傷だらけの人生 【3】 




 皇帝直轄領となったトウキョウ租界のメインストリートをパレードが進む。
 ルルーシュに逆らった、敗者たるシュナイゼルたち、超合集国連合の代表たち、黒の騎士団の団員たち。彼らは磔にされ、処刑の時を待つのみとなっている。ルルーシュの妹のナナリーは、玉座の遥か下に鎖で繋がれている。
「オール・ハイル・ルルーシュ」
 表立っては大声でそう叫ばれているが、影ではひそひそと悪逆皇帝たるルルーシュに対する陰口がたたかれている。
 ふいにパレードが止まった。人々の視線が前方に注がれる。そこには一つの影があった。それは黒の騎士団から死亡が公表されたゼロだった。ゼロは攻撃を交わしつつルルーシュに迫る。
 ── これで終わりだ。全ては予定通り。俺はやっと解放される……。
 シャーリー、ロロ、おまえたちは怒るかな。でも、もうすぐ逝くよ、おまえたちの処へ……。
 ルルーシュは己の躰に突き付けられる剣を微笑みながら受け止めた。





 C.C.はトウキョウ租界郊外の小さな無人の教会に、一人でいた。そして信じてもいないのに、人々が“主”と呼ぶ神に祈りを捧げている。彼女の愛するただ一人の魔王の最期を思って。
 前夜、C.C.の魔王たるルルーシュは彼女に告げた。「約束を、契約を守れなくて済まない」と。
 C.C.は知っている。ルルーシュの不幸の発端には紛れもなく自分の存在が関係していることを。だがそれがここまでのものになるなどとは思ってもいなかった。
 母を殺され、妹を身体障害者にされ、それだけでも傷付いているだろうに、シャルルから投げられた、ルルーシュの存在を、その生を否定する言葉。そしてナナリーと二人だけで送り込まれた当時の日本で受けた数々の仕打ち。それはもっぱらルルーシュだけで、ナナリーの知るところではない。ルルーシュはナナリーには何も告げていなかったから。母を殺されて以降、妹のナナリーを守るのは自分だけ、自分一人しかいないのだとそう思い、ルルーシュは決してナナリーには心配させたり不安にさせたりすることのないように振る舞っていた。自分がどれだけ傷付いても。
 それは、戦後、アッシュフォードに庇護されてからもだ。
 何時ブリタニア本国に自分たちの生存が知られるか、その不安に常に苛まれていた。見つかれば、そして連れ戻されれば、待っているのはまた何処かへ人質として出される可能性が大きいと思っていた。そしてその時、日本へは二人共にだったが、次はどうなるか分からないということも拍車をかけた。それだけではない。見つかった時、それを知った相手によっては暗殺者を送り込まれる可能性もあったのだ。第一アッシュフォードですら、当主のルーベンとその孫娘たるミレイ以外は信用ならない存在だった。二人以外の一族の者たちからは、自分たちはアッシュフォードが復権するための道具と見られていた。そう思われていたのはよく分かっていた。だからあくまで一般人として振る舞いながらも、ルルーシュは常に緊張し続けていた。気を緩めることはできずにいた。ナナリーは兄のルルーシュがいるからと、それだけで安心していたようだが、それは全てルルーシュが気を張り詰めていたからこそなのだ。
 それでもルルーシュがC.C.と契約を交わすまではまだ平穏だったと言えるだろう。
 C.C.と契約を交わし、ギアスという力を得たことで、かねてからブリタニアに対しての反逆心を棄てられなかったルルーシュは計画を早めた。それは大切に思っていた初めての友人たるスザクを救うためでもあったのだが。
 しかし運命は皮肉だ。
 そのスザクこそが、ゼロとなったルルーシュと、彼の率いる黒の騎士団にとって最大の敵となっていたのだから。しかも当初はそれを知らず、ルルーシュは、いや、これはナナリーもだが、スザクの技術部所属で前線には出ないという嘘を信じていたのだ。その嘘は、スザクにしてみれば二人に心配をかけたくないからだったのだろうが。
 しかもスザクは皇族の、第3皇女ユーフェミアの選任騎士となった。そして騎士となった後も、ユーフェミア様がいいと言ってくださっているからと、学園に通い続けた。ルルーシュが最初に自分たちの立場を説明していたにもかかわらず。つまるところ、スザクは皇族の選任騎士というものの重みを何ら理解していなかったのだ。そのためにルルーシュの緊張感は増すばかりだったというのに。
 そこへもってきてユーフェミアの宣言。
 己の計画を台無しにする宣言を、こともあろうにアッシュフォード学園でしてくれた。その時にルルーシュがユーフェミアに対して抱いた憎しみはどれほどのものか。そしてどんどんブリタニアに自分の物が奪われていくことにどれほど傷付いたことか。
