「私の人生が長く続くとも短く終わるとも、私たちが所属する英国王室、そして国民に奉仕するため生涯を捧げることを宣言します。しかし、皆さんの協力なしでこの抱負を実現する強さは私にはないでしょう」
「公務ファースト、国ファースト。私は今後もそこにいる」 ───── 英国女王 エリザベスU世
超合集国連合との会談が── ある意味、まだこの段階では元々の予定通り── 不調に終わり、ルルーシュはアヴァロンで、身柄を保護したニーナを伴ってエリア11── 日本── を離れてブリタニアに帰還する途中、帝都ペンドラゴンにフレイヤが投下されたとの連絡が入り、それを知った者たちは、ニーナを含め皆、愕然としていた。ルルーシュは急ぎ状況を確認し報告をするよう指示を出していたが、そんな中、ロイヤルプライベート通信が入り、ルルーシュはすぐに繋げさせた。予想通り、相手はシュナイゼルだった。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ』
「……シュナイゼル……」
ペンドラゴンにフレイヤを投下し、億に近い人命を奪い、母国の首都を消滅させたばかりの人間とは到底思えない程のロイヤル・スマイルを浮かべながら問いかけるように告げるシュナイゼルに、ルルーシュはその神経に恐れを感じた。どう考えても、人間として並みの神経ではない。異常性しか感じられない。
『フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ』
そしてその一発をペンドラゴンに投下したということか。それもリミッターを外した、トウキョウ租界で使われた物よりも強力な物を。そう考えを巡らしながら、ルルーシュはシュナイゼルに応える。
「……つまり、ブリタニア皇帝に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝と認めてはいない』
「成程。皇帝に相応しいのは自分だと?」
ルルーシュは、シュナイゼルは求められていることを求められたままに、あるいはそれ以上に為すだけで、特に自分というものを持たない、本質は虚無の人間だと思っていた。だが、やはりいざとなると皇帝という座が欲しくなったのだろうか。ルルーシュが覚えている限り、そしてまたこれまでに得た情報から割り出したシュナイゼルという人間に対する理解は間違っていたのかと思った。
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ』
「……? どういうことです?」
『ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
そう告げてシュナイゼルは身を引き、それまで自分がいた位置から斜め後ろを示した。
「「「……!?」」」
そのシュナイゼルが指し示した人物に驚愕したのはルルーシュだけではない。その映像を見たアヴァロンの艦橋にいる全ての者が同様に驚いていた。何故なら、それは死亡したとされていたエリア11の総督だった、ルルーシュの最愛の実妹、ナナリーだったのだから。ナナリーの両脇には、異母姉のコーネリアとシュナイゼルの副官であるカノン・マルディーニ伯がいる。
『お兄さま、スザクさん、私は……お二人の、敵です』
それが、ナナリーが開口した最初の言葉だった。
「……ナナリー、生きていたのか……?」
『はい、シュナイゼルお異母兄さまのお蔭で』
── 成程、そういうことか……。
ナナリーの答えに、ルルーシュは即座に理解した。シュナイゼルが自分に対する抑えとしてナナリーをフレイヤから救い、今、表に引き出したのだと。自分の動揺を誘う意味も含めて。ルルーシュの頭が冷えて醒めていく。
おそらくシュナイゼルは、以前に黒の騎士団の幹部たちに対してしたように、ナナリーに対しても自分のことについてあることないこと告げて、うまく丸め込んでいるのだろうと察した。そしてナナリーは、自分を救ってくれたシュナイゼルを、何一つ疑うことなく信じきっている。日本に送られてから七年以上に渡って彼女を守り慈しみ育ててきた自分よりも。ナナリーの自分とスザクを敵だと告げた言葉がそれを証明している。
『お兄さまもスザクさんも、ずっと嘘をついていたのですね。本当のことをずっと黙って……。でも私は知りました。お兄さまが、ゼロだったのですね。……私は、……』
ナナリーの言葉に、ルルーシュは冷めた瞳で画面に映るナナリーを見つめた。それは、かつて誰よりもナナリーを溺愛し慈しんでいた兄の瞳ではない。そしてナナリーが次の言葉に詰まったところで言葉を発した。
