記憶の底 【3】




 紅月直人をリーダーとするレジスタンスグループは、エリア11を代表するレジスタンス組織である日本解放戦線とは比べるべくもない程に小さな存在ではあったが、直人の情報収集能力と行動力、その結果である実績とで、シンジュクゲットーではそれなりに名を知られていた。
 しかし実を言えば、それは直人の力だけではなかった。グループの中だけでしか知られていなかったが、直人の血の繋がらない弟である海斗の存在も大きかった。本来なら海斗は高校に通うくらいの年齢で、直人はグループの活動に引き入れたくなどなかったが、海斗の、自分も何かしたい、直人の役に立ちたい、との言葉に、海斗を受け入れたのだ。海斗は体力的にはこれといったことはできなかったが、その頭脳は素晴らしく、碌な教育を受けてもいないのに、海斗の立てる作戦は見事というほかなかった。
 直人が情報を収集し、海斗がそれにそって作戦を立て、その上で直人が中心となって作戦を実行する。それは小さなものではあったが、確実に実を結んでいた。海斗はグループの参謀のようなもので、もはや海斗の存在は、グループにとって欠かせないものとなっていた。
 それを面白く思っていないのがカレンだった。
 カレン曰く、
「私だってお兄ちゃんと一緒に戦いたい! 私、今はブリタニア人として生活してるけど、心は日本人よ! 日本をブリタニアから取り戻したいし、そのためにお兄ちゃんと一緒に戦いたいの!」
 しかしそのカレンの言葉に直人は頷かなかった。
「どうして!? どうして海斗はよくて私はダメなの?」
「おまえはまだ子供だ。それにおまえには争い事と関係なく生きてほしい。海斗にしたって、作戦を考えたりしてもらってはいるが、作戦そのものには参加させていない」
「でも私は日本のために戦いたいのよ! 日本を取り戻して、またお兄ちゃんと一緒に暮らせる日々を取り戻したいの!」
「駄目だ、カレン。おまえはシュタットフェルト家の令嬢として、不自由のない生活を送ってくれ。おまえが日本人に戻って俺と一緒に暮らすのは、俺たちがブリタニアからこの日本を取り戻してからでも遅くないだろう?」
 二人の会話は何時もどこまでいっても平行線で、海斗は傍らで黙って聞いているしかできない。海斗は直人の妹を思う気持ちも、カレンの気持ちも理解していたから、どちらか一方の肩を持つということはできなかった。
 そんなある日、直人が一つの情報を持ち帰った。
「ブリタニアが毒ガスを開発して、それを近々運ぶらしい」
「毒ガス?」
 直人の言葉を聞いた海斗は首を捻った。
「……それ、毒ガスじゃないと思う」
 少し考えた後、海斗は静かに答えた。
「どうしてそう思うんだ?」
「総督のクロヴィスは、確かにナンバーズであるイレブン、日本人に対して厳しい政策をとってるけど、でも根本的に毒ガスのようなものを開発させるような人物じゃない。基本的に絵画とか、芸術に興味のある社交的な人だ。だからそれは本当は毒ガスなんかじゃなくて、危険だから人を近付けさせないために毒ガスと偽って、それほどに大切な物を運ぶんだと思う」
「……海斗の言うことにも一理あるかもしれないな」
 暫し考え込んだ後、直人はそう告げた。
「しかし、それほどに大切な物とは一体何なんだ? それに海斗、随分とクロヴィスの性格を把握しているようだが、おまえ、何か知っているのか?」
「え?」
 自分がクロヴィスの性格を把握している、と言われて、海斗は思わず目を丸くした。
 先程のクロヴィスに関する言葉は自然と口を出たもので、実際にクロヴィスの性格を知っているかと言われれば、否、だ。そのはずだ。
 もしかしたら自分の失われたままの過去と何か関係があるのかもしれない。けれどクロヴィスを知るほどの立場とは一体どういうものだったのか。あるいは自分は日本人とブリタニア人の混血ではなくブリタニア人で、クロヴィスを個人的に知ることのできる立場にあったことがあるのだろうか。そこまで考えて、海斗は軽い恐慌を来した。
「ぼ、僕は……」
 それに気付いた直人は、即座に海斗にフォローを入れた。
「まあ、今までのクロヴィスのやり方を見ていれば、海斗が言ったような結論も出るかもしれないな。何せやたらと美術館やらテーマパークなんかを作らせているような奴だから」
「直人……」
 不安げに直人を見上げる海斗の頭を、子供にするように直人はくしゃりと撫でまわした。
「気にするな、海斗。おまえの記憶は残念ながら一向に戻る気配がない。ならば己の気持ちに正直に生きればいい。そう悩むな」
「……うん」
 クロヴィスの一件をきっかけに、海斗は失った過去の記憶に改めて不安を覚えた、自分は一体何者なのかと。けれど直人の、自分の気持ちに正直に、との言葉に、今はただ、己の気持ちのままに、信ずるままに行動すればいいとも考える海斗だった。



 ブリタニアから、ブリタニアが毒ガスと発表しているそれを強奪する計画を立て、それを実行に移す数日前、直人は何の連絡もなくアパートに戻ってこなかった。





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