奪取したガウェインを隠した後、ルルーシュは久し振りにジェレミアに連絡を取った。
「今、大丈夫か?」
『はい』
「無事、ガウェインを奪取した」
『それはおめでとうございます』
ジェレミアは我がことのように喜びの声を上げた。
「ついてはジェレミア、エナジーフィラーをどうにかできないか?」
『エナジーフィラーを?』
「中華連邦へ行ってギアス嚮団を潰して来るには、現行のエナジーフィラーだけでは足りない。中華連邦へ辿りつくこともできるかできないかというところなんだ」
『……分かりました、なんとかできる限りのことをしてみます』
「助かる」
『その変わり、私もお連れください!』
「ジェレミア……。おまえの気持ちは嬉しい。だが場所はギアスの本拠地だ。前と違ってキャンセラーでないおまえには危険でしかない」
『それでも嚮団にいる者全てがギアス持ちということではないでしょう。どうかお願いです。これ以上、何もできずに見ているだけなのは、お声をお聞きするだけなのは耐えられません。どうかお願い致します、殿下!!』
「ジェレミア……」
携帯から漏れ聞こえてきたジェレミアの声に、C.C.がルルーシュに助言を入れる。
「その男の言う通りだ。ギアス持ち以外にも人はいる。人手はあった方がいい、例え一人でも」
C.C.の言葉に、ルルーシュは暫し逡巡した後、ジェレミアの願いに応じることにした。
「……分かった。だが危険は覚悟しておけ、ジェレミア。相手は軍隊やテロリストよりも危険な存在だ」
『承知致しております』
「では待ち合わせは……」
ジェレミアとの待ち合わせを決めて携帯を切ったルルーシュだったが、ジェレミアの願いを受け入れはしたものの、その顔色は優れない。
「C.C.、本当にジェレミアを連れていって大丈夫なのか? 相手はギアスユーザーがいるギアスの本拠地なんだぞ」
「おまえ、それほどにあの男が心配か? その割には随分と放っているようだが」
「それとこれとは意味が違う!」
「大丈夫だ、私はC.C.だぞ。その私が一緒に行くんだ。まだ嚮団への私の影響力は消えてはいない。私がいる限り、ヘタな手は出してこない。ましてや、今はV.V.もいないのだからな」
「その言葉、信じていいんだな?」
念を押すルルーシュに、C.C.は黙って頷いた。
決行は今度の週末にした。中華連邦への往復を考えると、時間的に日帰りは到底無理な話だ。そして二日がかりになることを考えて、ルルーシュはナナリーに話をすることにした。
木曜日の夜、夕食の後で、ルルーシュはナナリーと二人の時間を作った。
「お兄さま、何かお話があるのですね?」
「そうだ」
「一体何でしょう?」
「……どこから話していいものか悩んでいる」
「そんなに難しいお話なんですか?」
全てを話す必要は無いのだ。今度の件だけでいい、ルルーシュはそう自分に言い聞かせた。
「母上の暗殺事件に関することだ」
「お母さまの!?」
「その件で、この週末、中華連邦に行ってくる」
「ならば私も一緒に!」
「いや、それは駄目だ。どんな危険があるか分からない」
ルルーシュの腕を掴んで一緒に行くというナナリーに、諭すように言葉を綴る。
「おまえは覚えていないと思うが、あの日、アリエスの警備を担当していた者が一人、協力して付いてきてくれることになっている。俺一人で行くわけじゃない。だから大丈夫だ」
「本当に大丈夫なのですか? その人は信用できるのですか?」
「その点は間違いない。実を言えば、その男とは暫く前から連絡を取っていて、昨日今日の関係でもない、十分信用に値する男だ。もし俺が皇族のままだったら、選任騎士に任命するほどに」
選任騎士に── その言葉に、ナナリーはホッと安心したように息を吐きだした。兄がそう望むほどに信頼する相手ならば問題はない、きっと大丈夫だと自分を納得させる。
「日曜には、時間は遅くなるかもしれないがきっと帰ってくる。だからおまえは此処で俺の帰りを待っていてくれ」
「分かりました。でもきっとですよ、約束ですよ」
そう言ってナナリーは咲世子から教えてもらったという指切りを、ルルーシュと交わした。
金曜の夜、闇に紛れて秘かに学園にやってきたジェレミアを、ルルーシュはクラブハウスに招き入れた。
「エナジーフィラーは三つがやっとでした」
そう告げるジェレミアに、
