Monarch 【2】




『……お。お兄さまは、私を、いえ、私だけではなく、お兄さまが殺したユフィお異母姉(ねえ)さままで馬鹿にして侮辱なさるんですかっ!?』ナナリーは漸く反撃の切り口を見つけて口にした。『ユフィお異母姉さまの時はどうだったか私には分かりませんが、私は目が見えないんです! なら臣下に任せるのは致し方ないじゃないですか!? 見えない私には、こうしてほしいということを言うこと以外、何もできないんですから!
 それとペンドラゴンの件ですが、きちんと先に避難勧告を出しておきました! 殺してなんかいません!! 勝手なことを言わないでください!』
 しかし、ルルーシュはナナリーの甘ったれた、そして何も考えていない理由を簡単に切って捨てた。
「何もできない? 目が見えないから? なら何故総督になることを望んだ! 何もできないと言うなら総督になったりなどせずに大人しくしていればいい! それに、たとえ目が見えずとも何もできないなどということはない! コミュニケーションをしっかりとれば、情報は幾らでも入ってくる。そうすればそこから指示を出すことができるし、どうするかの決定を下していくことはできる。おまえがそれをせずに丸投げに近い状態だったのは、目が見えない、ということだけで、イレブンのためにならないからと、それだけで代案を示すこともせず、官僚たちがおまえが何もしないかわりに必死になって立てた政策を認めないことの理由にはならない! おまえは為政者ではなかった。為政者たる資格はなかった、それだけだ。
 そしてペンドラゴンだが、避難勧告を出していた? だから犠牲者はいない? 馬鹿なことを言うな! 本当に避難勧告が出ていたのなら、たとえおまえたちが認めていなくとも、実際に現在、皇帝たる立場にある私にその情報が何も入ってこないなどということはない! 第一、もし仮に避難勧告が出ていたとして、1億もの人間が一度に避難できると思っているのか! そのようことができないことは、考えるまでもなく不可能だ! ペンドラゴンの規模を思えば、改めて考えることもなく簡単に分かることだ。そしてもし仮に避難勧告を出していて、皆、避難していたとしよう。さて、避難と簡単に言うが、避難するということは、生活基盤の全てを根こそぎ捨てさせるということだ! 避難した後のことも考えてのことか!? ペンドラゴンの1億もの民に、それまでの全てを捨てさせ、職も失わせ、その後の生活をどうしろと言うのか! それも全て保障した上でのことか!? できもしないことを言うな!」
『ペンドラゴンの民は避難させたと、シュナイゼルお異母兄さまは仰いました!』
「それを、何を考えることもなく、疑問に思うこともなく、ただそのまま信じたということか」
『シュナイゼルお異母兄さまはお兄さまとは違います! 嘘をつかれたりしません!!』
「つまりおまえはシュナイゼルに言われるまま、それを信じるだけで何も考えてはいないということだな。では今一度聞くが、そんな状態のおまえのどこに為政者たる資格があるというのだ! 何も決められず、異母兄(あに)の言うまま、自分では何も決めない。本当に幼い子供なら、宰相か摂政が代わりに政務を執り行うというのはあるだろうが、おまえがそこまでの年齢になって、ただ目が見えないという理由だけでそれをしているなら、繰り返すが、おまえには為政者たる、君主たる資格など何一つない! 第一、おまえから望んだからとはいえ、何も知らない、できない、能力もないおまえをシャルルがエリア11の総督に任命したのは、ゼロであった私を抑えるためのものであり、そのための特別扱いだった! それ以外に何もありはしない。そしてシュナイゼルがおまえを担ぎ出したのは、やはりおまえが私の妹であり、また、何かあっても、そう、今回のペンドラゴンへのフレイヤ投下にしても、おまえを前面に出すことによって自分への批難をかわすためだ。
 何度でも言う! 自分のことだけで民のことを何も考えていない、無私無欲の献身の意思なく、国を、民を無視し、奉仕の気持ちの何一つないおまえに、エリアの総督はもちろん、国のリーダー、君主たる資格など何一つとしてない!」
 ある意味、ルルーシュの告げる君主たる者の在り方も理想と言っていいのかもしれない。乱世、戦争の状態にあれば、時に犠牲を強いることも出てくるだろう。しかしそれは、最終的には全てとまではいかずとも、国を、民を守るためであり、それを為すために命を懸けるように指示を下す軍人たちもまた、為政者ではないが、国のために、国民のためにその命を懸けることを、軍人となった時から使命としているのだから。だが自分の理想を言葉にするのみで自分では何もせず、その立場にみあった責任、覚悟のない者を為政者、君主として認めることはルルーシュにはできない。そしてそれは国のトップたる国家元首たる者だけではなく、組織の長たる者には、違いはあれど同様に言えることだと思っている。