今、再びの 【10】




 ブリタニアの帝都ペンドラゴンにある宮殿では、皆右往左往していた。
 それも当然だろう。宮殿の奥の間で、皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの他殺体が発見されたのだ。何故他殺体と分かるかといえば、一目瞭然だったからだ。躰中に何発もの銃弾を食らった痕があり、遂にはその首を切り落とされていたのだから。



 その混乱の中を縫って、ルルーシュは異母兄(あに)である第1皇子オデュッセウスの離宮を密かに訪れた。もちろんC.C.とジェレミアも共にである。
異母兄上(あにうえ)
 その声に、宮殿の本殿に行こうと用意をしていたオデュッセウスは、その手を止めた。
「……君は、もしかして、ルルーシュ、かい?」
「はい、そうです」
「あとの二人は?」
「ジェレミア・ゴットバルト卿と、C.C.、俺の共犯者です」
「共犯者とは、物騒な言い方だね」
「そうですね。でも事実ですから」
「ということは、もしかして、今騒いでいる父上を弑逆したのはもしかして……」
 今宮殿内で起きていることと異母弟(おとうと)の言葉を照らし合わせて、オデュッセウスは答えを導き出した。
「俺です。あの人の計画を完全に抹消するために」
「計画?」
 オデュッセウスも近頃の皇帝が何か政治とは関係のないものにのめりこんでいるのは気付いていたが、それが異母弟であるルルーシュの言う計画とやらなのだろうかと思う。
「あの人は、昔からある計画を立てていました。人の意思を無視して、人の無意識の集合体である神を殺し、人類の意識を一つに纏めるという途方もない計画を。そしてその仲間が殺された俺の母、皇妃マリアンヌと、皇室では死んだことにされていた父上の双子の兄、我々の伯父上です。ですがそんなことは許されるべきことではない。だから俺が弑しました」
「その計画とやらを証明するもの、は……?」
 オデュッセウスが唾を飲み込みながら、ルルーシュに尋ねる。
「今頃はもう処分を終えているでしょう、中華連邦で。ギアス嚮団という組織が、その計画のための手足で、俺がブリタニアに来る前に潰してきました」
「……ギアス……嚮団、何気に耳にしたことがあるよ。そう、確かに、父上の言葉から二、三度ではあったが、漏れたのを聞いたことがある」
 オデュッセウスは力を無くしたように近くのソファに腰を降ろした。
「それでルルーシュ、君はこれからどうするつもりなんだい?」
「本殿の奥の間に来た道の逆を通り、中華連邦のギアス嚮団の最後の後始末をしてから、エリア11に戻るつもりです、それを異母兄上が許してくださるのなら」
「エリア11、そうか、アッシュフォード家だね」
「はい」
「もう一つ、聞いていいかな?」
 オデュッセウスがルルーシュを見上げながら問いかける。
「答えられることであれば」
「何で私の所に来たんだい? わざわざ父上を弑したことを報告に」
「父上亡き今、次の皇帝となるのは順当にいけば第1皇位継承者である異母兄上です。できるならばその異母兄上にやっていただきたいことがあるので」
「何をだい?」
「覇権主義、植民地主義を止めて、ナンバーズの差別を無くしていただきたい。人は、生きるということは皆平等に与えられた権利で、そこに優劣はありませんから」
「成程」
 オデュッセウスは深い溜息を一つ吐いた。
「けれどそれには大きな問題が一つあるね。私が本当に皇帝になれるかどうかだ。皇帝の椅子を狙っている者は他にも大勢いるよ。私など、継承順位こそ1位ではあるけれど、凡庸で、とても皇帝の器ではないと見られている」
「本当に凡庸だったら、何時までも1位の継承順位をキープできてはいないでしょう?」
「君は随分と私を買ってくれているようだね」
 ここにきて、初めてオデュッセウスは笑って見せた。
「いいだろう、皇帝になろう。その代わり条件がある」
 条件と言われて、ルルーシュは息を呑んだ。父親を弑した犯人として死ねということだろうか。それならそれでいい。その覚悟もなしに事を為したのではないのだから。
「年齢的に、君はまだ高校生、2年、かな?」
「は、はい」
「高校を卒業したらでいいから戻ってきなさい。ナナリーも生きているのなら、できれば一緒に。それが条件だ。何しろシュナイゼルがいるからね、それに対抗できる存在が欲しい。君なら十分できるだろう?」
「父上を弑した罪は……?」
「さあ、皇帝を殺してその地位を狙っている者は大勢いるからね、大方、その中の誰かだろうよ」
「異母兄上……」
 オデュッセウスの言葉に、ルルーシュは目を見張った。己の罪を見逃すと、聞かなかったことにするというのだ、当然だろう。
「いずれにしろ、一度本殿に戻らなければならないんだろう。騒ぎが落ち着かないうちに行きなさい、その方が目立たない。私はもう少ししてからゆっくり行くから」
 ルルーシュたちはオデュッセウスの言葉に従い、警備の兵たちがざわめき右往左往している中、本殿の奥、黄昏の間に戻り、そこから嚮団に戻った。



