エリア11の政庁内にある大ホールで、このエリアの副総督でもある第3皇女ユーフェミアの枢木スザクに対する選任騎士の叙任式が行われている頃、本国では帝国宰相シュナイゼルから枢機卿ルルーシュに対して1本の連絡が入った。
過日の会談で出た枢木の騎士叙任に関して、結局、ユーフェミアから枢木の上官にあたるシュナイゼルに対して、特派の主任たるロイドを通してすら何の連絡も無かったこと、そして叙任式が終了次第、枢木に対して、特派から解任する旨を通告するとの内容であった。
それを受けて、枢機卿たるルルーシュは、やはりな、とだけ小さく呟きながら頷いた。
そしてその一方で、議長のシュトライトから枢木に関して別の報告も上がっていた。 それは枢木がユーフェミアの口利きで通い始めた学園を退学していないとのことである。つまり皇女の選任騎士となったにもかかわらず、学校に通い続けるということであり、それすなわち、選任騎士たる者が、常に主たる皇女の傍にいないということだ。
それが何を意味するか、ユーフェミアも枢木も分かっているのだろうか。いや、分かっていないのだろう。だからこその現状なのだろうと、ルルーシュは自分で自分の疑問に答えを出してしまった。
そしてユーフェミアは選任騎士を任命しながら、その選任騎士が常に傍にいないという状態に、学生── それ以前に、枢木は名誉ブリタニア人の軍人だったのだが── が学校に通うのは当然のことと何ら疑問を持つことなく、また周囲の者もそれに注意を与えることなく、時は過ぎていく。
主とその選任騎士としてのユーフェミアと枢木の状態には、姉のコーネリアも実は頭を抱えていたのだが、ユーフェミア自身が認めてしまっていること、そして騎士を任命するのは皇族の権利であることを考えると、言っていいものかとさえ悩んでしまうのだ。しかしその一方で、枢木が名誉ブリタニア人であることから、妹の傍に、自分の目の届く範囲に名誉ブリタニア人が常に存在するのではない状態を良しとしてしまっている面もあることを否めない。そしてそれ以前に、コーネリアは枢木が特派に属する、つまりはシュナイゼルの部下であるということを、名誉ブリタニア人であるということにばかり気が向いてしまっていたために失念していた。ゆえに、コーネリアもシュナイゼルに対して連絡を入れるということを怠ってしまったのだ。枢密院からの問い合わせがあったにもかかわらず。
リ家姉妹共に、それらの積み重なる事実が、枢密院でどのように判断されているかを深く考えることもせずに。
コーネリアにしてみれば、妹であるユーフェミアは自分が守るという自負があったのだろう。枢木の通学を認めたのは、ユーフェミアの意思を受け入れてということもあるが、それ以上に、彼が名誉であるということと共に、その自分が守るとの思いあってのことなのであろうが、コーネリアのそのような思惑は枢密院には関係ない。皇族に騎士にと任命された者が、その主の傍にいない、それが何よりの問題なのだ。
そしてもっとも重大な局面を迎えることとなる。
枢木の通うアッシュフォード学園で開催されている学園祭に、ユーフェミアはまたお忍びで現れたのである。流石に今回は数名のSPを連れてはいたが、では肝心の選任騎士たる枢木はどうしているかといえば、生徒会主催の巨大ピザ作成要員として働いていた。ユーフェミアはそれを面白そうだと見に訪れたのだ。
気ままな風は、ユーフェミアが己だと悟られないようにと被っていた大きな帽子を吹き飛ばした。それにより彼女が副総督のユーフェミアであることが分かり、周囲は騒然となった。
当然だろう。皇族で、このエリアの副総督たるユーフェミア皇女が自分たちのすぐ傍にいるのだ、慌てるなという方が無理である。SPたちは懸命に群がってくる人々からユーフェミアを守ろうとしたが、その周囲にはあっという間に人垣ができた。
そんな状態からユーフェミアを救い出したのは、巨大ピザの生地を作成中の枢木だった。
アッシュフォードが所有する第3世代KMFガニメデに乗ってピザ生地を広げていた枢木は、それを放り投げて、ユーフェミアをそのガニメデの掌で救い上げた。
「大丈夫ですか、ユーフェミア様」
「ありがとう、スザク」
そこへ騒ぎを聞きつけて、学園祭の取材に来ていた民間TV局の取材スタッフが、是非とも一言でも副総督のインタビューを、と人垣をかき分けてユーフェミアにマイクを向けた。それに対し、本来ならあってはならぬことながら、ユーフェミアは全国ネットに繋げてほしいと申し入れたのである。
何事か、重大発表か、と慌てた取材スタッフは、副総督である皇族からの言葉であったこともあり、ユーフェミアの依頼に応じて全国ネットに回線を繋いだ。
そしてエリア11全土に繋げられたマイクとカメラに向かって、ユーフェミアは朗らかな笑みを浮かべながら告げる。
