続・帰 国 【1】




 本国に帰国したルルーシュとナナリーを待っていたのは、二人からしてみれば拍子抜け、といっていいものだった。
 帰国当日に、早速、玉座の間と呼ばれる大広間で二人がエリア11で見つかったので皇室に戻すと皇帝から披露目が行われ、そのまま、かつて住んでいた── 綺麗に手入れ済みだった── アリエス離宮に案内され、そこでは宮内省副長官が待っていた。
 副長官からはこれからの生活についての簡単な説明があったが、それは新学期から皇族の多くが通う名門の私学の中等部にナナリーが、高等部にルルーシュが通うこと、他に習いたいことややりたいことがあったら宮内省に申告して欲しいとのこと。本当にそれだけで済んでしまった。
 てっきり外交の道具として何処かまた余所の国へやられるのだろうと思っていただけに、この結果にはルルーシュは呆然としていた。
「お兄さま」
「何だい、ナナリー?」
「想像していたのと、だいぶ違ってますね。私たちがいない間に何かあったんでしょうか?」
「やっぱりナナリーもそう思うかい?」
「はい」
 とりあえず今日は疲れたからもう休もう、考えるのも明日にしよう、とルルーシュが言って、ナナリーもそうですね、と賛同してさっさとベッドの住人となった。
 ちなみに二人を皇室に戻したアッシュフォード家は、かつての大公爵とはいかなかったが、伯爵位を貰ったらしい、とは後で咲世子を通してミレイから聞いた話だ。



 その頃、エリア11では皇妃マリアンヌの遺児が見つかり本国に戻ったことが知らされ、純血派のジェレミア・ゴットバルトは軍の上司であるバトレー将軍に除隊届を出した。
「これは一体どういうことかね、ゴットバルト卿」
 バトレーが汗を拭きながらジェレミアに問い質す。
「お仕えしたいと思っていた方が見つかりましたので」
「それはもしや、本国に帰国されたルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下の事かね?」
「はい」
 即答の一言に、これは止めても止まるまいと、バトレーは諦めてジェレミアの持参した除隊届を受理した。



 ジェレミアは早速エリア11を後にして本国に帰還すると、真っ直ぐに宮殿の、更に奥の方にあるアリエス離宮を目指した。
 アリエス離宮に仕えるのは、現在のところ咲世子一人である。対応には咲世子が当たった。
 ジェレミアは純血派に属していただけに、対応に出てきたイレブンの女性に戸惑ったが、とにかくルルーシュ殿下に会うことが第一目的だ、と自分に言い聞かせ、その旨を咲世子に伝えた。
「畏まりました。では殿下にお伝えして参りますので、こちらでお待ちください」
 そう応えて、咲世子はジェレミアを居間に案内した。
 暫くしてやってきたルルーシュは、今は亡きマリアンヌ皇妃の面影を強く残しており、ジェレミアは思わず感涙に咽んだ。
「ルルーシュ殿下、ご無事で何よりでございました。日本侵攻の際に亡くなられたと聞いて、どれほど我が身が口惜しかったことか」
「ゴットバルト卿」
 平伏しかねん勢いで、ジェレミアはルルーシュに礼を取りながら告げた。
「母君のマリアンヌ皇妃をお守りすることは叶いませんでしたが、もう二度とあのような思いをしたくはございません。つきましては、ルルーシュ殿下、どうぞ私を殿下の騎士にご任命くださいませ」
「騎士といっても、皇族だからといって誰でも持てるものでもない。それなりの役職につかなければ……」
「確かにそうですが、私的に騎士を持つことはできるはずです。そのために軍も辞めて参りました。なにとぞ、私を殿下の騎士としてお仕えさせてくださいませ」
 軍を辞めてきた、とまで告げるジェレミアに、ルルーシュは否とは言えなかった。
「……そうだな、確かに男手があった方が何かと助かることもある。だがゴットバルト卿、本当に良いのか?」
「どうぞジェレミアとお呼びください、殿下」
「咲世子さん、彼に空いている部屋の何処か一室用意を」
 居間の片隅に控えていた咲世子に、ルルーシュがそう告げる。
「ジェレミア、彼女は篠崎咲世子。名誉ブリタニア人だが、エリア11にいた頃からずっとナナリーの世話をしてもらっている女性だ。今のところ、このアリエスには俺とナナリー以外には彼女しかいない。そのつもりで」
「はっ」
 頷いて、ジェレミアは咲世子に案内されるまま居間を出ていった。
 後に残されたルルーシュは、疲れたような溜息を零した。



 新しい学校に通い始めて2週間程経った土曜の午後、帝国宰相の地位にある第2皇子のシュナイゼルが副官のカノン一人を連れてアリエス離宮にやってきた。
「シュナイゼル異母兄上(あにうえ)。いらっしゃられるなら、前もって連絡を入れていただければもっときちんとご用意してお出迎えできましたのに」
 ルルーシュは、自分でも言っていて舌を噛みそうな敬語を使ってシュナイゼルを出迎えた。
「いや、どんな生活ぶりか見てみたくてね。ありのままを、と思ったら、ヘタに前もって連絡したら無理だろう?」
 微笑(わら)いながらそう告げるシュナイゼルを、ルルーシュはカノンもあわせて応接間に案内した。
 ソファに腰を降ろしたシュナイゼルが、何気なく問うてくる。
「新しい生活にはもう慣れたかい?」
「ええ、だいぶ。予想していたのとかなり違うので、最初は戸惑いましたけど」
「予想、というのは、また外交の道具として何処かに送られる、とでも思っていたのかな?」
「正直、その通りです」
「ふむ。実はね、他の皇族たちがあまりにも使えないのが多くて、君に白羽の矢が立ったんだよ。君は昔から利発だったしね。それで、ヘタに外交の道具にするよりも政治家にした方が役に立つんじゃないかとね」
「は?」
「つまり、ゆくゆくは君を何処かのエリアの総督にでも育て上げよう、という話になったんだよ。だから暫くは学校に通いながらだが、私について政治の勉強だ。実践方式でいくから、そのつもりでいなさい」
「え?」
 どこか今一つシュナイゼルの話についていけていないルルーシュだった。もちろん、何を言われているかは分かっているが、理解が追いついていかない。
「早速来週から、学校が終わったら放課後は私のいる宰相府に顔を出しなさい」
「……」
「閣下、殿下のご理解が、閣下のお話についていけていないように見受けられますが」
 そっとカノンがシュナイゼルに耳打ちした。
「ルルーシュ? 私の言ったこと、理解できていないのかい?」
 だったら期待外れだったかな、とのニュアンスを込めてシュナイゼルはルルーシュに尋ねた。
「……本気、なんですか……?」
 疑い深そうに自分を見つめてくるルルーシュに、決して理解できていないわけではなく、単に信じられないでいるのだと、シュナイゼルとカノンは納得した。
「本当の事だよ。だから、今回アッシュフォードが君を連れてきてくれたのはもっけの幸いだったんだよ」
 それは、何気にナナリーはおまけだといっているのか、とルルーシュは思った。
 それを察したシュナイゼルは、付け加えるように告げた。
「君が十分に役割を果たせば、ナナリーも喜ぶし、待遇も良くなると思うよ。分かったら、さっきも言ったように来週から宰相府に顔を出しなさい。いいね?」
 そして言いたい事だけを告げて、シュナイゼルはカノンと共に去っていった。
 まるで嵐の去った後のようだ、と何気にルルーシュは思った。





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