だからゼロとして黒の騎士団にあった時も、行っていることを考えれば、犠牲を一つも出さずに済むなどとは思っていなかったが、それでも敵たるブリタニアに対してはともかく、少しでも犠牲を少なく済むようにと作戦を考え、実行し、結果、そうして為されたことを、人々は奇跡として捉え、ゼロを支持していた。ゆえにユーフェミアに心ならずもギアスをかけることとなってしまい、日本人虐殺という事態を招いた時、自分個人の意思からあえて目をそらしてユーフェミアを利用したし、ブラック・リベリオンの時こそ、浚われたナナリーを救うために己の感情を優先して戦線を離脱するという失態を犯し、更にナナリーが総督として赴任してきた時、ナナリーに否定された際にはゼロの仮面を置こうともしたが、「夢を見せた責任をとれ」との言葉に、ゼロとしてある道を選択し、人々を導き、超合衆国連合という組織までをも創り上げた。とはいえ、やはりナナリーの存在を完全に切り捨てることはできず、そのために結果的にフレイヤ投下という事態を招いてしまい、それにより取り乱して己の立場を失念してしまったこともある。それは否定しない。そして結果的に、シュナイゼルの巧みな誘導もあったとはいえ、黒の騎士団に裏切られ、命を懸けて自分を守ってくれたロロの死を招くこととなった。それらのことを今は酷く後悔している自分を自覚している。だからこそ、君主たる者はどうあるべきか、先人はどうだったのか、皇帝となった以上、それを知ることもまた一つの指針となるだろうと調べ、ナナリーに告げたような結論を導き出したのだ。
「お父さまを殺して帝位を簒奪したお兄さまに言われたくはありません! そのようなことをしたお兄さまにこそ、資格はありません!」
「先にも告げたと思うが、シャルルは人として犯してはならないことを為そうとしていた。世界の、人間(ひと)の在り方の理を壊そうとしていた。それは人として為してよいことの範疇を遥かに超えていた。それは決して為してはならぬことだった。許してはいけないことだった。だから、消した。それにブリタニアの国是は弱肉強食。シャルルは兄弟姉妹(きょうだい)間での帝位継承を巡っての争いを推奨すらしていた。その中にシャルル本人が加わっただけのこと。何を責められる理由があろうか。それに、過去、シャルルが帝位についていた間にも、血の紋章事件と言われる皇位を巡っての大きな争いが起き、多くの人間が死んで、いや、殺されている。
 そして先に告げた君主の資格だが、確かに私もまだそこまで至っているとは決して言えるような立場ではないと自覚している。しかし、だからこそ少しでもそれに近づけるように努力している。何もせずに、ただ周囲に理想を告げてそれをするように、皇族、総督という地位をもって強制し、また、年齢的なことを考えれば、確かにおまえはまだ助言者が必要な年齢だろうが、その相手から告げられた内容を吟味することなく、ただ頷き、何も考えずに実行しているおまえとは違う」
『そ、そこまで実の妹である私を否定なさるんですか、お兄さまはっ!?』
「先に兄である私を否定し、敵であると宣言したのはおまえの方だろう」
 二人の遣り取りを、アヴァロンでも、ナナリーを皇帝とするシュナイゼルが指揮する天空要塞ダモクレスでも、皆黙って見守っていた。
 ダモクレスでは、コーネリアが、己の皇族、かつて総督であった立場を考えた時、ルルーシュの告げた内容に耳が痛い点があったのだろう。始終俯き加減であり、顔色も冴えない。一方、シュナイゼルは二人の遣り取りからルルーシュが何を考えているのか、何をやろうとしているのか、それを見極めようとしているのか、口を挟む様子も見せず、ただじっと聞いていた。
 アヴァロンでは、当初はナナリーの生存に純粋に驚いていたスザクだったが、ルルーシュとナナリー、二人の会話に、不思議そうに、更には不満そうな思いをその表情に浮かべるようになっていた。口を挟みこそしなかったが。
『随分と厳しいね。君がナナリーにそこまで言ってのけるとは思いもよらなかったよ』
 そしてシュナイゼルが切りのよさそうなところで、漸くその口を開いた。
「責任ある立場にありながら、自分のしなかったこと、そして為政者であるなら決してしてはならないことをしてしまったことを自覚させたいだけです。私はナナリーを買いかぶっていたのだと気付きましたから。そしてその原因は、他ならぬ私がナナリーを甘やかし過ぎてしまったことにあるとも」
『成程。確かにその一面は否定できないね。そしてそれに拍車をかけたのが、ナナリーの皇室復帰とそこでの特別扱い、だろうね』
『シュナイゼルお異母兄さま、一体何を……?』
 シュナイゼルの、まるでルルーシュの自分に対する言葉を肯定したかのような言葉に、ナナリーは思わず問いかけの言葉を発した。
