Monarch 【4】




「さすが、察しがいいね。そう、私は変わった。以前の私には、個としての私がなかったといっていいものだったと思う。ただ、周囲の期待に応え、求められている事を行う。それだけだった。だが、先日の君とナナリーの遣り取りを聞いていて思ったのだよ。個がなく、求められるままに帝国宰相の第2皇子という立場を演じてはいたが、それでもこのブリタニアの将来に対して、このままでよいのか、という疑問はそれなりに持っていたのだよ。そして、君ならこのブリタニアを先帝である父上の頃とは違った国家にしてくれる、そう思えてね、そしてそれがどう変わっていくのか、それを見たくなった。それを考えると楽しくなったんだよ。正直、楽しい、なんて感情はこれまで無かったから、自身のことでありながら、随分と驚いたけれどね」
「それは何よりです」ルルーシュはそこまでは微笑みを浮かべて応じたが、その一言のあと、表情は真剣で、かつ厳しいものに変わった。「ですが、先日のペンドラゴンへのフレイヤ投下、これを誰が行ったのか、国民は皆知っています。もちろんその結果も。ですから、その件について何もせずに許す、ということはできません、国民が許さないでしょう」
「それは当然のことだ。致し方ないね」シュナイゼルは軽く肩をすくめて本当に何気ないように応じた。「それで、どんな処分になるのかな?」
「まず、廃嫡、皇籍剥奪。もっともこれは、私が皇帝となった時に、当時皇室籍をお持ちだった方は全員そうしたので、それと同様ですから、処罰、とは言えませんね。
 それではそれぞれのこれからのことについて、処罰を申し渡します。
 まず、元第2皇女コーネリア、あなたには生涯の謹慎を。場所は、あなたの母君のご実家であるロセッティ大公爵家の領地にある本宅で。そこにはアダレイド殿がいらっしゃいます。アダレイド殿は、あなたが為したことに怒り、そして悲しんでいらっしゃる。おそらく、酷く責められることになるでしょう」
 そう告げられたコーネリアは、致し方ないというように「分かった」と俯いたまま一言応えただけだった。
「そして元エリア11総督にして第6皇女ナナリー、正直、考えた」
 ルルーシュのその言葉に、ナナリーは見えぬ目で、それでも声の方向からしっかりとルルーシュを見据え。
「だが、それでは本当の罪の償いにはならないと思った。おまえにはまず、自分が為したことを自覚させるのが先決だと。そうでなければどのような罰を与えようと意味は無いとな。そこで、おまえはこのブリタニア国内にあって最も戒律の厳しく決して他の誰かに甘えることなど許されないマグダレナ修道院へ。そこで、皇室に戻って以降の自分の言動を省みて、為したこと、為さなかったこと、おまえが苦しめた人々、死に至らしめた人々、その遺族に対して、その命が尽きるまで懺悔し続けることだ。おまえがそれで自分の罪を本当に自覚できるかどうか分からないが、少なくとも、誰の手助けも得られない修道院での生活は、それだけでもある程度の罰にはなるだろう」
「お、お兄さまはご自分の為さったことを棚にあげて、私のことばかり責められるんですね!? 私は当然のことをしただけで何も悪いことなどしていないのに!!」
 ルルーシュはナナリーのその言葉に、呆れ、そしてそれ以上に失望した。自分が愛した妹は、今に至るも何も分かっていない、何一つ自覚していないのだと。
「私は自分のしたことはきちんと自覚している、おまえと違ってな。そしてそれを承知した上で、皇帝として、この国の君主として、この国をよりよい国にすべく、己の生涯を懸ける覚悟だ」
「そのようなことで許されるとでも思っているのですか!? クロヴィスお異母兄(にい)さまを、ユフィお異母姉(ねえ)さまを、果てはお父さままで殺しておきながら、テロリストとして多くの人々の命を奪っておきながら!」
「単純に数のことだけで言うなら、おまえがペンドラゴンに対して行ったフレイヤ投下で殺した、虐殺した人々の数と比較すれば、随分とかわいいものだと思うのだがな」
「お兄さま、あなたという人は……!」
「それで、私はどうなるのかな?」
 二人の遣り取りに、ナナリーは何も納得していない以上はきりがないと見て取ったのだろう。シュナイゼルがルルーシュに問いかけ、ナナリーはそれ以上は口を封じられる形となった。
