってきたのは、シュナイゼルを筆頭とするダモクレス陣営の者たちだった。
シュナイゼルはいつもの如く、うっすらとロイヤル・スマイルを浮かべている。それに従うカノン・マルディーニからは特にこれといった感情は読み取れなかった。コーネリアはまだ納得いっていない点があるようだったが、それでもシュナイゼルの方針に従うことに意義はないようだった。そしてナナリーは、完全に納得などしておらず、いやいやシュナイゼルに言に従ったというのがあからさまに分かる表情を浮かべていた。そしてまた、実兄たるルルーシュに対する不信、その行動を否定する気持ちも全く変わっていない様子であるのは、一目でそうと知れた。表情や態度から何を考えているか、余人に即座に読まれるようでは、ブリタニアの皇族としては失格である。それは政敵に漬け込まれる隙を与えることになるからだ。これ一つをとっても、如何にナナリーが皇族として必要な知識、マナーを身につけていないかが分かるというものだ。そしてそこから、同時に如何に皇族として不適格、皇族らしからぬ存在であるかも。 「随分と時間がかかられましたね。もう少し早く戻ってこられるかと思っておりましたが」
ルルーシュはそうシュナイゼルに問い掛けた。ルルーシュが相手にしているのはシュナイゼルのみで、コーネリアも、ましてやナナリーの存在など、ほとんど無視している形だった。ルルーシュにとって、交渉相手はシュナイゼルだけなのだから、コーネリアやナナリーの感情を斟酌する必要など微塵も無かった。ましてやシュナイゼルたちはダモクレスではなく、航空機でやってきたのだ。敵対する意思はないと見ていい。そう、少なくともシュナイゼルとその忠実な副官であるカノンは。そしてコーネリアとナナリーは、シュナイゼルに従うしか道はないと判断できたからだ。
「結論はもう少し早く出ていたのだけれどね、コーネリアと、特にナナリーを説得するのに少しばかり時間がかかってしまった。それに、ペンドラゴンのことも考えると、君に対しても少し時間を、と考えたのでね。その点だけならもう少し日を置いてもいいかとも思ったんだが、あまり日が経ちすぎるのも君に対してよい印象を与えないだろうと判断して、前もって連絡を入れずにすまなかったが、この場合も、善は急げ、というのでいいのかな、今日にさせてもらったよ」
ルルーシュはシュナイゼルの言葉から少し間をとって、ゆっくりと口を開いた。
「ダモクレスではなく、航空機で来られたということは、事前連絡はいただけませんでしたが、私と、ブリタニア本国と敵対する意思はない、そう思ってよろしいのでしょうか?」
「もちろんだよ」
「それは何よりです。それで、確認させていただきたいのですが、ダモクレスとフレイヤは、どうされました?」
「フレイヤを搭載したまま、太陽に向けて飛ばしたよ。あれは、地上には不要のものだからね」
「そうですか。その言葉、信じてよろしいのですよね?」
ルルーシュの言葉に微笑みを浮かべながら「もちろんだよ」と告げて頷いたシュナイゼルを見て、ルルーシュは安堵の息を吐いた。
ルルーシュのその様子に、思わず彼の傍らにいたC.C.が声をかけた。
「おい、ルルーシュ。そんなに簡単に奴を信用していいのか?」
己のことを心配してそう声をかけてきたのだろうことが分かって、ルルーシュはそんなC.C.に極上といってもいいほどの優しい微笑みを浮かべて応えた。
「実際、ダモクレスではなく航空機でいらしてるんだ。信じてよいだろう。それに、どことなく以前とは印象が変わった。考えが変わられたように思える。だから信じて大丈夫、問題はないだろう」
ルルーシュのその言葉に、シュナイゼルは嬉しそうに微笑みを浮かべた。
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