貴船の鬼神 【3】




 特区設立記念式典当日、会場であるフジ周辺に用意された“行政特区日本”、そしてその中の、本日の式典会場。式典には、提唱者であるユーフェミアとその騎士であるスザクはもちろんたが、そこに本来ならいるべきはずの総督であるコーネリアの姿はなかった。それが意味するところは、結果的に認めることになってはしまったが、本心としては、この特区の存在を認めてはいないということを示しているのと同義だ。他にいるのは、コーネリアからユーフェミアの教育係としての任命を受けているダールトン、ブリタニア軍のKMFに騎乗した兵士たち。騎乗していない歩兵ももちろんいるが。それ以外には、エリア11の内政支配のためにブリタニアに協力の姿勢を示している、キョウト六家の者たちも参列していた。
 空席は一つ。それはゼロの為に用意された椅子であった。間もなく式典開始時間であるが、ゼロはいまだその姿を現さない。ユーフェミアは時々繰り返し、気になって仕方ないというように、不安を抱きながらその自分の隣の空席を見詰める。
 やがて、ダールトンから「そろそろお時間です」と声がかかり、ユーフェミアは今一度空いたままのゼロの為の席に視線を向けてから、舞台の中央へと歩を進めた。
 そして用意されたマイクスタンドの前に立った時、ユーフェミアはこの場所に向かって飛来してくるものを認めた。最初は小さくてよく分からなかったが、近づいてくるにつれ、それが何かはっきりと認識できた。
 かつてゼロによって奪われたブリタニアの、試作機ではあったが、最新鋭の飛行能力を持つKMFガウェイン。それはつまり、ゼロがこの場に来てくれたということだ。
 そのガウェインの肩にゼロが立っているのがはっきりと目に見えて、ユーフェミアは顔面一杯に喜びの表情を浮かべた。ゼロ── ルルーシュ── が来てくれた、自分の政策に賛成して、協力するために来てくれたのだと信じて。
 やがてガウェインは舞台の端に降りると、ゼロをその肩から舞台の上に降ろした。
 ゆっくりとユーフェミアに向かって歩いてくるゼロに、ユーフェミアもまた嬉しさを隠し切れずに、足早にゼロに歩み寄った。
「ゼロ、来てくださったのですね」
 微笑みを浮かべながらそう告げるユーフェミアに、ゼロは二人だけで話をしたい、と持ちかけた。ユーフェミアは参加する前に確認しておきたいことでもあるのだろうと、そう思い、信じて、ゼロと二人きりになるという状況を避けさせるべく、それを引き止めるスザクを制止して、ゼロと二人、舞台脇に止められているG1ベースの中へと入っていった。
 ゼロはユーフェミアに対して、自分は特区に参加する意思はなく、それどころか、彼女に自分を撃たせ、それによって、この“行政特区日本”は、ゼロをおびき寄せて殺すために用意されたものだということにする旨を伝えた。
 しかし、ユーフェミアはゼロのその考えを否定した。そして留めの一言が告げられる。
「その名は捨てました。ただのユフィなら、協力してくれる?」と。
 その言葉に、ユーフェミアに対して向けていた、金属探知機には引っかかることのないように作られた銃を降ろした。
「君には負けた。俺の負けだよ、ユフィ」
 ゼロは、否、ルルーシュはそう答え、手を差し出した。
「それにしても、私って信用がないのね。撃てと言われたからって、そう簡単に私があなたを撃つなんて、そんなことありっこないのに」
 微笑みを浮かべながらそう告げるユーフェミアに、ルルーシュは告げる。
「君の意思は関係ない。俺が持っている力で、俺が命じれば、誰もそれに逆らうことはできないんだ。
 たとえば、俺を、ゼロを撃て、とか、日本人を……」
 そこでルルーシュはユーフェミアの変調に気付いた。
「ユフィ……?」
「……い、いや、撃ちたく、ない、殺したくなんか、ない……」
 両腕を躰に回して切れ切れにそう告げるユーフェミアだったが、やがてその瞳はギアスにかけられた者特有の赤い色になった。
「そうね、撃たなきゃ。だって、あなたはクロヴィスお異母兄(にい)さまを殺した犯人なんだもの。クロヴィスお異母兄さまの仇を討たなきゃいけないわよね」
 ユーフェミアの態度に、その発せられる言葉に、ルルーシュはユーフェミアに己の持つ絶対遵守のギアスがかかっていることに気付いた。気付かざるを得なかった。
