C.Cの言葉に促されるように、会場内にいた日本人たちは、負傷している者を庇いながら、ブリタニア兵からの銃撃を避けつつ、次々と会場を後にしていった。
そしてブリタニア兵だが、彼らの中にも動揺は広がっている。ユーフェミア自身が告げた、彼女の皇籍返還の件もそうだが、C.C.が告げたユーフェミアに対する言葉は、彼らもまた同様に思っていたことでもあったのだから。
名誉ブリタニア人、それも唯一人だけを特別扱いして学校へ通わせ、更には騎士とし、その後も変わらずに通学を許している。その有り様は、主従としては明らかに間違っている。騎士たる者が常に主の傍にいないなど、決してあってはならないことであるのに。加えて、その騎士に自分を愛称で呼ばせている。何をとっても、名前はどうあれ、二人は決して主従関係ではないと言い切れる。ましてやスザクは元を正せばシュナイゼルの組織した特派に属する者。つまりシュナイゼルの部下だったのだ。にもかかわらず、そのシュナイゼルに前もって交渉することなく、何を告げることもなく、スザクの本来置かれている立場を何一つ考えることなく、彼を選任騎士として指名している。そこにもってきて、今回、上司たる総督に諮ることもなく宣言され、それに振り回されて、この、国是に反する特区を作り上げることになった。実行にあたり、ユーフェミアがしたことは僅かな書類にサインをしただけに過ぎず、実際には特区設立のために何はもしていないに等しい。つまり、ただ宣言しただけなのだ。特区を設立させるため、ブリタニア人に対する増税という犠牲の下に。そしてそれ以前に、副総督としての役目など、果たしているとは言い難いものだった。つまり、ユーフェミアは決して為政者ではないのだ。間違った、などという軽いものではない。最初から彼女は為政者などではなかったのだ。実姉である総督の威を借りているだけで、そして“慈愛の皇女”と呼ばれていても、実際には皇女としてのプライドだけ高く、自分の望みは口にすれば全て叶えられてしかるべきとしか思っていない。それは実姉であるコーネリアに散々甘やかされてきた結果とも言えるが。そうしてこれまでのことも考えると、そんな皇女をどうして認めることなどできようか。
会場を去っていく日本人たちに向けられていた銃は、次々と下ろされていった。
ブリタニア兵たちは思う。強者も弱者も関係ない。今回のことは、自分たちも含め、ユーフェミアの言葉に唆されるようにして特区への参加を決めた彼らイレブンもまた、犠牲者なのだと。
やがて会場には壇上に呆然として佇むユーフェミアと、その名ばかりの騎士たるスザク、教育係としてあるダールトンを残して、誰もいなくなった。
そんなユーフェミアたちの目の前には、ブリタニア兵に殺された、特区に入るために式典に参加していた日本人の血塗れの多くの死体がそちらこちらにあるだけだ。
ダールトンは、式典の模様がTV中継されていたことから、コーネリアは状況は把握しているだろうが、これからどうするべきか、指示を仰ぐべく、コーネリアに連絡を入れ、結果、ユーフェミアとスザクを連れてトウキョウ租界にある政庁へと戻った。
政庁に着くと、ユーフェミアはダールトンに促されるまま、スザクと共に三人で、コーネリアの待つ総督執務室へと向かった。その間、ユーフェミアはずっと黙って、俯いたままだった。そんな三人に、いや、正確にはユーフェミアに、擦れ違う者たちはその誰もが道を開ける、譲るという行為はしていても、明らかに侮蔑の視線を向けていた。本来なら皇族に、皇女に向けていい視線ではない。しかしダールトンは、状況を考えれば致し方ないかと心の中で深い溜息をつきながら思い、スザクは途方にくれていた。ただ、スザクは思っていた。きっと全てゼロが何か仕組んだのだと。そうでなければ、ユーフェミアが騙まし討ちなんて、そんなことをするはずがないと。
執務室に入った三人を待っていたのは、総督のコーネリアと、その騎士であるギルフォードだった。ギルフォードはさして表情を変えてはいなかったが、コーネリアは険しい顔をしていた。
「ユーフェミア、一体何があった!? 何故あんなことをしたっ!?」
コーネリアは普段と異なり、ユーフェミアを愛称で呼ぶこともなく、先に何の言葉もなく、ただいきなりそう問い詰めた。
常にはないコーネリアの己への態度、その問いかけに、ユーフェミアは何も答えられない。何故ああなってしまったのか、自分でも分かっていないのだ。ギアスをかけられた前後は記憶が曖昧になる。だからユーフェミアが覚えているのは、異母兄であるクロヴィスを殺した者として、やはり許すことはできないと思ってゼロを撃ったこと、ただそれだけなのだ。
俯いたまま何も答えないユーフェミアに変わって答えたのはスザクだった。
「ゼロが何かしたんです! そうでなければ、ユフィが、ユーフェミア様があのようなことをなさるはずがありません! ゼロは……」
「貴様に発言を許した覚えはない!」
コーネリアはキッと睨み付けながらスザクのそれ以上の発言を許さなかった。
「仮に、貴様の言う通りだったとしたら、ゼロは死ぬかもしれないところだったのだぞ! 中継で見ただけだが、ゼロは決して軽症とは思えない状態だった。そんな状況を、死ぬことになりかねない状況を、ゼロ自ら作り出したとでも言うのか!? 一体何のために!? ゼロが死んだらどうなったと思う!? そのような真似をあのゼロ自らが行うとでも言うのか!? それに、そう言うからには証拠があってのことなのだろうな!?」
「そ、それは……」
証拠などあろうはずがない。あの時、命令によってスザクはユーフェミアから離れていた。あの場にいたのはユーフェミアとゼロの二人だけで、その間にどのような遣り取りがあったのかは誰も知らない。もちろんゼロが何かをしたという証拠も、もちろん存在しない。仮にその場を誰かが見ていたとしても、二人は話をしていた、それだけだ。そして話の中で、ユーフェミアが突然ゼロを撃ったのだと。
「それに、皇籍奉還の件もだ。何故、事前に私に相談せずに勝手に決めた! 皇籍奉還した挙句のあの状況、ただではすまぬぞ!