「私は神聖ブリタニア帝国エリア11副総督ユーフェミアです。今日は私から皆様にお伝えしたいことがあります。
私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジサン周辺に“行政特区日本”を設立することを宣言致します」
そうしてユーフェミアは次々とその特区の構想について語っていく。
イレブンと呼ばれるようになった日本人が、日本人という名を取り戻し、ブリタニア人はそこでは租界で与えられている特権を廃され、日本人とブリタニア人が平等に手を取りあえる場所を創るのだと。
その宣言に沸いたのは、学園祭に訪れていたイレブン、すなわちかつての日本人たちだった。また、一部の生徒たちもユーフェミアの宣言の意味するところを深く考えずに、副総督の、皇族の言葉に熱狂していた。
そしてそれは、ユーフェミアの選任騎士たる枢木も同じだった。
枢木にしてみれば、自分の主はなんと素晴らしい方か、との思いを強くしただけだった。日本人とブリタニア人を差別しない場所を創り出そうとしているのだ、それはブリタニアを内から変えようとしていることで、何よりも誇らしいことに思えた。
しかしそんなふうに思っているのは当事者たちだけだ。
ユーフェミアも枢木も、平等な争いのない世界を創り出すのだと、ブリタニアの国是である“弱肉強食”を、すなわち皇帝の意を否定することだということをあまりにも簡単に考えていた。己の考え、理想だけを正しいものと思っていた。そして、特にユーフェミアは望めば叶わぬことはないと。
実際、この特区構想はユーフェミアが以前から抱いていたものではあった。
差別する者と差別される者、同じ人間同士でそのようなことがあっていいはずがないと、ユーフェミアはその差別のない世界を目指し、特区の構想を誰に相談することもなく思い描いた。
それでも異母兄のシュナイゼルに対して、こんな案はどうか、と伺いを立ててはいたが、それは帝国宰相たるシュナイゼルに対してではなく、異母兄に対してであり、シュナイゼルはそれに対して宰相としてではなく、ユーフェミアの異母兄として答えていた。「いい案だ」と。もっとも、ユーフェミアに対する答えのそれはあくまで表向きのことであり、裏には別の思惑があったのだが。そしてユーフェミアは表の言葉だけを捉えて、その裏にある思惑には一向に気付いていない。ユーフェミアらしいと言えば、それはそれで間違いないのだが。
確かに差別のない社会であるにこしたことはない。それはシュナイゼルも個人的には完全には否定しない。それがゆえの、表向きとはいえユーフェミアへの回答に繋がった点があったのは事実だ。
だが帝国宰相としてはどうかと問われたならば、シュナイゼルは決してそのような答えは出さなかっただろう。如何に帝国宰相といえど、皇帝が唱える国是を否定することはできない。国是を否定するということは皇帝を否定すること、すなわち国家への反逆であるのだから。
しかしユーフェミアはそうはとらなかった。
あくまでごく一部の地域のことであり、ナンバーズとなったエリアの住人、今回の場合はイレブンだが、そのイレブンとブリタニア人が相互理解できるようになるための場所、少しでも差別を失くすきっかけとなる場所として特区を考え出したのだ。
発表する前に姉のコーネリアに相談していたなら、頭から否定されただろう。コーネリアは国是に従い、ブリタニア人とナンバーズを明確に区別、差別することを是としてきた。そしてそれがブリタニアの皇族として当然のことと考えていた。
それはコーネリアに限ったことではない。日々、何かあれば国是を示されるブリタニア国民のほとんどがそれに同意していた。自分たちブリタニア人は強者であり、敗れてエリアとなった国の住民、すなわちナンバーズは差別されてしかるべき弱者なのだと。それに従わない者は主義者と呼ばれ、取り締まりの対象となっているのがブリタニアの現状である。
つまりユーフェミアがしたことは、自分は主義者であると、マスコミを使ってエリア全土に公言したも同じなのである。
皇族が、エリアのNo.2たる副総督自らが国是を否定し、エリアの中に一部とはいえ、国是に反した地域を創ろうというのである。反発が出るのは当然のことだったが、今のユーフェミアにはそのようなことは考えられなかった。
自分を熱狂的に取り囲む人々の群れ、そして満足そうに己を見る、自分の任じた選任騎士に、ユーフェミアは気をよくしていた。自分は間違ったことはしていない、正しいことをしたのだと、本気でそう思い、信じていた。
今でさえも、ユーフェミアと枢木を、離れた場所から冷めた目で見つめる者たちがいるという事実に気付かずに。
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