「私はただ何も告げず黙っていただけだ。嘘をついてはいない。黙っていることと嘘をつくことは別物だ。まあ、スザクに関して言えば、私の状況を知りながら、おまえには偽りを告げていたのだから、嘘をついていたことに間違いはないがな」ルルーシュのその言葉に、スザクが思わず目を逸らした。「で、ナナリー、おまえは何故そこにいる?」
『えっ?』
ナナリーはルルーシュの問いかけに、理由が分からないという表情を浮かべた。といっても、それはナナリーだけではなく、ナナリーの周囲にいるシュナイゼルたち、そしてまたアヴァロンでルルーシュとナナリーの遣り取りを見ている者たちも同様だった。そう、まるで何をいまさら、というように。ナナリーは告げたではないか、敵だと。
「どうしてそこにいるのか、それを聞いている」
『ですから、シュナイゼルお異母兄さまに助けられて……』
ルルーシュの問いの意味をはっきりと理解できぬまでも、ナナリーはすでに一度は告げた事実を告げようとするが、ルルーシュはそれを遮った。
「そのようなことを聞いているのではない。おまえはエリア11の総督だったはず。その立場とそれに伴う責任を考えれば、私の問いの意味は分かると思うのだが。
エリアの総督、すなわちエリアの最高責任者たる身でありながら、死を偽装して身を隠し、己の安全だけを図ってエリア11を、トウキョウ租界を、守るべき臣民を、何よりもフレイヤによる数千万という死傷者、被災者を見捨て、為政者としてやるべきこと、果たすべきことを何一つせずに、そこで一体何をしている!? 私はそれを聞いている」
『わ、私は死を偽装してなんかいません!! シュナイゼルお異母兄さまに暫く休んでいたほうがいいと言われて、それで休んでいただけです。それに、私は自分が死んだことにされていたなど知りませんでした!』
「フレイヤは政庁に向けて、そこを中心として発射された。そしてその後に総督が何時までたっても姿を現さず、何を発することも、何を指示することもしなければ、総督であるおまえを助けたシュナイゼルとその周囲の者以外は、総督は死亡したと、そう判断するのはごく当然のことだ。
そして、おまえに少しでも自分がエリアの為政者、総督であるということの意味、為政者であるという自覚があるなら、たとえシュナイゼルに何を言われようと、総督として果たすべきことを果たしているはずだ。それが何も為されていないということは、要はおまえには総督たる、為政者たる自覚も資格も何もないということだ」
『なっ……!? お兄さまは私を馬鹿にするんですか!?』
「私は為政者たるべき者について、当然のことを言っているだけだ」
二人の遣り取りを耳にしながら、シュナイゼルは自分の思惑から随分と離れてしまっていることに、どうしたものかと頭を巡らしていた。何を考えているのか分からないうっすらとした微笑を浮かべながら、カノン以外の周囲の者には分からぬが、明らかに困惑していた。こんな予定ではなかったのだが、と。
一方、ルルーシュが為政者、総督たる立場、責任についての話をしだした時、コーネリアは思わず俯いてしまっていた。何故なら、イレブンの一斉蜂起たるブラック・リベリオンの最中、コーネリアは総督という立場にありながら、確かに負傷していたということもあったが、それ以上に、エリア11を見捨てて出奔したからだ。それはユーフェミアに掛けられた“虐殺皇女”という汚名を晴らすためではあったが、それは私事であり、公人たる総督という立場に立って考えたなら決して許されることではない。しかし当時のコーネリアにとっては、何よりもそれが重要であり、なんとしても為さねばならぬと考えたことだったのだ。とはいえ、それを告げているのが何よりもユーフェミアに汚名を着せた挙句に殺したルルーシュとはいえ、冷静になって考えれば、如何に自分の行動がまずいことだったか分かる。ゆえに、頭を上げていることができず、ルルーシュの言葉は、ナナリーだけではなく、自分のことをも責めているようにコーネリアには聞こえていた。
