枢密院のトップであるルルーシュの元には、皇族や貴族たちの行状が逐一入ってくる。もちろん、その前の段階で処理されているものもあり、全てではないが。しかし少なくとも公務に就いている皇族の行状、執務状況については漏れはない。それはエリア11に向かったリ家姉妹に関しても同様である。
そこで一番最初に連絡が入ったのが、副総督となってエリア11に赴いたユーフェミアが、着いた早々に政庁を抜け出し、お忍びで租界に出かけたということである。
忍びで出掛けることそのものには問題はない。他にもしている者がいるし、何よりルルーシュ自身もしていることだ。だが、今回のユーフェミアの行動は同じ忍びでの外出といっても、他とはわけが違った。
テロが横行しているエリア11で、供の一人、SPの一人もなく、警護の目を振り切っての、文字通り己一人きりのお忍びでの外出だったのである。
しかも更なる報告によれば、そうして出掛けた先で純血派同士の争い事に巻き込まれ、おまけにそこで知り合いになった名誉ブリタニア人とゲットーにまで足を向けたという。しかもその名誉ブリタニア人は、一時は前総督クロヴィスの暗殺犯の容疑者とされていた男だとのことである。
何を考えているのだ、あの娘は。己の立場を本当に分かっているのか。それがルルーシュの最初の感想だった。
そんなユーフェミアの行状に不安を覚えたルルーシュは、枢密院議長であるシュトライトに対して、ユーフェミアに対する監視を厳重にするようにと伝えた。
それは何もユーフェミアの足を引っ張ろうというわけではない。あるいは結果的にそうなってしまう可能性は否定できないが、何よりもブリタニアの皇族として相応しいものか否か、きちんと見定めるべき役目がある。それが枢機卿の立場だ。学生という立場にあり、公務に就いていないなら許されることも、ユーフェミアはすでに学生ではなく、エリア11においては副総督というNo.2なのである。必然的にそれなりの言動を求められる。
だからこそ着任早々のそのユーフェミアの行いに眉を顰め、その行状をしっかりと見定めるように指示を下したのである。
ユーフェミアはそのようなことになっているとも知らず、ただ回ってくる書類にサインをし、時に開かれる会議に出席し、時に相変わらず護衛をまいて政庁を抜け出すという日々を繰り返していた。
ユーフェミアに回される書類は、総督であり、何よりも姉であるコーネリアがユーフェミアの教育係としてつけたダールトン将軍がすでに目を通して良しとしものばかりで、問題のあるような類のものは一切なかったし、出席した会議においては、ユーフェミアが発言することはほとんどなかった。したかと思えば、現実性に乏しい理想論ばかりである。
そんな日々の中、一つの問題が起きた。
クロヴィス美術館での絵画の授賞式典において、エリア11内にある一つの基地における様子が美術館内にあるスクリーンに映し出されていた。
それは“奇跡の藤堂”と二つ名を持つイレブンの処刑を行うための場だったのだが、そのイレブン── 藤堂── を救うべく、彼の部下たちがKMFで現れ、同じく彼を処刑すべくその場にあったブリタニアのKMFとの戦いになったのだ。
ブリタニア側のKMFは、シュナイゼル直轄の特別派遣嚮導技術部、通称“特派”が開発した、現行唯一の第7世代KMFランスロットである。対して、イレブン側は自分たちが開発した、けれど第7世代と比べれば明らかに性能の劣るものだったが、そこは数と連携プレーとで切り抜け、まんまと処刑すべき日本解放戦線の藤堂鏡志朗の身を奪取したのである。
そこまではいい。それは逃げられたランスロットのデヴァイサーの責任であり、彼に藤堂の処刑を命じた者の責任でもある。
ところがあろうことか、それを見ていたユーフェミアは、そのデヴァイサーを己の騎士だと、その場にいたメディアを前にして公言したのである。
ランスロットのデヴァイサーは、ユーフェミアが一番最初に政庁を抜け出した際に知り合った名誉ブリタニア人であり、その後、ユーフェミアは自分のお願いという名の命令でもって、その名誉ブリタニア人── 枢木スザク── をトウキョウ租界内にある私立アッシュフォード学園に編入させていた。
その報告を受けて動いたのは、特派を直轄する帝国宰相シュナイゼルではなく、枢機卿たるルルーシュだった。
ルルーシュは枢密院議長のシュトライトに命じて、総督たるコーネリアに対し、今回の事態は如何なることかと、事の次第を明らかにするようにと連絡を入れさせ、一方でシュナイゼルに面会の予約を入れさせた。
枢機卿からの面会の申し入れは宰相府においても最優先で行われ、即日、二人の会談が宰相府において執り行われることとなった。
「珍しいこともあるものだね、ルルーシュ。いや、枢機卿と呼んだ方がいいのかな。そんな立場にある君がわざわざこの宰相府にまでやってくるとは」
「用向きについては申し上げるまでもなくお分かりかと思いますが。宰相閣下」
「……エリア11副総督ユーフェミアが騎士に任じた名誉ブリタニア人のこと、かな?」
シュナイゼルは少し考えるふりをしてからそう応じた。
「他に何があると? あの第7世代KMF、ランスロットというのでしたか、それのデヴァイサーであるということは、彼の所属は特派、つまり宰相閣下の部下ということになります。ですがエリア11副総督はその名誉ブリタニア人、枢木スザクを己の騎士と発表しました。それもメディアを通して唐突に。コーネリア総督に確認したところ、総督自身もなんら知らされることなく、突然の発表だったとのことでした。
この件に関して、ユーフェミア副総督は宰相閣下に何か連絡を入れてきましたか?」
連絡してきてなどいないだろうと思いつつ、ルルーシュはシュナイゼルに確認をとった。
「いや、まだ無いね、一言も」
「閣下はどうされるおつもりですか?」
「どうする、とは?」
「枢木スザクに対する対応です。彼は閣下の直轄組織に属する者。つまり閣下の部下。にもかかわらず、エリア11副総督たるユーフェミア第3皇女の選任騎士に任命された。彼が名誉だということはこの際おいておくとして、一人の人間が同時に二人の皇族に仕えるなどということは過去には例がなく、許されることでもありません。閣下はどう対処されるおつもりです?」
10余りも上の年長者に対する対応とは言えぬほど、枢機卿という、宰相と同格の立場にある者として、ルルーシュは帝国宰相であるシュナイゼルと堂々と対していた。
「とりあえずは、ユーフェミアからの連絡待ちのつもりなのだが」
「ユーフェミアが連絡を入れてくるとお思いですか?
