駆け引き 【1】




 神聖ブリタニア帝国第11皇子にして皇位継承権第17位のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、若干17歳にして、皇帝に次ぐ帝国宰相と同等の位である、枢機卿の座にある。
 8年前、“アリエスの悲劇”と呼ばれる事件で、母である帝国皇帝シャルルの第5皇妃マリアンヌを失い、たった一人の実妹は、足を撃たれてその機能は麻痺し、また、その時のショックが元で失明してしまった。
 本来だったなら、その時、弱肉強食の国是の元、後見であったアッシュフォード家もマリアンヌを守ることができなかったとして爵位を剥奪され没落した以上、ルルーシュたちも弱者に分類され、どこぞの国へ人質として送られるだろうというのが大方の見方だった。
 しかしマリアンヌを守れなかったことで、せめてその分ルルーシュたちを守らせてほしいとの、マリアンヌが暗殺された日にアリエス離宮の警護についていたジェレミア・ゴットバルトの言葉により、ルルーシュははからずもジェレミアを己の騎士とし、そしてまたそれが縁でジェレミアの実家であるゴットバルト辺境伯家の後見を得ることとなり、最低限と言っていいかもしれないが、ヴィ家は対面を保ち、ルルーシュたち兄妹は人質として送られることもなく、アリエスでの日々を過ごしている。そしてその時から、ルルーシュはそれまで表に出していなかった才能を隠すことを止めた。
 シャルルのマリアンヌに対する、そしてそのマリアンヌによく似たルルーシュに対する愛情もあったであろうことは否めないが、ルルーシュが隠すことを止めたその才能を早くに認めたシャルルによって、高校に通いながらも、特例的に枢機卿の座に就いたのである。
 枢機卿とは枢密院のトップであり、枢密院は皇帝直属の諮問機関であると同時に、皇族や貴族、高位軍人などの行動を把握し、時に身分や権力を笠に法を犯したり、無体を働いた場合に、彼らに対しての処罰の権限を持ちえぬ警察に代わってその処罰を行っている機関である。力が全てというのが国是とはいえ、守るべき法はあり、それに反した場合、また立場に見合わぬ行動を取った場合、枢密院の裁可を受けることとなる。最悪、皇族には廃嫡、貴族や高位軍人などには処刑という判断を下されることすらある。
 ちなみに枢密院を構成するのは、枢機卿の他には、議長、副議長を含めて10名である。そして表に出るのは議長と副議長の二人のみであり、他の構成員が誰かは、現に枢密院に籍を置く当事者同士しか知らない。欠員が出た場合には、残った者たちが貴族の中から合議によって選出する仕組みになっている。
 そんな枢密院のトップたる枢機卿の座に、第11皇子のルルーシュが就いたことは周囲を驚かせた。ルルーシュの優秀さはすでに周囲に知られるところとなっていたが、それでも若干17歳という若さであり、またその出自は、皇帝の寵愛篤かったとはいえ、門閥貴族ではなく庶民出の母を持つ皇子として、皇族の中では決して優位な立場にはなかったのであるから当然のことだろう。
 しかしルルーシュが枢機卿となったことで、それまでヴィ家の後見といえばゴットバルト辺境伯家しかなったのだが、他の貴族たちが掌を返したようにヴィ家に近付いてきた。
 もちろん、それが枢機卿という地位に引き寄せられてものであることはルルーシュには簡単に察せられたが、かといって、後見となる貴族は多ければ多いほどいい。とはいえ、同時にまた、多ければいいというだけでもない。如何に本心からヴィ家を守ってくれるかだ。
 結果、ルルーシュはそうして近寄ってきた貴族たちを受け入れながらも頭の中では割り振りをしていた。真に信頼に値する者たちと、何かあればまた掌を返したようにヴィ家から去っていくであろう者たちを。