 嚮団では全ての処理を終えて、また皆が広間に集まっていた。
 代表者の男にC.C.がアタッシュケースを一つ手渡す。
「C.C.様、これは?」
「中にはそれなりの金が入っている。此処を出て、皆それぞれに生を全うするがいい。ただし、実験体として使った子供たちの面倒を見ることを忘れるなよ」
 男が恭しく差し出されたケースを受け取る。
「分かったら、皆、さっさとこの地を離れろ、此処は処分する」
 時を置いて、ガウェインのハドロン砲が嚮団の施設に向けて発射される。



 日曜の夜、ルルーシュたちはナナリーに約束した通りに帰宅した。
「お帰りなさいませ、お兄さま」
「ただいま、ナナリー」
「お怪我など、なさっていませんか?」
「どこもなんともないよ」
 リビングに足を向けながら、兄妹は会話を続けていく。
「ただ、ちょっとした手違いがあってね、俺が高校を卒業したら、本国に戻ることになってしまった」
「本国へ? もしかして私も、ですか?」
「オデュッセウス異母兄上からそう言われた」
 中華連邦に行ったのに、何故ここで本国にいるオデュッセウスの名が出てくるのか分からなかったが、ナナリーはルルーシュが一緒なら構わないと笑って答えた。



 その日の夜、自室でルルーシュとC.C.は二人で話し合っていた。
「ギアス嚮団、あれで本当に大丈夫か?」
「ああ、問題ないだろう」
「それにしても予定が狂った」
「予定?」
 C.C.が首を傾げてルルーシュに問う。
「V.V.のコードを俺が引き継ごうと思ってたんだ。そうしたら、お前の願いは叶えられないけど、ずっと一人、というのはなくなるだろうって思って」
 プイと横を向いて少し恥ずかしそうに告げるルルーシュにC.C.は笑った。
「おい、よく見てみろ」
 そういってC.C.は前髪を上げた。そこにあるギアスの紋章が、記憶にあるものよりも薄くなりかけている。
「多分、おまえが神にかけた「時の歩みを止めるな」がコード保持者である私にも影響を与えたんだと思う。そしておそらくV.V.にも。だから私は、そして多分V.V.も、もう不老不死ではないよ。多分、だがな」
 多分、を連発しながらも、C.C.はそう言って笑った。



 余談となってしまったが、ナリタ連山の戦いの後、その場は逃れた片瀬少将たちは、流体サクラダイトを積んだ船で日本脱出を図ったが、藤堂たちとの合流もできずにコーネリアの前に敗れて撃沈し、生き延びた藤堂たちは、全国のテロリストを糾合してコーネリアに対するも、敗戦が続き、テロ活動は次第に終息していった。
 しかしいずれにしろオデュッセウスが皇帝となり、覇権主義、植民地主義を排し、ナンバーズ制度も廃止されて、少なくとも法的には差別も無くなり、藤堂たちの行動は無駄なあがきでしかなくなり、やがてコーネリアの行動も時代遅れのものとなっていった。



 そして翌年、無事に高校を卒業したルルーシュは、オデュッセウスと約束した通り、ジェレミア・ゴットバルトを己の騎士とし、ナナリーとC.C.、そして咲世子を連れてエリア11── エリア日本州を離れた。

── The End




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