もっとも、すでにこちらからコーネリアに対してこの度の件についての確認を入れましたので、その結果として連絡が入る可能性はありますが」
「半々だろうと思っているよ。どこまでユーフェミアが事態を把握しているかといったら、していない方に手を上げる」
「期限は何時です? 何時までに連絡がなかったら、どのように対処されるおつもりです?」
ルルーシュは重ねてシュナイゼルに問う。
「とりあえず、叙任式典が終わるまで。それまでに連絡がなかったら、枢木を特派から解任するつもりで考えている。まあ、連絡があったとしても結果としてはそうせざるをえないけれどね。主任のロイドは適任者がいなくなると嘆くだろうけれど」
「分かりました。ならば今回はそれで良しとしましょう。
しかし、ユーフェミアは自分の口利きで軍人である枢木を学校に通わせるなどということもしている。このまま放置すれば、ユーフェミアはどこまで増長するか分かりません。ユーフェミアは己が皇女であること、更に副総督であるということをあまりにも軽々に考え過ぎているきらいがある」
「そうだね。皇族の行動に関しては枢密院の管轄だが、私的に異母兄として異母妹に一言注意を促しておこう。そうでなければ、枢密院からお咎めが出るとでも言って」
「そうしてください、異母兄上。私とて、好き好んで異母妹であるユーフェミアに咎めなど出したくはない」
最後は宰相と枢機卿ではなく、半分とはいえ血の繋がった兄弟としての会話に落ち着いた。
そうして言うべきことを言い終えると、それで用事は済んだと、少しゆっくりしていかないかとのシュナイゼルの誘いを断って、ルルーシュは騎士として付いてきていたジェレミアと共に枢密院へと戻っていった。
己の執務室を出ていくルルーシュを見送り扉が閉まった後、シュナイゼルは大きな溜息を吐いた。
「殿下……」
二人の遣り取りを傍らで見ていたシュナイゼルの副官であるカノンが、不安そうにシュナイゼルに呼びかけた。
「ユフィにも困ったものだね。ユフィから連絡があるにしろないにしろ、いずれにせよ、ルルーシュに言ったように枢木は特派から解任する。その旨、ロイドに伝えてくれ。ルルーシュも、枢機卿も私がそうすると判断したから今回は引いてくれたのだろうしね」
「ユーフェミア殿下にご連絡は?」
「無用だよ。連絡を入れてくるべきはユーフェミアの方であって、私から入れるべきことではないだろう? それにすでに枢密院からコーネリアに確認のための連絡がいっているのだから、本来ならとうにあってしかるべきだ。それが未だに無いということは、結局ユーフェミアから連絡が入ることは無いということだよ。ユーフェミアは己の立場も、騎士に任じた枢木の立場も、そして何より私の立場も分かっていない。リ家とエル家との現状、更に今後の関係の行方もね。
異母とはいえ、兄妹ということに甘えているのだろう。そしてユーフェミアがそのような甘い考えを持つに至った要因は、コーネリアのユーフェミアに対する溺愛、かな。このブリタニアの皇室内にあっては、兄弟姉妹とはいえ、母が異なれば家が異なる、皇位継承を巡る政敵であり、何か一つでも、僅かでも失策をおかせば、それを元に互いに足を引っ張り合う間柄だというのにね。ユーフェミアはそれを何ら理解していない。
今のままではいずれ枢密院から咎を受けるような事もしでかすだろうよ。あるいは、小さな事の積み重ねですでに時間の問題かもしれないがね」
「確かに仰られる通りですわね」
カノンはシュナイゼルの言葉にその通りだと頷き、シュナイゼルは己のデスクに戻った。目を通している途中だった書類の決済をすべく。
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