傷だらけの人生 【2】 




 そして全てを思い出し、再びゼロとして()った俺は、エリア11へとやってくる新総督、つまり、ナナリーを奪取すべく黒の騎士団を動かし、俺はナナリーに会いに行った。
 しかしそこで待っていたのは、ナナリーによる、ゼロとしての俺の行動の否定だった。全てはナナリーのために、ナナリーが望んだことを叶えようと始めたことだったのに。なのにナナリーは「もっと優しい方法で変えていけるはず」などと甘いことを告げて、スザクの手を取った。
 ショックだった。いくらナナリーがゼロの正体が実兄である俺だと知らないとはいえ、俺を否定し、俺をシャルルに撃って出世したスザクの手を取ったこと、そして何よりも、ブリタニア皇室の闇を知らなさすぎることに。もちろん、自分が何のためにエリア11の総督の地位に就くことができたのかも分かっていない。弱肉強食が国是のブリタニアにおいて、いくら本人が望んだとはいえ、身体障害を持つナナリーの低すぎる皇位継承権で、エリア総督の地位など得られようはずがなく、そこには何らかの意図があってのことくらい察してしかるべきではないのか。要するに、ナナリーはそのあたりのことを何も考えていない、考えようとしていない、学んでいないのだと思った。俺たち兄妹が隠れて暮らさざるをえなかったことの理由も含めて、何も理解していないのだと。
 ナナリーに否定されたショックから、俺はゼロの仮面を棄てようとした。それを止めたのは、かつて神根島で俺の正体を知るや、俺を見捨てた紅月カレン。俺を裏切った女の言うことかといささか反感も覚えはしたが、彼女の言葉は確かに事実だ。ゼロという存在は、最早ナナリーのためだけのものではなくなっている。だから俺は棄てようとした仮面を再び手にしてゼロに戻った。
 しかしそれでもナナリーと対することはできない。だからナナリーが就任演説で告げた“行政特区日本”の再建を利用して、100万もの日本人と共にエリア11を離れ、中華からの借地である蓬莱島に身を引いた。
 そしてブリタニアの第1皇子オデュッセウスと中華の天子との婚姻を阻止し、その後、さまざまな交渉の末、ブリタニアと敵対することが可能な組織“超合集国連合”を起ち上げ、黒の騎士団はその超合集国連合の外部機関として、俺自身はそのCEOの地位に就いた。これにより、黒の騎士団はもはや日本一国のテロリスト集団ではなく、超合集国連合という国際組織の有する軍事組織となったのだ。
 それらのことを行っている最中、エリア11の政庁を攻略する手段の件もあり、何度もエリア11と蓬莱島を行き来している最中にシャーリーが殺された。苦しいだろう息の中、必死に自分の想いのたけを俺に伝えて、俺の腕の中で息絶えた。何故だ!? 何故シャーリーが死なねばならない!? ギアスに翻弄され、利用され、そして遂にはその命まで奪われたシャーリー。俺はシャーリーを殺した者を許さない。直接的にそれが誰なのかは分からないが、少なくともその大元の原因であるギアスは、ギアス嚮団は許さない。だから俺は嚮団を急襲し、そこにいる者たちを殺した。中にはまだ小さな子供もいた。しかしギアスのことを考えれば、小さい子だから、などと甘いことは言っていられない。ギアスは存在してはならないのだ。
 そして超合集国連合の第壱號決議で決まった日本奪還のための行動が開始された。
 本隊は総司令たる星刻の率いる中華を中心としたキュウシュウ方面軍。そしてトウキョウ租界の政庁を落とすべくCEOとなった俺が直接指揮を執るトウキョウ方面軍。
 その戦いの中、中華でブリタニアの捕虜となっていた黒の騎士団のエースパイロットである紅月カレンが無事に政庁から脱出し、俺はカレンにスザクを殺せと命じた。
 都合のいいことと承知していながら、俺にはナナリーの安全を託せる存在はスザクしか考えられなかった。だから二人でと、互いに単なるルルーシュとスザクとして、と言って枢木神社で会ったのに、スザクは俺を裏切った。俺にとってスザクは最早信用することのできない相手、ただの敵だ。