『私はね、そうした特別扱いの挙句、望みの通り総督となってエリア11に赴くことができた時点で、ナナリーは本当に自分は特別なんだと、自分の言うことはなんでも叶うのだと、その思いが強まったのではないかと思うよ。もともと皇室に戻される前も、君のことだ、君の力で叶う限りの範囲でだが、彼女の望みを叶えてやっていたのだろう。しかし皇族であったことを隠し、皇室から隠れて市井に一般市民としてあった時は、どうしてもできることに限りがあった。だからおそらくナナリーも気持ちを抑えて、隠していた部分があったのだろうと思う。しかし皇室に戻って特別扱いされる中、その限度は無いも同然になったと言っていいだろう。そのために、ナナリーは自分にできないことはないと、そして自分が望むことなら何でも叶うと思うようになり、そして独善的になった。コーネリアに溺愛され甘やかされ、皇室の闇を何も知ることなく、世間というものを知ることなく育ったユーフェミアのように。そう、彼女は理想家であり、そして独善家だった。自分の言うことは正しい、なのに誰も自分の意見を聞いてくれない。そしてそんな状況では自分には何もできない。だから自分が思ったことをその場で誰に諮ることもなく、唐突に公表するという手段に出た。枢木君の騎士指名も、特区の公表もそうだった。そしてコーネリアは、こと溺愛するユーフェミアの事になると周囲が見えなくなる。彼女が口にしたことを実現することだけが頭を占めた。だから枢木君が特派に所属する以上、彼は私の部下にあたるということすら念頭になく、ユーフェミアはもちろんだったが、コーネリアすらも私に対して何も言ってこなかった。そんなユーフェミアの言動を思い出して比較するとよく分かるよ。
 ナナリーもユーフェミアと同じだ。そして、おそらくはそれが彼女の元々の本質だったのではないかと思う。ただ、市井にある間は、先に告げたことと重なるが、環境の関係から抑えられており、そうと分かるほどに表面に出ることはなかった。それが皇室での特別扱いの結果、はっきりと表面に出てきたのだと、私はそう思う』
 ナナリーはシュナイゼルの自分に関する評価の言葉に戸惑いを覚えるだけだ。そんな風に思われていたのかと。ならば何故、自分を皇帝として担ぎ出したのか、不思議でならなかった。それでもシュナイゼルが対ルルーシュということを考えて自分を担ぎ上げた、自分に最終責任がこないように、ナナリーを前面に出すことで批難の矛先をかわそうという意図があったとまでは、ルルーシュに告げられた後の今でも考えが及ばない。
「それで、今後どうされるおつもりですか? 予定通り、私と、私の率いるブリタニア軍と戦いますか?」
『うん、最初はそのつもりでいたけどね、君たちの遣り取りを、君の考えを聞いて、少し予定を変更しようかと考え始めたところだよ』
「……どういうことです?」
『分からないかい? 君なら今告げた言葉だけで察することができると思ったのだけどね。まあ、慌てて結論を出すのは避けて、もう少し考える時間をもらうよ。結果、やはり君と敵対する、戦端を開くと結論を出した時は、今度は唐突にフレイヤを投下するようなことはせずに、きちんと宣戦布告をさせていただく』
 シュナイゼルのその言葉に、ルルーシュは柳眉を寄せた。
「その言葉、信じてもよろしいのですか?」
『信じて欲しいな。帝国宰相の地位にあった誇りにかけて、騙し討ちなどは決してしないと誓うよ』
「……分かりました、そこまで仰るなら信じましょう。そしてあなたの答えが出るのを待ちます。答えが出たら、連絡を下さい。ただ、やはり戦うということになった時、宣戦布告と同時に攻められてはたまりませんが、その点は如何?」
『日本と開戦した時のように、宣戦布告と同時に攻撃を開始する、などという卑怯で野暮なことはしないよ』
 日本との開戦を決めたのはシャルルだったが、シュナイゼルはそれを例に出してそう答えた。
「その通りになさっていただきたいものです。それでは、私たちは本国に戻りますので、本日はこれで」
『うん、最終的にどのような結論になるか、まだ完全に決めたわけではないからどうなるか何とも言えないが、連絡を入れるまでは息災で。ペンドラゴンの後始末を押し付ける形になってしまって大変申し訳ないが、よろしく頼むよ』
「あなたに言われるまでもありません」
 その言葉にシュナイゼルは苦笑を浮かべると、『ではね』とそう告げて、ナナリーが何か言いたそうにしているのを無視して通信を切った。
 ルルーシュは暫く真っ白になったスクリーンを見つめていたが、ややして一つ大きな溜息を吐き出した。
「ルルーシュッ!!」
 途端にそれまで黙っていたスザクがルルーシュを呼ぶ。その声は不信感に満ちていた。
「此処でする話ではないだろう、私の部屋まで来い、そこで聞く」
 それだけスザクに告げると、ルルーシュはさっさと自室へ向かうべく歩き出し、艦橋を出て行く。スザクは慌ててその後を追った。そして暫くして、更にその後をC.C.が追う。




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