「国家元首たる者のすべきことは、支配することではない。奉仕することだ。国に、国民に対して。つまり、国が一番であり、そのために公務を果たす。そこに私事はない。エリアの総督ということは、エリアはあくまでブリタニア本国の植民地であり、国家ではないし、総督もまた、皇帝の代理としてエリアを預かる身であり、王ではない。しかし、エリアが元を正せばブリタニアに敗れるまでは一つの国家だったことを考えれば、総督もまた同様に考えることができる。しかるに、おまえがエリア11の総督となってした事はなんだ? エリアにいるのは被支配民族たるそのエリアの元々の住民、その中から名誉ブリタニア人になった者、そして本国から移住してきたブリタニア人。総督が一番守り奉仕すべき相手は、ブリタニア人だ。ところがおまえは被支配民族であるイレブンのことばかり考え、本来最も考え、大切にしなければならないブリタニア人を蔑ろにしていた。就任早々に宣言した特区の再建などその最たるものだろう。イレブンのためにブリタニア人の納めた血税を使い、ブリタニア人よりもイレブン、というように、イレブンのためにならない政策は認めない。それはお前個人の私人としての考えであり、総督という公人としてのものとは言えない。そのためにエリア11の政庁に勤める官僚たちがどれほど苦労したか理解しているか。していないのだろうな。おまえの我侭のために、彼ら彼女らが考えたことが、為さねばならぬことが、全ておまえに否定され、なおざりにされ続けたのだから。
もっともその点に関して言えば、先帝シャルルも君主としては過ぎるほどに失格者であったがな。何せ、自分の、いや、自分たちの望み、願い、それも人には過ぎた、人の世の理を破壊するという、私に言わせれば悪夢を叶えるという我欲のためだけに、世界の各国と戦端を開き、世界中を乱世に導き、政を俗事と言い放って宰相たるシュナイゼルに丸投げしていたのだから」
ナナリーはルルーシュに何かを言いたい、口を挟みたいと思っているのだが、ルルーシュはナナリーにその余裕を与えない。もっともそれ以前に、ナナリーは言いたいと思ってはいても何を言ったらいいのか思いつきもしていないのだが。
「国家元首、君主というのは、言い方を変えれば国のトップリーダーだ。そしてトップリーダーに求められるリーダーシップは「自分が一番」では決してない。真のトップリーダーに求められるのは、他者に対する深い奉仕の精神だ。真のリーダーシップとは、リーダーが他者を鼓舞し、協力を促して初めて実現する。
しかるに、おまえはエリアで、確かに総督というトップの立場にあったが、私が今告げた精神はあったと言えるか? 言えまい。精神的、責任感という点では、おまえは名前だけの存在で、決して真のトップと言えるような存在、総督ではなかったのだから。
「イレブンのため」、そう言いながら、おまえがやっていたことはおまえがやりたいことだ。イレブンのためという考えそのものは否定しないが、おまえのそれは己の勝手なものだ。真にイレブンが求めていたものではない。イレブンの声など何一つ聞いてはいないだろう。それでどうしてイレブンが求めているものが分かるというのだ。そして彼らのおまえに対する思い、気持ちも。その点はユーフェミアも同じだったがな。ああ、スザクがいいとと言ったから、などというのはイレブンの意見を聞いたことにはならないからな。何故なら、スザクはユーフェミアの時は彼女の騎士であり、おまえの時は先帝シャルルの、皇帝の騎士たるラウンズで、決してイレブンではない。名誉とつくとはいえ、完全にブリタニア側の存在であり、他のイレブンの声など彼自身聞いていなかったのだから。おまえの言う「イレブンのため」は、真に「イレブンのため」のものではなく、「自分がイレブンのためと思ってしてやりたいこと」だ。つまりは「自分が一番」だ。しかもおまえの言動は、ほとんど言葉だけで実効性が伴っていない。おまえもユーフェミアも、特区の設立を宣言はしたが、そのために何をした? 何もしてはいまい。先にも言ったが、実際におまえたちが宣言したことを実現するために動いたのは、政庁に詰める官僚たちで、おまえたちはただ自分たちの描く理想を口にしただけで、そのために被害を受けたのは納税者たるブリタニア人だ。そしておまえは、何をするにもイレブンが優先で、総督がまず一番に考えなければならない納税者たるそのブリタニア人をほとんど考慮に入れていなかった。
その挙句に自国の帝都たるペンドラゴンにフレイヤを投下し、1億にのぼらんとする人間を虐殺した。そのような事をしながら、平然と自分こそが皇帝に相応しいと? どこが相応しいというのだ!? 自分が納めるべきエリアの総督も真面に務められなかった人間が、君主たる皇帝を僭称するなど、よくできるものだ!!」
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