「あなたがたが帝都ペンドラゴンを消滅させてくれたおかげで、現在は猫の手も借りたい状態です。そしてあなたは優秀だ。あなたが為した事を考えれば、あなたを表に出すことはできない。従って、公には生涯幽閉と公表しますが、影では帝国宰相を務めた能力を生かして、副官のマルディーニ伯、いや、貴族制度も廃止したのでこの呼び方はおかしいですね。カノン・マルディーニと共に、私のブレーンとして働いていただきたい。もちろん、公的な肩書きをつけることもできません。それを了承していただけるなら、部屋を用意します。ですが断られるというなら、マルディーニと共に生涯幽閉という刑に処させていただきたく考えています」
 一瞬といえるくらいの間、逡巡し、シュナイゼルはルルーシュの前に膝をつき、カノンもそれに習って声をかける。
「「イエス、ユア・マジェスティ」」
 それを見て頷いたルルーシュは、「大変だが、元を正せばあなたがたがしたことの結果だ。よろしく頼む」そう二人に声をかけた後、ルルーシュは己のすぐ後ろに控えているジェレミアを振り返って告げた。
「ジェレミア、ナナリーにキャンセラーをかけた後、コーネリアとナナリーの二人を部下に命じてそれぞれの場所へ。それからシュナイゼルとカノンを部屋に案内してくれ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 簡潔に返答したジェレミアは、言われた通り、まずはナナリーにキャンセラーをかけた。
「えっ?」
 突然瞳が開いたことにナナリーは驚きの声を発し、声には出さなかったがシュナイゼルらも驚いていた。
「……目、目が、見える……」
 ナナリーはそう呟いて、己の両手を前に出して見た、確認するかのように。
「これは、どういうことだい?」
 立ち上がったシュナイゼルがルルーシュにそう問いかけた。
「さすがにそこまではご存知ありませんでしたか。実はシャルルも“記憶改竄”というギアスを持っていたのですよ。母が殺された時、ナナリーがその犯人を見ていたことを知ったシャルルが、ナナリーの記憶を改竄し、加えて瞳を閉ざさせたのです。ユーフェミアの時にはまだありませんでしたが、その後、ジェレミアがギアス嚮団での実験体となり、ギアス・キャンセラーの能力を身に着けたんです。そしてシャルルと最後に対峙した時、母が殺された時のこと、その後ナナリーにしたことを知って、今、ジェレミアにキャンセラーの力を使ってもらったわけです」
「……思い出しました……。お母さまが殺された時、私はまだ自分の部屋にいたんです。酷い銃弾の音がする中、私はベッドの中で震えていました。そこに見知らぬ大人の男の人たちが数名入ってきて、私を抱き上げ、倒れているお母さまの腕の中に私を押し込んで、そして私の足を打ち抜いたんです。それから、ある夜、病室にお父さまが一人だけでやってきて、私に尋ねたんです、「犯人を見たか?」って。それで私は「子供がいた」ってって答えて、それから、今言った記憶は消えて、私はお母さまと一緒に撃たれて、犯人は見ていないって、そう思い込まされていたんです……」
 記憶を辿りながら、ゆっくりとナナリーは当時のことを話す。
「その子供はシャルルの双子の兄で、ギアスを与えることのできる不老不死のコード保持者。そして母も“人の心を渡る”ギアスを持っていました。しかし適正が低かったのか、その力が発動したのは死の直前、死の間際に行儀見習いとしてアリエスにあがって母が殺されるところを隠れて見ていた、今はラウンズとなったアールストレイムの中にの心の中に入り込み、精神体だけ生きていたんです。だからその母が表に出ていた時は、彼女の意識は、記憶は途切れていた。
 そしてシャルルはV.V.、母、そしてヴァルトシュタイン卿の四人で、自分たちの望みを叶えるために、世界各国を侵略していった。何故なら、その望みを果たすためには“Cの世界”に行くための遺跡が必要だったから。国のためではなく、自分たちの望みを果たすためだけに、戦争を、侵略行為を起こしていたんです」
「……そうだったのか……」
「……開戦前の日本にいた子供の頃、ある本に書かれたいたことを読んことがあります。日本の元首は天皇。そしてその天皇の帝王学としての一番は“耐えること”だと。過去の日本の歴史によるところが多いのでしょうが。そして天皇は、全く個が無かったとまでは思いませんが、基本的には常に無私無欲で、ひたすら国と国民、ひいては世界のために、祈り、願い、奉仕し、そして最高位の神官としてさまざまな神事を行っていたと。まあ、それも時代によって、天皇それぞれによってだいぶ違ってはいたようですが。それらのことから、ナナリーとの話でもしましたが、その点を比較すれば、明らかに私事ででしか動いていなかったシャルルは、君主、皇帝としては、失格者だったと言っていいと思いますよ」
 それらの話を聞いても、シュナイゼルにはまだ疑問があり、ルルーシュにそれを問いただした。