 しかし以前にスザクにかけた「生きろ」のギアスが徒となった。奴は政庁に向けて爆弾を発射し、黒の騎士団だけではない、ブリタニア軍も、民間人も、多くをその爆弾の閃光の中に巻き込んだ。政庁を中心として。だから政庁にいたナナリーは、もういない。俺が生きる唯一の理由だったナナリーは、もう何処にも存在しないのだ。
 今は俺に仕えるようになってくれたジェレミアによって、俺は黒の騎士団の旗艦である斑鳩に戻り、自分の部屋に閉じこもった。そしてロロに当り散らした。実妹であるナナリーの代わりの偽物の弟。酷い罵倒を浴びせた。
 自室で意気消沈している俺を、カレンが呼びに来た。4番倉庫で扇が待っていると。
 そして向かった4番倉庫で俺を待っていたのは、扇だけではなく、日本人を中心とする団員たちから向けられる銃とKMFだった。そして目の端に捕えたのはシュナイゼルとその副官、そしてコーネリア。
 扇たちから浴びせられる罵倒に、俺は終わったと思った。黒の騎士団は、少なくともトウキョウ方面軍はシュナイゼルによってブリタニアに取り込まれた。後は星刻に託すしかないが、それとて信用することは正直不可能に近いだろう。ナナリーがいなくなってしまった今、もう俺が生きる意味はない。その思いから、わざと偽悪的な言葉を吐き、隣に立っているカレンを去らせた。そして銃が放たれ……。
 気が付けば、俺はロロの操縦する蜃気楼にいた。
 ロロが何度もギアスを使って敵となった黒の騎士団のKMFをまこうとしているのは分かった。しかしロロのギアスは、使用している間、彼の心臓に負担をかける。ほんの数刻前にあれほどに罵った俺を助けるために、ロロは己の命を懸けている。何度も止めろと叫んだのに、ロロはギアスを使い続けた。何故だ、何故そこまでする、俺なんかのために! 自分の命を危険に曝してまで!?
 そして漸く黒の騎士団のKMFを振り切って辿り着いた式根島。だが、その時にはもうロロの命の灯は消えかけて、とても弱くなっていた。
「ロロ……」
「……嘘、だよね、僕を……殺そうと、した、なんて……」
「……よく、分かったな……」
「兄さんは、嘘つき、だから……。兄さんの、言うことなら、なんでも、……よく、分かる……」
「流石は、俺の弟だ」
 苦しい息の下、俺のその言葉に、「俺の弟」との一言に、本当に嬉しそうな笑みを見せて、そのままそれを最後にロロは息絶えた。
 ロロ、そうだ、確かに俺たちに血の繋がりはない。だが、おまえは俺の自慢の弟だ。命懸けで、こんなふがいない兄を救ってくれた。だから後はあの男との決着をつけるだけだ。俺にはもうそれしかないから。それが俺のために死んでいった者たちに対してできるせめてものことだから。
 俺はロロを葬ると神根島に向かい、遺跡の扉から中に入った。
 そこは現世とは異なる世界。Cの世界と呼ばれる異次元。そこにあるのは、シャルルたちが神と呼ぶ人の無意識の集合体。
 そこで俺を待っていたのは、思っていた通りにあの男、俺の父たる神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。
 俺は問い詰めた。何故母を守らなかったのかと。それに向けられたのは答えではなく嘲笑。
 そして不意に現れた母。死んだはずの母が何故!? 気が付けば、いつの間にかスザクや記憶を失っていたはずのC.C.もいる。
 そこでシャルルから告げられたのは、母を殺したのがシャルルの双子の兄であるV.V.、すなわちギアス嚮団の今は亡き嚮主だということ。そしてシャルルたちがやろうとしていること。つまりシャルル言うところの“ラグナレクの接続”という名の“神殺し”。
 嘘のない世界を創る? 人の心を一つにする? 死者とも分かり合える? だから俺たちのことも平気で見捨てることができたのか! クロヴィスの死も、ユーフェミアの死も、何とも思わなかったのか!?
