エリア11で行われた副総督ユーフェミアの“行政特区日本”の設立宣言は、即座に本国にも伝わるところとなった。これに対応するのはもちろん枢密院である。
国是否定、すなわち皇帝を否定することは大逆である。それが一般庶民であるならば、単に主義者のレッテルを張られ取り締まりの対象となり、追われる身となるだけだ。
しかし、今回それを行ったのは皇位継承権を持った第3皇女なのである。 枢密院は宣言が行われた状況を詳しく調査すべく、そしてそれを行った皇女の意思を確認すべく、副議長自らがエリア11へと赴くに至った。
そこで副議長がユーフェミアから明かされたのは、彼女の理想であり、その理想を形にした特区の在り様。
ユーフェミアは宣言の場にはマスコミも来ており、周囲に大勢の人がいたことから、発表するにはよいチャンスだと思ったこと。姉であり上司でもあるコーネリア総督はもちろん、コーネリアから教育係としてつけられたダールトン将軍にも、そして己の選任騎士である枢木にも何ら相談はしておらず、完全に自分の独創であることを伝えた。
そして更に、帝国宰相シュナイゼルから「いい案だ」と言ってもらえたとの一言があった。
それをそのまま信ずるなら、それは宰相シュナイゼルがお墨付きを与えた特区ということになる。そのことは即刻本国に伝えられた。
「帝国宰相が「いい案だ」と言ったと?」
「はい、副議長がユーフェミア皇女殿下にご確認致しましたところ、先日宰相閣下と通信で遣り取りをし、ご自分の発案である特区の件をご相談なされ、その結果、閣下からそのお言葉を頂戴したと」
枢機卿の執務室で、執務机を挟んでルルーシュとシュトライトは話をしていた。
「それが事実なら由々しき事態だぞ」
「誠に」
柳眉を顰めたルルーシュは、即刻宰相府に連絡を入れるようにシュトライトに告げた。それも大至急だと。
宰相府からの返答は、ルルーシュの予想をも上回っていた。シュナイゼル自らがこれから枢密院へ、枢機卿であるルルーシュを訪ねてくるというのである。事がエリア11でのユーフェミアの宣言のことと受け止めてのことだろう。
30分と待たずして、シュナイゼルが副官のカノンと共に枢密院を訪れた。帝国宰相が枢密院を自ら訪うなど滅多にあることではない。もっとも、それを言うなら過日の枢機卿であるルルーシュが宰相府を訪れたこともそう言えるのだが。
「随分とお早いお着きですね、宰相閣下」
執務室でシュナイゼルを出迎えたルルーシュは、多少の皮肉を交えてそう言いながらシュナイゼルを出迎えた。
そうしてシュナイゼルに執務机脇の応接セットのソファを勧め、シュナイゼルが腰を降ろしたのを確認すると自分もその正面に腰を降ろした。ちなみにシュナイゼルの副官であるカノンはシュナイゼルの後ろに立ったままであり、ルルーシュの隣には枢密院議長のシュトライトが腰を降ろしている。
「先程、宰相府に連絡を寄越したのはエリア11でのユーフェミアの特区宣言のことだろう? これは単に一エリアだけの問題ではなく、国家の政策にも関わってくることだ。一皇族の行状だけで済む問題ではない」
「成程、お分かりだったようですね。では時間を無駄にしないためにも、早速伺わせていただきます。
エリア11に遣わしたマキャフリー副議長からの連絡によれば、ユーフェミア副総督は特区について宰相閣下に相談した際、閣下から「いい案だ」と、そう言われたとのことでしたが、これは事実ですか?」
やはりそう来たか、というようにシュナイゼルは右手を額に当てた。
「やはり勘違いしていたのだね、ユーフェミアは」
「どういう事でしょう?」
ルルーシュは真っ直ぐにシュナイゼルの瞳を見つめて詰問を続ける。
「確かにユーフェミアから相談は受けた。しかしそれは、異母兄である私に対してであって、宰相としての私に対してではない。何故なら、ユーフェミアはあくまで私を“お異母兄さま”と呼んでいたからね。だから私も“異母妹”であるユーフェミアに“異母兄”としての立場で私見を述べただけだ」
「それはつまり、宰相閣下は国是を否定なさっているということにも取れますが?」
「宰相としての私は違うよ、枢機卿。確かに個人的には、差別のない社会は理想としては素晴らしいことだとは思っているよ。あくまで理想としてはね。しかし現実の社会は違う。我がブリタニアは皇帝を頂点に戴く専制主義国家であり、れっきとした身分社会だ。
現実に強者と弱者がおり、そして我がブリタニアではそれを差別するのが国是だ。ブリタニアでは力が全てだからね。宰相としてはその国是に逆らうようなつもりは全くない。むしろ国是を全うさせるのが宰相たる私の役目だと思っている」
「では、今回のユーフェミアの、宰相閣下から「いい案だ」と言っていただけたというのは、あくまでユーフェミアの公私混同によるものということですか?」
「そういうことになるね。ユーフェミアは宰相としての私に相談したつもりなのだろうけれど、その時、私は一度も宰相とは呼ばれなかった。終始“お異母兄さま”だったよ。それに実を言えば、私がユーフェミアに「いい案だ」と告げたのには、彼女は考えもしなかったようだが、他の目的もあったのだけれどね」
「成程」
ルルーシュは深い溜息を吐き出した。
ユーフェミアにはシュナイゼルの表向きの言葉しか理解できてはいまい。実際の目的など、察せたとはとうてい思えない。
加えて、それを別にしてもユーフェミアの公私混同は今に始まったことではない。ユーフェミアがエリア11に副総督として渡ってからこちら、枢密院は人を遣ってずっと監視を続けていた。その中で、ユーフェミアはコーネリアに対して「総督」と呼ぶべき公の場においても「お姉さま」と呼び、その度にコーネリアから注意を受けていた。