 最初にクロヴィスを殺した時、シンジュクゲットー掃討作戦などを行う異母兄(あに)に対する怒りもあっただろうが、本国にいた頃にはそれなりに親しくしていたクロヴィスを手にかけたことに対して、何も思わなかったとは到底思えない。ましてやユーフェミアは、ギアスの暴走とはいえ、己の不手際が招いた結果のことだ。それ以外に彼女を止める方法がなかったとはいえ、どんなに自分を責めたことだろう。
 なのにスザクは何も知らず、V.V.によって知らされた都合のいい一部の事実だけでルルーシュを追いつめ、己の出世と引き換えにシャルルに売った。自分がどれほどルルーシュに思われていたか、気遣われていたか、気付きもせず、知ろうともせずに。ルルーシュを裏切り続けた男が!
 シャルルに改竄されていた記憶から、本来の記憶を取り戻したルルーシュにとって、それまでのおよそ一年余りの月日は屈辱以外の何物でもなかっただろう。24時間の監視体制、偽りの弟、そしてC.C.というただ一人の存在をおびき出すための餌とされていたのだから。
 そして総督としてエリア11にやってくるというナナリーの元へと赴いた際、ナナリーはゼロであるルルーシュを否定した。「世界はもっと優しい方法で変えていける」などとほざいたとか。あのブリタニアにいてどうしてそんなことができるのか、言えるのか、教えてもらいたいものだ。そしてエリア11に、アッシュフォード学園にいた時、誰によって守れられ無事に、しかも何一つ不自由なく過ごすことができていたのかも理解していない。当たり前のことと、当然の如く受け入れるだけで、兄たるルルーシュが何をしていたかを、そして人知れぬ気苦労を重ねていたことを、一番傍にいながら何も理解していなかった、考えようともしなかった愚かな妹。
 それでもルルーシュにとって一番の存在は実妹であるナナリーであることに変わりはなかったというのに、ナナリーはその思いを裏切り続けた。
 スザクは、一度、ルルーシュを彼が憎んでやまないシャルルに売るということをしておきながら、それでも足りずに、自分のしていることを棚に上げてルルーシュだけを何時までも責め続ける。
 黒の騎士団の連中は、ゼロのことを何一つ理解しようとしなかった。桐原翁に信じてついていけと言われていたにもかかわらず。そして彼が日本人ではないとその時に知らされていながら。
 確かにルルーシュは言葉は少なかったかもしれない。それでも本当に必要なことは伝えていたし、口にせずとも行動で示していたはずだ。それを誰も認めようとしない。信じない。ゼロにもゼロの事情、仮面を外した時の生活があるというのに、それを一向に考えようとしない。まるでゼロに人権は無いとでも言うように。
 だから自分たちの立場をきちんと考えることもなく、それまで戦っていた敵の齎した情報を簡単に鵜呑みにし、殺そうとする。しかもすでに日本独自の組織ではなく、超合衆国連合の外部組織になっているというのに、その自覚もなく、日本だけ戻ればそれでいいという身勝手な考えで。
 あのフレイヤと呼ばれる兵器によって妹であるナナリーを失ったと、死なせてしまったと絶望に打ちひしがれているルルーシュを更に追いつめる。それを救ったのが偽りの弟だったというのは何という皮肉だろうか。
 真実の妹に否定され、たった一年程しか共にいなかった偽りの弟に救われる。たった一年しかいなかったロロの方が、生まれた時からずっと共にあったナナリーよりもずっとルルーシュを理解していた。これは目が見える見えないではない。理解力の差、だろうか。それともロロにとってはルルーシュが初めて得た家族という存在で、それだけ大切で、大きな存在だったということか。
 すでにシャーリーという、己を理解してくれる、生まれ変わってもルルーシュを好きになるとまで言った、憎からず思っていただろう大切な友人を失い、更に己のためにロロまで死なせてしまった。このことがルルーシュの心をどれだけ傷つけたか。
 そしてまたその直後の神根島を通してのCの世界での出来事。結果として両親を消し去り、それを見ていたスザクには相変わらず「ユフィの仇」と言われ続けて。
 誰も彼も皆、ルルーシュの心を思いやってくれない。そうしてくれた人々は皆、ルルーシュを遺し、結果として彼を傷つけて逝ってしまった。
 だからシャルルの件の後、スザクと立てた計画で、ルルーシュは最後に己の死を選んだのだ。ユーフェミアとナナリーの望んだ“優しい世界”のために。
