命の担い手 【5】




 全てはナナリーの「優しい世界になりますように」という言葉からだった。
 ナナリーのその願いがあったから、そしてまた常に暗殺の危険に曝され、暗殺されずとも、何時アッシュフォードに裏切られ、売られるかもしれないという危機感から、ルルーシュはゼロとなった。
 しかしナナリーはゼロを否定した。「もっと優しい方法で変えていけるはずです」と。だがそのナナリーが手を組んだ相手はシュナイゼルであり、その手段は巨大な天空要塞と、大量破壊兵器フレイヤ弾頭だった。それの一体どこが“優しい方法”だというのか。
「兄さん」
 兄の身を、心を案じるかのようにロロが声をかけてくる。
 自分の監視役だった血の繋がらない弟。しかし、利用してやるとの当初の思いとは裏腹に、何時しか愛しさが募り、黒の騎士団に裏切られた時には命を懸けて自分を救ってくれた弟。
 かつてのスザク曰く、兄を探すために総督になったと言いながら何もしなかった妹。ユーフェミアの特区政策にどれだけの穴があったのかも考えずに、そのまま同じことを繰り返そうとした妹。そして遂には、兄がゼロだと知り、対決することを決した妹。
 ナナリーには何も分かっていなかったのだと、いまさらながらに思った。ルルーシュのこれまでのナナリーに対する思いや行動、そしてルルーシュが(いだ)いていた思いなど、何も通じていなかったのだと。
「大丈夫だ、ロロ」
 ルルーシュは安心させるように、そしてまた自分自身を鼓舞するように、ロロに笑顔で応えた。
「行くぞ」
 そう一声かけて、ルルーシュはシュナイゼルの隠れ家に足を向けた。近付くにつれて、逃げ出してくる者たちが増えてきた。その者たちを兵たちに預け、先へと進む。
 南国らしい建物の中、シュナイゼルとその副官のカノン、第2皇女コーネリア、そしてナナリーがそこにいた。他はもう皆逃げ出してしまったのか、人影はなく、その存在も感じられない。
「よく来たね、ルルーシュ」
 ルルーシュの姿を認めたシュナイゼルが、微笑みを浮かべながら言った。
「まさかこんなに早く君の方からやってくるとは、思ってもみなかったよ」
「今回は先手必勝と思いましたのでね」
 そう返したルルーシュに、シュナイゼルは少しばかり意外そうな顔をして見せた。
「黒のキングが好きな君らしくないね」
「時と場合によりますよ」
「お兄さま、お兄さまがゼロだったのですね。そしてギアスという卑劣な手段でブリタニアを手に入れた。今度は世界を手に入れられるおつもりですか?」
 二人の会話にナナリーが割って入った。
「世界を手に入れるつもりだったのはおまえたちだろう、フレイヤ弾頭と巨大な天空要塞を用いて」
 ルルーシュのナナリーへの答えに、シュナイゼルは自分の思惑が外れたことを悟った。妹可愛さに少しは折れるかと思ったが、どうやらそれは期待できないようだと。
「お兄さまはご自分を卑劣だとは思わないのですか? ギアスなどという力で人の意思を捻じ曲げて」
「意思を捻じ曲げるどころか、何を思う間もなく、一瞬のうちに多くの命を奪うフレイヤ弾頭に比べれば、俺のギアスのできることなどたかが知れている。そんな兵器を用いようとするおまえに“優しい世界”を望む資格はない!」
「!」
 ナナリーの車椅子の肘かけを掴む腕に力が入った。
「お兄さまは卑怯で、卑劣です!」
「死を偽装して自分の職責を放棄したおまえに、フレイヤ弾頭を使うことに躊躇いを覚えようともしないおまえには、言われたくないな」
「私はっ……!」
「捕えろ」
 尚も言い募ろうとするナナリーを無視して、ルルーシュはジェレミアたちに命じた。
 トロモ機関が襲われ、また、ルルーシュのナナリーに対する態度を目にした時点で、シュナイゼルは覚悟を決めたのだろう、抵抗はなかった。
「ルルーシュ! ユフィを殺したおまえに……」
 ユーフェミアのことを持ち出したコーネリアに、ルルーシュは冷たく言い放った。
「私が殺さなくてもいずれ殺されていましたよ、彼女は。他ならぬブリタニアという国によって」
「なんだとっ!?」
「だってそうでしょう? 彼女は国是に反したことをし、そしてまたそのために皇位継承権を放棄した。残るのは国是に反したただの娘。利用価値が無くなれば、さっさと殺されていましたよ」
「!」
「そのくらいのこと、“ブリタニアの魔女”と呼ばれたあなたなら、言われずとも気付いていたと思ったのですが、俺の判断が甘かったようですね」
「だが! 少なくとも虐殺皇女などという汚名を被ることはなかった!」
「大丈夫ですよ、ユフィ以上の虐殺皇女が此処にいますから」
 そう告げて、ルルーシュは冷たくナナリーを見下ろした。
「お兄さま!?」
「ルルーシュ、おまえという奴は! ナナリーはおまえの実の妹だろうが、それを!」
「事実を言っているだけですよ。さっさと連れていけ。その後でこの屋敷は破壊しろ。何か残っていたら面倒だ」
 ルルーシュはそう兵士に告げると、ジェレミアたちを連れてKMFの方に戻っていった。
 こうしてシュナイゼルたちによる反乱は未然に防がれ、皆、縛に付いてブリタニアに連行された。
 苦い思いがルルーシュの心を占める。
 ナナリーに対して、自分でもあれほど冷たい態度が取れるとは思ってもみなかった。愛しいという気持ちが決して消えたわけではないのに。
「兄さん」
「ルル様」
 ロロとアーニャが慰めるかのように、ルルーシュの両隣に立ち、腕を絡めた。そしてそんな三人の様子を、ジェレミアが優しそうな眼差しで見つめていた。





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