 人の個を無視して、考えを無視して、自分たちの考えだけが正しいというようにラグナレクの接続を行おうとする身勝手な者たち。
 ラグナレクの接続は、シャルルたちがやろうとしていることは、世界を昨日で止めるということだ。そんなことは許さない! 最初はこの世界に奴と共に閉じこもればそれでいいと思っていたが、事はそんな単純な事ではない。ラグナレクの接続は果たさせてはならない。だから──
「神よ、人の集合無意識よ! (とき)を止めないでくれ! それでも俺は明日が欲しい!!」
 渾身の力を込めて、人の集合無意識に俺のギアスをかける。いや、願いを、祈りを捧げる。
 その願いを神が受け入れたのか、アーカーシャの剣と呼ばれる神を殺すための道具がボロボロと崩れ始める。
「そんな、アーカーシャの剣が……」
「儂と兄さんの夢が、崩れていく……」
 それだけではない。シャルルとマリアンヌの躰が少しずつ消えてゆく。Cの世界に飲み込まれていこうとしている。
「この愚か者が── っ!!」
 最期の足掻きとでもいうようにシャルルの腕が伸びてルルーシュの首にかかったが、時すでに遅く、シャルルとマリアンヌの躰は完全にCの世界に飲み込まれ、消え去った。
 その後、暫くの潜伏期間を置いた後、ルルーシュはスザクと共にブリタニア宮殿に乗り込み、自分がシャルルを弑したこと、弱肉強食の国是に従って自分が次の皇帝となることを宣言した。だがそんなルルーシュに刃向かってこようとする者ももちろんおり、ルルーシュはその広間にいる者たち全員にギアスをかけた。
 広間に「オール・ハイル・ルルーシュ」の声が木霊する。
 その後、皇帝となったルルーシュはナンバーズ制度の廃止から始まって、先帝シャルルの悪弊を悉く打ち払っていった。皇族特権の廃止に続いて、皇族たちそのものを宮殿から追い出した。貴族特権も廃し、税の不公平もなくした。財閥を解体し、エリアも次々と解放していった。刃向かう地方貴族たちについては、スザクと、ルルーシュの下に駆け付けてきたジェレミアが討伐していった。
 そして超合集国連合への参加表明。それを受けて日本にあるアッシュフォード学園で臨時最高評議会が開かれることとなり、ルルーシュは連合評議会の指示に従って一人で赴いた。
 そこで待っていたのは、評議会議長である皇神楽耶からの“悪逆皇帝”という言葉とルルーシュを閉じ込める檻。そして黒の騎士団の、連合の外部機関に過ぎないという立場を忘れた介入、内政干渉にあたる数々の暴言。しかしそれはランスロットを操るスザクによって解決した。ルルーシュは救い出され、評議会の議員たち、すなわち各国の代表たちは捕らわれた。
 しかし会議場からアヴァロンに戻る途中、帝都ペンドラゴンにトウキョウ租界でスザクが使用した大量破壊兵器フレイヤが落とされたことを知らされた。それもトウキョウの時の比ではなく、帝都ペンドラゴンは完全に消滅したと。送られてきた映像は、ただの巨大なクレーターだった。そこに帝都が、世界一の大都市があったとは到底信じられないほどの。
 アヴァロンに戻るとロイヤルプライベート通信が入ってきた。繋げてみれば、思った通り第2次トウキョウ決戦以来、フレイヤを保持したまま行方を絶っていたシュナイゼルだった。しかもシュナイゼルは自分たちの皇帝としてナナリーを押し出してきたのだ。
「お兄さま、スザクさん、私はお二人の敵です」
 ナナリーが生存していたことはルルーシュにとって嬉しいことではあった。それは確かだ。しかしその後のナナリーとの遣り取りは、ルルーシュに絶望しか与えなかった。
 やがてルルーシュはシュナイゼルとのフジ決戦を迎えた。そこには黒の騎士団の姿もあった。
 フレイヤを保持しているシュナイゼルに組することが何を意味するか、誰も理解していないのかと、呆れると同時に絶望した。だが、だからこその計画、とルルーシュは心を平成に持ち直した。
 対フレイヤの要たるアンチ・フレイヤ・エリミネーターはまだ完成していない。だがもう少しだ。だから、とにかくそれまでの時間をなんとか稼げればいい。