 現在、ブリタニアは18の植民地(エリア)を持ち、世界のおよそ3分の1を占めるに至る大帝国である。
 そんなある日、エリア11の総督であった第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアがテロリストによって暗殺されるという事態が発生し、元々テロの多い地域であることから、それを取り締まり、完全にエリア11を制圧して衛星エリアとすべく、“ブリタニアの魔女”と異名を取る第2皇女コーネリアが総督として赴くこととなり、コーネリアは、己が制圧し終えた後を任せる者として、本来なら他のエリアにはない“副総督”という地位を創り出し、実妹の第3皇女ユーフェミアをその副総督として伴うこととした。
 それを受けて、ユーフェミアは親しくしている皇族や貴族たちを集めて別れの茶会を催し、ルルーシュは妹のナナリー共々その招待を受けていた。
 コーネリアは軍人として、ルルーシュたち兄妹の母であるマリアンヌを尊敬しており、その縁あって妹のユーフェミアと共によくアリエス離宮に出入りしていた。コーネリアはいささか歳が離れていたが、歳の近かったルルーシュ、ユーフェミア、そしてナナリーは直ぐに親しくなった。
 ことにルルーシュを巡っては、ユーフェミアとナナリーは自分がルルーシュのお嫁さんになると言っては張り合っていた。兄妹── ユーフェミアは異母だが── ということを考えればそれはどのみち有り得ないことなのだが、幼かった妹たちにはそのあたりは関係なかったらしい。今ではそれは子供の頃の思い出として心の中に大切にしまわれている。
異母姉上(あねうえ)、エリア11は他のエリアと比べて格段にテロの発生が高いとか。異母姉上のことですから心配するは余計なことと仰るでしょうが、どうかお気をつけて」
「その通りだ、心配は無用だ。とはいえ、やはりクロヴィスを暗殺されるに至ったところだ、注意するに越したことはない。おまえの言う通り気を付けよう、ルルーシュ」
「しかしG1ベースにいたクロヴィスを暗殺となると、誰か手を引く者でもあったのかな」
 同じく招待客の一人である帝国宰相の地位にある第2皇子のシュナイゼルが、そう疑問を口に出した。
「どうやら名誉ブリタニア人が関与していたようです。現在、容疑者を拘束して取り調べ中ということなので、私たちがエリア11に到着する頃には判明しているでしょう」
「あの地には、かつての侵攻の際、我がブリタニア軍を一敗させた男もまだ健在とか」
「ええ、“奇跡の藤堂”とか言われている男と、その腹心の部下である四聖剣などと呼ばれる者たちです」
 コーネリアは、すでにエリア11に関してそれなりの下調べは済ませているらしい。
「君の力をもってすればそれも張りぼてで終わるだろうが、気を付けるに越したことはないだろうね」
「ええ、シュナイゼル異母兄上(あにうえ)
「もう、そんな硬い話ばかりしていないで。今日はこれから暫く皆と会えなくなるから、そのために開いたお茶会なのですもの、楽しいお話をしましょうよ」
 姉たちのエリア11の今後を考えての話に、そんなことを話すためにこの場を設けたのではないと、ユーフェミアが口を挟んできた。
「ユフィお異母姉(ねえ)さまもいなくなられてしまうと、少し寂しくなりますね」
「ありがとう、ナナリー、そんなふうに言ってくれて」
 実際のところ、ユーフェミアがいなくなれば、ナナリーの相手をしてくれるような存在はほとんどいない。ユーフェミアが捉えた以上に、ナナリーが「寂しい」というのは深刻な状態だ。しかしそれを悟られるようでは皇室では生きていけないし、現にそのような状態を招いてしまっているのはナナリー自身の普段の行動によるものに他ならない。
 庶民出の母を持つということは変えられない。それによって他の皇族たちから侮られるのは致し方のない事実だ。しかしルルーシュが枢機卿という地位に就いたことで、周囲のヴィ家に対する目は変わってきている。にもかかわらず、ナナリーの付き合いがユーフェミアの他にほとんどいないというのは、ナナリーが目と足が不自由ということを理由に、ほとんど離宮に籠りきりの生活をしているからに他ならない。積極的に表に出るということをしなければ、友誼は、交際範囲は広がろうはずがないのだ。
「けれどこれでユフィもいよいよ公務に携わるわけだが、抱負のほどはどうなのかな?」
 目を細めながら、シュナイゼルがユーフェミアに問いかけた。
「抱負と言っても、本当にこれが初めての公務ですら、何も分からないのですけれど……」
 分からない── そう答えたことに、表情には出さずとも心の内で眉を顰め、溜息を漏らした者はシュナイゼルだけではない。
「でも、エリア11に住まう皆さんが手を取り合って仲良く暮らしていけるような場所になるように頑張りますわ。その前に覚えなければならないことがたくさんありますけれど」
 微笑(わら)いながらそう答えるユーフェミアに、それはこれから覚えるものではなく、すでに副総督という地位に就くことが決まっている以上、覚えておかなければならない事なのではないかと、他の者たちは心の中でそう思う。現にコーネリアはすでにある程度の状況把握を済ませている。
「お異母姉さま、エリア11の事、時々知らせてくださいね。報道よりも直接お聞きした方が実情が分かりますもの。私もいずれは公務に就くことになるでしょうから、その日のためにも、お異母姉さまたちがどんなふうにエリアを治めていかれるのか興味がありますの」
 第5皇女のカリーヌだ。まだ公務に就く年齢には達していないが、その意欲は今回副総督となるユーフェミアよりも高いと思われる。
 カリーヌはナナリーの1つ上であるに過ぎないが、皇族としての矜持は、ナナリーよりも、そしておそらくは、今回、エリア11の副総督となる、彼女より年長のユーフェミアよりも高いだろう。カリーヌは皇室の闇を、力が全てと言われているブリタニアをよく心得ている。だからこそ弱者となったはずの異母兄(あに)のルルーシュが枢機卿という地位にまで上りつめた実力を認めている。そしてそんな異母兄に反して、何もしない、しようとしていないナナリーに対して、その向ける視線は見下したものとなる。それは異母姉(あね)であるユーフェミアに対しても似たようなものなのだが、流石にそれを気取られるようなことはしない。何せユーフェミアの後ろにはコーネリアがいるのだ。
 ユーフェミアは姉のコーネリアに溺愛され、守られ過ぎてきた。ゆえに皇室の闇を知らない。何か少しでも失態を犯せば即座に足を引っ張られかねないこと、そしてそれが場合によっては姉の足をも引っ張ることに繋がることを理解しているのかといえば、大いに疑問だ。
 今日の茶会とて、コーネリアが宰相たるシュナイゼルや枢機卿となったルルーシュから何らかの情報を引き出せればと考えているのに対して、ユーフェミアは純粋に自分たち姉妹がブリタニアを離れることを偲んでのことと考えているのは明らかで、その点にユーフェミアのこれから就任するエリア11の副総督という地位に対する心構えがどのようなものか、見える者には見えているのだということが分かっていない。



 その茶会から2日後には、ユーフェミアは姉のコーネリアと共にエリア11に向けて旅立っていった。そこに待ち受けているものが何かを深く考えることもなく。





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