あれが戦場であったなら、まだ作戦の一環として言い逃れることもできたかもしれないが、あの場は違う。戦場ではなかった。本来ならあのような状態を生み出す場ではなかった。確かに私にとっておまえは大切な妹だが、いかに私とて万能ではない、なんでもできるわけではない。今回ばかりは、おまえのしたことを庇い立てすることはできない。本国でもTV中継されていた。あれを見れば、いかにゼロがテロリストだとはいえ、非は明らかにおまえにあるとしか受け止められることはないだろう。おって本国から何らかの沙汰があるだろう。それまで自室で謹慎していろ!」
「……はい、お姉さま……」
言うだけ言って顔を背けてしまったコーネリアに、ユーフェミアは呟くような声でそう答えると、総督執務室を出て、私室へと戻っていった。スザクが慌ててその後を追う。
コーネリアは椅子に腰を降ろすと、頭を抱えた。
「一体どうしてこんなことに……。これでは、あの子の先はないも同然、私とてどうなるか……」
コーネリアの「私とて」という言葉には、口にはされなかったが、自分にも咎が及んだ場合、それこそ、ユーフェミアを救うこと、手を差し延べてやることもできない、という意味もあってのことだ。そしてまた、皇籍奉還などしていなければ、その手段をもって刑を逃れることもできただろうにと。
「姫さま……」
それらを思いやったギルフォードとダールトンは、ただ黙ってコーネリアを見つめることしかできなかった。
やがてそう日をおかずに、コーネリアとユーフェミアに対する処分が本国から伝えられてきた。
コーネリアは総督から解任、皇位継承権の降格。ただし、総督位については、次の総督が決定するまでは現状のまま、次の総督が決まり、その者が赴任したら、引継ぎを行ったあと、本国への帰還。ユーフェミアは、先に自分から申し出ていたような皇籍奉還ではなく、廃嫡の上、あくまで庶民の一人として獄に入れられることとなった。処刑とならなかっただけましなのかもしれないが、これまでの皇女としてあったことを考えれば、おそらくユーフェミアがそのような生活に耐えられるとは思えず、ならばいっそのこと死刑となった方がよかったのではないか、との考えが、一瞬ではあったがコーネリアの脳裏を過った。
そうしてユーフェミアは本国に連行されるようにして帰国し、彼女の選任騎士となっていたスザクは無論、騎士から解任、特派の主任であるロイドは、そんなスザクがランスロットにデヴァイサーとして今後も騎乗することを認めず── もちろん、シュナイゼルの承認を受けた上でのことだ── 、結果、スザクはただの名誉ブリタニア人の一軍人にすぎなくなった。とはいえ、これまでのことから進んでスザクを受け入れるような場所はなく、また誰もいなかった。所属こそ、命令によって定められてそこに入りはしたが、スザクに声をかけたり、近寄ったりする者はいなかった。たまにそういう者がいなくもなかったが、それは好意的なものなどではなく、一人だけ皇女から特別扱いを受け、その上、あのような自体を防ぐことすらできなかった者に対する侮蔑、嫌がらせの数々でしかなかった。もちろん、アッシュフォード学園はとうに退学処分になっている。
一方、シンジュクゲットーでは、確かにゼロは受けた負傷のために表に出てくることはなかったが、幹部たちの指示の下、自分たちの国を創るのだと、ゼロの意思に賛同した者たちが懸命に働いていた。
そんな様子を、いまだ総督としてあるコーネリアが黙って見ていることなどあるはずがない。
しかし、命令を下しても、兵士たちは黙って遠巻きに様子を見ているだけでそれ以外は何もしようとしていない。コーネリア自らが先頭に立って出陣しても同様だ。コーネリアの命令に従うのは、彼女の騎士と親衛隊の者たちだけという有り様であり、誰もコーネリアの命令に従うことはない。かつては“ブリタニアの魔女”とまで呼ばれ、多くの軍人たちから尊敬されてもいたコーネリアだったが、今では誰もコ-ネリアを尊敬もしていなければ、その命令に従う義務も意味もないと思っている。誰もが、コーネリアがいまだ総督の地位にあるのは次の総督が決まるまでの繋ぎでしかないと知っているからだ。
結果、コーネリアは歯噛みしながらも、シンジュクゲットーが彼らイレブン自らの手で整備されていくのを黙って見ているしかないのが現状なのである。
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