流転の果て 【9】




 オデュッセウスはアンチ・フレイヤ・システム構築のためのメンバーを揃え、彼らがそれに取りかかるのを見届けると、今度は各エリアの整備に取りかかった。
 まずは各エリア総督のほとんどを入れ替えた。なるべく自分の考えに近い者たちを新たな総督に任じていった。ナンバーズへの規制を緩め、いずれ時をおいて完全に廃止する方向でいる。
 国内においても国民の意識改革を進めるべく政策をとった。ブリタニア人は特別な存在でもなんでもなく、ナンバーズと呼んでいる者たちと同じ人間であるのだと。
 そして特権階級にも手を付け始める。いきなりでは反発を食らうことを考え、少しずつその特権を剥ぎ取り、やがて貴族階級を名誉職程度に追い込む形で考えている。
 そこには、彼が庇護したルルーシュの意見も取り入れられていた。
 ルルーシュが望むのは、神殺しを考えていた両親と違い、“明日”であり、“優しい世界”であった。
 完全に皆平等、というところまでは、人それぞれの持って生まれた資質もあり、また、長い間の専制政治に慣れたブリタニア人にはそう簡単にはいかない話だが、ルルーシュのこれまでの苦労を考えると、少しでも彼の願いに近いものにしてやりたいと思うのだ。



 そうしてオデュッセウスが帝位に就いてからおよそ1ヵ月後、とある場所から帝都ペンドラゴンに向けて一発の弾頭が発射された。
 フレイヤである。
 それに気付いた軍は、先日完成なったばかりのアンチ・フレイヤ・システムを稼働させ、ペンドラゴンの手前で無効化させた。
 それからほどなく、ずっと行方を晦ましていたシュナイゼルからオデュッセウス宛に直接通信が入った。
『お久し振りですね、異母兄上(あにうえ)
「ほぼ1ヵ月ぶりかな、シュナイゼル。先程のフレイヤはやはり君かい?」
 現在世界にある兵器の中で最大の大量破壊兵器であるフレイヤの名を平然と口にするところが、何気に凡庸さからなのか、何か他の自信からくるのか、判断に困る。実際、無効化されているわけだから、この場合、やはり自信からくるものと判断してよいのだろうかとシュナイゼルは考える。
 あまりの凡庸さに今までオデュッセウスのことはあまり頭になかったし、あえて考えたこともなかっただけに、実は底が知れないのかとも思う。だとしたら大変な計算違いということになる。
『まさか、すでにフレイヤを無効化するシステムを作り上げていたとは思いませんでしたよ』
「優秀な科学者が三人もいたからね」
『誰です?』
「フレイヤを作ったニーナ君と、アスプルンド伯と、その副官のセシル君だよ」
 その答えに、シュナイゼルはスクリーンからでは判別できない程度に眉を顰めた。
『成程、生みの親がいたのでは致し方ないですね。ところで一つ確認したいのですが、ルルーシュは異母兄上の元にいるのでしょう?』
「ルルーシュ? 確かにいるが、それがどうかしたかい?」
『では異母兄上もルルーシュのギアスに操られているのですね、残念なことです』
「ギアス、ね。君には悪いが私はギアスにかけられてなどいないよ。今やっていることは元々から考えていたことで、それがルルーシュのやりたかったことに合致しているだけの話だ。
 大体、君はギアスのことをどこまで知っているんだい? 父上もまたギアスユーザーで、人の記憶の書き換えをすることができたことは知っているのかい?」
『父上が!?』
 さすがにそれは初耳だったようで、シュナイゼルは素直に驚きを示した。
「父上だけじゃない。死んだとされていた父上の双子の兄君はギアスの研究をしているギアス嚮団の嚮主であり、8年前に亡くなられたマリアンヌ皇妃と共に、神を殺し、この世を一つの意思に纏めるなどという途方もない計画を立てていたことは?」
『まさか、そんな……』
 シュナイゼルの隣から、出奔していた第2皇女コーネリアの驚きの声が入った。
 画面が遠距離になり、中央に車椅子に座ったナナリー、その両隣にシュナイゼルとコーネリア、という図だった。
『お父さまがそんなことをするはずありません!』
 ナナリーが否定の言葉を吐く。
「ナナリー、君は何をもってそれを証明するのかな? 実際、父上とマリアンヌ皇妃の生きていた精神体はCの世界とやらで人々の集合無意識である神を殺そうとした。そしてそれを防いだのが、神を殺すことで人を昨日に止めるのではなく、明日を願ったルルーシュだ。昔、マリアンヌ様のところによく出入りしていたC.C.という女性からも聞いている。全ては父上とマリアンヌ皇妃、そして伯父上の計画で、マリアンヌ皇妃の死は、伯父上が、あまりにマリアンヌ皇妃に入れ込む父上を見て計画を取り止めるのではないかと恐れたためであり、その際にマリアンヌ皇妃のギアスが発動して、当時アリエス離宮に行儀見習いとしてあがっていたアールストレイム卿の内に、精神だけが飛び込んだとのことだ」
『そんなことが……。いいえ、そんなこと信じられません、オデュッセウスお異母兄(にい)さまはお兄さまに騙されているんです、目を覚ましてください! お兄さまはクロヴィスお異母兄さまやユフィお異母姉(ねえ)さまを殺したゼロなんです!』
「君はどうやってそれを知ったんだい?」
『シュナイゼルお異母兄さまに教えていただいたからです』
 その答えにオデュッセウスは大きな溜息を吐いた。
「君は自分で気が付かなかったのかい? あれほどずっと傍にいながら、実の兄が何をしているのか、不思議に思ったこともなかったのかい? だとしたら、君はルルーシュの何を見ていたんだろうね」
『私に見えるわけないじゃないですか!?』
「目に見えることが全てではない、見えなくても分かることはあるはずだ。つまり君は、ルルーシュが傍にいればそれだけで良くて、兄である彼のことを何一つ理解しようとしなかったということになる」
『それは言い過ぎです、異母兄上!』
「本当のことだろう?」
 ナナリーを庇うコーネリアを一言の元に切って捨てる。
「“優しい世界になりますように”」
『!?』
「君がそう願ったからルルーシュはゼロになった。君にとっての世界とは、自分とルルーシュを含めたごくごく一部のことだったのだろうが、ルルーシュにとってのそれは、ブリタニアの陰に怯えないで済む世界、つまりブリタニアのない、弱肉強食ではない世界だった。だからギアスという力を得た彼はゼロとなり、ブリタニアと戦う道を選んだんだ。
 ユフィの特区虐殺のこととて、元をただせばコーネリアが特区を認めなければ済んだ話だ。それを君が妹可愛さから一度電波に乗ってしまったものを取り消させるのはと、認めてしまったからだ。それに例え特区が成立していたとしても、そう長くは()たなかっただろう。特区に入れた日本人と、入れなかったイレブン、その差は大きく、仮にその政策で黒の騎士団の力を削ぐことができたとしても、また更に大きな軋轢ができる。そしてそれはエリア11だけの問題だけではなくなる。どの道、当時の国是に反している特区は成立し得ないものだったのだよ。それでもルルーシュは、一度はユフィの手を取ろうとした。だが説明している最中にそのギアスが暴走し、そのためにユフィに虐殺行為をさせてしまった。それを見てユフィを撃たねばならなかったルルーシュの深い嘆きや大きな苦しみを、君たちは考えてやったことがあるのかい?」





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