続・帰 国 【3】




 翌日、宣言通りにルルーシュはジェレミアを連れて特区へと向かった。
 特区までは政庁から飛行艇で30分程度のものだったが、その時間も無駄にせず、ルルーシュはどういった策を取るべきか思案していた。
 結局のところ、コーネリアが手をつけかねているのはユーフェミアの存在だ。妹可愛さのあまり、何かをしようとすれば妹に対しての処置を取らざるを得ず、それが彼女にはできない。
 だが生憎と自分にはそんな柵はない。加えて、今回の件は特区だけではなく、エリア11全体の問題として、総督であるコーネリアの更迭という決定がすでに決まっている。
 ならば自分には思い切った手を打つことが可能だと判断した。
 飛行艇の中、空の上から見ても、まだ真新しいはずの特区の建物は汚れたり壊れかけたりしているものが多数あった。暴動の痕だろう。
 そんなことを考えているうちに、飛行艇は特区の行政府に到着した。即座に飛行艇から降りて、ジェレミアと共に特区の長官であるユーフェミアの元へと向かう。
 長官室では、ユーフェミアの他に、イレブン、否、名誉ブリタニア人が一人待っていた。
 名前は枢木スザク。暫く前はエリア11副総督ユーフェミア第3皇女が名誉ブリタニア人を選任騎士に任命したと、本国でも話題になっていた。
 加えて、その人物はルルーシュにとっても馴染み深い存在だった。ブリタニアの日本侵攻前、人質として送られたナナリーと二人、その滞在先が枢木神社であり、それなりの友情を築いた相手でもある。
 しかし今は立場が違うのだ、それを思い知らせねば事は始まらないとルルーシュは思った。
 執務室に入ってきたルルーシュに、ユーフェミアが嬉しそうに、親しそうに笑いながら声をかける。
「ルルーシュ」
「失礼、ユーフェミア殿。ユーフェミア殿は今は皇位継承権を放棄した一般人、ルルーシュ殿下は、帝国宰相補佐を務める皇族です。お立場をお考えの上、ご発言ください」
「あ、す、すみません」
 ルルーシュの意図を察したジェレミアがユーフェミアに釘をさす。
 さっさと応接セットのソファに腰を降ろしたルルーシュは、ユーフェミアがその前に座るのを確かめてから口を開いた。
「今回、この特区を含むエリア11に関しては全面的に私が処理を任された」
「どういうことになりますの?」
「私は特区を認めない。元々国是に反した特区には無理があった。それをユーフェミア、君は皇位継承権の返還という形で無理矢理やり遂げた。ついては国是に従い、特区は廃止する」
「そ、そんな……、それでは何のために私は……」
「最初から無理があった。現に、宰相閣下は異母妹(いもうと)の君に「いい案だ」とは言ったが、副総督としての君には何も答えなかったはずだが」
「え……?」
「それとも君は、公私の区別もつかなかったというのかな?」
 公私の別── それはユーフェミアが姉のコーネリアからもよく言われていたことだった。
「そういうわけで、特区は現時点をもって廃止、特区にいる住民には3日以内に退去の上、元いた場所に戻るよう伝えること。以上だ」
「ルルーシュ、そんな、横暴過ぎる!」
 思わず怒鳴ったスザクに、ジェレミアが剣を抜いて喉元に付きつけた。
「身分を弁えろ! 名誉如きが!」
「スザク! ルルーシュ、スザクは……」
「ユーフェミア殿、立場をお考えください、と最初に申し上げたはずですぞ」
 ジェレミアはスザクに剣を向けたまま、ユーフェミアを睨み付けた。そう告げるジェレミアに、ユーフェミアは何も返せない。
「先程言ったこと、そなたが言えないというなら私が伝えるまでだが?」
「……お、お願い、します」
 ユーフェミアは今にも泣き出しそうな風情で、ルルーシュにそう頼んだ。自分で設立したものの廃止を伝えることは、どうしてもできそうになかった。責任感が無いと言われても仕方がないと思いつつ、ルルーシュに頼むしか彼女にはできなかった。
「放送設備は?」
 スザクに尋ねると、スザクは慌てたように「ご案内します」と返した。
 案内された放送室で、ルルーシュはマイクに向かった。
『私は帝国宰相補佐のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。この特区は本日をもって廃止となる。よって3日以内にこの地を去って元いた場所に戻るように。繰り返す、“行政特区日本”は本日をもって廃止となる、……』
 放送室を出たルルーシュはジェレミアに簡潔に伝えた。
「政庁に戻るぞ」
「イエス、ユア・ハイネス」



 ルルーシュは出発前に、官僚に命じて現在のエリア11に関する情報、資料を可能な限り集めておくように指示を出しておいた。ルルーシュの仮の執務室となっているそこには、それらの資料が山と積まれている。
 それをルルーシュは片端から速読して脳に入れていく。それらを読み終えるだけで2日を要した、それもほとんど不眠不休でだ。読み終えた後、少し仮眠する、と告げて執務室内の長椅子に横になった。ジェレミアはそんなルルーシュの上に毛布をかけてくれた。
 2時間余りの仮眠の後、ジェレミアが気を利かせて軽食を用意しておいてくれたので、それを胃に入れた。
 1時間後、軽くシャワーを浴びたルルーシュは、身支度を整えてから会議室にエリア11政庁の幹部たちを招集した。
 現在このエリア11の最高責任者は、総督のコーネリアではなく、宰相補佐のルルーシュである。
 ルルーシュはこれまでのコーネリアのやり方に反し、まずはゲットーの住環境の整備と、国是に反しない程度に、差別に関して特に問題となる点をあげてその改善を指示した。それをメディアでも取り上げさせ、ブリタニア人にもイレブンにも徹底させるようにした。
 その一方で、過激に走るテロリストはしっかりと取り締まり、また、無分別なブリタニア人によるイレブンへの攻撃とも言える行為も取り締まりの対象とした。
 次いでイレブンへの職の斡旋や学童年齢の者たちへの教育の徹底を指示。
 イレブンの環境を全体的に押し上げることで、テロを防ぐことを目指した。
 1日や2日で結果が出るものではないが、メディアによる喧伝が効いたのか、少なくともテロ行為は日を追う毎に減っていっている。
 結局、ルルーシュがエリア11に滞在したのは二週間程に過ぎなかった。その程度の時間で出る結果などたかが知れている。だがイレブンの待遇に改善の兆しが見えてきているのは間違いない。
 ルルーシュが本国に帰還した後、コーネリア総督の更迭が伝えられ、コーネリアは継承権を放棄したとはいえ実妹であることから、ユーフェミアを連れて本国へ帰還した。ユーファミアが皇籍を返還したことから、必然的に騎士ではなくなっていたスザクは置いていかれた。その後、彼がどうしたかなどはルルーシュの知るところではないし、気にもかけなかった。
 そしてそれと入れ替わるように、宰相補佐だったルルーシュのエリア11総督への就任が決定し、ルルーシュは己の騎士であるジェレミアの他にナナリーと咲世子を連れてエリア11へと赴いた。
 ナナリーはアッシュフォード学園に戻り、咲世子の世話を受けている。
 そしてルルーシュは、僅か2週間の滞在の間に建てた計画を推し進めながら、ミレイの報告を受けてはいるものの、時間を見つけてはアッシュフォード学園に妹の顔を見に通っている。

── The End




【INDEX】 【BACK】