直人が戻らない。そのことに海斗とカレンは焦った。
紅月直人率いる紅月グループは、規模こそ小さいものの、それなりの実績を上げているテログループとしてブリタニア軍からマークされている。もしかしたら直人はブリタニア軍に捕まったか殺されたかしてしまったのではないか、との思いが日々強くなる。
そしてそんな思いの中、計画していた毒ガスと言われているポッドの強奪計画の日も目前となってきた。
カレンは直人の手前、直人のいる時は大人しくしていたが、直人のいない時を見計らってはグループの本拠地に顔を出して、グループが手に入れたKMFに騎乗し、操縦を覚えていっていた。当初は直人同様それに反対していた海斗だったが、自分があくまで前線には出ず後方で参謀としてとはいえ参加していることを思えば、強く反対はできず、仲間である扇たちを説得し、カレンに協力していた。
そして計画日を直前にして、海斗とカレンは相談した。直人が戻らなくても計画は実行しようと。直人が戻ってきた時のために。
扇たちを説得し、当初の計画通り、いや、計画と多少異なりカレンが加わることとなったが、ポッドの強奪計画を実行に移すこととした。
途中で二手に別れ、片方を囮として、残り片方がポッドを奪う。
それは呆気ないほどに計画通りに進んだ。
海斗たちはポッドをグループの本拠地ではなく、万一のために用意しておいたもう一ヵ所の隠れ家に運び込んだ。
ポッドをグループのメンバーが取り囲む。
「なあ海斗、これ、本当に毒ガスじゃないのか?」
代表して扇が海斗に尋ねた。
「100%とは言えないけど、クロヴィスの性格を考えればその確率はかなり低い、ほとんどないと言っていいくらいに」
言いながら、海斗はポッドに手を触れた。
途端、海斗の頭に女の声が響いた。『見つけた』と。
海斗は慌ててポッドから手を離した。その様子に、カレンをはじめ他の者たちが怪訝そうに海斗を見つめる。
「どうしたの、海斗?」
「……」
答えぬ海斗の顔は、何故か蒼褪めていた。しかし海斗は決意したようにもう一度ポッドに手を触れた。すると、手を触れただけで開けるようなことはしなかったにもかかわらず、ポッドは突然光を放って開いた。
光の中、現れたのはブリタニアの拘束服に身を包まれた一人のライトグリーンの髪を持つ少女だった。
海斗をはじめ、皆が呆気にとられたようにその少女を見やる。
直ぐに我を取り戻した海斗は、少女に近寄り、口を覆っている拘束具と、拘束服の腕を外してやる。それを見ていたカレンや扇たちも海斗と少女に近寄った。
「これが、彼女が本当にブリタニアの言っていた毒ガスの正体なのか?」
扇が疑問を口にする。当然だろう。どこをどう見てもただの少女だ。それが毒ガスと偽るほどにブリタニアにとって大事な存在なのだろうか。
拘束具を解いてやると、少女は静かに瞳を開いた。その瞳の色は、人間には有り得ない琥珀色をしていた。
「……君は……」
少女を抱き締めたまま、海斗は少女に問う言葉を探しあぐねていた。
「やっと見つけた、ルルーシュ」
少女は海斗を見つめながらそう告げた。
「ルルーシュ?」
不思議そうに自分を見つめ返してくる海斗に、少女は怪訝な表情を返した。
「覚えていないのか、自分の事を?」
少女の問いかけに、海斗は頷くことで答えた。
「お前の名はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、神聖ブリタニア帝国の捨てられた元第11皇子」
少女の言葉にその場にいた者全員が凍りつく。
「……僕が、ブリタニアの、元皇子……?」
「そんなの嘘よ!」
海斗の隣に立っていたカレンが叫んだ。
「海斗は紅月海斗よ、血は繋がらないけどお兄ちゃんの弟で、私と同じ日本人とブリタニア人の混血よ!」
少女の言葉を否定するようにカレンが叫び続ける。
「おまえが何を言おうと事実だ。私が間違えようはずがない。私は7年前、ルルーシュが行方不明になった時からブリタニア軍に捕まるまで、ずっとルルーシュを探していた。しかしルルーシュが記憶を失っていたのなら見つからなかったのも道理。だがやっと見つけた、間違いなくおまえが私の探していたルルーシュだ」
