アッシュフォード学園は、今ではエリア11内では有数の学園であり、小等部から大学院までを備えた全寮制の総合学園である。
ルルーシュ兄妹たちに居住の場として与えられたのは、クラブハウス内の居住棟だった。前回はナナリーの目と足のことがあったからと思っていたのだが、今回、ナナリーのそれが無事なのにクラブハウス内での居住となったのは、少なくともアッシュフォードの当主たるルーベンの、殿下方を他の者たちと一緒に寮生活などとはとんでもない、という意識が働いていたのだろうと、今になって思う。しかしいずれC.C.と合流するだろうことを考えれば、クラブハウス内の自分一人の自室を持っているというのは助かると、ルルーシュは人知れず安堵の溜息を吐いた。
アッシュフォードに庇護されてから5年、ルルーシュは高等部の2年になっていた。
そして記憶が正しければC.C.との出会いの日。
ルルーシュはリヴァルと共にチェスの代打ちを終え、その帰途、後ろからやってきたトラックと右に左にとカーチェイスになり、焦ったトラックが工事途中の道への側へと突っ込んでいった。
あの中にC.C.がいる── そう思うと、ルルーシュはリヴァルを放って、また見物人たちの態度を無視してトラックに近寄った。
梯子を伝って中に入る。中にはC.C.が囚われている毒ガスが入っていると言われているポッドがあった。
突然トラックが移動を再開したが、暫くするとまた停止した。ただシンジュクゲットーの地下に入ったらしいことだけは分かった。
スザクが来る前に、そう思い、ルルーシュはどうしたものか悩んだ末、赤い髪の少女── カレン── がKMFで出撃した後、コンコンとポッドをノックした。するとポッドが自動的に開いて中からブリタニアの拘束具によって全身を拘束された、かつてのライトグリーンの長い髪そのままのC.C.が姿を現した。
ルルーシュの腕の中に倒れこんできたC.C.の拘束を外してやると、C.C.がゆっくりと目を開いた。
「おかえり、C.C.。それとも、改めて初めまして、と言うべきかな」
ルルーシュのその言葉にC.C.は微笑した。
「ただいま、ルルーシュ。私の魔王」
その言葉にC.C.にも前回の記憶があるのだと分かって、ルルーシュはホッとした。しかし何時までも此処でのんびりしているわけにはいかない。
「さっさと此処を離れるぞ、C.C.」
「スザクは待たなくていいのか?」
「スザクとは以前のような関係は築いていない。幼馴染でもなければ親友でもない。何の関係もない奴を待つ必要はない」
ブリタニアがシンジュクを包囲しきる前に離れるぞ、と今回はクロヴィスの親衛隊の来る前にその場を離れることができた。自然、ヴィレッタと出会うこともなく、そのKMFを奪うこともなく、従ってテロリストの扇グループに声だけとはいえ接触することもなく、ブリタニアが包囲をしていくのを交わして、二人はシンジュクゲットーを抜け出した。
「俺はクロヴィスに用がある。おまえはアッシュフォードの俺の部屋に行っていろ、場所は前と変わっていない」
C.C.と別れたルルーシュは、途中、一人の兵士を倒し、その装備を奪ってクロヴィスのいるG1ベースを目指した。
ギアスを使ってG1ベースの中に入り込む。クロヴィスが人を払い、一人きりになったところを見計らって銃を構えたままクロヴィスのいる部屋に入る。
「まずはシンジュクの掃討作戦を取りやめていただきましょうか」
銃を向けられ、クロヴィスは怯えながら指示された通りに、クロヴィスの名において一切の戦闘行為を止めるように指示する声明を出した。
「これでいいのか? 他にまだ何かあるのか? 貴様は一体何者なんだ?」
銃を前に震えた声でクロヴィスが尋ねてくる。
「何者とは、また随分薄情ですね。私が小さい頃は二人でよくチェスをしたのに。もっとも、結果は何時も私の勝ちでしたが」
ヘルメットを外しながら、ルルーシュはクロヴィスに近付く。
クロヴィスの前まで来るとルルーシュは腰をかがめて礼をとった。しかしその右手にはまだ銃が握られており、異様な様だ。
「ルルーシュ、か。日本侵攻の折りに死んだのではなかったのか……?」
「生憎とナナリーと二人、無事に生きておりますよ。いえ、地獄の底から舞い戻ってきたと言った方が正しいのかもしれませんね」
立ち上がったルルーシュは真っ直ぐにクロヴィスを見つめる。
「い、生きていたのなら、私と一緒に本国へ……」
「そしてまた外交の道具になれと? 私たち兄妹が日本へ送られた経緯を知らないわけではないでしょう?」
前回は母マリアンヌ殺しの件についてギアスを使って問い質した。しかしその記憶のある今回はそんな必要なはない。あえてクロヴィスを殺す必要もない。どのみちクロヴィスは今回のC.C.の件で更迭になるのが目に見えている。
ルルーシュはギアスの力を発動した。赤い鳥が飛ぶ。
「この部屋であったことは、俺のことを含めて全て忘れろ」
クロヴィスの瞳が赤く縁取られたのを確認するとルルーシュは急いでその部屋を出、G1ベースを後にした。
クラブハウスの自室に夜遅く戻ったルルーシュを、C.C.が待っていた。ナナリーはすでに寝んだ後だった。
「待たせたな」
「そうでもないさ、ルルーシュ」
C.C.の態度は以前に比べれば柔らかいものだった。それはお互いにお互いが逆行してきて、全てを知りあった仲だからだろうか。
「前の記憶があるから、今回は母さんの死の真相を知る必要はない」
制服を脱ぎ、それをハンガーにかけながらルルーシュは言葉を綴る。
「母さんの暗殺の時、ジェレミアに頼んでV.V.を押さえた。おそらく、今も誰もいないアリエスの庭の池の中で生と死を繰り返しているだろう。後の問題はギアス嚮団と皇帝、それからシュナイゼルだ。
ギアス嚮団の場所は分かっているが、あそこを殲滅するにはKMFが必要だ。ガウェインを奪取するまで待つしかない。嚮団を殲滅すれば皇帝はどうにでもできる。やはり一番の問題はシュナイゼルだな」
私服に着替えて机の椅子に後ろ向きに座りながら、ルルーシュはベッドの上のC.C.に告げた。
「では、今回はゼロと黒の騎士団は創らない、ということでいいのか?」
「創らない。その必要性を認めない。ちなみに今現在のところ逆行が確認できているのは、俺とジェレミア、そしてC.C.、おまえの三人だけだ」
「スザクにはないのか?」
「日本に来て一番最初の出会いから察してないと判断した。あったとしても本人は子供だったから夢か何かと思って気にしてなかったんだろう。だから友情も芽生えなかった。いや、芽生えさせなかった、が正しいかな。何せたった一回しか会わなかったから」
そう言ってルルーシュは口角を上げて笑った。
それから1週間程経って、エリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニアの本国への── 更迭という名の── 帰還と、新総督として第2皇女コーネリア・リ・ブリタニア、副総督としてその実妹である第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの着任が、本国からエリア11政庁を通じて正式に発表された。
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