「三つあれば中華連邦と往復して、嚮団を殲滅するのには十分だ。よくやってくれた」
そうルルーシュは労いの言葉をかけた。
そしてルルーシュはナナリーに行ってくるよと伝えると、C.C.と三人、ガウェインのある場所に行き、そのコクピットに乗り込んだ。
元々複座で若干の余裕はあったが、今回は一番体が大きく、KMFの操縦に長けているジェレミアが操縦席に座り、その後ろにルルーシュがC.C.と並んで座った。
「では、行きます」
ガウェインは学園を離れ、ジェレミアが把握しているブリタニア軍のレーダー網をかいくぐって一路中華連邦を目指した。
最終目的地はギアス嚮団。
嚮団を壊滅させ、叶うなら嚮団内から黄昏の間へ行き、皇帝シャルルの首を取る。そこまでルルーシュは考えていた。
嚮団のある地は中華連邦の中でも辺境だったためか、連邦のレーダーに引っかかることもなく、無事に辿りつくことができた。
ガウェインから降りると、C.C.を先頭にして嚮団の中に入っていく。
C.C.の姿を認めた嚮団員の一人の男が慌てて駆け寄ってきた。
「C.C.様、お戻りになられたのですね!」
「ああ」
「ここ何年も嚮主であるV.V.様もお戻りがなく、皆、どうしたものかと思い悩んでいたのです」
「中央の広場に嚮団内にいる者を全て集めろ、大切な話がある」
C.C.の後ろにいる二人の男に気を向けつつも、その嚮団員の男はC.C.の言葉に従い、その場を立ち去った。
「成程、確かにおまえの影響力はまだまだ健在のようだな」
ルルーシュは改めて確認したように言葉に出した。
「だから言っただろう、大丈夫だと」
C.C.の後をついて、ルルーシュとジェレミアも、C.C.の言った中央の広場へと向かった。
暫くすると嚮団施設のあちこちから、大人から子供までの、おそらく言葉通りならこの中にいる全員が広間に集まった。
「ギアスユーザーは左側に、それ以外の物は右側に並べ」
ギアスユーザーとして左側に並んだのは、そのほとんどが幼い子供たちだった。皆、ギアスの実験の犠牲者とも言える。
「ルルーシュ、後はおまえがうまくギアスをかけろよ」
そう言われて、ルルーシュは一歩前に出て先に左側のギアスユーザーの子供たちを見た。
ルルーシュの両の瞳が赤く染まり、ギアスの紋章が浮かぶ。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。ギアスのことも嚮団のことも忘れろ。今後決してギアスを使うことは許さない」
赤い鳥が飛び、子供たちに絶対遵守のギアスがかかる。
その様に右側にいたユーザー以外の、主に研究員を主とした者たちが騒然とする。
「V.V.はもう戻らない。嚮団は今日で終わりだ」
C.C.がそう告げる。
「C.C.様!」
動揺の走る者たちに向けて、再びルルーシュはギアスをかけた。
「嚮団のことも、研究のことも全て忘れろ。研究成果は全て破棄するんだ」
再び赤い鳥が飛び、彼らはルルーシュの言葉に従って行動し始めた。
ルルーシュはC.C.やジェレミアと共に一段高い所にいたのだが、そこから降りてギアスユーザーだった子供たちのうちの一人の前に立った。
腕を伸ばして優しくその体を抱き締める。
「ロロ、これからはまた大変な苦労があるかもしれない。けれど今度は、今度こそは、おまえはおまえ自身の人生を全うするんだ」
「あなたは、誰? どうして僕の名前を知っているの?」
抱き締められ、その温もりに浸りながらも、その子供、ロロは尋ねた。ルルーシュは抱擁を解き、ただ微笑みを見せた。
「おまえの幸せを祈っている者だよ」
それだけを告げて、ルルーシュはC.C.たちの元へ戻った。
「現在の此処の責任者は?」
研究の廃棄の後始末に追われていた内の一人が、C.C.の言葉に、私です、と近付いてきた。
「此処にいる者は皆、IDを持っているのか?」
「皆ではありません」
「そうか。では次の指示を与えるまでに、とにかく後始末をし終えておけ」
「はい」
C.C.とそれに続くギアスをかけたルルーシュの言葉に、男は素直に頷いて作業を再開した。
そして三人はそれらを後にして黄昏の間へと行くために、一つの扉に向かった。
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