 ゼロの妻を名乗っていた女── 神楽耶── はゼロの言葉を聞こうともせず── もっともその時にはすでにゼロはおらず、聞ける状態ではなかったが── ゼロを裏切った連中にいいように言いくるめられていただけ。それで「妻だ」などとよく言えていたものだ。そのために、ある意味、ルルーシュたちの計画通りに進んだといっていいのだろうか、超合衆国の臨時最高評議会では醜態を晒してくれた。黒の騎士団の者たちと共に。
 しかし運命は更に残酷だ。
 生きていたナナリー。だがナナリーはシュナイゼルによって踊らされるまま、億にのぼらんとする人々のいるペンドラゴンにフレイヤを投下した。
 10歳たらずの頃からずっと、必死になって自分を守り育ててくれた実兄を信じず、たった一年程── それもシュナイゼルのことだ、片手間にだろう── 面倒を見てくれただけの異母兄(あに)の手を取る。愚かもこれに極まれりといったところか。
 これまでの20年にも満たない人生、ルルーシュがどれほど傷ついてきたか理解しようともせずに、ただ責める。
 それを知っているから、理解しているから、C.C.はルルーシュを止めることができずにいる。
 あの命を失いたくはない。ルルーシュの命の代わりに齎される世界など欲しいとは思わない。そんな世界が真面なものになるとは到底思えないし、たとえなったとしてもほんの短い時間で崩れるのではないかとしか思えてならない。C.C.が欲しいのはルルーシュだけ、傍にいて欲しいのはルルーシュだけなのだ。永く生きてきた中で、唯一人、そう思わせた男が、C.C.にとってルルーシュだけだった。
 やがて時間になった。そう時をおかずして、ジェレミアがルルーシュの遺体をここに運んで来るだろう、それはとても大事そうにして。そうC.C.とジェレミアは約束した。
 ゼロによって殺された悪逆皇帝の遺体となれば、民衆の手によってどのような目にあうことになるか分からない。
 ルルーシュはそれも承知した上で、構わないさ、と覚悟していると笑っていたが、C.C.にはそれは許せなかった。そしてそれはジェレミアも、今はまだ牢の中にいるだろう咲世子も同じ。ジェレミアと咲世子にとって、ルルーシュは生涯の忠誠を誓った何よりも、誰よりも大切な存在だ。その存在を蔑にされたり嬲られたりするのを黙って許せるような心は持っていない。たとえ本人のルルーシュが構わないと言っていても。
 待っていると、扉が開いてジェレミアが入ってきた。本当に、C.C.が思っていたようにルルーシュの遺体を白い布で包んで大切そうに抱え込んで。
 二人は頷き合うと、ジェレミアはC.C.の元まで足を進め、祭壇の上にそっと布に包まれたままのルルーシュの遺体を置いて、ゆっくりと丁寧にその布を外していった。
 現れたルルーシュの遺体。その死に顔は綺麗だった。剣に刺し貫かれてどんなにか苦しかっただろうに、とても美しく、優しく微笑んでいた。
「これで満足か、ルルーシュ?」
 C.C.が優しげにルルーシュの頬を撫でる。
「もういい、おまえは十分によくやったよ。やり過ぎるくらいに。これからは全てから解放されて、ゆっくり安らかに眠れ。おまえの眠りは私たちが守るから。誰にも傷つけさせたりしない。おまえを謗る声は多いだろうが、それがおまえの耳に届くこともないだろう。もう誰にもおまえの眠りの邪魔をさせたりはしないから」
 これまで聞いたことがないC.C.の優し気なその声に、ジェレミアは彼女がどれほどにルルーシュを想っているかを改めて思い知ったような気がした。
 C.C.はゆっくりとルルーシュの唇に己の唇を重ねた。
「永遠に、この命ある限り、おまえを愛しているよ、ルルーシュ。私だけの魔王」
 そう言いながらも、心のどこかで、あの時、シャルルのコードがルルーシュに移動していることを望んでいる自分がいることをC.C.は自覚していた。そうなったら、ルルーシュは死ぬことの叶わぬ永遠を生きることになり、ルルーシュにまた別の苦しみを与えることになってしまうが、それでもルルーシュと共に生きることが叶うなら、と望んでしまうのを止めることはできないのだ。



 その頃、表ではルルーシュの遺体が消えたことで騒ぎになっていた。ジェレミアの姿も無くなっていたことから、彼が持ち去ったものとそこまでは判断されていたが、その足取りは追えずにいる。
 C.C.とジェレミアは外の喧騒を知らぬ気に、ルルーシュの遺体を見守りながら、もうじきやってくるだろう咲世子をただ静かに待っていた。

── The End




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