枢木の選任騎士任命の件にしてもそうだ。本来、クロヴィス美術館で賞の受賞者を決める席において、マスコミの人間を前にして唐突に発表している。誰に相談することもなく、その場の場当たり的に。確かにその前のインタビューで騎士のことを質問されてはいたが、それはその場で終わった話なのである。それを自らむしかえすとはどういうつもりだったのか。
そして同じことが今回の宣言でも言える。
誰にも相談することなく、いくら前々から構想を抱いていたとはいえ、その場の勢いで発表されたとしか言えない宣言。しかも今回のその場は、私立の学園の、学園祭という公的な場とは全くかけ離れた場所である。つまりTPOというものを全く考慮していないのである。
「つまり今回の件に関しては、帝国宰相としてのあなたは全く関与していないと、そういうことでよろしいのですか?」
「ああ、少なくとも私はそのつもりだ。どうか信じてほしい。
けれど私的にユフィの案を「いい案だ」と思ったのも事実だ。あくまで理想としてね。そこまでは否定しない。認める。だが先にも告げたが、ユーフェミアは理解していなかっただろうけれど、それだけの意味ではなかったし、それにもし君が相談を受けていたなら、枢機卿としての君は否定するだろうが、単にルルーシュ個人としては私と同様の答えをしていたのではないのかな?」
シュナイゼルのその言葉を、ルルーシュは否定できなかった。
8年前、一つ違っていたら、自分は妹のナナリーと共に何処かの国へ、おそらく当時の情勢から鑑みて現在のエリア11、すなわち日本に人質として送られていただろうからだ。強者と弱者、その差別がある限り、運命は変わらなかっただろう。そして現在、ルルーシュ個人は才覚を認められて枢機卿という地位にあるが、妹のナナリーに関していえば、周囲からは相変わらず弱者と見做されている。それでもどうにか皇室で無事に暮らしていられるのは、偏に枢機卿という地位を得たルルーシュの力によるものである。
差別などのない、全ての人が平等でいられる世界は確かに理想としては素晴らしいと思うし、個人的にはそうあって欲しいとも思う。だがシュナイゼルが言ったように現実は異なる。そして現実である国是の前には、皇帝の意思の前には誰も逆らうことはできない。何故なら、ブリタニアは専制主義国家であり、皇帝の言葉が全てなのだから。
「私個人の意見はともかく、閣下の仰ることは分かりました。その点、副議長に再確認させます。
ところで、宰相閣下としてはこの度の特区という政策をどうお考えですか?」
「無謀、愚策、だね。それにつきる。単に国是に逆らっているだけではない。それによって齎されるデメリット、リスクをユーフェミアは全く考えていない。しいてメリットをあげるなら、テロリストを弱体化、ないし形骸化させ、その力を削ぐことが可能かもしれない、ということくらいかな。実際のところ、その唯一と言っていいであろうメリットが、私が「いい案だ」と告げたことの本音なのだがね」
デメリット、リスク、そしてメリット。その言葉でルルーシュはシュナイゼルが告げた通り、その本音を察したし、シュナイゼルもルルーシュならそれで済むと思っての発言である。
「では、国家としては今回の宣言を認めるというようなことは?」
「無いよ。認められるわけがない」
「分かりました。では副議長の帰国を待って、改めて国是に逆らった宣言を行ったエリア11副総督第3皇女ユーフェミアに対する処置を決めます。閣下におかれては、帝国宰相として彼女が宣言した特区は認められない旨、公式に発表していただきましょう。それでよろしいでしょうか」
「それが一番いい方法だろうね」
そうしてユーフェミアの知らないところで、彼女の宣言した特区の無効が決められた。ユーフェミアが特区宣言を行ってから僅か数日のことである。
最終的な枢密院の決定は以下の通りである。
1.ユーフェミアはエリア11副総督から更迭、並びにブリタニア皇室から廃嫡するものとする
2.コーネリアは副総督に対する監督不行き届きにより、エリア11総督から解任、並びに皇位継承権を降格のこと
宰相であるシュナイゼルから特区を無効とされたこととあわせて、これらの処置に対してユーフェミアはもちろん反論したが、枢密院はすでに皇帝の認可を得たとして跳ね除けた。
それでもユーフェミアはコーネリアの妹として離宮に住まうことだけは許されたが、それだけだ。ユーフェミアの選任騎士となっていた枢木は、必然的に騎士を解任され、すでに特派からも解任されていることから、ただの一名誉ブリタニア人に過ぎなくなり、そんな枢木をユーフェミアの傍に置くことを良しとしないコーネリアは、枢木を政庁から追い出した。そして廃嫡され何の力もなくなったユーフェミアは、それに対して何の手を打つこともできなかった。皇女ではなくただのユーフェミアとなった彼女を待つ皇室の闇は深い。
ルルーシュは枢機卿としては当然の処置を取ったまでという態度だが、個人的にはユーフェミアに同情している。一つ違っていたら、自分と妹のナナリーがその立場に立っていた可能性もあるのだ。
そして同時に思う。シュナイゼルはこうなることを見越して、ユーフェミアに、あくまで“異母兄”として、表向きとはいえ「いい案だ」と告げたのではないかと。
だからシュナイゼルには決して弱みは見せてはならないと思う。己と、何よりも己が他の誰よりも大切にしている妹のナナリーを守るために。
── The End
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