 ルルーシュに、ユーフェミアにギアスをかけた意識はない。確かに、最初はかけるつもりだった。己を撃てと。そしてそれをもって“行政特区日本”を廃するつもりでいた。だがユーフェミアとの話し合いの中、その意思は消え、彼女の手を取ろうとしたばかりだった。だがそこで思い出す。話をしている途中、ギアスの宿っている左目に痛みが走ったことを。それが予兆だったのだ、ギアスの暴走の。そう、今、ルルーシュのギアスは暴走状態に入ってしまった。目を見せ、そしてまた相手の目を見て、少しでも命令口調で話せば、己の意思に感経なく、ギアスがかかってしまう状態になってしまったのだと。
 そのことに驚き、思わずルルーシュが取り落とした銃を、ユーフェミアが拾い上げ、そしてそれをルルーシュに向けた。
「あなたを撃たなければね。だって、あなたはクロヴィスお異母兄さまを殺したテロリストなんですもの」
 そう告げると、ユーフェミアはルルーシュに向けていた銃の引き金を引いた。
 ルルーシュが床に倒れたのを見届けると、ユーフェミアは舞台に変え戻っていった。そして再びマイクの前に立つ。
 その様子に、会場内にいる参加者たちの間で動揺が起きた。戻ってきたのはユーフェミア一人。では一緒に入っていったゼロはどうしたのか、どうなったのか。疑問が彼らの脳裏を過ぎる。それも不安を伴って。
 そんな会場内の様子を気にすることもなく、ユーフェミアはマイクを前に口を開いた。
「今ここに、私はエリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの名の下に……」
「……そこまでに、して、いただこう、か……」
 壁に手をつくことで、かろうじて今にも崩れ折れそうな躰を支えながら、途切れ途切れに言葉を綴るゼロの姿がそこにあった。
 一斉に会場内にいる者の視線がゼロに向けられる。
 そのゼロは、傍目にみても明らかに負傷しているのが見て取れる。それも決して軽いものではないことも。
「ユーフェミア、あなたは、私を殺すために、この特区に私を招いた。協力を、と呼びかけながら……。全ては私を、殺すための、嘘、騙まし討ちのため、だったのですね……。そのために、何の関係もない、多くの日本人まで、巻き込み、ブリタニア人にも、多大な迷惑を、かけながら……」
「そんなことはありません」ユーフェミアはゼロの言葉に反論する。「あなたに協力を、と思ったのは事実です。でも、あなたは私の異母兄(あに)を殺したテロリスト、それを思い出したら、やはりあなたを許すことなどできない、そう思ったのです。それに、特区はあなたのこととは関係ありません。きちんと成功させてみせます」
 その言葉に、ゼロは仮面の中で苦笑した。そしてそれは微かにではあったが、会場内にいる者にもそうと知れるものだった。
 ユーフェミアが話している間に、C.C.の操縦するガウェインがゼロを守るべく、その脇に移動した。何時でもゼロを救い出せるようにと。
「きちんと、成功、させる……? ブリタニアの、名、を捨てた、あなたが……? 一体、どう、やってです? それとも、それもまた、私を、油断、させるために、ついた、嘘、ですか……?」
「それは事実です。これだけのことをなすには、ましてや国是に反することくらいは私にも分かっていますから、その対価として皇籍を返還しました。明日にでも本国から正式に発表されるでしょう」
 そのユーフェミアの言葉にざわめいたのは、参加者たる日本人だけではない。列席していたブリタニア人も同様であり、また、TV中継で様子を見ていた者たちも同じであり、同じトウキョウ租界にある政庁の執務室内で見ていたコーネリアも同じだった。ショックという面で言えば、誰よりもショックを受けていたのはそのコーネリアだろう。そのようなことは一言も聞かされていなかったのだから。
 唯一、その言葉に感動を覚えていたのは、ユーフェミアの騎士たるスザク唯一人だった。皇籍返還── それが何を意味するか、どのようなことを招くのかも分からずに、ただそこまで思ってくれているのだ、とそれだけで。
