続・帰 国 【2】




 学校帰りに宰相府に立ち寄るのが日課になって二年余り、ルルーシュはその日もいつものように宰相府のシュナイゼルの元を訪れた。
「ああ、来たね」
 待っていたよと言わんばかりに、シュナイゼルがルルーシュを出迎えた。
「何かありましたか?」
 シュナイゼルは常になく、執務机の脇の応接セットのソファをルルーシュに勧めた。
「エリア11がちょっと困った状態になっていてね」
 ルルーシュが腰を降ろしたのを確認すると同時に、シュナイゼルは向かい側に座って口を開いた。
「……“行政特区日本”、ですか?」
「察しが早くて助かるよ」
 困った事になったと言いながら、シュナイゼルの顔は笑っている。
「はっきり言うと、失敗しかけていて崩壊寸前だ」
「そんなこと、やる前から分かっていた事でしょう」
「ああ、分かっていたよ、私には。だがユフィが暴走してしまったんだ」
「その原因はあなたでしょう、異母兄上(あにうえ)
 宰相府では、ルルーシュは常にシュナイゼルのことを“閣下”と呼んでいたが、敢えて“異母兄上”と呼んだ。その皮肉はシュナイゼルには通じなかったようだが。
「私は“ユフィ”に「いい案だ」と言っただけで、副総督のユーフェミア第3皇女には何も言っていないよ。公私の区別もつかないなんて、まさかそんな子だとは思ってもみなかったんだよ」
「そのくらい、お見通しだったんじゃないですか、あなたなら」
 そのくらい二年以上も傍にいれば分かります、と言いたげにルルーシュは告げた。そしてその先の展開も見えるような気がして、話を聞く前から疲れていた。
「それでだね、君に私の代理としてエリア11に赴いて、なんとか事の解決を図ってきて欲しいんだ」
 やっぱり、とルルーシュは言葉には出さなかったが胸の内で思った。
「で、どうするんですか? 閣下」
「方法は君に任せる。とにかく事態を収拾してきてほしい」
 つまりこれで試されるわけだ、本当に使えるかどうか── ルルーシュはそう理解した。
「君の肩書きは宰相補佐、ということにしておこう。きちんとした役職だから、これでゴットバルト卿を正式に選任騎士にしてあげられるよ」
 何気にシュナイゼルはルルーシュの痛いところをついてくる。
 本国に戻ってからこちら、ルルーシュは何もしてやれないのに自分に仕えてくれているジェレミアに申し訳なく思っているのだ。
「ああ、それと、これは特に君が伝える必要はないが、総督のコーネリアの更迭が決まっている」
異母姉上(あねうえ)の更迭?」
「事はエリア11のことだからね、そうなると、総督であるコーネリアの監督責任ということになる。いずれ枢密院から正式な沙汰が出るだろうから、君が伝える必要はないが、心に留めておいてくれ」
「……分かりました」
「そういう次第だから、学校は暫く休みということで、明日にでも早速エリア11へ向かっておくれ」
「はい」
「ああ、それと」
 シュナイゼルは先に立ち上がってから、もう一つ、というように軽い調子でルルーシュに告げた。
「君の野望だけどね、止めておきなさい。いずれオデュッセウス異母兄上が父上の後を継がれたら必然的に国是は変わるから、やる必要なないよ」
 その言葉に、ルルーシュは驚いた顔をしてシュナイゼルを見上げた。
「“ブリタニアをぶっ壊す”、意気込みは立派だけどね、現在の君の立場も考えるなら、中から変える方が早くて楽だよ。時間の問題だしね」
 何時から知ってたんだ、この次兄は! そう胸の内で叫びながらもルルーシュは黙って立ち上がった。



 翌日、正式に選任騎士としたジェレミアと共にエリア11を訪れたルルーシュは、早速総督に面会すべくトウキョウ租界の政庁へと足を向けた。
 宰相補佐の突然の来訪に、政庁は右往左往しながら総督の元へとルルーシュを案内した。
「お久し振りです、コーネリア総督」
「ああ。まさかおまえが来るとはな、思ってもみなかったよ」
 総督室の応接セットのソファに腰を降ろして、ルルーシュは早速やるべきことを口に出した。
「とりあえず、詳しい現状の報告をお願いましょうか」
「分かった」
 そう一言答えて、コーネリアは騎士のギルフォードに書類を持ってこさせると、それをルルーシュの前に差し出した。
 ルルーシュがその書類を手に取り、パラパラとめくっていく。
 その様子を見ながら、コーネリアは特区の()ち上がりからの状況を説明した。
 つまるところ、失敗の最大の原因はユーフェミアの皇位継承権放棄にあったのだ。それに伴う特区提唱者であるユーフェミアの突然の地位低下と、自治権利の確立の不安定さ、それに尽きた。
 当初こそこれで数あるエリア内で最もテロの激しいエリア11が大人しくなると思われ、実際、大人しくなりかけていたのだ。だがそれもユーフェミアの皇位継承権放棄が発表されるまでだった。
 発表がなされたと同時に、特区に参加した者たちから自分たちの権利はどうなるのかという問い合わせが特区行政府に殺到したが、それに満足な回答を返すことができず、これにより、自治権の確立など嘘だったのだと、騙されていたのだと受け取られ、特区内で暴動が起こり始めた。
 それに伴い、参加は見合わせていたものの一応は大人しく様子見をしていたテロリストたちが、特区など所詮ただの張りぼてに過ぎない、一過性の飴に過ぎないと活動を再開させ、小さなものから大規模なものまで、現在エリア11内のあちこちでテロが発生している状態だという。
 これは一体どうやって治めたものか、とルルーシュは溜息を吐いた。とはいえ、自分の手には余ります、と投げ出すこともできない。
 とりあえずルルーシュは明日、直接特区の様子を見にいく旨をコーネリアに伝え、その日は移動の疲れもあって早めに(やす)むことにした。





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