流転の果て 【8】




 本国の帝都ペンドラゴンに着くと、飛行艇はそのまま宮殿の中の一角に降りたった。
 すでに連絡が回っていたのだろう、出迎えの者たちが来ている。
 ジェレミアは咲世子と共に皇帝となったオデュッセウスの待つ本宮へ、ニーナは研究室へ、ミレイとリヴァルはルルーシュがいるというオデュッセウスの離宮へと案内された。
 咲世子は看護師に支えられながら、ジェレミアと共に皇帝の謁見の間に通された。そこにいるのはもちろん現在の皇帝であるオデュッセウスとその騎士である。
 咲世子がジェレミアに倣って膝を折ろうとするのを、
「負傷しているのだろう、そのままでいいよ、楽にしていなさい」
 とオデュッセウス自ら声をかけた。咲世子がナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人であるにもかかわらず、そのようなことは関係ないというように。
「お心遣い、ありがとうございます」
「今日着いたメンバーには、大体の話は?」
 とオデュッセウスがジェレミアに振る。
「飛行艇の中で済ませました。ただ、ナナリー様のことでいささか」
「ナナリーのことで? あの子はフレイヤで亡くなったのだろう?」
「いえ、生きておられます」
 答えたのは咲世子だった。
「シュナイゼル殿下に保護されてご無事です。本当はお連れしたかったのですが、自分一人が逃げ出すのが精一杯でした」
「ではナナリーが無事だという報が入らないのは……」
「おそらく、何時かルルーシュ様と対する時のための切り札として、ナナリー様を押さえているのではないかと」
「それはあり得るね」
「それに問題はそのナナリー様ご自身のことなのですが、ナナリー様は人を疑うということを知らないのです。ルルーシュ様が人の持つ悪意というものから極力ナナリー様を遠避けておいででしたから、そのためか、簡単に人の言うことを信じられてしまうのです。ですからもし、ルルーシュ様のお気持ちも知らず、ただルルーシュ様がゼロであったことを知らされたら、元よりゼロに対して否定的であられたことを考えますと、どのような状態になるか、それが心配でならないのです。万一、それが原因の一つとなってルルーシュ様と敵対されるような事態になればと思うと、ルルーシュ様のお心が……」
 それ以上は言葉にならなかった。
 しかしオ、デュッセウスは咲世子の言いたいことを察することはできた。
「それを考慮して、今はまだナナリー様の生存は隠しておこうと飛行艇の中で話しました」
「ああ、それがいいね。今暫くはルルーシュの心を煩わせるようなことはしたくない。躰もだが、心労もかなりのものだと医師が言っていた」
「それはそうでしょう。ナナリー様を亡くされたと思い、黒の騎士団に裏切られ、弟と思っていたロロに死なれ、遂にはご両親の真実を知ったのです。並大抵のことではございません。それを考えると、正直、あの時ルルーシュ様を説得して本国にお連れしたことが本当に良かったことなのかどうか、後悔と不安で一杯なのです」
「ゴットバルト卿、少なくとも私はあのような状態になってしまったルルーシュを、私の元に連れてきてくれたことを感謝しているよ」
「勿体なきお言葉にございます」
「咲世子さん、というのだったかな」
「はい、陛下」
「君も早く怪我を治して、またルルーシュの力になってあげておくれ」
「はい」



 ジェレミアや咲世子がオデュッセウスとそんな遣り取りをしている間、ニーナが案内されたのは宮殿の一角にある研究施設だった。中に入ると顔見知ったロイドとセシルがいた。
「ロイド先生、それにセシルさんも……」
「やあ、ニーナ君。今日から一人増えると聞いてたけど、君だったとはね。でもおかげで助かったよ。何より君が一番フレイヤのことを知ってるんだから」
「はい。これから頑張ってアンチ・フレイヤ・システムを作りたいと思います。よろしくお願いします」
 そう告げて、ニーナは二人に向かって頭を下げた。
「そんなに硬くならないで、一緒に頑張りましょうね」
「はい、セシルさん」
 そんな遣り取りをしてから、思い出したようにニーナは問い返した。
「あの、先生たちは、スザク君の、キャメロット隊のメンバーのはず、ですよね? それが、今どうして此処にいるんですか?」
「ああ、それねー。実はスザク君、皇帝ちゃん暗殺に向かって、そのまま返り討ちにあっちゃったんだよね。で、僕たちキャメロットだけ本国に帰還したの。そしたら新しい皇帝ちゃんからアンチ・フレイヤ・システムを構築しろって言われて、それで今此処にいるわけ」
「スザク君、死んじゃったんですか?」
「うん、そう。たぶん神根島の何処かに遺体があると思うよ」
「そう、なんですか……」
 ニーナのスザクに対する感情は複雑だった。
 イレブン、名誉ブリタニア人、生徒会の仲間だった。そしてユーフェミア様の騎士になった人。けれどユーフェミア様を守れずに、いや、守らずに、汚名を雪ぐことすらせず、ゼロを、ルルーシュ君の存在を否定して、親友だったはずの彼を皇帝に売って皇帝の騎士にさっさと鞍替えした人。
 好悪でいったら悪の感情の方が強いかもしれない。それでも知った人だけに、その死に思うところはある。
「知り合いだったわけだから難しいとは思うけど、ここは感情を切り替えて、ね」
「はい」
 セシルの言葉に、ニーナは小さく頷いた。



 その頃、オデュッセウスの離宮には、ミレイとリヴァルがルルーシュを訪ねていた。
 本国に着いてオデュッセウスに全てを話し、その庇護下に入ってから、ずっと与えられた部屋で一日中ぼーっとして過ごしているという。
 ナナリーが、ロロが死んだのに、何故自分だけが生きているのか。ジェレミアは責任をと言ったが、何をどう取ればいいというのか分からずに、今はただ、そこに在るだけの日々を過ごしていた。
 そんな様子を、ルルーシュとずっと一緒にいると言うC.C.という少女から聞いた二人は、C.C.とルルーシュの関係は気になったが、それ以上に今のルルーシュの状態に危惧を覚え、殊更明るく声をかけた。
「はーい、ルルちゃん」
「よお、ルルーシュ」
「会長、リヴァルも」
 二人の声に、ルルーシュは座っていたソファから腰を上げた。
「話は聞いたけど、おまえ、ホントに皇子様だったんだな」
「ニーナ、は?」
「彼女は大丈夫よ。アンチ・フレイヤ・システムの構築に協力するって。それが何の覚悟も考えもなしにあんなものを作ってしまった自分の責任だって言って、先に研究所の方に向かったわ。まだ、ゼロだったあなたに会うほどには心の整理は付いていないみたいだけど」
「そうですか。それでも協力してもらえるなら、それが何よりです」
「元気ねーな、おまえ。せっかく悪友の俺様が来てやったんだ、もうちょっと反応しろよ」
「リヴァル」
 ルルーシュは彼の名を呼んで、小さく微笑(わら)った。





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