「父上たちがなさろうとしていたこととは、一体何だったんだい? それと、以前のナナリーとの会話の中で、君は父上を「殺した」ではなく「消した」と言っていたように記憶しているのだが、どういう意味なのかな?」
「……神殺しです。“Cの世界”には、彼らが“神”と呼んでいた“人の集合無意識”があり、それが人の在り方を、その(ことわり)を定めているのだそうです。そしてそれを殺し、自分たちの望む世界を創ろうとしていた。“人の集合無意識”とは、大きなくくりで言えば、「人間」です。そして私のギアスは人にかけるもので、その力は“絶対遵守”。だから私は“人の集合無意識”に、彼らを拒否して欲しいと、彼らがやろうとしている人の時間を昨日で止めるのではなく、明日が欲しいと、そう望んだんです。その結果、彼らは“Cの世界”に拒否されたのか、消滅していきました」
「そうか、それで「消した」だったんだね」
 シュナイゼルはルルーシュの言葉に頷いた。コーネリアとナナリーは、話の広大さ、更にはその難解さについていけていなかった。とはいえ、ルルーシュが話をしているのはあくまでシュナイゼル一人に対してであり、二人の存在は頭にない。謁見の間に入ってきた時と、処罰を申し渡す時にその存在を意識したくらいだ。
「今日はもうこれくらいでよろしいでしょう。何かあればまた後で。ジェレミア、後を頼む」
「イエス、ユア・マジェスティ」
 ジェレミアの返事を聞いて、ルルーシュはC.C.と共に謁見の間を出て行った。残ったジェレミアは部下を呼び、コーネリアとナナリーをそれぞれの指定の場所に連れて行くように指示を出し、シュナイゼルとその副官であるカノンは、自分で、この時を予期して二人のためにルルーシュがかねて用意していた部屋へと案内してから、ルルーシュのいる執務室へと向かった。



 それからは多忙なことに変わりはなかったが、それでもシュナイゼルとその副官のカノンという優秀な人材が入ったことで、ブラニクスの整備は急速に進んでいった。とはいえ、かつてのペンドラゴンと比較してしまえばかにまだまだであったし、全体的な官僚不足はどうしても否めず、こればかりはいかんともしがたかったが。
 以前、超合衆国連合との会談の場において、ルルーシュは最高評議会議長の皇神楽耶は、ルルーシュが「世界を統べる覚悟とは何ですか」とたずねた時、「矜持」と答え、それに対して、ルルーシュ自身は「全てを壊す覚悟」と答えた。
 しかし今のルルーシュの思いは変わった。歴史上、名君と呼ばれた先人たちを調べていて違うと思った。世界を、そこに住む人々を統べる、いや、頂点たるトップして立つ者が持つべきは、あくまで公人としての無私無欲、奉仕と献身の精神であると。それがあればこそ、民衆に認められると。時に冷酷な断を下さねばならない時もあるだろう。だがそれは、決して私事からのものであってはならないし、ましてや自分のため、自分の望みを叶えるためなどであってはならない。そのために君主としての力を振るうことなどあってはならない。世界が、国があり、そこに生きる民衆がおり、それらを守るために存在するのだ。それは何も君主に限ったことではない。共和制によって民衆に選ばれた代表とて同じこと。それがトップリーダーたる者の在り方だと、今はそう考える。ゆえに時に神楽耶の言った「矜持」は邪魔になることさえあるのではないだろうか。不要だとまでは言わない。確かに根本的なところで必要なことでもあるかとは思う。自分が告げた「壊す覚悟」も場合によっては必要な時が来るかもしれない。いや、ある意味、現在のルルーシュは、かつての、先帝シャルル時代のブリタニアを壊しているのだから。
 それらを考えた時に、ゼロ・レクイエムの計画はルルーシュの中から消えた。それに拍車をかけたのは、神楽耶を議長とする超合衆国連合の現状、シュナイゼルがナナリーを皇帝として担ぎ上げて押し出してきた時、そのナナリーとの遣り取りであったが。
 死ぬことだけが償いではない。ゼロ・レクイエムでの死は、ある意味、逃げだと思った。自分亡き後に遺る者たちを考えた時、自分の考えが甘いことを思い知った。生きて、そして自分のためではなく、国とそこに住まう民衆のために尽くして生きること、それが何よりも一番の償いなのではないかと。だからルルーシュは生きる。君主として、皇帝として国を、民衆を思い、それらを何物からも守るために、先人の名君と呼ばれた者たちには及ばずとも、少しでもそれに近づけるようにと思いながら。

── The End





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