 しかし、特区に参加しようと会場に集まった日本人たちは違う。彼らは口々に叫ぶ。ブリタニアという国のことをさほど詳しく知らずとも、絶対君主制国家において、皇族でなくなった者には何もできないと分かっていたから。
「騙したのか!?」
「ゼロ様がいらっしゃると思ったから参加を決めたのに!」
「そのゼロ様を殺そうとしたなんて、裏切り者!! 嘘つき!!」
 口々に日本人たちからユーフェミアに対する罵倒の言葉が投げつけられ、しまいには、様々なものが投げつけられるようになり、物によっては届かずに終わったものもあったが、ユーフェミアの元まで届き、それを避けることもできずに、ユーフェミアが傷を負ったものもあった。
 ブリタニアの兵士たちは、ユーフェミアは皇籍を返還した、つまり皇女ではなくなったと告げたが、まだ正式な発表がされていない以上、あくまでユーフェミアはブリタニアの第3皇女、このエリア11の副総督であり、守るべき立場の存在である。
 それがゆえに、ユーフェミアを守るべく、会場内にいる日本人たちに対して攻撃を開始した。当初は威嚇程度のものであったが、それが逆に日本人たちを煽ることとなり、結果として威嚇などでは済まなくなり、ダールトンは止めようとしたが、それは時すでに遅く、次々と日本人たちがブリタニア兵からの凶弾に倒れていった。会場内が血に塗れ、その匂いが充満していく。
 その間に、ガウェインに騎乗しているC.C.はゼロであるルルーシュをガウェインのコクピットに入れていた。そして簡単ではあるが、せめて、とでもいうように血止めの手当てをし、その後、オープンチャンネルで会場内全てに響き渡るように声明を発した。
「ユーフェミア、裏切りの皇女よ! おまえはゼロの信頼を裏切った。おまえに参加を促されてやってきたゼロを殺そうとした。おまえはゼロに参加を、そして協力を促すことで、ゼロと彼に従う黒の騎士団のこの先の道を閉ざした。なのにそれだけでは飽き足らず、ゼロの命を奪おうとした。そんなおまえのことを、どうして信用などできようか!? “慈愛の皇女”と呼ばれるユーフェミアよ、おまえはには“慈愛”などない! あるのは“自愛”に過ぎない。おまえはおまえの望むことだけを、理想だけを求め、ブリタニアの国是によって生かされ、守られているというのに、その国是に逆らい、何一つ真実を見ようとしていない! そんなおまえに一体何ができるというのだ!? “お飾り”の副総督よ!
 そして会場内にいる日本人たちよ、この特区は持たない。成立はしても、それで終わりだ。その先には何もない! 為政者としては何の能力もないユーフェミアに何ができるというのか!? 失敗に終わることは目に見えている。いや、考えずとも分かりきったことだ。ましてや、そのことを別にしても、ブリタニアから与えられた日本に何の意味がある!? 植民地(エリア)とされ、ナンバーズとして蔑まれてきた私たちが望むのは、決してブリタニアから施される一地域に限られた、参加者たる一部の者しか認められない自治区たる特区などではない! 日本という一国家としての独立だ。そうではないのか!? そうだと思うなら、皆、この会場から去れ! ゼロはシンジュクゲットーを中心として、たとえ小さくとも、ブリタニアからの独立国家を創り出そうと準備を続けていた。そしてその先に日本の独立を視野に入れている。その行為に少しでも賛同する気持ちがあるなら、この場を離れてシンジュクへ迎え! 今のゼロは、確かに撃たれたことにより即座に行動することはできない。決して軽いとは言えない状態であることから、暫く安静が必要だろう。だが、すでに構想はできている。つまり、ゼロが動けなくとも、できること、進めておけることはあるのだ!
 さあ、生き延びている日本人たちよ、これ以上の犠牲を出す前にこの会場を去れ! そしておまえたちに真に日本人としての誇りがあるなら、決してブリタニアにおもねるな! 従属などするな! 自分たちの力で自分たちの国を創るのだ、取り戻すのだ! 負傷が癒えれば、ゼロは再びおまえたちのために動くだろう、ブリタニアに征服されるまでとはまた違う、新しい日本という国を創るために! ゼロを信じるならついてこい! ゼロもそれを望んでいる!!」





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