 ルルーシュはシュナイゼルたちのいる天空要塞ダモクレスから発射されるフレイヤに、ギアスをかけた特務部隊の兵士たちを、周囲にはそうとは悟られぬまま、断腸の思いで向かわせた。
 やがてロイドがルルーシュのいる艦橋にやってきて、システムの完成を知ったルルーシュは蜃気楼に乗りこむべく立ち上がった。途中までニーナが一緒だった。
「計算上は間違いないはず。でも問題は……」
「時間、だな」
「ええ……」
「ニーナ、君には感謝している。ユーフェミアを殺したゼロだった俺のために、よくここまでやってくれた。後は俺たちで何とかする。いや、きっとできる。だから君は、信じて待っていてくれ」
「ルルーシュ……」
 そこでルルーシュは蜃気楼のある格納庫へと向かい、ニーナと別れた。
 ニーナは思う。ユーフェミア様を殺したゼロであるルルーシュは許せない。今でも憎い。けれどそのためにユーフェミア様の名を借りて、とんでもない兵器を作りだし、大勢の人々を死に追いやってしまった自分自身もまた許せない。だから今はフレイヤを排除するというルルーシュに懸ける。彼と、そして彼と一緒に行動するスザクの無事を、作戦の成功を祈る。ニーナにとっての女神たるユーフェミアに。
 蜃気楼の出撃に、シュナイゼルはほくそ笑んだ。
「ナナリー、これが最後だ」
「はい、お兄さまの罪は私が……」
 ナナリーはシュナイゼルの思惑も嘘も何も知らず、気付かず、ルルーシュたちに向けてフレイヤの発射ボタンを押した。
 それを察知したルルーシュは、刻々と変わっていく環境設定を計算して打ち込んでいく。その最中、カレンの操る紅蓮が攻撃をかけてきたが、それはC.C.の乗るランスロット・フロンティアが止めた。
「ここは私に任せて行け、ルルーシュ!」
「スザクッ!!」
 ルルーシュの呼びかけに、スザクは蜃気楼からアンチ・フレイヤ・エリミネーターを受け取り、フレイヤ目がけて打ち込んだ。するとあっという間にフレイヤはその姿を消滅させた。
「成功、したの? 19秒とコンマ04を……」
 それを見届けたニーナは、涙を流した。これで自分の罪が償えたとは思えない。思わない。それでも無事にフレイヤを無効化させることができたことが嬉しく、それを成し遂げたルルーシュとスザクに感謝した。
 その後、蜃気楼の絶対守護領域の性能も使ってブリタニア正規軍はダモクレスの中に突入していった。
 フレイヤに時限装置をセットし、飛行艇でダモクレスから脱出しようとしていたシュナイゼルとその副官のカノンは、それを読んでいたルルーシュの罠にかかり捕えられ、シュナイゼルには「ゼロに仕えよ」というルルーシュのギアスがかけられた。
 シュナイゼルに命じてフレイヤに仕掛けられた時限装置を外させると、ルルーシュはナナリーがいるという空中庭園に向かった。
「これは、お兄さまには渡せません」
 庭園でルルーシュを待っていたナナリーは、決意を込めてそうルルーシュに告げた。その瞳を開いて。
 しかしルルーシュはナナリーにギアスをかけるとフレイヤの発射スイッチを奪い取った。
 それに気付いたナナリーは、「鬼、悪魔、人でなし!」とルルーシュを罵ったが、ルルーシュはそれらのナナリーから発せられる言葉に振り向くこともせずに庭園から立ち去った。
 そしてルルーシュは世界に対して、自分がダモクレスを制し、フレイヤを手中にしたことを告げた。しかし実際には廃棄すべくダモクレスの軌道を変えて太陽に向けたのだが、人々がそれを知ることはない。
 やがてルルーシュが即位してからの、“賢帝”、“解放王”の言葉とは裏腹の言葉が人々の間で交わされるようになる。それは臨時最高評議会で神楽耶が口にした“悪逆皇帝”というものだった。
 ルルーシュがそう呼ばれるようになったのは、何よりもダモクレスを制圧した際のルルーシュ自身による言葉と、データの改竄によるもので、真実を知るのはほんの一握りの者のみだ。
 全てはルルーシュの計算のうちで動いている。ただ人々が知らないだけ、気付かないだけだ。
 そしてその時がやってくる。





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