海斗の腕の中で身を起こした少女は、海斗に顔を近づけるとその唇に軽く口づけた。
「なっ!? あんた、海斗に何をっ!!」
その様にカレンが少女に向かって叫ぶ。
「あっ!」
口づけられた瞬間、海斗の中に様々な情景が浮かんだ。
自分の父と母、その母が殺された場面、たった一人の誰よりも愛しい妹、その妹と二人、人質として送り込まれたかつての日本とそこで出会った初めての友人。戦争の終わる直前、かつてヴィ家の後見であったアッシュフォードに救われながらも、戦争時の混乱の中、自分一人がはぐれてしまったことも。
「……ナナリー、は……?」
「ナナリーならアッシュフォードに庇護されて無事だ。とはいえ、それほどいい扱いを受けているわけではないが、それでも身体障害を抱えていることを考えれば人並み以上の扱いをされている」
「僕を探していた君は、誰?」
「私はC.C.。永遠を生きる魔女」
「魔女?」
「そう、私の願いを一つ叶えてくれることと引き換えに、おまえに力をやろう、おまえの望みを果たすための」
そう言って、少女── C.C.── は海斗、否、ルルーシュの手を取った。
脳裏に浮かぶ一つの紋章。そして次々とルルーシュの中に映像が浮かんでは消えていく。
二人の遣り取りを呆気にとられながら見ていた者たちのうち、代表して扇がこわごわと海斗に尋ねた。
「海斗、君がブリタニアの皇子だというのは本当なのか?」
否定してほしいと思いながらの扇の問いかけだった。しかしその期待は裏切られた。海斗は大きく頷いたのだ。
「思い出した。僕の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の元第11皇子にして第17位皇位継承権を持っていた者。でもそれは全て過去の話だ。今の僕は紅月海斗、それ以外の何者でもない」
海斗のその最後の言葉に、その場にいた者たちの中から安堵の溜息が零れるのが聞こえた。
「僕はブリタニアを憎んでいる。僕と妹のナナリーを日本に人質として送り込み、僕たちがいるのを承知で日本と開戦したブリタニア。僕は憎む、ブリタニアを、父であった皇帝シャルルを。
僕は望む、僕を救ってくれた直人が望んだ日本の解放を。そしてできるならば、現在のブリタニアの崩壊を」
「じゃあ、じゃあ、海斗はこれからも私たちの海斗なのね?」
勢い込んでカレンが叫ぶように海斗に問いかける。
「ああ、そうだ。僕は紅月海斗だ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは七年前に死んだ。ナナリーが無事であるなら、僕は直人の望みを叶えるために紅月海斗として生きていく」
思い出したことで気付いたこともまたある。ルルーシュとしての自分もブリタニアを憎んでいたこと。ナナリーさえ無事であるなら、自分はこれまでと同様にカレンたちと生きていきたいと。たとえそこに待っているのが修羅の道であろうとも。
「君のその気持ちに変わりがないのなら、俺たちは改めて君を歓迎しよう、海斗」
「本当、扇さん? 海斗に対する態度は変わらない?」
確かめるようにカレンが扇に尋ねる。
「ああ。皆もそうだろう?」
扇は頷き、周囲の者たちに確認するように問いかける。それに対して、周囲の者たちはその通りだと頷きながら答えを返した。その有り様に、海斗はもちろん、カレンも安堵の溜息を零した。
「直人が行方不明の今、俺たちを率いていってくれるのは海斗しかいない。本当なら大人の俺たちがやらなきゃならない事だけど、それが実情だ。これからもよろしく頼む」
そう言って差し伸べられる扇の手を、海斗は力強く握り返した。
それにカレンが「良かったね」と言いながら涙ぐんだ。
こうして新たな紅月グループの活動が始まった。それが果たして日本とブリタニアのどちらに吉と出るか凶と出るか、それは今はまだ誰にも分からない。
── The End
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